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小泉文明はなぜ“まちづくり”会社を立ち上げ、何を目指すのか?

2024.10.17(木) 16:12
小泉文明はなぜ“まちづくり”会社を立ち上げ、何を目指すのか?

メルカリ会長であり鹿島アントラーズ社長の小泉文明氏は、個人出資でまちづくり会社KXを立ち上げ、茨城県の鹿行・カシマエリアの地域活性化のために多様な取り組みを行っている。KXの活動は、鹿島アントラーズと連携をしながら、その地域に住む「人」の挑戦にフォーカスしている。小泉氏は、なぜまちづくり会社を立ち上げ、鹿行・カシマエリアに何をもたらそうとしているのか。稀代のベンチャー経営者が取り組む、まちづくりの全容を聞いた。

誰もやらないなら、自分がやる。

──小泉さんは鹿行・カシマ地域(※)のまちづくりに特化した会社「KXを2021年に創業しました。小泉さんがまちづくりに取り組もうと考えた経緯を教えてください。

※鹿行・カシマ地域…(茨城県鹿嶋市・潮来市・神栖市・行方市・鉾田市)

小泉:KXを設立したきっかけは、2019年9月にメルカリが鹿島アントラーズを買収したことです。メルカリには「循環型社会の実現」というミッションがあります。そこに向き合う中で、スマートフォンやアプリを飛び越えたリアルな場所でのアクションが、ミッションに近づくひとつの有効な手段ではないかと考えたのです。

プロサッカークラブは株式会社でありながら、地域におけるパブリックな存在でもあります。また、鹿行・カシマエリアは全市の人口を合わせても約25万人の小さな街で、大きな街ほど調整コストはかかりません。鹿島アントラーズを主体として行政やパートナー企業を巻き込み、テクノロジーを活用し循環型社会の実現に向けたPoCを回していくことで、メルカリの目指す世界観に近づけると考えたのがスタートでした。

小泉 文明氏 メルカリ株式会社 取締役会長 / 株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー代表取締役社長 / 株式会社KX 代表取締役社長

しかし、いざ鹿島アントラーズを買収してホームタウンである地域に目を向けて見ると、そこには厳しい現状がありました。もともと鹿行・カシマは臨海工業地帯に依存した地域です。90年代前半までは景気が良く、口を開けていればお金が入ってくるような状況でしたが、現在は鹿行・カシマ地域の5市のうち3市が将来には消滅可能性都市になっています。

ホームタウンが元気でないとスポーツクラブは成り立ちません。最初は誰か地域を盛り上げてくれないかという淡い期待があったのですが、そもそもアクションを起こすプレイヤーの絶対数が少ない。そこで、鹿行・カシマエリアのまちづくりに特化した株式会社KXを立ち上げました。

──小泉さん個人の100%出資で設立したのには、何か理由があるのですか?

小泉:「誰もやらないなら、自分がやる」というベンチャー精神で、とりあえず会社を立ち上げた感じで。株式会社化したのは、僕の私財を投じて尽きたら終わりみたいな構造はまずいので、まちづくり会社でもちゃんと稼いで、サステナブルに事業が回っていくようにしたかったからですね。

──KXではどのようにまちづくりを推進しているのでしょうか

小泉: KXが行っているのは「人」を中心とした、いわゆる地上戦です。若手起業家を支援し、地元の事業者や大企業とをマッチングさせるなど、地域の人々や企業の橋渡し役として機能することで、地域で新たなチャレンジをする人と環境を増やし続けることを目指しています。

企業城下町だった鹿行・カシマ地域には自発的にアクションを起こす文化が根付いておらず、新たなチャレンジをするプレイヤーが少ないように感じていました。地域を盛り上げるには、まず地元住民を盛り上げる必要があります。

また、地域では「人」こそが、そこに訪れる魅力になります。1~2回ならばそこにあるユニークな体験で訪れてもらえるかもしれない。でも、それが3回、4回となっていくにはそこに「人」の力が必要になります。

コロナ禍でスタジアムに行けないとき、サポーターたちが恋しがったのはサッカー観戦だけでなく、いつも話していた駐車場のおばちゃんなどの「人」でした。

「人つなぎ」「人づくり」で地域を活性化

──KXの創業から約2年半が経ちました。KXが行っている具体的なアクションについても教えてください。

株式会社KX プロジェクトマネージャー 菊池優氏

菊池:この2年半は、「人つなぎ」と「人づくり」をキーワードに、コミュニティづくりに注力してきました。地元で事業を行っている人やこれからチャレンジしたい人たちをつなげる活動です。

活動を始めたばかりのころは、地域に受け入れてもらうために、住民との関係構築にひたすらコミットしましたね。地元の有力者と対話したり、お祭りに参加したりするうちに、徐々に信頼を得て、地域側からわれわれに相談してもらうことも増えました。

先ほど「地域を盛り上げるプレイヤーが少ない」という話がありましたが、実はバラバラに活動しているために外から見えづらいだけで、頑張っている人たちはたくさんいるということも分かってきました。

それが分かってからは、その人たちをつなぐためにひたすら飲み会やイベントなどを開催しましたね。

──それらの活動によって、地域に変化の兆しはありましたか?

菊池:例えば、Paradise Beer Factoryという農家直営レストランを運営されている鹿嶋パラダイスさんは、鹿行・カシマ地域で農薬も肥料も使わない、鹿嶋産の麦によるオーガニックビールを製造しています。一杯あたり1000円前後のビールは、地元の人たちからすると少し高い感覚があり、彼らのこだわりや想いはあまり理解されにくい状況でした。

そこで、Paradise Beer Factoryのオーナーである唐澤さんに地域の方に想いを語っていただくイベントを開催するなど、地元の人たちへ価値を気づいていただく機会を設けました。唐澤さんからは「これまで地域外の方に伝える機会はあっても、地元の方に伝える機会はそう多くなく、ありがたかった」とおっしゃっていて、地域の中での新たなコラボレーションも生まれようとしています。

──現在KXでは、「スポーツバー」と「グランピング施設」という2つの自社事業にも着手していますよね。どういった狙いがあるのでしょうか?

小泉: スポーツバー「Asobiya」はまさに「人つなぎ」「人づくり」の場にしたいと思っています。地元企業の経営者や起業を目指す人が一日店長をしたり、ピッチを行ったり。地元の経営者が若者を支援するきっかけになるなど、マッチングが生まれることを目指しています。

グランピング施設「No.12」は、もともと鹿行・カシマ地域の宿泊施設が充実していなかったため、地元企業を含めて16社の出資によって設立することになったのですが、出資者が想像以上に集まったことに驚きました。出資元の社長には後継ぎ経営者も多くて「まちに貢献したいが、アイデアがなかったから、こうやって応援できるのがありがたい」とおっしゃってくださったんですね。

私たちはこういった地元の経営者と、次のチャレンジャーである若者がつながることで、新しいシナジーが起きることを期待しています。私たちが仕掛けていくことで、少しでもまちが面白くなっていき、まちの景色が変わっていけばと思っています。

未来に向けて、若者のチャレンジを支援していく

──KXの今後の取り組みについてお聞かせください。

小泉:正直、KXは“ドベンチャー”なのでどうなっていくか私たちもまだ予想できていないんです。事業計画も何もないので。

でもまずはスポーツバーとグランピング施設の2事業を成立させることが直近の目標です。特にスポーツバーの目的は「マッチング」なので、そこから何人が起業するか、どんな新規事業が生まれるかといった成果を追求していきます。起業の成功事例を作ることで、地元の若者が恐れずに挑戦できる空気を作りたいですね。

スポーツバーの前身で行っていたイベントがあるのですが、私たちがたきつけたこともあって徐々に事業にチャレンジしたいという若者が増えています。実際に地域おこし協力隊を卒業した女性がシェアオフィスや雑貨屋を始めたりもしているんです。そういった様子を見て、周囲にも「自分もできるかな」という空気が生まれているように感じますね。

あくまで挑戦の発火点になることが目的であり、バー経営で儲けようと考えているわけではないですが、その挑戦の数が増えていけば必然的にバーも儲かっていくのだと思います。

──KXの枠に限らず、鹿島アントラーズの社長及びメルカリの会長として考えたとき、鹿行・カシマ地域の今後をどのように描いていますか?

小泉:鹿島アントラーズで現在構想している新スタジアム建設もまだどうなるかはわからないですが、ひとまず数年以内に方針を決定しようとしています。それはもちろん地域にとっても良い話だと思っていて、新スタジアム設立に向けてまちにどういう機能やコンテンツがあれば良いのか考えていきたいですよね。それと同時にチャレンジする若者が増えていき、個性と活気のあふれる、歩いていて楽しいまちになれば、という思いがあります。

──メルカリの目指す「循環型社会」の実現に向けたテクノロジー実装の構想はあるのでしょうか。

小泉:鹿島アントラーズではすでにパートナー企業のテクノロジーを活用したまちづくりに取り組んでいます。例えば、鹿島アントラーズのパートナー企業であるオムロン様に協力を仰いで、介護予防プログラムを提供する地域の健康増進プロジェクトの実証実験を行っています。あとはエネルギー領域のパートナー企業もいるので、新エネルギーの取り組みにもチャレンジしていく予定ですね。

一方で、本田技研工業とのEVバイクを活用した地域周遊コンテンツやパスファインダーとの片道レンタカーの実証実験など、さらに市民と近い領域の実証実験はKXが担当しています。

鹿島アントラーズとKXは棲み分けをしながら、お互いに情報共有して、連携して動いていますね。

地域のアセットを生かして新しい挑戦を

──鹿行・カシマエリアの取り組みは、他の地域にも横展開できそうでしょうか?

小泉:真似できる部分とそうでない部分があると思います。鹿行・カシマエリアには鹿島アントラーズや鹿島神宮といった、恵まれたアセットがあり、それを前提にしている部分も多くあります。鹿島アントラーズは隔週で約2万人の集客ができる人気チームです。なぜそこまで人気かと問われれば、勝てる強いチームだからであって、それは一朝一夕に真似することはできません。

とはいえ、スポーツクラブのパートナー企業をうまくコミュニティ化し、まちづくりに巻き込んでいくというやり方は、参考になると思います。かつてのパートナー企業とのかかわりは、ユニフォームに企業名をプリントするといった広告宣伝が主でした。しかし、今はわれわれがパートナー企業を分析して、まちづくりに関わるPoCを提案しています。

さらに、スポーツクラブはコミュニティ形成で地域創生に大きく貢献します。同じチームを応援していると自然と仲間になれる。

鹿島アントラーズでは、地元のスポンサー企業が集まる「アントラーズビジネスクラブ」というビジネスコミュニティを作り現在100社以上が参加してくれて、様々なコラボレーションが増えてきています。

今後もさまざまな事例が生まれる中で、他の自治体が参考にできるケースがあれば、真似してもらうといいのではないかと思っています。

──小泉さんがまちづくりに取り組んでみて、日本の地域活性化に必要だと感じたことを教えてください。

小泉:地域は人の流動性が低いことが課題だと感じます。地元の人と外から来る人が混ざりあって化学反応を起こすことや、地域の特性を生かした新しいチャレンジを促進することが重要です。

そして、新しいチャレンジは失敗することもあるので、チャレンジの量を増やすことも大事になります。行政は、そういった地域の流動性を促すような政策や、資金的なサポートができるといいですね。

(編集:野垣映二 文:岡田果子 写真:鈴木渉)