【地域×宇宙入門】第2次宇宙ブーム。地域が宇宙の利活用を推進する時代がくる
世界的な成長産業として注目されている宇宙分野。新しい民間企業の参入により産業構造も変わりつつある中、日本のいくつかの地域で宇宙分野とのかけ合わせにより、地域経済の活性化につなげる事例が生まれつつある。
「これまでの国に加え、民間や自治体も宇宙の利活用を推進していく」と語るのは、9月に新設される「一般社団法人九州みらい共創」代表理事の上村俊作氏だ。
宇宙の取り組みは地域に何をもたらすのか。地域に宇宙ビジネスを育てるためのアプローチやこれからの宇宙関連ビジネスの展望などについて、上村俊作氏に聞いた。
上村俊作
一般社団法人九州みらい共創 代表理事/JAXA宇宙戦略基金事業部 次長
九州大学卒業後、JAXAにて外部・民間等との共創に注力。文部科学省、宇宙教育を担う㈶日本宇宙少年団、㈱電通に出向、民間出身JAXA理事長の秘書役を約3年間務め、23年8月より宇宙戦略基金業務に従事。JAXA働き方変革も後押しに、人生は後半戦が面白い!として、現役からパラレルキャリア(副業)を実践。鹿児島市出身。
多種多様なプレイヤーが宇宙ビジネスに参入
——まずは宇宙産業の現状について教えてください。
世界経済フォーラムの調べでは、世界の宇宙産業の2023年市場規模は3,330億ドル(約52兆円)に達し、2035年には7,550億ドル(約120兆円)になると予想されています。日本でも、2020年4兆円となっている宇宙産業の市場規模を2030年代早期に2倍の8兆円にする政策目標が掲げられています。
各国は国際協力でより遠くの月や火星を目指すアルテミス計画が進む一方、地球に近い軌道の活動は民間等に任せる動きが進んでいます。弾道飛行による宇宙旅行、多数の超小型衛星による地球観測・通信事業、軌道上有人拠点の運営も民間主導にシフトする動きがあります。
宇宙ビジネスは、ロケット・衛星の宇宙機だけでなく、衛星データや衣食住まで幅広い領域で広がっています。
日本国内においても、既に100社以上の宇宙ベンチャーが生まれているほか、大企業でも自動車、通信、電気機器、総合商社など多様なプレイヤーが宇宙ビジネスに参入しており、2023年3月期売上高上位30のうち約7割の企業がなにかしらの宇宙関連事業に取り組んでいます。
また、2024年度政府の宇宙関連予算は、内閣官房ほか1府9省庁に計上され、総額8,945億円。2025年度以降も、10年総額1兆円を目指した宇宙戦略基金事業の展開も期待され、官の支援も後押しに、民間宇宙ビジネスの勢いは益々続くと思います。
——これまでと現在で、地域発宇宙の取り組みにどのような変化が起きているのでしょうか。
私見ですが、地域から宇宙に挑む動きは、2000年代初頭の1次ブームに続き、現在は2次ブームと言えるほど盛り上がっています。
1次ブームは2002年頃。小泉政権における不況下の中小企業対策として、東大阪地域の中小企業群が超小型衛星「まいど1号」開発に挑み、09年に種子島から打ち上がりました。JAXA・NEDO・中小機構・大阪府・府立大学など産学官が連携し、モノづくりの側面から地域産業の活性化を挑みました。
当時、東大阪の取り組みは全国に拡がり、北海道衛星「大樹」・CAMUIロケット、茨城ロケット、九州大発小型衛星など大学・中小企業の技術や人材を糾合した取り組みにも火をつけましたが、長期にわたり地域に根付いた取り組みではなく、やや一過性の取り組みと終わった印象は残っています。
2次ブームは2015年頃から。大型資金調達に成功する宇宙ベンチャーも出始め、宇宙ベンチャーと連携した福井県民衛星の開発・打ち上げのほか、政府衛星データのオープン&フリー化も進み、政府にて衛星データなどを活用した宇宙ビジネス創出に積極的な自治体を「宇宙ビジネス創出推進自治体」として選定する取り組みも始まりました。
2018年度に北海道、茨城、福井、山口、20年度に福岡、大分、2022年度に佐賀、鹿児島、鳥取、群馬、岐阜、豊橋市、長野市が選定され、現在、全国約3分の1の都道府県がなにかしら宇宙関連施策を打ち出すほどになりました。
さらに2020年以降には、スペースポート(宇宙港)の動きも盛んです。鹿児島県種子島・内之浦だけでなく、今後の高頻度なロケット打ち上げも見据え、北海道大樹町、和歌山県串本町、大分県国東市、沖縄県下地島など民間と自治体が連携した取り組みも進んでいます。単に、宇宙へのアクセスとしての港機能だけでなく、関連する産業・事業も呼び込み、まちづくり、地域振興を進める動きも生まれています。
「宇宙×地域」で事業を生み出す5つのアプローチ
——宇宙ビジネスを起点にまちづくりをする動きがあるとのことですが、地域における宇宙の取り組みにはどのような選択肢がありますか。
「宇宙×地域」というアプローチは5つあると思います。
1つ目は「モノづくり」。各地域のキラリと光る中小・新興企業の技術を、ロケットや衛星などにスピンインする『下町ロケット』のような世界ですね。例えば、H-IIAロケットの部品点数は約100万点。2次下請も含めると約1,000社のサプライチェーンが支えていると言われています。
2つ目は「衛星データ利活用」。政府による衛星データのオープン&フリー化も進み、地域課題の解決に衛星データを活用するDXの流れもあります。(株)天地人は、衛星データを活用し水道管漏水リスク評価、行政効率化を図る事業を展開し始めているほか、今後、農林水産・防災・税務・都市整備・環境分野など「衛星データ×○○」アイデアを実証していく段階となっていきます。
3つ目は「衣食住」。例えば、閉鎖的な環境、ストレス・健康問題・貴重な水など災害時の避難所と宇宙空間が類似している点も多く、宇宙食の災害・備蓄食への応用、節水型歯磨きなど宇宙と地上双方の暮らしをアップデートするビジネスも生まれています。今後、有人月探査・アルテミス計画が本格化し、「月に住まう時代」も見据え、衣食住分野の地場企業製品が宇宙に持参される機会も増えることでしょう。
4つ目は「青少年育成」。学校・社会教育で、総合的・探求的な学習の一環として「宇宙」を活用する取り組みです。特色ある教育として「宇宙」を学ぶ、教育旅行で宇宙分野を選ぶ学校も増えつつあります。理数だけでなく、宇宙に包括される多様な素材を活用し、好奇心・冒険心・匠の心を育み、命の大切さも学ぶ機会にもなります。今、宇宙業界の人材育成・確保は、喫緊の課題です。
最後に、5つ目は「観光・プロモーション」、宇宙と馴染みがなくとも、地域資源とかけ合わせで観光やシティプロモーションに活かす取り組みです。鳥取県の鳥取砂丘を月に見立てた取り組みや、北海道大樹町の企業版ふるさと納税活用による宇宙港整備に挑む北海道大樹町は23年ぶりに人口増に転じるなど効果も出ているようです。
各地で進む宇宙ビジネスを起点にしたまちづくり
——地域が宇宙に取り組むことに、どのようなメリットがありますか。
2021年11月に、全国11知事から、「地方からの『宇宙』への挑戦に関する要望・提言」が岸田首相に手交されました。当時、廣瀬大分県知事は、①市場が大きくなる、②国や地方にとり経済成長の柱になる、③子供に教育効果があると、宇宙には3つの期待(楽しみ)があると言われていました。
「地方の社会課題の解決」「地上技術と宇宙技術の相互利用によるイノベーションを地方に取り込む」「地方に宇宙ビジネスの中核拠点を創出」という観点で、今後、宇宙による新たな地方創生に挑戦する自治体も増えるでしょう。政府も、地域における宇宙ビジネス推進に向けた制度、法律面の整備、地方創生の交付金活用など自治体支援の考えも示しています。
——宇宙で地域経済が活性化している事例を教えてください。
例えば、2021年度の種子島内経済波及効果は約117億円、内訳は射場施設の建設・維持管理67億円、打ち上げ見学・観光消費49億円などと算出されています。余談ですが、喫煙率の高い警察・警備関係者の島内滞在によって、自治体のたばこ税収も増えると聞いたこともあります。
2024年3月に、和歌山県串本町にある日本初の民間射場から、民間のスペースワン社によるロケットが打ち上がりましたが、近畿・中京圏からも多くの見学客が集いました。実数値で経済波及効果を再算出したところ、以前の試算である射場立地・打ち上げ等による経済波及効果10年間670億円を大幅に上回る数値が算出されたとも聞きました。また、アジア初の「水平型宇宙港・大分空港」を目指す大分県の経済波及効果は、周辺事業も含め年間3,500億円という試算もあります。
一方、2015年度から福井県主導で進めた「福井県民衛星プロジェクト」ですが、産官学金が連携し宇宙ビジネスへの参入を支援した結果、福井県内における宇宙産業分野の売上は、2018年度約2億円から2022年度約8億円と4倍に拡大し、地域経済にも少しずつ芽が生まれています。
——宇宙港があることで人が訪れるようになり、地域全体の活性化につながっているんですね。今後宇宙ビジネスとの連携を検討している自治体もあるかと思いますが、うまくいっている自治体の特徴はありますか。
やはり「人」に尽きますね。「宇宙」は難しいと敬遠せず、主体性を持って、常に地域資源と地域課題と向き合いながら宇宙技術・データとのかけ合わせを考え続けている、情熱とビジョンを持った人材が必ずいますね。
また、県内外企業との幅広いネットワークと行動力、交渉力をお持ちなので、人・技術同士を繋げ、巻き込み、さらに試行・実証する予算もあり案件化は早い。さらに、周囲の仲間づくり、理解を進めるため、地元メディアと連携した情報発信もうまい。
前述で申し上げたように「宇宙×地域」の5つのアプローチは、基本、どの自治体でも取り組むことはできます。短いサイクルの人事異動が多い自治体ですので、首長含め上層の方がアーリースモール、やってみなはれ精神を持てるか。これまで「宇宙」とは無縁で、他自治体に好例があまりないからこそ、逆にチャンスと思えるかですね。
「宇宙」は商工系や企画系部署で担当することが多いですが、最近は、大樹町(北海道)や肝付町(鹿児島)、北九州市など宇宙専門部署を立ち上げる自治体も見受けられます。地域特性も様々ですので、地域連携にも注力するJAXA、SPACETIDE、内閣府等とも対話機会を増やし、各々の自治体らしいやり方で取り組むことも大事です。
地域が連携して、持続的な宇宙の利活用を進めていく
——上村さんが代表理事を務め、9月に設立する「一般社団法人九州みらい共創」では自治体の宇宙への取り組みをどのように支援していくのですか。
まず、2023年度から始めた、宇宙産業の振興を目的とした議論や交流を促進するイベント「九州宇宙ビジネスキャラバン」事業を、「キャラバン」という名の通り、自治体と連携し、継続的に九州地域内で開催していきたいと思っています。
有識者の考え、好例や課題を共有する機会、関係者との交流機会を提供しながら、九州地域の機運を高め、プレイヤー発掘・育成、宇宙利用の裾野拡大などすべて底上げし強くしていきたい。そのために、自治体と連携し、キャラバン事業の企画・運営を担う一般社団法人を新たに設立すると決意しました。
多様なバックグラウンドを持つ、九州各県出身の理事に就任してもらい、宇宙の視座から、宇宙以外の九州の未来創造、発展に繋がるような取り組みにも挑みます。さらに、ユニコーン企業になった九州大学発ベンチャー(株)QPS研究所に続く、第2、第3のQPSを九州地域から生み出すためにも、次代を担う人材の育成にも注力していきます。
九州地域の各自治体とも連携を深めながら、中・高校生向けの宇宙教育やご縁をいただいた学校に、宇宙の日(9/12)前後に、宇宙ビジネス新書を寄贈するような活動も取り組んでいきたいと思っています。
——今後の地域における宇宙ビジネスの発展についてお考えをお聞かせください。
宇宙ビジネスの舞台は、あくまでも世界であり、「日本として、世界を舞台に勝つ、勝ち抜く」という発想が必要です。各地域の特色を活かした宇宙開発利用が活況し、結果、地域の課題解決や地域活性化に繋がることは歓迎すべきですが、宇宙は、ローカルの取り組みに留まらず、グローバルまでを意識することが大事です。
その上で、今後の地域発宇宙を考えるときに2つの鍵があります。
1つ目は、各自治体が地域や県を超えて広域で活動していくこと。私自身、いくつかの自治体で補助金事業の審査員のご縁をいただきましたが、行政単位を超えて連携することでより良い成果に繋がることが期待できるテーマも実は多いんです。特に、衛星データの活用は行政単位によって区切るメリットがありません。各自治体が類似テーマに取り組み、リソースがもったいないと感じることもありました。
各自治体の宇宙関連予算を合わせたら相当な額になるはずです。そもそも宇宙から地球を見ても県境は見えませんし、各自治体が連携し、オールジャパンで取り組むことも非常に重要だと感じます。そのためにも、各自治体同士の情報共有は必要ですね。
2つ目は、一過性で終わらず、地域に根ざした活動として持続させていくこと。宇宙というテーマはどうしてもPR要素が強い分野です。過去には当初の目的を成し遂げたタイミングや補助金の打ち切りによって事業が終了してしまうこともよくありました。これでは地域に根ざした息の長い取り組みとして浸透しません。そのためにも、担う人材の育成、確保も大事ですね。
「見上げてきた宇宙は、使う宇宙へ」。政府のみならず、今後は、自治体も使い手となり活用していく機会も増えていくでしょう。例えば、都道府県、市町村単位で、衛星データを継続的に使うようになれば、もっと衛星やロケットも必要となるので、そこに宇宙ビジネスとしての好循環が生まれると期待しています。各地の宇宙開発利用の好例が他地域、さらに世界に水平展開することもできるはずです。
実は、私は「地方創生」という言葉が好きではありません。「地方」という表現は東京から見たものという印象を受けるからです。生活に欠かせないインフラになりつつ宇宙とのかけ合わせを契機に、もっと「故郷」と共創し、地域を創生していきたいですね。
(編集:野垣映二 執筆:村上佳代 撮影:小池大介)