「若手ハンターを逃さない」。元デザイナーがジビエ王国・北海道で挑む狩猟業界のDX革命

農作物の鳥獣被害を減らすだけではなく、高タンパク低カロリーな健康食であることから注目されるジビエ食。特に北海道は「ジビエ大国」と謳われ、多くのハンターたちが活動の拠点としている。
しかし、北海道の狩猟業界は長い伝統と歴史がある。地域のハンターコミュニティの中で若手ハンターが活躍できず、離れていってしまう課題があった。
そんな状況を打破しようとしているのは、株式会社Fantの髙野沙月氏。
自身もハンターとして北海道で活動しながら、全国のハンターと飲食店、そして鳥獣被害に悩む地域の農家をつなぐプラットフォーム「Fant」を運営している。「Fant」は今年2024年1月時点で全国1,800人のハンターが登録され、200店舗の飲食店が利用している。2023年には3トンものジビエが流通した。
もともとは東京のデザイン会社に勤務し「狩猟とは無縁の生活」を送っていた髙野氏は、なぜ狩猟業界、そして地域の課題を解決するために活動するようになったのか。
「銃を使えれば食べ放題」。デザイナーの心を動かしたジビエの美味しさ
北海道・十勝の音更町。帯広の隣に位置する、畑作と酪農の町。私の実家はこの町でジャガイモなどを栽培する畑作農家でした。

髙野沙月(たかの さつき)
株式会社Fant 代表取締役
1990年音更町生まれ。北海道帯広緑陽高等学校、明星大学造形芸術学部卒業後、(株)ティラノ入社。2016 年に北海道上士幌町へJターン。
2019年(株)Fant設立。第一種銃猟免許、猟銃所持許可を保有。2022年「J-Startup HOKKAIDO」に選定される。
私は幼少期から絵が好きな子どもでしたね。というよりも音更町はあまりに田舎すぎて、遊びに行く場所がありませんでした。私にとっては娯楽と呼べるものが「絵を描くこと」以外になかったんです。
暇さえあれば外にスケッチブックを持ち出し、畑の風景を描いたりしていました。何かをゼロから作りだすことが好きになったのは、生まれ育った場所の「何もなさ」が影響しているのだと思います。
高校に入学してからはより一層絵にのめり込み、美術部で油絵を描き続ける日々を送っていました。そのまま「絵の勉強をしたい」と考え、美大入学と同時に上京。デザインやアートを勉強しました。
そして卒業後の2013年、流れるように東京・水道橋のデザイン会社に入社します。練馬に家を借り、デザイナーとして都内で活動を始めました。何かを考えたり、悩んだりする暇もないほど忙しい日々を送りました。
デザイン会社には4年間在籍していたのですが、徐々に仕事を任され、一つの案件に最初から最後まで携われるようにもなっていました。まさか今、こうして北海道に戻り「狩猟」にまつわる仕事をしているなんて、当時は考えもしませんでしたね。

そもそも当時、狩猟はおろか「地元に戻る」なんて選択肢すらありませんでした。上京する時なんて「こんなところに、二度と帰るもんか!」って思っていましたから(笑)。
地元は退屈だし、人間関係も固定的。何より仕事がありません。フリーランスとしてオンライン上だけで仕事のやりとりをする、なんてワークスタイルも、今より一般的ではありませんでしたから。音更町に居続けても、変化や成長が見込めないだろうと思っていたんです。
そんな私が「ジビエ」との出会ったのは2016年、まだデザイン会社でバリバリと働いていた時のことです。
飲み友達と、たまたまジビエをメインに扱う都内のレストランを訪れました。そこで食べたシカやイノシシ、カモの肉が、本当に美味しかったんですよね。その店に飾ってあったのは、ジビエを獲るハンターたちが使っている猟銃のレプリカ。私はふと思い立ったんです。
「この銃が使えるようになれば、ジビエ食べ放題の生活が送れる」。
都内のお店でジビエを口にしたことが引き金となり、気づけば東京で働きながら、狩猟免許と銃の所持許可証を取得していました。
ただ東京にはあいにく、駆除対象の野生動物が住んでいるところが近場にありませんでした。
そこで思い出したのが、あれだけ嫌がっていた地元・北海道です。でも当時は「東京に住みたい」より「狩猟をやりたい」という気持ちが優ってしまうほど、狩猟への思いが募っていました。
私は狩猟をやるためだけにデザイン会社を退職。「ジビエの洗礼」を受けた半年後に、北海道へUターンしたのです。
初めての狩猟で経験した「失敗」
私は「地域おこし協力隊」の制度を活用し、北海道の上士幌町で新たな生活をスタートさせました。平日は上士幌で町が運営するイベントのポスターや、ふるさと納税のパンフレットを作成。仕事終わりや週末に、地域の猟友会の活動へ参加するようになります。
十勝はエゾジカが多く棲息していて、ハンターの活動も活発。特に上士幌は猟友会をはじめとする地域コミュニティの雰囲気がすごく良くて、移住者に対してウェルカムなんですよね。
若い人も多いし、東京と上士幌で二拠点生活を送っている人もいます。猟師としての活動を上士幌で始められたのは、本当に良かったですね。
ただ、「ジビエ食べ放題」に浮かれていた私の心を砕く出来事がありました。忘れもしない、私のハンターとしてのデビュー戦です。
私が最初に仕留めた動物は、一頭のキツネでした。キツネは農作物や家畜に被害を与えるので、上士幌では駆除対象動物に指定されています。
その日は「巻き狩り」といって、獲物を追いかける人たちと待ち構えて仕留める人たちで協力しあいながら、キツネを仕留める作戦でした。私は追い立てられたキツネを待ち構え、猟銃で撃つ係。前方から走ってくるキツネをバンっと撃ちました。
でも、撃ちどころが悪かったんですよね。運悪くも急所を外れ、キツネの後ろ足に当たっちゃったんです。

死ねずに這いずりまわり、逃げようとするキツネがまっすぐにこちらを見つめてきたとき、すごく怖くなりました。本当はすぐ楽にしてあげなきゃいけない。でも手が震え、とどめをさせません。
結局その日は先輩ハンターが代わりにとどめを撃って終了。──命を奪うことの重みを痛感しました。
「最初はみんなそんなもんだから」と先輩たちから励まされました。でも、とにかく自分が情けなく、怖かったです。「自分は向いていない、携わるべきではないのでは」と悩むほど、ショッキングな出来事でした。今でも思い出します。
ハンターに求められていること。それはジビエを獲るだけじゃないんですよね。農作物や家畜、地域に住む人々を守るというミッションもあります。そういった社会的な役割と同時に「動物の命に関わる」責任も常に求められている。
当初の私は「レジャー」としての側面しか知りませんでした。でも初めての体験を経て「ハンターとはどういう存在か」を、身をもって学ぶことができました。
その後、私は地域おこし協力隊の任期である丸3年間、ハンターとしての活動を継続。この期間での体験は、ハンターという仕事に携わる人との関わり方に、大きな影響を与えました。
「業界を変えたい」という思いが気づけば起業へ
もう一つ、猟友会のハンターとして活動した3年間で気づいたことがありました。それは、自分が思う以上に「ハンターに興味を持つ若者が多い」ということです。当時の私は20代でしたが、同年代のハンターと出会う機会には恵まれていたんです。
ハンターとして活動するための狩猟免許と銃の所持許可というのは、それぞれの試験さえクリアすれば誰でも取得することができました。自分と同様にレジャーとしての狩猟や、ジビエに興味を持って飛び込んでくる人は少なくはありませんでした。
一方、私は「ハンターを続けることのハードルの高さ」も痛感していました。
免許を取ったからといって、すぐにハンターとして活動できるわけではありません。まずは地元の猟友会に所属し、ベテランさん達と仲良くなるところから全てがスタートします。猟友会でうまく馴染めない、という声を同年代からはよく耳にしました。
しかも、先輩たちから狩猟エリアや血抜きの方法、マナーなどを学んだうえで、初めて山に連れていってもらい、実践的な狩猟ができる。独り立ちするまでの道のりがとにかく長いことは課題でした。
狩猟免許の更新は3年おきですが、「3年間何もできなかったから、更新しなくていいや」と若手が離脱してしまうこともざらにあります。農作物や人々の生活を守る、という社会的意義を実感する前に辞めてしまう人のことを、もったいなく感じていました。
狩猟の環境をもっと新しく、より良くしていくためにできることを探そう。
そう思い立った私は地域おこし協力隊で活動する傍ら、軽い気持ちで「とかち・イノベーションプログラム」という、地元の信用金庫と十勝の19市町村が開催する事業創発プログラムに参加します。
当時の私が事業アイディアとして提出したのは、ふるさと納税のようなECサービス。ジビエを買いたい人がサイト上でハンターに投げ銭をすると、ハンターからお肉が届く……という、今の「Fant」に近いビジネスモデルでした。

地域でビジネスを立ち上げようという考えもなく、ただただ「何かできることがあれば」という軽い気持ちで受講したプログラム。しかし、その場で紹介を受けたベンチャーキャピタルにお声がけをいただき、風向きが変わり始めます。
そのVCがスタートアップ企業との協業や出資を目的に開催した、札幌のアクセラレータープログラムにも参加することになったのです。地域おこし協力隊を卒業する間際の出来事でした。
アクセラではプロダクトアウトな考え方から一転し、マーケットインの考え方へとシフト。ひたすらハンターにヒアリングしながら、課題解決のためのアイディアを練り続けていました。
さまざまな検証を経て、マップ上でハンター同士がさまざまな狩場の情報をシェアしあったり、意見交換を行ったりする「ハンター向けSNSサービス」の構想へと辿り着きます。
そして会社を設立する前に、VCからの出資が決定。2019年、右も左も分からないまま急いで法務局に行って定款を作り、株式会社Fantを設立します。
ビジネスモデルの構想が固まってから、簡易的なサイトのローンチまでは数ヶ月ほど。アクセラの成果発表会であるデモデイに参加したところ、たまたまウェブメディアにも注目してもらったんですよね。
Yahoo!ニュースのトップ面に取材してもらった記事が掲載されたことで知名度も上がり、一気にユーザーを1,000人ほど獲得できました。
ただ、良いことばかりではありませんでした。
もともとSNSサービスの構想に至ったのも、まずは「Fant」の知名度を上げ、全国のハンター達にサービスを利用してもらうのが第一段階、と捉えていたからです。ハンターがある程度集まってから「ジビエの売買」に移行できれば、と考えていました。
実際にサイトをローンチしてみると、「狩場を知りたい」というハンターはたくさん集まったのに「狩場を投稿してシェアしたい」というハンターは集まりませんでした。
1年ほど会社が停滞してしまい、2022年には「このままだと第二段階まで辿り着けない」と判断。再び「ジビエの売買」をありきとしたマネタイズへと方針転換を図ります。更なるブラッシュアップを経て、現在の「Fant」のサービスが完成したのです。
ハンターと飲食店、農家をつなぐプラットフォーム「Fant」
「Fant」のサービスについて説明する前に、少しだけ飲食店とハンターを取り巻く状況について説明させてください。
SNSサービスとしての「Fant」を運用している期間、私はInstagramのDMなどを通じて、ジビエを扱う全国の飲食店からもヒアリングを行いました。
現在、国内で流通するジビエのうち、シカとイノシシが9割を占めています。しかし当社がヒアリングした複数の飲食店によると、カモや野ウサギといったニッチなジビエにも需要があることが判明したのです。

主な飲食店は加工業者からジビエを仕入れます。「国産のカモや野ウサギが欲しい」という声はハンターに届きません。だからハンター達は「需要がなさそう」なニッチなジビエの価値を知らずに、需要が明らかなシカやイノシシだけを仕留める状況が続いていました。
そこで現在の「Fant」では、ハンターと飲食店を繋げ、飲食店の「リアルなニーズ」をハンターに届けられるようなサービスを提供しています。

「Fant」に登録した飲食店は、肉の種類や部位、量や加工方法、発送手段などを設定し、発注をかけます。我々はオーダー内容を確認後、「Fant」に登録するハンター達に発注内容を公開。ハンターとのマッチングを経て、獲物を「Fant」に納品してもらいます。
そして食肉として販売できそうなお肉は、Fantが運営する自社の加工工場や、Fantが提携する食肉加工会社に輸送し、飲食店のオーダーに沿ってトリミング。飲食店の発注から店舗への納品までに、最短で一週間程度のお時間をいただいています。

万が一ハンターが動物を確保できなかった場合のバックアップも用意しています。Fantでは通年で、シカ肉などの買い入れも行っているんです。もし期間内に在庫分を狩猟できなかった場合は、弊社で保管しているジビエを飲食店へ提供しています。
飲食店側からすると、入手困難なジビエが、自分たちが使いやすいようにトリミングされた状態で手に入るのがメリット。
ハンターも「ニッチなジビエをどう加工し、どのルートで納品すればいいか」「何の肉がどれくらい必要なのか」を把握できるようになりました。加えて、獲ったジビエが食肉になれば、そのまま収入へとつながります。
さらに、「Fant」では「ハンターと飲食店」だけではなく「ハンターと地域の農家」をつなぐ仕掛けを、プラットフォーム上に用意しました。鳥獣被害に遭う農家がハンターに対し、駆除依頼を出せるようにしたのです。
「Fant」ではGoogle MapのAPIを活用し、農家が害獣に困っている畑の位置情報をピンで差し、ハンターたちに共有する機能があります。駆除したジビエも「Fant」を利用する飲食店や一般消費者に届けることが可能です。
この機能の利点は「農家を鳥獣被害から守る」「害獣を駆除したハンターが報奨金を得られる」だけではありません。「若手ハンターが経験を積む」ことの支援にも繋がっています。
先述した通り、初心者ハンターは動物の出没しやすい場所や、狩猟可能なエリアを自分だけで判断することができません。特に駆除すべき動物が集まるエリアは、私有地であることがほとんど。足を踏み入れるのもちょっとした勇気がいります。
しかし「駆除をお願いしたいエリア」が「Fant」のマップで示されることで、経験の浅いハンターでも安心して「第一歩」を踏み出すことが可能になります。
こうして「Fant」のプラットフォームを通じ、地域に住む人々とハンター、飲食店がお互いにWin-Winの関係になれるような世界を築いていけたらと思います。
目指すは「半猟・半X」が浸透する世界
現在「Fant」に登録しているハンターは、沖縄から北海道まで全国におよそ1,800人。北海道のハンターが一番多いです。一方、登録する飲食店は東京や京都、名古屋などの都市部が中心となります。
「Fant」を利用する飲食店のニーズはニッチなジビエに集中しているものの、それらを獲るハンターはまだまだ多くないんですよね。やっぱりシカのような大物を狙う方が、ロマンはあるかもしれません。
でもいち企業としては差別化のためにも、「Fant」だからこそ扱えるようなジビエの流通を強化していきたい。ニッチなジビエを獲ることでも、ハンターにやりがいが生まれるような仕組みを考えていけたら、と思っています。
一つ構想しているのは、何度もオーダーを受けて経験を積むことで、ゲームのようにレベルアップしていく制度。ハンターのレベルが上がれば、より難易度の高いオーダーも受注できるような仕組みを検討しています。
あとは「どこ産の肉か」「いつが旬の肉か」という情報に加え「誰が獲ったか」に価値づけを行うこと。「この人が獲ったジビエだから」という理由で獲物がブランド化して、三つ星レストランで提供されたりするようになれば、ハンターのやりがいにもつながるはずです。

そして当社全体のビジョンは、狩猟業界をDX化することで、若手のハンターがより活躍できる社会を実現していくことです。
若手はまだまだ「職業としてのハンター」が少なく、趣味で狩猟に携わっている人が多いんですよね。もちろん当社としては趣味として楽しんでもらうこともウェルカム。でも将来的には仕事の一つになってもらいたい。
だからこそ、ちゃんとハンターが収入を得られるような仕組みづくりを行っていきたいと思っています。半分農業をしながら・半分別の仕事にも携わるという「半農・半X」ならぬ、「半猟・半X」の世界観が作りたいです。
最後になりますが、東京から北海道に戻ってきて、いまだに私は「都市部の方が住みやすいな」と感じています(笑)。
北海道のスタートアップ市場も都市部の札幌に集中しているし、支援が受けやすいのもやはり札幌。郊外はスタートアップコミュニティも小さいですし、人材採用やコネクション作りの難しさ、移動のしにくさなど、さまざまなネックを感じることは多々あります。
ただ、郊外は「地方ならではのスタートアップ」が生まれやすい環境だと感じます。
十勝のロケット開発事業も、広大な土地があるからこそ実現できたはず。私も狩猟が盛んな上士幌に戻ったからこそ、「その土地ならではの事業」である「Fant」の構想に辿り着けました。私が東京に住み続けていたら、生まれなかったアイディアだと思います。
スタートアップコミュニティが小さいという点も、裏を返せば「注目を得やすい」ということ。数が少ないぶん、ピックアップされやすいところはメリットです。
幸いにも上士幌は先進的な町です。自動運転バスも走っているし、ドローン配送やシェアオフィスなど、新しいことに積極的な町ではあります。
今はまだ従業員も、私を含め2人だけ。でも、Fantの社員が100人、200人に増えたとしても、当分はこの器の大きい上士幌で「狩猟のDX化」を進めていきたいです。

(執筆:高木望 撮影:小泉まどか 写真提供:株式会社Fant)