田舎の遊休地が1泊5万円の価値を生む? 地域との協業で実現する新しいホテル「Earthboat」
地方に訪れると地元の人々からよく聞くのが、「ここらへんは何もない」というような言葉。人気のグルメやレジャーなどの観光スポットを指しているのだろう。サウナ付きのトレーラーハウス型宿泊施設「Earthboat」があるのは、そんな「何もない」はずの土地ばかり。
それにも関わらず、関東甲信地方にある6拠点では週末はほぼ満室、平日でも半数以上が稼働する盛況ぶりだ。しかも24平米というビジネスホテルの1室ほどの広さの客室単価は、時期によって変動するものの平日で約3万円〜4万円、休日で約4万円〜5万円。決して安くはない。しかも素泊まりでだ。
この何もない土地から1泊5万円の価値を生み出したのは、アースボート代表の吉原ゴウ氏。現在、吉原氏は地域事業者とのフランチャイズによる協業で「Earthboat」を全国に展開することを目論んでいる。「Earthboat」は地域の観光振興のための新しいモデルになり得るのか。
吉原 ゴウ(よしわら ごう)
株式会社アースボート 代表取締役
1982年長野県生まれ。2007年ウェブ制作会社として株式会社LIGを起業、代表取締役社長に就任。2014年に両親の事業を継承し、LIGの新規事業としてゲストハウス「LAMP野尻湖」をプロデュースする。2002年LIGの会長職を退任し、株式会社アースボート代表取締役に就任。現在は田舎の自然の魅力やアウトドア体験の良さを広めるためのEarthboat事業に専念する。
遊休地を活用した、自然と一体になれる宿泊施設
吉原氏への取材場所となった「Earthboat Village Kurohime」まではJR長野駅から車で約40分。豊かに実ったリンゴ園を横目に車を走らせていると、人気のない山道に突如「Earthboat」のサインが現れる。
車を停めて周囲を見渡すと、そこには赤く色づきはじめた木々、水辺で遊ぶ鳥たち──。自然の圧倒的な美しさに思わず息を飲む。
「あそこに見えるのは田んぼに水を引くための農業用ため池でした。元はそのすぐ近くにトタン屋根の小屋、釣り堀、食堂があったみたいです。僕がこの土地を見つけたときはもうすでに廃墟になっていました」(吉原氏)
荒れ果てた土地ではあったが、直感的に「この土地は良い」と感じた吉原氏。登記簿を調べてみると、地元のおばあさんが所有している土地だった。おばあさんを訪ね、話を聞いてみると親から相続したものの、1万坪に及ぶ土地の管理に悩んでいた。
吉原氏はおばあさんから土地を借り受け、1年がかりで土地を整備。野尻湖の湖畔で宿泊事業やサウナ事業を行うLAMPが運営元となり、「Earthboat Village Kurohime」の開業に至った。
「Earthboat Village Kurohime」の施設内には全10棟のトレーラーハウスを設置。室内の大きな窓からはまるで絵画のような風景を臨むことができ、自然風景以外のあらゆる要素を削ぎ落としたミニマルな空間にいると、自然と一体になった感覚に陥る。
各トレーラーハウスにはサウナも完備。水風呂との交換浴を楽しめるほか、寒い日には衣服を来たままサウナ室に入って暖をとるのもおすすめだという。
The Saunaを運営する株式会社LAMPの創業者である吉原氏のこだわりが詰まった設備になっている。
「外」をリビングに。約24平米の空間が高付加価値を生み出すワケ
──Earthboatの特徴について教えてください。
Earthboatは「地球を肌で感じる」をコンセプトにした、外での時間を快適に過ごせるトレーラーハウス型の宿泊施設です。ベッドやキッチン、シャワー、トイレは室内に備え付けられており、滞在中は外の自然と部屋の中を自由に行き来する設計にしています。
最大の特徴は、リビングが外であることです。アウトドアチェアに座って星を眺めながら仲間と語り合い、身体が冷えたらすぐに室内のサウナで温まる。
Earthboatでは外の空気や手つかずの自然を好きなだけ楽しむことができます。
──「外がリビング」というコンセプトは、どこから生まれたのですか。
基本になるコンセプトは野宿やキャンプです。僕はもともとテントで野宿するのが好きなんです。でも快適にテントで過ごせる季節は限られています。でもEarthboatであればどんな季節でもどんな天候でも外を楽しむことができる。
通常の宿泊施設は立地や建造物から計画しますが、Earthboatは僕自身が快適さを感じるライフスタイルを基に設計していきました。
──「外がリビング」ということは、トレーラーハウスを置く環境が重要になりますね。
外で過ごす時間が中心になるからこそ、自然環境、景観の美しさこそが大切になります。あとは、人があまりいない静かな隔離された場所であること。そういう場所の方がEarthboatの提案している過ごし方にはマッチしています。
ここ黒姫もそうですが、人がいなくて、山奥で、隔離されている土地。こういう場所は、たとえ美しい景観だったとしても不動産価値がほとんどないんです。そこを私たちは限りなくゼロの取得価額で活用していこうと考えています。
──大規模なホテルを建てたのでは採算が合わない土地でも、遊休地にトレーラーハウスであれば事業性が生まれる、と。
そうですね。通常のホテルは室内での顧客体験に価値を置いて設計しているので、部屋の狭さや不便さが不満足につながります。
実はEarthboat1棟は約24㎡でビジネスホテルの客室とほぼ同じサイズ感なのですが、トレーラーハウス周辺の自然環境も含めて部屋として設計しているので、宿泊者が狭さを感じないようになっているのです。だからこそ、宿泊単価は高くても満足してもらえる。
通常、1泊5万円のリゾートホテルを建設するとなると1室あたり約8000万円の予算になるそうです。でも、Earthboatならば1棟を3000万円以下で建てることができます。
今、建築資材の価格が高騰しており、10年前と比較すると建築に約2倍のコストがかかります。だからといって同じ部屋を2倍の価格でお客様に提供することは難しいですよね? でもEarthboatならば造成費を加味しても事業性を担保することができる。
あとは大前提が遊休地を活用して野宿しましょうという考えですから、受付やサービススタッフも必要ありません。トレーラーハウスは1棟が約24平米なので清掃コストもそこまでかからない。
そのため、通常ならば宿泊業が成立しないような土地でもきちんと利益が出るモデルになります。
──Earthboatは従来のトレーラーハウスとは印象が異なります。
Earthboatはトレーラーハウスでありながら、長期的に同じ場所に設置することを想定しているので、ログハウスのように頑丈な造りにしています。
床から天井までは国産スギのCLT(Cross Laminated Timber/直交集成板)と呼ばれる耐久性に優れた木材を使用しています。
このCLTは蓄熱性が高いので、真夏でも室内はひんやり涼しく、真冬はじんわりと暖かい状態がキープできます。この構造はサウナにぴったりで、夕方チェックインしたときにも前の利用客の余熱が残るため室内温度をキープできます。
また、体験価値にはこだわりたかったので、外を見渡せる大きな窓、ステップフロアを活用した室内、経年劣化や傷も味わいとなる壁など、宿泊者が魅力を感じる部屋作りにこだわりました。
──一般的な建築と比較した場合のトレーラーハウスのメリットはあるのでしょうか。
まず一般的な建築物とは違って、基礎が必要ありません。私たちが千葉の工場から搬入して、地面にそのまま置いて、配管をつなげるだけ。早期での開業が可能になります。
また、事業が上手くいかなかった場合でも、別の場所に移動させて再利用することができます。廃墟化してしまうこともなく、その土地をきれいな状態でオーナーにお返しできる。その点では環境に対してローインパクトだと言えると思います。
地域事業者とのフランチャイズモデルで事業展開
──Earthboatはどのように事業展開しているのでしょうか。
まずこの「Earthboat Village Kurohime」のような土地を見つける必要があるのですが、それが簡単ではありません。こういった土地は不動産価値がないため、市場に流通していないんです。
こういう土地を知っているのは、やはり地域の事業者。そこで私たちは自分たちの地域で観光業に取り組みたい、あるいは余っている土地を活用したいと考える事業者にEarthboatを購入していただき、弊社と共同で事業を行うフランチャイズ方式を採用しています。
現状は既に宿泊業を行う地域事業者が追加導入することが多いですが、長野県の白馬のように全くの異業種から地域を盛り上げたいと導入していただいた事例もあります。
ビジネスモデルとしてはフランチャイジーの取り分が利益の80%。トレーラーハウスの清掃や維持管理はフランチャイジーが行います。我々の取り分は残りの20%で、Earthboat開業までの支援、集客やプロモーション、撮影、宿泊者からの問い合わせなどのカスタマーサポートを代行します。OTA(オンライン上の旅行代理店)の出稿や運営代行手数料の支払いなども私たちが負担します。
──お話を伺っていると、地域の事業者は投資をして、清掃などの管理をするだけ。他はお任せでできるので、取り組みを始めやすそうですね。
事業を広げていくためには宿泊する顧客にEarthboatの価値を伝えることはもちろん、協業する地域事業者側のメリットも生み出さなくてはいけません。
過去に自分が携わっていたLAMPのことを考えても、宿泊事業の経営は決して楽ではありません。やることも考えることも大量にあるのに、利益は安定しない。彼らが取り組みやすく、きちんと儲かるビジネスモデルでないと、Earthboatは広がらないと感じていました。
だからこそ、開業までの支援も全部やりますし、運営もかなりの部分をアースボート社が引き受けます。あとは運営だけでなく、ファイナンスのサポートも行います。
──ファイナンスのサポートとは、どういったものでしょうか?
地域の事業者にとっては約3000万円のEarthboatの購入は決して安いものではありません。さらに10棟を入れるために3億円を資金調達となれば、なおさら簡単ではない。そこで直接Earthboatを購入するのではなく、外部投資家をつけることもできるようにしています。
例えば、10棟のうち3棟は地域の事業者が購入するけれど残りの7棟は外部投資家の資金で購入する。その場合、7棟分の利益は外部投資家とフランチャイジーで按分することになります。
外部投資家は、アースボート社への出資先でもあるNOT A HOTELの協力を得て、フランチャイザー側が紹介します。
全国にある遊休地を活用し、地域経済に貢献
──今後の事業の展望についてお聞かせください。
アースボート社として資金調達もして、Earthboatの運営をパッケージ化して提供することができる体制が整いました。これまではリファラルでいただいたお話に対応することで精一杯でしたが、今後は全国の事業者と連携して、Earthboatを普及していきたいと思います。
最近では11月30日に、群馬の水上にあるみなかみ藤原スキー場の運営会社とタッグを組んで、ゲレンデのど真ん中にもEarthboatをオープン予定です。冬季はスキー/スノーボードを楽しんだ後、リフトに乗ってEarthboatにチェックイン、静かになったゲレンデで大自然に囲まれながら、水上の上質な温泉露天風呂とサウナを満喫するという特別な体験ができます。夏は車でアクセスしてチェックイン、通年稼働します。頑丈なCLTだから豪雪地帯もへっちゃら。こういった温泉やアクティビティなど、地域の魅力に合わせてカスタマイズできるのもEarthboatの魅力かなと。
まずは全国47都道府県にEarthboatを設置し、3000台展開することを目指しています。ただ宿泊業で3000部屋と考えると事業としてはまだまだ小規模。宿業に付随した立体的なサービスも増やしていきたいです。
もともと僕は、自然豊かな環境にある遊休地を活用したいという思いからEarthboatの事業を始めたので、宿泊業はあくまでもひとつの手段と考えています。
例えば自然環境を活かした農業体験など、全国に眠る遊休地を利活用していきたい。現在、車の免許を持っていない人やインバウンド客に向けて、Earthboatへの送迎や現地での体験を自分好みにカスタマイズする「EarthboatWay」という体験型ツーリズムも企画しています。Earthboatへの来訪をきっかけに、周辺の観光施設や飲食店、レジャー施設にも足を運んでもらい、地域が連携し合う構造を作れたらと考えています。
あと、さまざまなシーンに合わせて、Earthboatのプロダクトラインを拡充していくことも検討しています。
何もない土地で1泊5万円以上の価値を生み出せるEarthboatは、革命的だと思っています。閑散期と繁忙期が激しい観光業は薄利多売で利益を出すことが難しいですが、オペレーションコストが低ければ安定して稼ぐことも可能になります。
日本には四季折々の美しさがあり、水や自然に恵まれた土地がたくさんあります。今は価値を見出されていない土地が、魅力や可能性を秘めていることもある。遊休地を所有している人から、土地の利活用について相談されるブランドになれたらうれしいですね。
(文:秋元沙織、野垣映二 編集:野垣映二 写真:小池大介)