【北海道・大樹町】経済効果267億円。「宇宙港」が地域にもたらす宇宙産業エコシステムの可能性
2040年までに120兆円規模になると言われる宇宙産業市場。その中でも地域と直接関係するのが宇宙港、つまりロケットの発射場だ。人工衛星を乗せたロケットが次々と打上げられ、宇宙旅行が一般的になる。そんな宇宙時代が到来したとき、そのターミナルとなる地域には人材、施設、資本、技術など、さまざまなものが集積することになるだろう。
現在、国内で有力な宇宙港と目されているのが、JAXAが保有する鹿児島県の種子島、内之浦(肝付町)。民間が使える宇宙港では和歌山県串本町のスペースポート紀伊と北海道大樹町の北海道スペースポート(以下、HOSPO)だ。なかでも2021年4月から本格稼働したHOSPOは、世界中の企業、大学、研究機関などが利用できる商業宇宙港として今後の宇宙産業の中枢を担うことが期待される。
大樹町には民間単独開発のロケットで国内で初めて宇宙空間に到達したインターステラテクノロジズが本社を構え、2022年度には60年続いていた人口減少傾向に歯止めがかかるなど、宇宙港によるさまざまな効果がもたらされている。宇宙港は地域に何をもたらすのか。特集「ニッポンの『地域』から『宇宙』へ」の第3回では、大樹町の宇宙港のこれまでとこれからについて、現地取材をもとにレポートする。
広大な大地と海に囲まれた商業宇宙港「HOSPO」
長らく酪農、畑作と漁業を主要産業としてきた自然豊かな町が、今「宇宙のまち」として宇宙港の建設に湧いている。
とかち帯広空港から大樹町まで車で約40分。大樹町の中心地市街地からHOSPOまではさらに車で約20分。砂埃を巻き上げながら海岸線沿いを走ると、ロケット発射場「Launch Complex-1(以下、LC-1)」の建設現場へ到着した。
足場に覆われた建設現場の様子からはまだロケットが発射される姿を想像するのは難しいが、この「LC-1」が完成すれば、人工衛星を搭載するロケットを打上げられる希少な民間企業向けの射場になるのだという。つまり、実験や研究の枠を超えて、人工衛星を宇宙に運ぶ輸送サービスとしての民間ロケット打ち上げ事業が始まる、貴重な第一歩になるのだ。
すでに同射場を利用する予定のインターステラテクノロジズは、JAXAのほか、小型人工衛星の物流サービスを手がけるイタリアのベンチャー企業D-Orbitとロケット打上げサービス提供に関する包括契約を結んでいるという。
近隣には観測ロケット「MOMO」の打上げや小型人工衛星打上げロケットZEROのエンジン燃焼試験設備を有するインターステラテクノロジズ専用の発射場・実験場である「Launch Complex-0(LC-0)」、そしてこれまでさまざまな宇宙・航空の実験が行われてきた全長1300メートルの滑走路、実験団体が使用できる格納庫も2棟あり、受け入れ体制は整備されている。
あとは見渡す限り、広大な大地と海。この立地こそが宇宙港としての重要な要件なのだという。
宇宙産業基地構想のはじまりのとき
大樹町の海沿いにある広大な土地が、農業でも漁業でもない先端産業の集積地になるかもしれない。その可能性に気づくきっかけになったのは、1984年に現在の日本政策投資銀行が作成したレポートだった。北海道・東北の未来をテーマにしたレポートの中に記載されていた宇宙産業基地の構想。そこに書かれていたロケット発射場の条件に、大樹町はぴたりと当てはまった。
「ロケットの発射場は安全性の観点から海に面している必要があり、また打上げる方角や近隣に民家や施設があってはいけません。HOSPOの建設地は海に面していて東と南両方に打上げができることに加え、もともと湿原なので国道も通っていない。2018年に宇宙活動法が施行されて以降、多くの地域が宇宙港建設に手を拳げていたようなのですが、実は発射場の条件に合致する場所はなかなかないんですよ」(大樹町・黒川町長)
農業と漁業の他に大きな産業がなかった大樹町。レポートに書かれていた「宇宙産業基地構想」という夢に、先代の町長はかけてみることにした。北海道から世界各国のロケットが打上がり、宇宙産業の集積地になる。「宇宙版シリコンバレー」への歩みは40年前のこの時から始まった。
1995年にはJAXAの前身であるNASDAとNALの航空宇宙関連実験を誘致するため、全長1,000メートルの滑走路を有する「大樹町多目的航空公園」を竣工。2004年には政府による無人飛行船を使用した「成層圏プラットフォーム」の実験。2008年にはJAXAの科学観測用の大気球実験の拠点が大樹町に移転されたことをきっかけにJAXAと連携協力協定を締結した。その後も頻繁に実験が行われ、大樹町は航空宇宙関係者の中では知る人ぞ知る存在になっていった。
民間宇宙開発を加速させたインターステラテクノロジズと大樹町の出会い
2010年代以降、「宇宙版シリコンバレー」への歩みを急速に進めるきっかけになった存在が、インターステラテクノロジズだ。インターステラテクノロジズは日本におけるロケット開発ベンチャーの草分け的存在。ロケット開発ができる場所を探す中で、大樹町に辿り着いた。
「ロケット開発は場所を選びます。エンジン試験でさえ想像できないぐらい大きい音がするし、ましてやロケットを実際に打ち上げられる場所となれば、人口が密集している場所はもってのほか。大樹町のような人口密度が低く、ロケット打上げ方角が海でひらかれており、広大な土地がある、ロケット打上げに適した地域を必要としていました」(インターステラテクノロジズ・稲川氏)
インターステラテクノロジズの前身である「なつのロケット団」は、2005年にロケットエンジニアのほか、漫画家、SF作家らを中心に液体燃料ロケットの開発を目的に結成。当初は東京・千葉などの関東圏を中心に活動をしていた。本格的にロケットの打ち上げ実験を行うのにどこか良い発射場はないか。誰もが思い浮かぶ種子島や内之浦も検討したが、これらは政府専用の発射場で民間団体が利用するハードルは高かった。
そんなとき、北海道大学と植松電機によるCAMUI型ハイブリッドロケットの打上げ実験が大樹町で行われたことを知った。それから、「なつのロケット団」は赤平市にある植松電機の敷地の一部を開発拠点として間借りし、大樹町で打上げ実験を行うように。「なつのロケット団」の当時の印象を黒川町長は次のように話す。
「2009年頃ですかね。赤平市の植松電機でロケットエンジンの開発をしていた彼らから、大樹町でロケット打上げ実験をしたいという話が来たんです。開発に真剣な気持ちが伝わってきました。それで私がサポートして、当時の町長がOKを出したんです。
最初の頃は小さなロケットでしたが、技術を習得し、やがては観測ロケットMOMOの打上げとなり、宇宙に到達した。今では小型衛星用ロケットの商業化までもう少しというところまで来ている。やはり民間企業の成長は速いですね」(黒川町長)
民間団体だった「なつのロケット団」は、2013年にインターステラテクノロジズ株式会社として事業を開始。その際に大樹町を置く決断をした。インターステラテクノロジズにとって大樹町の協力体制は大きかったという。
「事業開始当時は当時企画課長だった黒川町長に担当いただいたのですが、最初の工場は農協施設の跡地を紹介してもらいました。現在観測ロケットMOMOの打上げと小型人工衛星打上げロケットZEROのエンジン燃焼試験を行っているLC-0も町有地を貸し出してもらっています。ロケット開発にとっては工場と発射場・実験場がとても大きな問題になるのですが、それを一気に行政のサポートで解決することができました」(稲川氏)
ロケット開発に適した拠点を手に入れたインターステラテクノロジズは2019年、観測ロケット「宇宙品質にシフト MOMO3号機」の打上げで国内初の民間企業単独のロケットでの宇宙空間到達を達成。現在は次世代機となるZEROの開発を進めている。
そして先日、インターステラテクノロジズは文部科学省の「中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3、以下SBIR)」のような支援制度のステージゲート審査を通過し、シリーズEで31億円を新たに調達。次世代機となるZEROの初号機打上げに向けて各コンポーネントの開発も進んでおり、着実に歩みを進めている。
宇宙港としての大樹町のセールスポイントとは?
ロケット開発の土壌が整いつつある中、40年前に描かれた宇宙産業基地構想の実現に向けて、次に必要になるのは高頻度のロケット打上げを可能にする射場だ。
2021年、大樹町多目的航空公園を中心としたエリアを民間宇宙港とする「北海道スペースポート(HOSPO)」が本格稼働した。HOSPOには人工衛星用ロケットのための射場「LC-1」「LC-2」を建設予定。
建設費用の23 億円は地方創生交付金のほか、約半分をふるさと納税で賄う。HOSPOへの企業版ふるさと納税は2020年4月から2024年9 月末までの期間で250社・28億円にのぼり、このうち射場建設に当てられる金額は11億円となっている 。
「HOSPOが目指すのは、広く民間に開かれた宇宙港です。現在、衛星データ利用のニーズが高まっている一方で、国内では人工衛星を打上げるためのロケットの数が圧倒的に足りていません。現状は年間2~3機の打上げです。そのために海外のロケットを頼らざるを得ないのが現状であり、経済安全保障、自律性の観点からも国内で完結する宇宙輸送システムの確立が急務となっています。
政府は、2030年代前半までに年間30機のロケット打上げをKPI(重要業績評価指標)として掲げています。実現のためには民間企業の積極的な参入が不可欠。インターステラテクノロジズがメインの顧客であることはもちろんですが、国内に限らず、海外も含めたさまざまな企業・大学研究期間などに門戸を開いたHOSPOのような射場が求められているのです」(黒川町長)
HOSPOの管理運営にあたっては大樹町が筆頭株主となり、2021年にSPACE COTAN株式会社を設立。代表には全日空を経て、エアアジア・ジャパン社長など航空業界で長くキャリアを積んだ小田切 義憲氏が就任した。小田切氏は宇宙港のビジネスモデルを、空港を例にして説明する。
「私たちの事業は、言わば空港コンセッション(公的機関が所有する施設を民間事業者が運営管理する)の宇宙版のイメージです。大樹町の所有するHOSPOをPPP(Public Private Partnership)の一環である指定管理という形で2023年より管理運営しています。現在は射場を建設していますが、射場をつくることだけが私たちの最終目標ではありません。
空港のビジネスは、エアラインと契約して、エンドユーザーであるお客様を運ぶこと。宇宙港のビジネスも同じで、ロケット打上げ事業者と契約して、人工衛星を運ぶ環境を整備することです。当面の目標としてはHOSPOから高頻度にロケットを打上げたいと考えています」(小田切氏)
射場建設が順調に進んでいる現在、次なるSPACE COTANのミッションは多くのロケット事業者と契約を結んでいくこと。小田切氏は海外企業にも積極的にHOSPOを売り出していきたいと意気込む。その際に世界の宇宙港と比較しても特異なアピールポイントが大樹町にはあるという。
「大樹町のような“天然の良港”は日本ではここしかありません。まず土地が広いし、台風等自然災害も少ない、そして何より東と南の両方が海に面している。長い歴史があるなか、漁協をはじめとする地域の方々も協力的です。そして実は、市街地から車で20分ほどの場所に射場があるのは世界的にも珍しいんです。
バージニアの射場を見学に行った際には市内オフィスで打ち合わせをしてから射場に到着するまでに車で3時間はかかりました。大樹町であれば射場で作業をして、帰ってきて温泉に入って食事ができる。これは海外の打上げ事業者にも大きなメリットになります」(小田切氏)
インターステラテクノロジズの稲川氏もまた小田切氏と同様に、HOSPOの特徴としてアクセスの良さを挙げる。
「ロケット打上げ事業者は、準備期間の1カ月ほど発射場近辺で生活することになります。陸の孤島のような場所だったり、実際に離島だったりにある発射場であれば、そこに籠もりきりになってしまいます。でも、大樹町の場合は帯広市まで1時間で、その気になれば札幌まで行くこともできます。付近には温泉地もあるし、魅力的な観光資源がたくさんある。
今後、HOSPOが目指すべきゴールの参考になるのがアメリカのケープ・カナベラル宇宙基地、ケネディ宇宙センターではないでしょうか。アメリカの宇宙開発を代表する歴史のある場所で、複数の射点が整備されており、現在はSpaceXをはじめさまざまな企業が打上げを行っています。ケープ・カナベラルは観光地としても人気スポットなんです」(稲川社長)
大樹町市街地や道内の主要都市へのアクセスの良さは、打上げ事業者へのアピールになると同時に、その経済効果が地元地域に還元されやすい立地であるとも言える。HOSPOで頻繁にロケットの打上げが行われるようになれば、ロケット事業者のみならず国内外の観光客の滞在も見込むことができ、大樹町及び十勝、北海道にも少なくない効果をもたらすだろう。
宇宙産業が人口減少する十勝を活性化させる
日本政策投資銀行と北海道経済連合会は、大樹町の新射場整備による道内経済波及効果を年間267億円と推計した。雇用者誘発人数は約2,300人。この数字は観光コンテンツ造成、宇宙関連企業の誘致などによって、さらなる拡大が見込まれるという。黒川町長もHOSPOがもたらす経済効果に大きな期待を寄せる。
「まずインターステラテクノロジズのようなロケット開発事業者の誘致に成功すれば、ロケットの製造工場と実験場が必要になります。関連する部品供給、原材料などのサプライチェーンも関わってくるでしょう。またJAXAが運営する種子島の発射場は400人ほどが常駐しているそうですから、ロケットの射場運営からも雇用が生まれます。
それに加えて、発射場の視察、見学などの観光需要と、そこに関連する旅行業、食産業、運輸を含む物流業にも良い影響を与えてくれるはずです」(黒川町長)
HOSPOは「北海道に、宇宙版シリコンバレーをつくる」という大きなビジョンを掲げている。大樹町が運営するサテライトオフィスにはロケットの精密加工部品製造に新規参入した釧路製作所、宇宙センターの設備保全運用業務に実績のあるコスモテック、ロケット射場関連設備の製造・開発を手掛ける三伸工業など、すでに宇宙関連企業が集積しはじめている。
またアカデミアでは室蘭工業大学が大樹町にサテライトオフィスを設置。インターステラテクノロジズは室蘭工業大学や北海道大学との共同研究を実施しており、同社ではすでにそれぞれの大学出身者が働いている。宇宙版シリコンバレーに必要な「官・民・学」のエコシステムが徐々に形成されつつある。
大樹町は1960年代から人口減少が続いている。しかし2022年、インターステラテクノロジズの社員の移住等により人口が増え、60年ぶりに人口減少傾向に歯止めをかけた。現在のインターステラテクノロジズのメンバー数は約200名で、そのうちのおよそ半分が大樹町と支社がある北海道帯広市在住だという。
2024年時点の大樹町の人口は約5300人。ここで人口減少の下げ止まりをできるかどうかが、都市機能を維持する上での分岐点だと黒川町長は話す。
「近年では大樹町にサツドラ(サッポロドラッグストア)が出店し、コンビニエンスストアも3店舗目ができたことで、町の利便性は向上しました。人口減少が著しい場所には出店しない業態ですから、やはり宇宙への取り組みの影響はあると思います。
私は町が単独で社会機能を維持するためには人口5,000人がボーダーラインだと思っているんです。それが病院や学校などを維持していくための最低限。これからの世の中に欠かすことのできない宇宙産業に貢献しながら、大樹町の社会機能の維持にもつなげていければ良いですね」(黒川町長)
直近のキャリアではANA総合研究所で地方創生のコンサルティングをしていたという小田切氏は、大樹町での宇宙産業による地方創生に可能性を感じたことも、SPACE COTAN代表のオファーを受けた理由のひとつだという。小田切氏は大樹町を中心に広域で宇宙産業のエコシステムを構築することで、地域活性化に寄与するビジョンを語った。
「全国で比較すると、日本の北部は特に人口減少が著しい状況にあり、北海道全体で2050年には27%の人口減少が予想されています。地域に宇宙産業がやって来れば、少しでも限界集落化を遅延させられるかもしれない。
大樹町の現在の人口は約5300人。でも、ピークだった昭和29年には1万1000人いたそうです。少なくとも大樹町は1万人が住むことのできる町なんです。宇宙産業の経済圏ができることで、大樹町の人口だけでなく、十勝管内の人口が現在33万人から50万、60万と増えていけば良いと思っています」(小田切氏)
地域の資源と言えば、農産物や温泉などわかりやすいものに目が向きがちだ。しかし、別の視点から目を凝らして見れば、地域にはまだ気づいていなかった可能性が隠されている。大樹町が宇宙港の立地として希少な条件を満たしていたように、その可能性は産業の発展と共に新たに生まれるケースもある。
大樹町を流れる歴舟川は砂金が採取できることから、かつてゴールドラッシュに沸いたという。宇宙港は再び大樹町ないし北海道を沸かせる新たなゴールドラッシュになるのか。今後に注目したい。
(執筆:野垣英二 撮影:小泉まどか)