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【FC今治】地域のコミュニティがつながる、サッカースタジアムからはじまる「まちづくり」

2024.04.15(月) 16:31
【FC今治】地域のコミュニティがつながる、サッカースタジアムからはじまる「まちづくり」

J1からJ3まで60のクラブから成るJリーグ。現在は全国41都道府県にJクラブが存在し、各地域にホームスタジアムがある。

文科省が第3期スポーツ基本計画のなかで、「スポーツによる地方創生、まちづくり」を掲げるなど、今、Jリーグのホームスタジアムは地域のスポーツの拠点であるだけでなく、まちづくりの中核的な役割も期待されつつある。

元サッカー日本代表監督・岡田武史氏が代表を務めるFC今治(今治.夢スポーツ)のホーム「今治里山スタジアム」は、サッカーを核に地域と人をつなぐ文化・交流拠点として2023年1月に竣工した。

FC今治のスタジアムを中核としたまちづくりについて、執行役員 里山スタジアム統括グループの中島啓太氏に聞いた。

前編:サッカースタジアムを「共助のコミュニティ」に。岡田武史が描く地域創生のこれから

境界のない、地域に溶け込んだサッカー専用スタジアム

愛媛県北東部に位置する今治市は「タオルと造船の町」として知られ、近年は瀬戸内しまなみ海道へのサイクリングの拠点としても人気を集める。

今治里山スタジアムへはJR今治駅から車で10分ほど。スタジアムの近隣には道路を隔てて「イオンモール今治新都市」があり、市民の生活の要所とも言える立地だ。

今治市営のスポーツパークと隣接する現在のスタジアムは、元は更地だった場所。今治市との協議の末、無償で長期にわたり借りられることになった。

スタジアムに訪れ、最初に驚くのはスタジアムの内外を隔てる囲いがまったくないことだ。試合のない日は誰もがスタジアムの観客席まで入れてしまう。

取材時は生憎の雨模様だったが、晴れた日には近隣住民が犬の散歩に訪れる姿やコーヒーを片手にスタンドの客席で憩う姿が見られるという。

スタンドの客席からピッチまでの距離も限りなく近く、試合時には選手の体と体がぶつかる音まで聞こえるそう。

また、試合中に選手が待機するベンチもスタンドの観客席と隣接する場所にあり、試合中に観戦していると選手同士の会話が聞こえてくる。

スタジアムの設計からも、地域と人をつなぐための明確な意志が感じられる今治里山スタジアム。このユニークなスタジアムの実現にあたって鍵となったのが「民設民営」であることだ。

「民設民営」だから理念を体現するスタジアムができる

中島 啓太(なかじま けいた)

株式会社今治.夢スポーツ 執行役員 里山スタジアム統括グループ

──今治里山スタジアムを建設することになった経緯を教えてください。

中島:今治里山スタジアムが完成するまで、今は練習場として使用している「ありがとうサービス.夢スタジアム」をホームスタジアムにしていました。

しかし、これからJ2・J1を目指すにあたり、収容人数や屋根つき設備など、定められた要件を満たすためには新たなスタジアムを建設しなければなりませんでした。そこで現在の今治里山スタジアムの建設を開始したのが直接的なきっかけです。

──今治里山スタジマムは「民設民営」だと伺いました。J1・J2のカテゴリでも、クラブがスタジアムを所有して、運営に関する自由裁量権を有しているケースは少ないそうですね。

「民設民営」は今治里山スタジアムのユニークな点のひとつです。Jリーグのスタジアムの多くは「公設公営」「公設民営」のいずれかなんですね。

ワールドカップ、オリンピック、国体など、大きな大会が行われる際に、政府や地方自治体の公金を使用して建設されたものを、そのまま自治体が公共設備として運営したり、指定管理業者として民間に運営を任せるケースが多いです。

クラブが指定管理業者になっていれば、ホームスタジアムへのある程度の裁量権がありますが、そうでなければクラブのスタジアムに対する裁量権はありません。

後ろ盾となる大企業がいないFC今治のようなクラブが、自社でスタジアムを建設して運営していくのは日本初の事例です。

スタジアムが完成して、Jリーグ関係者が検査に訪れた際には「おめでとうございます。日本サッカー界の歴史をあなたたちが塗り替えました」と言われたくらいで。

──スタジアムが「民設民営」であることのメリットはどのような点にあるのでしょうか?

やはり、スタジアムを自由にできることで、経営上の余白が残されていることだと思います。自分の住む家を賃貸にするか持ち家にするかくらい違うんですよ。

小さなことで言えば、賃貸は壁に穴を開けたら怒られるけれど、持ち家なら誰にも文句は言われません。自宅の1階を改装してカフェを開業することだってできますよね。

私たちの最終的な目標はスタジアムを建設することではありません。企業理念である「次世代のため物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する。」を実現することです。

そのためには、サッカースタジアムとしてJ2・J1の要件を満たしているだけでなく、さまざまな人の拠り所になる複合型の里山のような場所にしていきたかった。自分たちの理念に基づいてイチからスタジアムのあり方を考えていくには、やはり「民設民営」が適していると思います。

──これまでなぜ「民設民営」のスタジアムが生まれなかったのでしょう。

莫大な建設コストがかかる割に、メリットが少ないという判断だったのではないでしょうか。クラブがホームで開催する試合は年間20回程度です。年に20日しか住まない家を建てようと思わないですよね。ならば、借りようと考えるのが普通です。

これまでスタジアムは、サッカーをするための場所としてしか、捉えられていませんでした。ただここ5年、10年で少しずつサッカーの試合以外でどういう活用の仕方があるのか、模索されるようになってきた。

さらにはスポーツを通じたまちづくりという観点で考えると、スタジアムはまちづくりの中核となる場になり得ると考えられるようになってきました。

ただ、繰り返しになりますがスタジアムを自前で建設しようと思うと莫大なコストがかかります。地域に貢献したいという夢だけではだめなんです。

──現在J3のカテゴリーに所属するFC今治がなぜその莫大なコストがかかるスタジアム建設をなし得たのでしょうか。

今治里山スタジアムの建設には40億円ほどかかっていますが、これ実は価格破壊レベルなんです。

たとえば日本代表が使用するような埼玉スタジアムや日産スタジアムの建築費は400億円から600億円ほどです。パナソニックスタジアム吹田の建設費が約140億円で、業界ではかなり驚かれていました。

それが今回、40億円でJ2・J1を目指すスタジアムを建設することができた。テクニカルな理由はたくさんあるのですが、究極的に言えば、経営者の覚悟と建設に関わってくださった皆さんのご協力のおかげです。

着工前に最終的な見積もりがあがってきた際に40億数千万円と、40億円より少しだけ上振れてしまったんです。そのときに岡田からは「じゃあ、このプロジェクトはここで終わりだな。40億円を1円でも越えたら自分たちは返済できないから」と言われました。

この経営者としての厳しさと覚悟があったからこそ、私たちも取引先の皆さんも、あらゆる場面で創意工夫してこのプロジェクトを成立させようと、ひとつになれたんです。

地域の「心の豊かさ」が「物の豊かさ」になって返ってくる

──2023年1月に今治里山スタジアムが竣工して、1年が経ちました。新スタジアムでの取り組みについて教えてください。

スタジアムの敷地内には「コミュニティビレッジ きとなる」という複合福祉施設があります。地元の社会福祉法人が所有・経営して、障がい者の方々の生活自律訓練や就労支援のほか、特性のある子ども向けの放課後デイサービスなどを運営しています。

「きとなる」の建物の一部では、我々が里山サロンというカフェを運営していて、その業務の一部を施設に受託いただいています。近隣住民の方がカフェを利用すると、そのお金の一部が障がい者の方の賃金になったり、職業訓練につながるような循環が生まれています。

里山サロンは近所のママ友同士のお茶会に使っていただいたり、近所の老人ホームの方々がスタジアムに散歩に来てお茶して帰ったり。サッカーに興味のある方だけでなく、さまざまな地域住民の方たちが集まるようになってきていますね。

また、クラブハウスをイベントスペースとして貸し出しているのですが、そこでも地元の高校のPTAの集まりで利用いただいたり、猫の殺処分を減らす目的で活動しているNPO団体が猫の譲渡会を行ったり、地元企業の周年パーティーも開催されています。

ドッグランもあるので犬のお散歩で日常的に来ていただく方も多いです。今治里山スタジアムは市民参画型をコンセプトにしていますが、私たちの理想に少しずつ近づいているように感じますね。

スタジアムの周辺にはレモンの木や農作物を植える活動もしています。こういった活動に近隣住民の方に関わっていただき、みんなで里山スタジアムをつくりあげていく過程が、スタジアムとクラブへの愛着を生み出してくれるのだと考えています。

──あくまでビジネスではなく、企業理念を実現させるための場なのですね。

ビジネス面では、クラブハウスに年間契約のVIPルームが14室あり、数千万円の収益が見込まれます。スタンド席には、安価に観戦できる席も残していますが、以前より高額な席も増えています。

また、2024年3月にはアシックスにより命名権を取得いただき、今治里山スタジアムは「アシックス里山スタジアム」へと名称が変更になります。これにより、クラブ経営のフェーズも次の段階に行けるのではないかと思います。

ただ、「物の豊かさより心の豊かさ」という理念の通り、まず「心の豊かさ」を感じてもらうことが大切だと考えています。サッカーと関係ない場でも地域の人々の人生に度々登場する場になりたい。

その結果、ビジネスライクに言えばクラブへのエンゲージメントが高まっていき、チケット収入なりパートナー料(スポンサー料)という形で「物の豊かさ」になって帰ってくるかもしれないということなのかな、と。

サッカースタジアムだからできる、まちづくり

──地域の方に受け入れてもらっている、という手応えはありますか?

今治市には約15万人いるので、もちろんFC今治ないし今治里山スタジアムへの想いに濃淡はあると思います。ただ、確実に風が吹いているという感覚が個人的にはあります。

先日、里山サロンの裏庭で夜空を見る焚き火イベントを開催した際、参加者に一人ひとり話を聞いたんです。そこで「これまではFC今治のことが好きだったけれど、今治里山スタジアムができてからは、サッカーと関係なく行きたい場所になった」という声を何名かからいただきました。

少しずつ、今治里山スタジアムという場に対して愛着が生まれ始めている。次のフェーズに足を踏み入れることができているという感覚がありますね。

──次のフェーズ、どのようにお考えですか?

もちろんサッカークラブとしてJ3からカテゴリを上げていき、J1で戦えるようにしていく。その先で、アジア、世界で戦えるチームにする。ここは貪欲に目指していきたいです。

市民参画型であるほか、今治里山スタジアムのもうひとつの特徴が「成長するスタジアム」であること。今は5000席ですが、1万5千席まで拡張することができます。カテゴリが上がり、街が賑わっていく過程のなかでスタジアムも成長していければと思います。

また、今治里山スタジアムにはさまざまな余白があって、それがサッカーファンに限らずさまざまな人が集う入口になっています。それにより小さなコミュニティが複数存在するような状況が生まれ始めています。

現代では別のコミュニティの人同士が共通のアイデンティティをもって、感情を共有できる場は失われつつあります。しかし、そうして集まったさまざまなコミュニティの人たちが、最終的にサッカーを観戦することで同じ体験や喜怒哀楽を共有できる。

そういう場を地域につくることが、サッカースタジアムだからこそできるまちづくりなのかな、と思うんです。

(文:野垣映二 写真:岩田耕平)