税額控除だけじゃない。「企業版ふるさと納税」の4つの活用モデルを専門家に聞いた

人材やインフラなど、企業の経営環境はその地域に大きく左右される。しかし、これまで企業と自治体の距離は遠く、多くの企業にとって官民連携は自分事として捉えられていないのが現状だ。
そんな地域と企業をつなぐきっかけとして注目されるのが、「企業版ふるさと納税」。国が認定した地方創生プロジェクトに企業が寄附を行うと、最大で約9割の法人関係税が軽減される仕組みだ。
実はこの企業版ふるさと納税という仕組み、企業にとってさまざまな活用の余地があるという。内閣府 企業版ふるさと納税マッチング・アドバイザーの笠井泰士氏に聞いた。

笠井 泰士(かさい たいじ)
内閣府 企業版ふるさと納税マッチング・アドバイザー/サツドラホールディングス株式会社 EZOHUB インキュベーター
2006年財務省中国財務局に入省し、地域金融監督、財政融資業務等に従事。2016年内閣府経済財政分析総括担当、2018年から内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局での地方創生推進や金融庁の地域課題解決支援チーム代表を経て、2023年より内閣府の企業版ふるさと納税マッチング・アドバイザーに就任。2024年よりサツドラホールディングスのEZOHUB事業担当を本業とし、複業ではOffice Kasaiにて、全国各地の地方創生事業支援、島根県江津市創造力特区アドバイザーなどに携わる。
寄附をきっかけに官民連携で地域課題解決を目指す
──まずは企業版ふるさと納税の概要について教えてください。
国が認定した地方公共団体の地方創生プロジェクトに対して企業が寄附を行った場合に、通常の寄附の損金算入措置に加え、企業の法人住民税、法人事業税、法人税という三種類の法人関係税の税額控除の優遇措置が講じられる仕組みです。正式名称は「地方創生応援税制」と言います。
通常企業が行う寄附では寄附額の損金算入は約3割ですが、企業版ふるさと納税を活用した場合、税額控除が最大約6割、合わせて最大約9割の軽減が得られます。
寄附額の下限は1件当たり10万円となっており、2024年11月時点で東京都を除く46道府県1623市町村が、内閣府から制度活用するための地域再生計画の認定を受けています。
寄附をきっかけに生まれた企業と地域のつながりで官民連携を推進して、社会課題の解決や地方創生につながることが期待されています。

──どのような背景から、企業版ふるさと納税が生まれたのでしょうか。
地域の人口減少が進み、社会課題も複雑化する中で、地方公共団体だけでは地域の社会課題を解決することは容易ではありません。一方で、企業側でも社会課題の解決に取り組むケースが増えています。
国や地方で地方創生の政策がスタートする中、企業の民間資金やノウハウを持つ企業人材を地域に還流させるという観点から、2016年度に企業版ふるさと納税が創設されました。
──企業版ふるさと納税を行う際の注意点や、個人が行うふるさと納税との違いはありますか。
まず個人のふるさと納税は総務省、企業版ふるさと納税は内閣府と所管が異なります。企業版ふるさと納税では個人のふるさと納税のような返礼品はなく、寄附の代償として地方公共団体から経済的な利益を供与することは禁止されています。
個人の場合と同様に企業版ふるさと納税でも本社が所在する市区町村への寄附は対象外ですが、例えば企業の支店や工場が所在する地方公共団体への寄附は可能です。
また寄附の対象は、地方公共団体が行う事業・プロジェクトとなっています。地縁やプロジェクトへの共感、事業構想段階からの官民連携事業など、さまざまな寄附活用の事例が生まれています。

企業は何のために地域に寄附をするのか?
──多くのプロジェクトがある中で、企業はどのように寄附先を選定するのでしょうか。
制度創設当初は、創業地への恩返しや支店の所在地など、地縁から寄附先を選定するケースが多かったですが、制度の活用が進むにつれて、地方公共団体が行うプロジェクト内容への共感や、企業の発展に資する事業への寄附が増えています。
寄附するプロジェクトを選定するだけでなく、企業と地方公共団体がプロジェクトの構想段階から連携し、地域の社会課題の解決に向けて取り組むケースも出ています。官民連携は本来の制度の目的や理念でもあるので、制度の活用を通じた取組は、国としても好意的に受け止めています。
──寄附を行う企業側のメリットはあるのでしょうか。
地方公共団体とのパートナーシップ構築が挙げられます。地方公共団体と組むことで、企業はより実態に即した環境下で社会課題に取り組むことが可能になります。
自社だけでは取り組むことができない企業課題、社会課題に、制度を活用してプロジェクトとして賛同したり、参画したりしています。机上の空論ではなく、地域や行政のリアルな課題に社内人材が携われるのは、人材育成や新規事業開発といった観点でも大きなメリットです。
また自社のPRとしても有効です。創業地や支店所在地など地域に自社名が広がれば、企業のイメージアップや将来の雇用確保に結び付きます。地域貢献に取り組む企業をアピールすることにもつながるでしょう。
さらに、企業が自社に関係のあるプロジェクトを選んで納税できる点もメリットです。企業版ふるさと納税では納税先を自社で決められるという考え方もあるため、企業に関わりのあるプロジェクトに参画するきっかけにもつながります。
なお、寄附の代償として経済的な利益供与は認められていませんが、癒着が禁じられているだけであって、入札など公正なプロセスを経て、透明性を確保したうえで、地方公共団体と寄附企業が契約関係を結ぶことは可能です。

──現在の企業版ふるさと納税の活用状況はどうなっていますか。
2019年度までは伸び悩んでいたのですが、2020年度(令和2年度)の税制改正によって税額控除割合が拡充し、損金算入と合わせて、現在の最大約9割まで軽減効果が得られるようになりました。
この軽減効果に企業が注目し、2020年は前年度226%増の寄附額110億円、寄附件数は1327件から2249件と大幅に拡大し、2023年度は寄附額470億円、寄附件数は1万4022件まで拡大しました。
ただ企業からの認知度はまだまだ低いのが現状です。

企業版ふるさと納税活用の4モデル
──お話を伺っていると色々なケースが考えられそうですが、企業版ふるさと納税の活用モデルとしてはどんなものがありますか。
地域が抱える課題は多様なので、大小含めてさまざまなモデルが挙げられます。
人材採用モデル | 岡山県玉野市

例えば、将来地域で活躍できる人材を企業が育成する「人材採用モデル」。岡山県玉野市は造船業が基幹産業ですが、市内に工業高校がないことから、工業系企業への就職者不足が深刻化し、また若者の市外に流出も多いことから、地域で専門人材を獲得することが難しい状況でした。
そこで玉野市で創業した三井E&Sホールディングス(旧三井造船)が、自社の創業百周年を迎えるタイミングで玉野市に寄附の申し出があり、これを契機に、市内商業高校の機械科設置につながりました。
寄附での資金提供に加えて、企業敷地内に新設整備した機械実習施設を提供、実習棟では三井E&Sグループの社員が実習技術指導者を務めるほか、地元企業へのインターンシップ制度の充実にも取り組んでいます。地域目線では若者人材の定着、企業目線では人材の獲得につながっています。
PoCモデル | 鹿児島県大崎町

新しい地域のあり方を企業と共に探る「PoCモデル」には、「リサイクル率日本一の町」である鹿児島県大崎町が該当します。
現在、大崎町では、一般社団法人大崎町SDGs推進協議会を設立し、「リサイクルの町から世界の未来をつくる町へ」というスローガンのもと、全てのものを循環させる「サーキュラーヴィレッジ構想」の実現に向けて、町内外の企業と協働し、環境負荷を下げる商品開発等に取り組んでいます。
2021年度内閣府企業版ふるさと納税大臣表彰を受賞した時点では、企業版ふるさと納税を通じた寄附企業を含め、約20の企業や研究機関と連携して共同プロジェクトが立ち上がっており、大崎町はSDGsに関わる企業のさまざまなプロジェクトのPoCの場となっているのです。
ブランディング・PRモデル | 秋田県白神山地

世界自然遺産・秋田県白神山地の事例は、企業版ふるさと納税が企業のブランディング・PRにつながっている好例です。
秋田県は、秋田県藤里町に研究所を持つ化粧品会社のアルビオンなどの企業に向けて、環境保全活動への協力を呼びかけました。アルビオンは企業版ふるさと納税を通じて、企業単独では取り組めない「世界自然遺産の保全」に参画し、白神山地をフィールドにした自然体験ツアーやエコツーリズムイベントにも協力しているそうです。
化粧品は水や植物を原料とするため、山や川がきれいになると製品の品質向上にもつながる、まさに好循環を実現しています。また、こういった活動が社内外に知られることで、社会貢献企業、商品のイメージアップといったブランディング・PRにもつながっているほか、秋田県内の雇用拡大にもつなげています。
産業振興モデル | 島根県奥出雲町

島根県は全国でも有数のエゴマの産地として知られています。しかし、高機能食品「エゴマ」の需要が高まる中、供給が間に合わず、収穫量の安定が求められていました。
収穫量の安定が求められる中、カネダ株式会社のグループ会社が奥出雲町産のエゴマを販売している縁もあって、カネダ株式会社が奥出雲町の生産拡大等による取組に賛同し、寄附を決定しています。奥出雲町では、企業版ふるさと納税を活用して、収穫に使用する農業機械の購入、商品開発にかかる経費、栽培農家への買取上乗せ助成などの支援を行いました。企業としては、地域の産業が活性化することを通じて、市場の安定・拡大につながり、結果的に企業の利益拡大を見据えた事例です。
──企業が地域の社会課題解決に関わるだけでなく、長期的に自社の利益にもつながっているのが興味深いです。
基本的には地方公共団体から企業へ寄附を募るモデルが多いですが、近年では、企業から自社の事業領域に取り組む地方公共団体の提案を受けて寄附を決定する「公募型モデル」もあります。
「地域カーボンニュートラル促進プロジェクト」を展開するヤフーでは、カーボンニュートラルに向けた取り組みを行う地方公共団体を公募し、12プロジェクトに企業版ふるさと納税を行いました。
類似事例として、北海道の市町村を対象とした三菱UFJの「北海道推しごとオーディション」、北海道が創業地であるエア・ウォーター北海道での「ふるさと応援H(英知)プログラム」などがあります。
行政が取り組む社会課題は、企業の事業領域に重なる内容が多いです。官民連携の事例が年々増えていますが、まだまだ企業側では、地方公共団体との接点がない、連携したことがないといった声が多く聞かれます。
企業版ふるさと納税という仕組みを会話のきっかけとして、既に自社の事業領域に関係した社会課題に取り組んでいる地方公共団体と協業することにつながると考えています。それは結果的に中長期的な企業の成長に寄与する場合もあるでしょう。

──今後、企業版ふるさと納税はどのように活用されたらいいとお考えですか。
2024年末に公表された令和7年度税制改正大綱では、制度の3年間延長が講じられることになり、さらなる制度活用の機運が高まると感じています。
あくまで企業版ふるさと納税の制度はツールであり、企業と地域が対話するきっかけを生み出せれば良いと考えています。企業と地域では、環境も組織のルールも異なるので、まずは制度をきっかけに対話する関係性をつくってほしいと考えています。
また、企業と地方公共団体が立ち上げた共創プロジェクトに複数企業が参画するモデルも増やしたいですね。行政と複数企業の力が集積すれば、より複雑な社会課題や持続的な取り組みも可能になるでしょう。
大規模なプロジェクト、小さなプロジェクトでも、制度を通じた持続的な官民連携の取組から日本全体が盛り上がる未来に期待したいですし、私も微力ながら適切な市場形成・拡大に向けた普及促進と、官民の対話の通訳機能を果たしていくよう取り組んでいきます。
(文:秋元沙織 編集:野垣映二 写真:小池大介)