古民家80棟を再生して40店舗誘致。「エリマネ」する地場の不動産屋のまちづくり
人口減少が進む地域で問題視される空き家問題。環境整備や所有者の意向など、空き家を人が活用できる状態にするまでには手間や費用がかかるのが現状だ。一方で入居希望者は、地縁がなければ相談すらできないケースも多い。
この空き家を活用して町づくりの基盤にするのが、緑葉社の代表・畑本康介氏だ。緑葉社は兵庫県たつの市の市民出資により運営される町づくりを目的にした遊休不動産会社で、これまで手掛けた物件は約80棟。播磨の小京都とも言われる風情のある町並みを残しながら、新しく40店舗を誘致するなど地域活性に一役買っている。
代表の畑本氏にどのように複雑な空き家問題を解決し、地域活性化につなげているのか聞いた。
畑本 康介(はたもと こうすけ)
株式会社緑葉社 代表取締役/NPO法人ひとまちあーと 事務局長/株式会社ムカシミライ 代表取締役
1982年生まれ、兵庫県出身。1995年、芸能集団「野華」に和太鼓奏者として入団。2002年より地域のイベント企画の活動を開始する。会社員の傍らで、2007年ひとまちあーとの副代表理事を務める。2014年会社員を退職してひとまちあーと代表理事に就任、翌年より緑葉社の代表となる。2020年MMD(現ムカシミライ)を設立し、現在に至る。
「志ある人に貸したい」と「借りたいけれど地縁がない」をつなぐ
──畑本さんが、地域で活動するようになったきっかけを教えてください。
僕は和太鼓奏者だったことがきっかけで、学生時代から地域のイベントを企画してお金を稼いでいたんです。卒業後はそのままイベントで起業しようとも試みたのですが、生計を立てることは難しく、一度は会社に就職しました。とはいえ長年地域に育ててもらって愛着もあるので、会社員になっても地域の活動は続けていたのです。
そこから派生して仲間と2007年に立ち上げたのがNPO法人「ひとまちあーと」です。若手主体の町づくりNPOが当時は珍しくて、行政を始め多くの依頼が舞い込むようになり、他のNPO団体をサポートする中間支援事業やコミュニティビジネスの草分けのようなことも行うようになりました。
活動しているうちにどんどんと事業の規模が大きくなっていって、なんとかするために組織も大きくなっていく。そんなスパイラルがずっと続いていましたね。
──そんな中で、どのような経緯で不動産業を始めたのでしょうか。
ひとまちあーとでは、安価にお試し出店ができるチャレンジショップや、仕事や勉強に利用できるコワーキングスペースを運営していました。そこで古民家をリノベーションして拠点にしていたのを見て、「私もたつの城下町でお店や事業所を持ちたい」と相談されるようになったんです。
でも当時、たつので地縁のない人が物件を借りることは簡単ではありませんでした。物件情報は不動産屋には掲載されておらず、物件を借りるには地域の人たちと顔見知りになり、口利きをしてもらわなければなりません。そのため地域と接点のあった僕が、ボランティアで入居希望者に街案内や物件紹介を行うようになっていきました。
一方で地主からは「うちの物件も誰かに貸してよ」という要望も来ていました。彼らはきちんと信頼できる相手を探している。当時不動産業の知識はまったくなかったのですが、需要と供給があるのにミスマッチな状態であることに気付き、「ビジネスとして成立するのでは?」と思い始めたのです。
さらにきっかけになったのは、地域の貴重な文化資産だった銭湯跡地が新築住宅に建て替えられてしまったことです。地域の人たちと「あの場所いいね。どんな風に活用しようか」と10カ月ほど計画を練っていたのですが、別の不動産屋を通じて売却されてしまいました。実は僕が不動産業に詳しければ、取得できていたはずの用地なんです。
たつの城下町の街並みを守りたかったし、ボランティアとは言え僕の活動は不動産業の領域にまで及んでいました。ただ、不動産業を始めようにも、NPO団体では不動産免許を取得して運営していくのは難しい。そこで「本腰を入れて株式会社としてやっていこう」と考えるようになりました。
──どのように不動産会社を立ち上げていったのでしょうか?
まずはたつの城下町の街並み保存に好意的な方たちを一人ひとり訪ねて出資をお願いしました。自分たちの町を守るための会社だから、たつの市に関係のある人たちが良いと思ったのです。
そのうちの1人から、「不動産会社を承継しないか」という話を提案いただいて、それが緑葉社でした。当時の緑葉社には元々前代表と10人程度の株主がいたのですが、あまり活発に事業をできていなかったので「若者が承継するなら良い話だ」とすぐに話がまとまったんです。
元々の株主に加えて、僕の出資のお願いを承諾してくださった方たちを新たに株主に迎えて、スタートしました。
市民出資の株式会社というと、株主の数が多すぎて物事が決まっていかないと思われるかもしれませんが、100人株主がいれば負担は100分の1で済みます。また、関わる人数が多ければ、もし誰かが営利目的に走っても数の力で抑止力が働きます。市民出資にすることに、迷いはありませんでした。
街並みを維持するためには資金が必要。整備済み物件を売ることで投資を循環させる
──現在の緑葉社のビジネスモデルについて教えてください。
主な事業は、リノベーション済物件の販売と転貸です。古民家を買付け、リノベーションして価値を高めた状態で投資家に売る。さらにその物件を借り上げて転貸することで仲介手数料や管理費を得るというビジネスモデルです。
継続的に不動産業で街並み保存の活動をしていくためには、利益を生む構造を作らなければいけません。しかし、古民家の貸主と借主を仲介するだけだと収益は仲介料や管理費だけになってしまうので、十分とは言えません。
そこで僕たちはリノベーションで付加価値を高めたうえで販売するというプロセスを加えることにしました。古民家のリノベーション、販売、仲介、管理を一気通貫で担うことで、町全体の価値向上に寄与できるようになり、事業を継続できる利益構造にもなります。
──地方の古民家はあまり良い利回りにはならない印象があります。投資家はどういった方なのでしょうか?
主には、たつの市出身で現在は東京界隈に住んでいる人や、地元企業の経営者です。たつのに地縁がある人が多いので、どちらかと言えば利回り(投資金額に対しての収益)よりも地元貢献への意識が強いですね。
最近では視察で来た方や僕が講師を務めるヘリテージマネージャー*の養成講座の受講生から問い合わせを受けることもあります。
物件価格帯は整備済みの状態で3000万円から1000万円くらいなので、比較的手を出しやすい金額なんです。利回りは6%程度です。当初は利回り12%程度に設定していたのですが、そうするとどうしても建築費を削らなければなりません。
でも、街並み保存のことを考えれば、この先のたつのの100年につながるようなしっかりとした建物にしていきたい。そのため利回りは抑えさせてもらい、リノベーションにコストをかけれるようにしています。
*ヘリテージマネージャー・・・地域歴史文化遺産保全活用推進員。歴史文化遺産を発見、保存、活用して地域づくりに活かす能力を持つ人材
──現在、緑葉社が管理している物件数はどれくらいになるのでしょうか。
約80棟になります。最初は地域でポスティングをして売り主を探したりもしましたが、今ではたつの城下町の古民家の不動産流通のほとんどの相談は緑葉社に来ますね。基本、地域に密着しているところとなると、うちしか相談する先がないんですよ。
借り主は地元の人たちが借りて出店するケースが多いですね。最近ではUターン・Iターンの人たちが増えてきました。
僕が緑葉社を承継してから、新規の出店数は約40店舗。田舎町としては、なかなかの数字ですよね。
──畑本さんは緑葉社のほかに、ムカシミライ(旧・MMD)という不動産会社も経営されていますよね。どのような棲み分けになっているのですか。
2020年にMMDを設立しました。地場企業であるカネヰ醤油の800坪ある工場群を買う話が僕に回ってきた。緑葉社として資金調達をしようとしたのですが、株主が多すぎて責任主体が曖昧だから融資できないと言われてしまったのです。市民出資の会社の思わぬ弊害ですね。
それで、僕がオーナーシップを持ちリスクを取ることができる別会社を立ち上げることにしました。その会社がMMDです。不動産開発と不動産保有の機能を緑葉社から切り出したイメージです。
だから今は、リスクを取って投資する必要がある場合はムカシミライ、物件管理や仲介業など堅実な運営をしていくのが緑葉社、と棲み分けています。
最終的には緑葉社の代表権は地元の自治会長のような人に譲ってもいいと思っているんです。緑葉社には転貸による収益が年間約1000万円あり、それで修繕義務を果たせる仕組みになっています。緑葉社はより安全かつ着実に運営して、物件管理互助会のような会社にできればと。それが町並みを100年先へつなげるための仕組みになると考えています。
地場の不動産会社が100年を見据えてエリアマネジメント
──緑葉社やムカシミライのような地場の不動産会社がエリアマネジメントまで行っているのは、ユニークですよね。
大都市なら大手デベロッパーや電鉄会社が行うことですが、地域にはエリアマネジメントを行うプレイヤーがいないんですよ。
僕のことをソフトな地上げ屋と言う人がいるんですけれど(笑)。エリアマネジメントの観点で誰かが面的に管理していかなければ、地域の価値は高まりません。
一般的には投資家も地主も自分たちの利益を最大化させようとするものです。しかし、それぞれのプレイヤーが短期的に利益を追い求めた結果、長期的に地域の価値を高めていく視点が欠けてしまうということが各地で起こっています。
地域にチェーンストア型の店舗が増えていくのはまさにそれですよね。賃料の値上げをした結果、資金力のある企業しか入れなくなってしまう。そして判を押したように同じような地域ができあがっていくわけです。「でも、たつのもそうなりたいですか?」と、僕は話すんです。
僕はたつののエリアマネジメントのビジョンとして「100年前の人に喜んでもらい、100年後の人に感謝してもらう」ということを掲げているのですが、ステークホルダーの皆さんにもその話はきちんとさせていただきます。
──他の地域でも、たつの市のようにまちの景観を保護したまま地域活性化することは可能でしょうか。
できると思いますよ。まちにセンスの良い店が出現して、誰も見向きもしなかった地域が盛り上がったなんて事例はいくらでもあります。情熱があってリスクをとって行動できる人がいれば、どんな地域も化ける可能性を秘めています。
しかし、遠方から観光客が集まるような人気店でも、地元住民には受け入れられていないケースは多い。例えば店の前にできる行列は地域に住んでいる人には迷惑なので、配慮が必要です。でも新しく移住してくる人たちはこうした地域のルールを知らないので、街に排他的な空気があれば去っていってしまいます。
だから、行政だけでなく両者を仲介する人が必要です。地元の人たちには移住者をきちんと紹介し、若者にもチャンスを与える大切さを伝える。移住者には地域の特徴と地域住民と関係性を築く大切さを伝える。僕が仲介したお店は商店会や自治会への加入を必須にしています。地域にあるマナーやルールを守れば彼らは心強い味方になるからです。
──まちに活気を取り戻したいと悩んでいる地域はたくさんあると思いますが、畑本さんはどんなことをすれば地域創生が進むと思いますか。
どこの地域にも成功している個店ってあるじゃないですか? そういうお店が不動産免許を持って、まちづくりを「面」で仕掛ければ面白くなると思います。
僕も回り道しましたが、行き着いた今のビジネスモデルであれば十分にやっていけるはずなのですよね。例えば、田舎の古家を200万円で購入して、500万円でリフォームして、諸費用も含めたら原価は750万円です。1000万円で整備した物件を購入してもらえれば、250万円の利益が出ます。転貸して月に1万円の管理費をもらえれば、安定した収入にもなります。これを何軒かやれば、一人分の年収くらいは確保できます。
実は数千万円投資するだけで、街を変えるようなインパクトを起こせる地域はたくさんあるんです。僕からしたら、やらないことが不思議なくらい。何も手を打たなければ、地方はただ廃れていくだけです。若い世代の人にこそ、ぜひ挑戦してもらいたいですね。
(文:秋元沙織 編集:野垣映二 写真:鈴木渉)