農業、インフラ、再エネ。「衛星データ」が地域の“持続可能性”のためにできること
「2040年には市場規模150兆円に到達する」と予測されている宇宙産業。月面探査や宇宙旅行など、長期かつ国家レベルのプロジェクトが話題になることが多いが、その一方ですでに地域で実用レベルでの利活用が始まっているのが衛星データだ。
世界で初めてJAXAから資金調達を受けた 宇宙スタートアップ企業である株式会社天地人は、衛星データを活用し、すでにいくつかの地域課題を解決するソリューションを提供している。特集「ニッポンの『地域』から『宇宙』へ」の第2回では、同社 副社長・CSTOの百束 泰俊氏に、地域×宇宙の可能性について伺う。
ロケットの打ち上げから衛星データの活用へ。宇宙産業の現在地
──近年、民間事業者を含めて宇宙産業が盛り上がっていますね。
宇宙についてメディアが取り上げる際、宇宙飛行士をロケットに乗せて飛ばすといった話題が注目を集めやすいですよね。ただ、ロケットの多くは人工衛星を乗せることが目的であり、さらにその衛星にも何らかの利用目的があります。そこには衛星放送、通信、GPSといったさまざまなニーズがあり、その中のひとつが衛星データの活用です。
ここ15年から20年で、ロケット・人工衛星の打ち上げだけでなく、その先の民間事業者による衛星利活用の市場にも注目が集まりはじめた。それが現在の宇宙産業の概況です。
実はこの衛星利活用の部分が一番市場として大きく、またこの市場が広がっていかないと宇宙産業全体が成り立たない構造になっています。衛星が利用されて生み出されたお金が元手になり、人工衛星の輸送費としてロケット分野にお金が流れていく構造になっているからです。
百束 泰俊
株式会社 天地人 CSTO
2004年宇宙航空研究開発機構(JAXA)に入構。降水観測の「GPM主衛星」、温室効果ガス観測の「いぶき2号衛星」について、JAXA職員として全開発工程を担った地球観測衛星の専門家。NASAゴダード宇宙飛行センター駐在を経験。大規模システムのプロジェクトマネジメントを専門とする一方で、自ら開発した衛星を含む様々な地球観測データを活用しつつ、ビジネスアイデアを創出する。天地人の共同創業者。
──その中でも衛星データ利活用の市場が盛り上がっているのには、どのような背景があるのですか?
私はよく衛星データの産業構造を『魚の流通』に例えて説明するんです。データが魚だとすれば、ロケットが漁船で、衛星が漁師のようなもの。その先にはデータという魚を保持しておく専用の施設があったり、データを魚の部位のように切り分けて仲卸する代理店のような存在もいます。
これまでの衛星データの市場は、魚を刺し身として提供するように、衛星写真をそのまま提供するようなサービスが一般的でした。その場合、サービスの価値を決めるのは鮮度のみ。より新しいデータに価値があるとされていました。
しかし、魚を加工したり調理することでさまざまな食べ方ができるように、衛星データも加工次第でさまざまな利活用の可能性が広がります。地上のビッグデータと組み合わせたり、新旧のデータを時系列で分析したり。さらにはNASAやJAXA以外の民間事業者による人工衛星が増えたことで、衛星データ自体の選択肢も増えています。
これにより、衛星データの新しい価値の作り方が生まれつつあり、業界でゲームチェンジの兆しが現れてきた。それが今の衛星データ利活用のトレンドになっています。刺し身の市場よりも魚を料理する外食市場の方が大きいように、衛星データもそのまま提供するのではなく、加工して提供する市場の方が大きく、さまざまなニーズに対応することができますから。
──天地人もまさに「衛星データの加工市場」のプレイヤーということですよね?
そうですね。天地人は衛星データを活用して、防災や減災、公共インフラ、農林水産業など、さまざまな領域の支援をする会社です。地上データと衛星データを重ね合わせ、AIを用いることで複合的な分析を実現しています。
天地人のケーパビリティとしては、まずNASAやJAXAが提供するようなオープンデータのほか、さまざまな事業者が打ち上げた衛星のデータを購入したり、パートナーシップを結ぶことで利用可能にすること。衛星データのマーケットプレイスがあるわけではないので、どこにどのデータがあってどう手配すればよいかをわかっているという点も、強みのひとつになります。
もうひとつは、クライアントの課題に応じて、衛星データと地上のデータを組み合わせて、現場で使いやすい形に変えて提供できる点。クライアントへの課題のヒアリングから始まり、どのようにデータを組み合わせればクライアントの価値になるのかを考え、データを調達し、最終的には誰でも利用しやすい「システム」の形で提供します。これにより、衛星データに馴染みのない一次産業の現場でも、衛星データを利用できるようにしています。
衛星データに向いていること、向いていないこと
──各産業の衛星データ利活用について、もう少し詳しく教えてください。どのような分野のニーズに応えることができるのでしょうか?
それをお話するには、まず衛星データの優位性について理解いただく必要があります。場合によっては、地上のセンサーから得たデータの方が適していたり、目視やドローンの画像で十分であるというケースもありますから。
衛星データの特徴はひとつ目に、広範囲のデータがとれること。例えば衛星写真なら、宇宙からの視点で捉えられるので、ドローンよりも広い範囲を撮影できます。
二つ目に、過去にさかのぼってデータを発掘できること。衛星は、私たちがデータを使いたいと思った『今日』よりも以前に打ち上げられており、観測を続けています。つまり、今日より過去、年月をさかのぼって、天気や温度を調べることもできます。
そして三つ目は、データを比較しやすいこと。衛星という単一のセンサーで地球を捉えるため、複数の場所や過去と現在を同じ物差しで比較できます。地上のセンサーの場合、日本と別の国の気温を比較するにも温度計の種類や設置場所が異なるため単純には比較できないことが多いけれど、衛星データならその心配がありません。
──これらの衛星データの優位性を活かせる場面が、衛星データの利用シーンになるということですね。
そうですね。こうした衛星データの優位性を理解した上で、次にどのようなニーズがあるのかに目を向けてみましょう。
今、日本の地域では人口減少による人手不足が課題になっています。例えば農業分野であれば、少ない人材で広い領域を把握・管理しなければならないわけです。インフラの老朽化も課題になっていますが、そこでも同じく広範囲にわたるインフラを少人数で点検・管理しなければなりません。
衛星データと言うと、衛星写真のような光学画像をイメージされる方が多いと思いますが、実際は地表面温度、形状、風況、日射量、降水量など目では確認できないさまざまな情報も取得することができます。これらの多様なデータ、そして衛星データの優位性を活かすことで、さまざまな地域課題に対するソリューションを提供することが可能になります。
衛星データによる土地評価、インフラ維持管理の事例
──衛星データを活用した実際の事例についても教えてください。
例えば、衛星データを土地評価に活用する事例があります。風力発電所の適地探索ツールの開発では、風況が良く、広大な土地があり、輸送路に問題がなく、送電線が近くにあるなど、諸条件を満たす場所を探すために衛星データを用いています。
また、農業分野での事例としては、栽培に適した農地を探すツールを開発しています。耕作地の地表面温度や日射量、降水量などのデータをもとに作物が美味しく育つ気候風土の分析を行い、その条件に合致する土地を複数地域・期間で比較して探し出すものです。
──自治体からの依頼もあるのでしょうか?
依頼主は政府関係や民間企業も多いのですが、自治体から依頼を受けた事例も多数あります。
私たちは月面でのアスパラガス栽培を目指す「月面アスパラガス」という自社プロジェクトを推進しているのですが、そこで培ったアスパラガス栽培への知見を活かして、鳥取砂丘でのアスパラガス栽培の実証を行っています。アスパラガス産地の土地環境データや気象データから栽培方法を分析して、鳥取砂丘での栽培に活かしています。
公共インフラの領域では、漏水調査の効率化を支援する「天地人コンパス 宇宙水道局」というサービスを開発しており、東京都をはじめとする多くの自治体に採用いただいています。水道管の維持管理のため、自治体は定期的に漏水の調査を行わなければなりません。水道管は地中に埋められているため、調査員が現地で漏水の音がするかどうかで判断するのですが、調査範囲が広ければその作業の工数は多大なものになります。
天地人では、漏水に影響を及ぼす環境要因になる地表面温度、気象データ、植生変化、光学画像などの衛星データと、水道の材質、使用年数、漏水履歴などのデータを解析し、独自のアルゴリズムで漏水可能性地域を判定するシステムを開発しました。漏水リスクのある箇所がわかることで、調査範囲を限定することが可能になり、導入自治体では調査効率が大幅に向上しました。
衛星データが人口減少時代の地域を救う!?
──人口減少やインフラの老朽化は多くの地域で課題になっています。地域が持続可能であるために、衛星データが有効であるケースは多いように感じました。今後、地域で衛星データ活用が進むためにどのようなことが必要でしょうか。
まずは衛星データをきちんと活用できる環境を用意することだと思います。衛星データを渡して終わりではなく、そのデータを実務に活かせるようにソリューションとしてデザインし、ツールとして利用できるようにシステムで提供していく必要があります。そして、それはまさに今の天地人の事業でもあります。
衛星データ利活用の領域に関して言えば、さまざまな所に「宇宙」をプラスするとより良くなる業務は存在すると思っています。そこで大切なのは、衛星データだけで何かが解決するわけではないということ。すでに多くの地域で行われている活動や保有しているデータ、そこに衛星データをプラスすることで、新たな価値が創出される可能性があるでしょう。
ただ、先ほど紹介した「宇宙水道局」の事例にしても、システムの構築には水道業界固有の専門知識が欠かせません。農業でも水道でも、その専門知識を持っている人と衛星データの知識を持っている人が、交わることが大切なのだと思います。
──そうなると、天地人のような衛星データの専門家に声をかけるにあたり、地域側の人にも衛星データに関するリテラシーが求められますよね。
それは両面あると思っています。私たちのような衛星データを提供する側も、水道や農業のことを深く理解し、勉強しなければなりません。ただおっしゃる通り、水道や農業分野の方にもやっぱり衛星データのことを最低限知っていただけていることが大切です。
今、天地人はJAXA、慶應義塾大学、他企業と共同でサテライトデータビジネスアソシエーションという協会の立ち上げを準備しています。そこでは衛星知識の検定を実施しようとしていて、それが衛星データを活用した新しい価値創出の土壌の形成につながると思っています。
──そうなれば、衛星データ活用の可能性が広がっていきますね。
そうですね。ただ、それでもやはり衛星データの専門家にしかわからないことも多いと思いますので、地域の方にはどんどんと自分たちの課題を発信して欲しいですね。
地域のプロジェクトと関わって感じるのは、今多くの地域が危機的な状況にあるということです。少子高齢化が進み、若い人は都市に出て行ってしまう。そのなかで現状の都市機能をどうやって維持するかという問題がすごく大きいんですよね。人は減っても仕事は全然減らないと伺います。目の前の業務に追われている皆さんをサポートしたい。それが、衛星データを含めたシステムで可能になるかもしれません
(編集:野垣映二 執筆:岡田果子・野垣映二 撮影:小池大介)