三井不動産

【VUILD・秋吉】地産地消の家づくりが生み出す、新しい地域経済

2024.07.22(月) 12:50
【VUILD・秋吉】地産地消の家づくりが生み出す、新しい地域経済

2000年代の中盤から起こった、メイカームーブメントによって、Fablabやデジタルファブリケーション技術が徐々に世の中に普及していった。これにより、専門的・特権的だった高度なものづくりが個人の手で実践できる「ものづくりの民主化」が進んだ。

その流れを汲み、2017年に「建築の民主化」をビジョンに掲げて創業したのが建築系スタートアップ「VUILD」だ。代表を務める秋吉浩気は、一貫して「誰もがつくり手になれる社会」を志向して活動してきた。

木材加工とデジタルファブリケーションを軸にした同社のサービスは、どれもが過疎地でも高品質なものづくり・家づくりができることを可能にしており、都市部と地域の非対称性をゆるやかに崩しつつある。

秋吉氏に神奈川県・厚木市にあるVUILDの工場で、木材を加工する音が響く中、デジタルファブリケーションと地域経済の活性がどう関係していくかを聞いた。

秋吉浩気

VUILD株式会社 代表取締役CEO
1988年、大阪府生まれ。2013年、芝浦工業大学建築学科卒業。2015年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士修了。2017年にVUILD株式会社を創業。Under 35 Architects exhibition 2020 Gold Medal賞、「まれびとの家」で2020年グッドデザイン金賞、2024年みんなの建築大賞大賞など受賞歴多数。

木材加工のマシンで林業者や自治体の6次産業化を叶える

──秋吉さんが代表を務める「VUILD」はどのような会社なのでしょうか。

VUILDは「建築の民主化」をビジョンに掲げ、デジタルファブリケーション技術を活用した事業を展開する建築系スタートアップです。デジタルファブリケーションとは、コンピュータ数値制御を用いた製造技術のこと。デジタルファブリケーション機器を使うと、複雑な形状のものを、比較的安価に、専門知識のない一般人が加工できます。

具体的には、コンピューターによる自動制御でさまざまな木材加工を実現するCNCルーター「ShopBot」の販売や、木製品の開発、製造及び加工、デジタル家造りプラットフォームの開発・運営、建築設計などをしています。

VUILDが販売する多様な加工が可能な木工CNCルーター「ShopBot」

──VUILDはさまざまな自治体や地域事業者にサービスを提供しています。VUILDのサービスが地域に与える影響についてどのようにお考えですか?

「ShopBot」の場合、販売先は主に地方の中山間地域の林業者や自治体です。林業が抱える構造的な問題は、木材が産地から消費者の手に届くまで、加工業者や商社、施工業者など多くの中間業者を介するため、利益率が低くなってしまうことです。

でもShopBotがあれば、自分たちで伐採した木材を、家具や小物に加工することができる。これまで1000円の木材を売って10円しか利益が出なかったのが、1000円の木材を自ら加工して1万円以上の商品として売れるようになる。つまり利幅を増やせるんです。

ShopBotの導入費用として初期投資が600万円くらいかかりますが、自分たちでプロダクトを製造・販売することで半年か1年で投資回収できるまで実績を上げているところもあります。地域の材料に付加価値をつけて売ることで、地域経済も活性化します。

2015年にShopBotを納品した高知県佐川町は、林野率が80%から90%ほどあり、自伐型林業(※)に力を入れている地域でした。6次産業化したいけれど最後のプロダクト・アウトができないという課題を解決するために、ShopBotの導入を決めたんです。

今では木材を使った商品開発の分野で起業する人も現れ、雇用も生まれています。若者の人口流出の原因は、その地域にやりたい仕事がないことだったりもする。でもShopBotでクリエイティブな仕事ができるのであれば、地元で就職したいという人も出てきます。

また、ShopBotを使って古い家や店舗を改修したり、ベンチやバス停を作ったりして、町の景観や環境が良くなる効果もあります。

さまざまな地域にShopBotを導入していくうちに、デジタルファブリケーションが地域の魅力増進に貢献し、地域課題の解決につながることもあるのだとだんだんわかってきました。でも、ShopBotを導入するだけでは解決できないこともあったんです。

※自伐型林業:一般的に所有と経営・施業が請負事業体に委託される林業と違い、経営や施業を森林の所有者が自ら行い、毎年間伐生産しながら長期的に経営を安定させる林業のこと

──どのような問題があるのでしょうか。

納品時に担当者にShopBotの使い方を研修しても、その方が辞めたり異動したりすると、誰も使えなくなってしまうんです。ShopBotは使いこなすのに知識やスキルが必要で、そこに依存する限り「どこでも・誰でもものづくりができる」という状態にはらない。

そのため、ShopBotを使ったものづくりでプロの知識やスキルが必要な部分を一部システム化しました。それが2018年にサービスを開始した「EMARF」です。EMARFは、これまでメーカーにしかできなかった家具の製造と流通を、一般人を含むすべての設計者に開放するプラットフォームです。

CADで設計した3DデータをEMARFのサイトにアップロードすると、木材の種類や厚み、仕上げの仕様などを選択できて、自動で板取りして、機械を動かすためのプログラムも自動で生成してくれます。さらに、材料費や加工費などでいくらかかるか見積もりを出せて、自分の拠点に一番近いShopBotに発注できるんです。あとは、カットされたパーツが届いて組み立てるだけです。

──地域での活用例はどのようなものがあるでしょうか。

デザイナーや設計者がどこにいても、データをアップすれば全国のShopBotで木材加工が可能なので、都市部も地域も関係なくものづくりができるのが、EMARFの価値だと思います。

今、ShopBotを保有する工房が全国で約220箇所あって、そこではその地域のブランド木材を選んで加工することも可能です。なので、より地方でのものづくりも充実していくでしょう。個人の家具製作の他、地域の店舗の内装、公共施設に設置する大型家具の製作などにも使われています。

顔の見える関係性で家をつくると、感謝経済が成り立つ

──VUILDでは「建築の民主化」を目指しているとありましたが、ShopBotでは小物や家具だけでなく、建物も作れるのでしょうか。

それを実践したのが、2019年に富山県南西部の南砺市利賀村に建てた「まれびとの家」です。このプロジェクトではクラウドファンディングとデジタルファブリケーションという、個人の非力さを補完する情報技術の力で、現代の集団的創作の在り方を模索しました。

利賀村は越中五箇山の一部にあり、標高1,000m以上の山々に囲まれていて、過疎化や高齢化、少子化といった社会問題に直面しています。

地方で限界集落が増えていく一方で、情報技術の進化と普及によって、どこにいても都市部と同じように暮らしたり働いたりできる状況が生まれつつあります。そうなると、人間性を回復してくれる広大な風景を擁する小さな山村にこそ、競争優位性が生まれるのではないか。都市と地方の圧倒的な非対称性が崩れつつあると僕は思っています。

とはいえ、何の地縁もない地方への移住や定住は心理的にハードルが高い。そこで、まれびとの家では「観光以上移住未満」の家のあり方を提案しました。クラウドファンディングに参加した出資者同士で保有管理し、出資者でなくても自分の家のような感覚で泊まれるゲストハウスとして運営しています。

そして、伐採、製材、加工、組立など原材料の調達から建設まで、半径10キロメートル圏内で完結する流通の仕組みを設計したんです。利賀村の木を伐採し、五箇山内の業者が製材する。建物を構成する部材の加工は利賀村の隣にある上平村のShopBotで行いました。地域の外に物質を輸送する必要がなく、地域内で生産が完結するネットワークです。

──地域内で生産が完結することによるメリットは、どのようなものがあるのでしょうか。

まずは輸送距離が抑えられることによる、炭素排出量の低減ですね。また、大きすぎて輸送コストが莫大にかかるような大木も活用できるようになります。まれびとの家の内装には欅の大木を加工した、一枚板の天板を使っています。通常は輸送に掛かるコストが上乗せされるため高くて使えないこれらの木材も、地元でデジタル加工技術を用いれば手頃な価格で手に入ります。木材の地産地消としてその地域特有の地域資源を活用することは、地域の価値を上げることにもつながると思っています。同時に、地域にお金を落とすことが、地域経済活性化に貢献できます。

──20204月には個人の家づくりを手軽にするサービス「NESTING」を開始していますよね。

NESTINGは、住宅テンプレートをアプリ上で編集するだけで、家をデザインできて、見積もりから部材のデータ生成、発注までできるという家づくりプラットフォームです。

NESTINGのアプリで設計したデザインは、家具同様にキットとして現場に届けられます。部品はすべて10kg以下で制作しているので、施工方法を習えば一般の人でも造ることができます。実際に施主さんと仲間の皆さんが木材加工や部品の組立、塗装などを行う住宅プロジェクトが現在10棟以上進行中です。

都心から離れると土地が急に安くなりますよね。しかも通常は家が建てられないような山奥などは、さらに安い。そうしたところで仮に約400万円で土地が手に入ったとして、建物部分はNESTINGだとキットで約1000万、電気設備など込みの総工費で24坪約2000万円くらい。そうなると坪100万で土地建物込みの高品質の家が建てられるんです。

撮影:澤木 宥吾 / Yugo Sawaki

また、経済的な価値以上に僕が価値を見出しているのは、木を切った人とその木を使った家に住む人がお互いに顔の見える関係であるということです。通常、林業者は木材を出荷したら、どこで使われているか、どんな建物になったのかなんてわかりません。でも地域内で生産が完結すると、建った家を見に行くこともできる。自分が切った木で立派な家が建ち、そこで幸せそうに暮らしている人がいる。これって、林業にとってすごくやりがいのあることだと思うんです。

NESTINGを通じて、こうした情緒的なつながりが次々と生まれています。NESTINGには仲間との共同作業により関係性が強まり、関わったことでその場所、建物に愛着が生まれるという効果があって、これが意外と大きいと思っているんです。

NESTINGの一棟目は直島に建てたのですが、その施主さんが栃木県での2棟目の施工にも参加してくれました。家を建てるための人手と考えたら、普通は賃金や交通費が発生するんですけど、金銭を介さずに感謝でつながって、自分がしてもらったことを人に返すかたちで「感謝経済」のようなものが生まれているように感じます。究極的には、お金を介さずに家や居場所がつくれる状態になるのが理想だと考えています。

こういうのって、昔の集落ではうまく機能していたんですよね。例えば五箇山の合掌造り集落の家屋は茅葺屋根で、その葺き替えにはすごく労力がかかります。それを業者に発注するのではなく、地域の人達で持ち回りでやっていく。労働の交換で、金銭を介さず共同体を運営していく相互扶助の仕組み「結」の文化が根づいているんです。

「まれびとの家」では小さくて軽い部材を組み上げる構法を採用することで、誰もが参加して建てられる建築を目指しました。実際に、クラウドファンディングの参加者も含め、たくさんの人が建築に参加してくれたんです。家づくりについて、現代の「結」のようなものを新しく生み出せたのではないかと考えています。

建てることを通じて、人や資源、地域などいろいろなものをつなげていくのもNESTINGの価値です。

――旧来の資本主義的な視点での地域活性化だけでなく、感謝や信用をベースにした新しい地域経済が生まれそうです。

私たちの目指す方向は「自律分散」です。誰もが皆、自分たちの力で、身近な資源を用いて、理想の環境をつくれるような社会を実現したい。

VUILDのビジョンは「『いきる』と『つくる』がめぐる社会へ」というもので、地方はそれを実現しやすいと感じます。お金を介さずとも信用や感謝をベースに労働を交換することで実現できることがたくさんある。また、地方であれば作業音も気にせず、材料も容易に調達できる場所が簡単に見つかります。デジタルファブリケーション技術があれば、自分の暮らしを自分でつくれるんです。

地方だからこそできるライフスタイルが、都市部から羨まれるようになる。そうした変化がすでに起きているのではないでしょうか。

(編集:野垣映二 執筆:崎谷実穂 撮影:小池大介)