サッカースタジアムを「共助のコミュニティ」に。岡田武史が描く地域創生のこれから
人口15万人の愛媛県・今治市にサッカークラブで活気をもたらそうとしているのが、今治.夢スポーツ代表を務める、元サッカー日本代表監督・岡田武史氏だ。
6人で始めたFC今治のクラブ経営は地域住民の御用聞きから始まり、サッカースタジアムの建設、野外研修、公園での環境教育プログラム運営など、地域密着型の活動を多数行っているのが特徴だ。
なぜ、サッカークラブのオーナーがここまで地域創生に携わっているのか。岡田氏が見据える、これからの地域創生について聞いた。
後編:【FC今治】地域のコミュニティがつながる、サッカースタジアムからはじまる「まちづくり」
岡田 武史(おかだ たけし)
株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長/日本エンタープライズ株式会社 社外取締役/日本サッカー協会 副会長/学校法人今治明徳学園 学園長
1956年生まれ、大阪府出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、古河電機工業に入社しサッカー日本代表として活躍する。1993年より指導者に転身後は、ジェフ市原コーチ、コンサドーレ札幌監督、横浜F・マリノス監督、中国スーパーリーグの杭州緑城監督を歴任し、名監督として数多くの功績を残す。W杯では日本代表監督として1997年史上初W杯出場、2010年ベスト16を達成。2014年FC今治のオーナーに就任。
経営の判断は、企業理念に頼るしかなかった
──FC今治では『次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する。』との企業理念を掲げています。サッカークラブを運営する組織の理念としては異質に感じられます。どのような思いが込められているのですか。
FC今治のオーナーになって9年目になるけど、もともと今治に地縁があったわけではないんだ。
Jリーグのクラブからもチームを任せると声はかかっていたんだけど、今あるものを作り変えるんじゃなくて、1から作り上げたいと思って。四国リーグのチームのオーナーをしていた先輩経営者に相談したら、「ぜひやれ。ただし株式を50%持て」と言われて。気付いたら、自分がオーナーになっていた(笑)。
経営は初めてだから、ハウツーを聞こうといろいろな経営者を訪ねたら、みんな口を揃えて「ビジョン、理念が大切」と言う。
監督時代も僕は必ずチームのフィロソフィーを作っていましたが、やっぱり企業でもそういうものが大事なんだということは分かりました。
でも他社の理念を調べてみても、ピンとこない。そうこうしているうちに記者会見の日が迫ってきて、広報にも「早く決めてください」と急かされる。
悩んで悩んで、自分がこれまでの経験から感じてきた思い「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する。」を企業理念にしたんです。
──企業理念を体現するアクションとして、今治.夢スポーツは地域の活性化への取り組みを行っています。しかし最初から、地域創生しようという考えに基づいて生まれたものではなかったんですね。
全然、偶然マッチしただけです。むしろ企業理念ができてから、改めて今治という地域をじっくり見渡して「ヤバイ」と思ったね。
それまでは気付かなかったけど、人口も少ないし、デパートの跡地に入る施設がなくて、まちの中心部が更地のままになっている。サッカークラブを作ろうと思ったのに、人がいなくちゃサッカー観戦どころじゃないじゃないかと。
だから、まちに人を呼ぶためにいろいろなことをやりました。でもどうやればいいのか全然分からないから、とにかく企業理念に沿って行動するしかなかった。
「どうせよそ者」から地元住民の信頼を構築
──今治の住民たちのコミュニティには、すぐ溶け込めたのでしょうか。
最初は、誰も受け入れてくれませんでした。「有名人が来たところで、どうせすぐ出て行くんだろう」という感じで、よそ者扱いです。
FC今治はバックオフィス6人で始めたのですが、受け入れてもらうために死に物狂いで働きましたね。自分の車にガムテープでポスターを貼ってまち中走り回って、ビラを配って、深夜まで残業して……。
でも2年くらいは、相手にしてもらえなかった。今でこそ笑い話ですが、苦労して取り付けた会食をドタキャンされたこともあります。
そんな状況で、ある時ふと「今治の友達いるやついるか?」と会社の仲間に聞いたら、誰一人いなかったんです。
「来てくださいと言う前に、俺たちが行かなきゃ駄目だ」と気付いて、まずは今治での友達を一人5人作るところから始めました。高齢者の困りごと解決を無償で行う「孫の手活動」を始めたのもこの頃です。
人口が減ったら、サッカーをやる人も観客も減ってしまうから手を打たなければならない。でも、まちの未来を考えるだけでなく、試合のチケット販売やスポンサー探しなど目の前のこともしなくてはいけない。だから、同時にいろいろなことをしなければいけなかった。
でもそうしているうちに地域住民との関係性ができてきて、「あんたらサッカーもやっとるのか。じゃあ見に行ったるわ」と、徐々に地域の人たちに受け入れていただくようになりました。
──徐々にスタジアムに観客が入るようになったのですね。当時のクラブのビジネス面はどうでしたか?
サッカークラブの収入はチケット販売よりもパートナー(スポンサー)料がメインなんです。
でも、東京の私と関係のある企業には僕のホラみたいな話である程度パートナーになってもらえたけれど、今治の企業は最初から熱心に支援してくれた企業もありますが、疑心暗鬼みたいなところも多かったです。
──そうした厳しい風向きが変わったと感じたのは、いつ頃ですか。
2017年、「バリチャレンジユニバーシティ」という僕が今治で始めた取り組みが、TVで放映されたことがきっかけです。社会変革に挑戦する若者を育てるために、学長は僕、講師は企業社長や大学教授など僕が頼んだ著名人で、若者向けのワークショップを始めたんです。
その番組を見た今治の企業の方が「岡田さんが今治のためにここまでやっているのに、わしも何もせんわけにはいかんかな」という感じになって、今治最大の企業である今治造船さんも積極的に支援して下さるようになりました。
今治市は日本最大級の海事都市で、今治造船といえば、船の建造量が国内第一位という世界に誇る造船所です。その頃から一気に流れが変わって、協力してくれる人や会社が増えましたね。実は今治は日本一社長が多いまちと言われているんです。
パートナー料の金額でいうと東京の企業の方が多いですが、件数の7割は今治です。地域を活性化するために信頼を一つ一つ積み重ねたら、結果的に人とお金が集まってきたんです。
クラブ運営に依存しすぎない事業ポートフォリオ
2023年の今治.夢スポーツ全体の収入が13億、うち7.5億がパートナー料です。収入は、他のJ3クラブ(FC今治が所属するJリーグのカテゴリー)と比較すると多い方ですが、我々教育事業とか色々なことをやっているので、サッカーの強化費としては他と同じぐらいです。
やってみて分かったことだけど、パートナー料は広告宣伝費なので、クラブの所属するカテゴリーによって額が大きく変動するんです。
これでは前年のチームの成績によって左右されてしまい、安定した経営ができないので、今はいろいろな事業を組み合わせて収益先を分散させようと取り組んでいます。
FC今治は小さなクラブで、母体となる責任企業がいるわけではありません。そのため、ちょっと間違えたら倒産や債務超過に陥るという危機感がある。キャッシュの状況には常に目を光らせています。
──具体的にはどんな事業を展開しているんですか。
例えば「しまなみアースランド」という公園では、環境教育プログラムを行っています。『北の国から』の脚本家として有名な倉本聰先生が行っている「自然塾」という活動をやっています。その中の一つのプログラムが、46億年の地球の歴史を460mに見立てて、インストラクターと公園内を歩きながら学ぶものです。
それから生きる力を育む「しまなみ野外学校」。元々は文明社会で育つ子どもたちに自然を体験してもらおうと思って始めたんですが、企業からも反響が出てきています。人材を成長させるには困難やプレッシャーの経験が不可欠だけど、自然が与える理不尽さは心身を鍛えられるし、パワハラにもならないから(笑)。
グローバル事業として、「岡田メソッド」の海外展開も進めています。今は僕が監督を務めていた中国の浙江FCと業務提携して、FC今治からコーチを派遣して現地で指導に当たっているけど、東南アジアのクラブなどと提携しようという話も出ています。
今治里山スタジアムを起点にした共助のコミュニティ
──2023年には今治里山スタジアムが完成しました。スタジアムを中心とした事業の展望についてもお聞かせください。
今治里山スタジアムは、単なるスポーツ施設に留まらず衣食住を保障し合う「共助のコミュニティ」になることを目指しています。
このスタジアムを介して関係者や訪れた人々がさまざまな形で協力し合うことで、助け合う世界を実現していきたいんです。
障害がある人たちを支援する複合福祉施設「きとなる」や、ドッグランがあり、自給自足するためにスタジアムの土手には畑があって、「里山ファーム」という農地で米や野菜を育てる。作った食材はスタジアム内にある「里山サロン」というカフェで使われ、シェフから提供される。宿泊施設や美術館の建設も構想しています。
──今治里山スタジアムは「民設民営」とのことですが、なぜそのような座組で進めたのでしょうか。
スタジアムの建設にかかる40億の費用を捻出するためには資金調達をする必要がありました。エクイティで15億7000万は僕が集めて、愛媛銀行などの金融機関から20億ほど借り入れをしました。
土地は今治市から無償で借りていますが、あまり公金には頼りませんでした。まだまだ税金を注ぎ込む事業と認めていただけなかったこともありますし、我々で尖ったことをやりたかったという面もあります。ただ自治体とは非常にいい関係でやっています。
「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する。」という企業理念の実現を、愚直に目指したかったんです。
──自らリスクをとるからこそ、企業理念からブレずに経営できるのですね。
僕らが今治里山スタジアムで目指している共助のコミュニティを、他のJリーグやBリーグのチームも一緒になって取り組んでくれたら、日本が変わるかもしれない。
「また岡田のホラがはじまった」とみんな言っているけれどね。今は資本主義が格差と分断で行き詰まって、専制主義に逆戻りを始めています。でもそのときに地域に共助のコミュニティがあれば、上からではなく下から世界の秩序をつくっていけるかもしれない。
それが企業理念にある「次世代のため」に僕らがやれることじゃないかなと思っているんです。
まちと共に歩むことで、市民のシビックプライドを育てる
──岡田さんはいろいろな事業を手掛けていますが、社会にとって役立つ事業が、必ずしも利益に直結するわけではないですよね。どのように事業の判断をしているのでしょうか。
そこはやっぱり、バランスかもしれないね。よく他の人からは矛盾していると言われるけれど、僕の中ではどちらも当たり前のことです。
理念を実現するためには、儲けなくてはいけない。今治里山スタジアムの開幕戦2週間前、満員まで1300人足りないとスタッフから全体に業務報告があった。オープニング戦でスタジアムに空席があってはいけない。
「社員一人10枚手売りしたら、1000人集まるだろう!」と、Slackで全社に声をかけた。そうしたらチケットは四日前に完売、当日は立見席も販売して、収容人数5316席のところ歴代最多の5424人が集まりました。
理念を掲げることも重要だし、具体策まで落とし込んで、実現させることも同じくらい大事なんです。単体で見れば利益の出ない活動もやるけれど、トータルで黒字にならなければスタッフへの給与も支払えない。それでは意味がないんです。
──最後に、岡田さんの考える「地域」と「スポーツチーム経営」のあり方について教えてください。
「どうせ変わらないよ」と岡田のホラを受け流していた人たちが、地域が変わっていく様子を体感して「今治は、変わるかも知れない」と本気で思い出した。
そうすると、自分たちのまちに誇りを持ち始める。シビックプライドが醸成されるんです。「こんなものを食べたよ」「こんな場所があるよ」と地域住民が楽しそうにSNS発信すれば、外にも熱が伝わる。シビックプライドとスポーツチームは、とても相性がいいんですよ。
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(文:秋元沙織 写真:小池大介)