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「上場企業ゼロの県」でサステナブルな水産業を推進する。若き起業家、三度目の挑戦

2024.04.30(火) 13:35
「上場企業ゼロの県」でサステナブルな水産業を推進する。若き起業家、三度目の挑戦

世界的に需要の高まりが予想されている水産物の養殖。日本でも真鯛やブリ類、クロマグロなどは天然物よりも養殖の生産量が多くなっている。しかし現在、養殖において一つの問題が発生している。養殖用飼料である魚粉の高騰だ。

20年で価格が3倍にもなった魚粉に代わる飼料として、長崎を拠点とする起業家・橋爪海氏が注目したもの。それはペット用の餌として普及している昆虫の幼虫「ミールワーム」である。さらに彼はミールワームの餌として、売れ残りの惣菜や弁当などの食品廃棄物を活用することで、フードロスを地域資源にアップサイクルしようと試みている。

この意欲的な事業はどのように生まれたのか。この会社が3社目の起業となる橋爪氏に、これまでの道のりと事業の展望について伺った。

橋爪海(はしづめかい)

株式会社Booon 共同創業者・CEO
2016年、久留米大学附設高等学校卒業後、長崎大学に入学。2019年に「トビタテ!留学JAPAN by文部科学省」日本代表プログラム第10期生としてシンガポールに留学。在学中に1社目の会社を立ち上げる。2021年に長崎大学を卒業。2022年5月、水産物の陸上養殖ユニットを開発する株式会社PUKPUKを設立。同年11月に昆虫由来代替プロテインの開発・製造を行う株式会社Booonを、オイシックス・ラ・大地株式会社出身で現カラビナテクノロジー株式会社代表の福田裕二と共同創業。

大学在学中に起業するもコロナ禍で壁にぶつかる

高校までは、まったく経営に興味がありませんでした。でも、高校の文化祭で友達とアイデアを出し合って店を出したのは、楽しい思い出として記憶に残っています。これも、ある種の事業開発ですよね。ビジネスを創出することに対する興味は、この頃からあったのかもしれません。

福岡県にある久留米大学附設高校を卒業してから、長崎大学の経済学部に入りました。大学2年生の時に、地域の企業と一緒に、社会実装を前提とした事業アイデアを考えるという授業があったんです。そこで僕は、地域の課題であった中小企業の採用難を解決するために、企業に代わって学生インターンの企画を行う事業を考えました。

これは、自分自身の経験から発想した事業です。僕は文部科学省が展開する「トビタテ!留学JAPAN」という留学支援制度で奨学金をもらい、シンガポールに留学したことがあります。その時に現地で有償の長期インターンをしたんです。会社に学生が入ってくると、社員の背筋が伸びて活気が出たり、雰囲気が明るくなったりするんですよね。

地元企業の方とお話ししていると、新卒採用をしたいと思いつつも、外への発信があまりできていなかったり、自社内で閉じてしまったりしている感じがありました。新しい風を呼び込んで、オープンマインドにしていくためにも、学生インターンを受け入れるのは良いきっかけになると思ったんです。

当時の僕はまだ大学2年生。事業のアイデアは考えたものの、起業する気はありませんでした。でも、その授業に関わってくださっていた中小企業基盤整備機構の方が「このアイデアは地域の若者のためになるから、事業化しよう」と誘ってくださったんです。その方は副業ができなかったので、僕が代表になって会社を設立することになりました。また最初にサービスを使ってくださった企業様から場所や費用のご支援を頂き、企業と学生の交流ラウンジの設置にも至りました。

ただ、1社目の会社を立ち上げた翌年に始まったのが、新型コロナの感染拡大です。それにより企業と学生インターンのマッチングがしづらくなり、事業は頓挫してしまいます。

そんな折、同じく「トビタテ!留学JAPAN」の奨学生だった研修医が、PCR検査センターを立ち上げようとしているという話を聞きました。受けた当日に検査結果を出すというサービスは画期的で、これは今必要な事業だ、と考えて協力を申し出ました。そして、その人を手伝う形で大阪に行き、京都にセンターを開く際の責任者になりました。

しかし、こちらも思うようにはいきませんでした。まだ京都に検査センターが1件もなかった当時、慎重な意見が強くテナントの近隣の方々から猛反発を受け、計画はストップ。地域の方が求めていないサービスを提供する意味はあるのか。京都の町が好きで、町を助けるための事業を始めようとしたのに、町の人に受け入れられない。自分がやるべきことは何なのかわからなくなってしまいました。

思案に暮れる中、京都のお寺に幼稚園をつくろうとしている経営者と話をする機会がありました。その方が言うには、京都には歴史の長い家がたくさんあるため、新しいことを始める際に住民の同意を得る難易度は、他の地域の比ではないとのこと。新しい地域で新しい商売をするとき、僕たちの方がお客さんだったのだと気付かされました。

僕が検査センターをつくろうとしていた地域も、先祖代々300年以上お住まいの方が多かったのです。その話を聞き、撤退を決意。苦しい決断ではありましたが、諦めがついたことで救われたような気持ちにもなりました。

長崎の水産業に向き合い、陸上養殖ユニットの開発に乗り出す

悔しい思いで撤退の報告を最初にしたのは、家族ではなく長崎で支えて頂いた経営者の方でした。そのとき、自分の気持ちの拠り所が長崎にあったことに気づきました。事業をつくるなら、九州という土地の特性を生かし、地域に外貨がまわってくるようなビジネスをしたい。そんなふうに考えを巡らせていったのです。

長崎の魅力とは何か。真っ先に頭に浮かんだのは、「魚がめちゃくちゃおいしい」ことです。出身地である福岡の魚も十分おいしいのですが、長崎に移り住んで食べた魚のおいしさは衝撃的でした。自分の名前が「海」なのもつながりを感じ、長崎の水産業に何か貢献できないかと考え始めたのです。

©️AdobeStock

長崎の水産業の課題は、生産者が儲かっていないことでした。佐賀県の「呼子のイカ」や山口県の「下関のフグ」のように地域ブランドが確立されておらず、質は高いのに値段は高く売れない。

そのような折、陸上養殖が全国的に広がってきていることを知りました。

陸上養殖とは、陸上に人工的に作ったプールや貯水槽などの環境で魚や貝、海藻などを飼育・繁殖させることを指します。水質汚染の原因になることがなく、ウイルス感染などのリスクが少ないのがメリット。日本では主にサーモン養殖で用いられている手法です。

オーベルジュのシェフが自家菜園で採れた無農薬野菜を料理に使うように、自分で育てたこだわりの魚を調理したり、生産者が自信をもって売れる魚を養殖できたりしたらいいのではないか。そう考えて、自律制御型陸上養殖システムの開発・製造に乗り出すことにしました。

陸上養殖について調べ始め、起業の準備をして1年ほど経った2022年の1月。「一刻も早く会社を設立しよう」と思う出来事が起きました。親友が急逝したのです。

年末は一緒に旅行していたのに、それから1週間もしないうちに訃報が届きました。実家が近く、中高も一緒で、いつか結婚する時はスピーチを頼みたいと思っていた相手の弔事を読むことになるなんて。交流ラウンジや京都のテナントのロゴも彼に作ってもらっており、「将来また一緒に仕事しような」と約束もしていました。

これを機に「自分も明日死ぬかもしれない。いつ死んでも悔いのないように生きよう」と思うようになりました。そこからは、会社設立に向けて急ピッチで準備を始めました。

長崎県内で「地元からスタートアップを生み出そう」という機運が高まっていたのも、追い風となりました。

2019年、上場企業であった長崎の地方銀行・十八銀行がふくおかフィナンシャルグループ(FFG)の子会社となり、上場廃止となりました。長崎県は、上場企業のない唯一の都道府県となってしまったのです。

その状況を打破するために、同年には長崎大学で、次世代のアントレプレナー人材の育成に向けたプログラムを提供する「FFGアントレプレナーシップセンター」が誕生。僕は大学卒業後、職員としてFFGアントレプレナーシップセンターで働いていました。

そのうち、FFGの助成金の制度や、産学連携の研究費を獲得する方法、さらに自治体の起業支援制度などにも詳しくなって。それらを積極的に活用し、開発費用を調達したのです。また、仕事を通じて知り合った大学の先生も、現在の事業にも関わってくださっています。

起業を支援するセンターでの経験は、自身の起業の際に大いに役立ちました。そして2022年の5月には株式会社PUKPUKの登記を完了し、陸上養殖ユニットの開発へと踏み込んだのです。

養殖魚の餌となる魚粉を虫に代えてみると?

さて、陸上養殖ユニットを開発しているうちに、問題が発生しました。ターゲットとなる顧客像がぼやけてきてしまったのです。

顧客として最初に想定していたのは、品質の高い水産物を求めるオーベルジュのオーナーシェフです。しかしシェフがレストランの仕事と並行するには、飼育の手間暇がかかりすぎるし再現性も低い。これでは、「おいしい魚が手軽に育てられる」という売り文句が嘘になってしまう。

魚の餌代がとんでもなく高いことも大きな課題でした。水産養殖飼料には、魚粉が多く利用されています。しかし、世界的に養殖の需要が増えたことと昨今の国際情勢によって燃料費が上昇。輸送コストもかさみ、魚粉価格が20年間で3倍以上にまで高騰してしまったのです。

養殖の現場で話を聞くと、みなさん職人のように強いこだわりがある一方で、背に腹は代えられない。餌代が経費の6、7割を占めるためとにかく一番安い餌を選ぶ、という状況でした。餌は魚の質に大きく影響します。それなのに、値段の低いものを選ばざるを得ない。これでは、おいしい魚を育てるのは難しい。

だからこそ養殖ユニットの次に注目したのは、この「餌」でした。

魚粉の材料となるのは、主にカタクチイワシです。これは天然資源であり、乱獲による枯渇が心配されています。主な魚粉原産国はペルーでフードマイレージが高い、つまり環境負荷が高いことも懸念点です。

そこで目をつけたのがミールワーム。昆虫を餌にするということでした。ミールワームはチャイロコメノゴミムシダマシの幼虫を飼料として利用する際の呼称です。ふすまなどを利用して飼育でき、生ゴミや発泡スチロールも食べて分解することができます。

このミールワームを活用した魚粉代替昆虫タンパクを製造する会社として2022年11月に株式会社Booonを設立しました。

2023年2月からは、長崎大学情報データ科学部のIoTやAIを活用した情報システムを専門とする研究グループと共同研究を開始。他にも昆虫生体科学のエキスパートや海洋未来イノベーション機構の機構長、海洋再生可能エネルギーを専門とする教授などと連携して、自律分散型育成装置の設計・試作を行っています。

装置の名前は「Worm Pod」。コンテナタイプのコンパクトな装置で、遊休地を活用したミールワームの育成が可能になります。

昆虫は漁獲したものを粉砕すればできる魚粉と比較して、育てるための餌代や温度管理のための電気代、管理するための人件費などのコストがかかるのがネックだと考えられていました。2017年の三井物産戦略研究所のレポートでは、昆虫粉をつくるのには、魚粉の2倍のコストがかかると書いてあるんです。

ただ、当時よりも魚粉が1.5倍の値段になっていること、そして昆虫の生産コストの半分は熱源コストであるため、九州で作れば昆虫粉生産のコストを下げることは可能だと考えたんです。昆虫を使うことの忌避感もあって、正面から取り組んだ人はまだいない事業だった。そこにチャンスがあると捉えました。想定されるコストを一つずつ削減していけば、ビジネスとして成り立つのではないかと発想したのです。

まずは餌代。これは、売れ残りのお弁当などの食品残渣物を有効活用するため、長崎大学生活共同組合の協力を得ることにしました。将来的には、ミールワームを餌にした水産物を活用したメニューを生協で提供するという、新たな食の循環システムの構築を構想しています。

そして、温度管理の電気代や管理するための人件費は、再生可能エネルギーを使い、自律制御機能を備えた装置を開発することで削減できると考えています。

水産物の養殖場や食品加工工場の近くでミールワームを生産することで、フードマイレージを従来の1000分の1以下に抑えることもできます。

本社はずっと長崎に。地域の誇りとなる事業をつくりたい

現在は長崎大学の文教キャンパス内など複数拠点でのミールワーム製造や、水産養殖業者や養鶏事業者と協力し、従来の餌をミールワームに変えた場合の生育スピードの変化などについて実証実験を進めています。食品残渣物の処理については、大手食品メーカーとも協業していくところです。

現在、30社以上の協力を取り付けています。2026年の春頃にはミールワームを大量に飼育するためのプラントを稼働させ、年間600トンを目標に生産しようと計画しています。

環境にいいのはもちろん、養殖業者の方々にとっては価格が魅力になると考えています。魚粉に比べて、販売価格で2割ほど安くなるからです。大量に作れば作るほど安くなるので、いかにコストを抑えて大量に作るかが我々の技術の見せ所になってきます。

さらに安いだけでなく、ミールワームを給餌すると味が良くなる、という段階を目指しています。

東京大学農学部で、内閣府のムーンショット目標5内のプログラム「自然資本主義社会モデルを基盤とする次世代型食料供給産業の創出:AI nutritionによる未来型食品の開発」を推進している高橋伸一郎教授から連絡があり、「君たちがやっている事業は、まさに我々がやろうとしていたことだ」と連絡をいただいたんです。

そこから、プログラムの予算でミールワームを与えた魚のたんぱく質や脂質の変化を検査してもらえることになりました。我々としても何が魚をおいしくする要因なのかを知り、原料をコントロールして、さらに高品質の昆虫粉をつくりたいと考えています。直近で資金調達を行い研究開発への投資や社会実装に向けた大規模生産に取り組んでいきます。

24年4月、ミールワームの大規模生産計画に向けた決起会を開催。協力企業や長崎県庁などの関係者が一堂に会した

地域のスタートアップの資金調達は、その地域の雇用を創出することにつながります。これまでになかった新しい産業をつくると、これまでにいなかったような人材が集まる。それが、地域にスタートアップが生まれる意味だと思っています。

これからも本社はずっと長崎に置きます。法人口座も長崎の地銀である十八親和銀行から移さない。不便なこともあるのですが、それが長崎のためになると考えているからです。僕らが長崎のためになる事業かどうかを考えて会社をやっているからこそ、長崎も全面的にBooonをバックアップしてくれている。常に、長崎に対して何が還元できるかを意識しています。

長崎に上場企業がない状態は、今も続いています。僕としては上場の大変さをわかっているつもりだし、上場が目的になってやるべきことを見失うのが怖いため、「上場する」と簡単に口にしていません。でも、いつの間にやら、地域の期待を背負っている気はしています。

産業は地域の誇りになり得る。僕らの上場は、長崎の人が自分の地域の水産業を誇りに思うきっかけになるかもしれない。それはとてもいいことですよね。

 (文:崎谷実穂 写真:鈴木渉)