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地域経営の目線がインバウンドに目標と戦略をもたらす

2023.09.08(金) 16:00
地域経営の目線がインバウンドに目標と戦略をもたらす

インバウンド(訪日外国人客)は、昨年10月に新型コロナの水際対策が緩和されて以降、回復傾向にある。国別では韓国や台湾、アメリカからのインバウンドが多く、京都など人気の観光地の混雑は激しさを増している。こうした状況のなか、地方はどのようにしてインバウンドを呼び込み、地域活性につなげていけばよいのだろうか。世界240以上の国・地域から月間340万人以上が訪れる日本最大の訪日観光メディア「MATCHA」の代表取締役社長・青木優氏に、インバウンドの現状や地域のインバウンド対応について伺った。

青木優(あおき・ゆう)

株式会社MATCHA 代表取締役社長
https://matcha-jp.com/jp
1989年生まれ、東京都出身。明治大学国際日本学部卒。大学在学中に1年間休学し、世界一周の旅に出る。大学卒業後、デジタルエージェンシー augment5 Inc.に所属。2013年に株式会社MATCHAを設立し、代表取締役社長に就任。内閣府クールジャパン地域プロデューサー。趣味は旅と温泉、銭湯めぐり。

認知度の低い地域は、観光客が集まる場で多言語の情報発信を

——2023年に入り、インバウンドの回復状況はいかがでしょうか。

6月時点で、ピーク時の約72%まで戻ってきている状態です。旅行客一人あたりの消費額はむしろ増えていて、これまでが平均15万円だったところ、21万円まで上がっています。

——それはなぜなのでしょうか。

要因の1つは円安ですね。また、リベンジ消費や高級宿の増加、滞在日数が延びていることに関連していると考えられます。リモート勤務が普及して旅先からでも仕事ができるようになり、長めの滞在が可能になっているのではないでしょうか。今までと比べて、長く滞在しやすい環境がコロナの中で生まれたことが大きいと考えています。実際に自分自身が海外に行ったときも、仕事を絡めながら滞在することも増えてきました。

——インバウンドで人気の旅行先は?

東京、大阪、京都は根強い人気です。京都は再訪する人も多いので、パンク状態になっています。この3都市以外の旅行地にもだんだん目が行きはじめていますね。

一方、レンタカー予約の動向を見ていると、1つの地域をディープに楽しむタイプの新しいインバウンドのあり方も見えてきています。例えば、新花巻駅のレンタカー屋で1カ月の間ずっとレンタカーを借りていた人がいたんですよ。おそらく東北を周遊して、電車で行けないところをまわっていたのではないかと思われます。

——マニアックな日本旅行をする観光客が出てきているんですね。一般的に、海外から日本に来る人は、どのような過程をたどって日本にたどり着くのでしょうか。

まずは、さまざまな旅行先から日本を選ぶというのがスタートです。例えば台湾からの旅行客だとすると、行きやすいところでベトナム、韓国、フィリピンなども選択肢に上がる中で、何らかの理由で日本を選ぶ、という感じです。その理由は日本食が好きだとか、前に行った場所がすごく良かったからもう一度行きたいとか、航空券が他の国に比べて安くなっていたからとか、人やタイミングによってさまざまです。

それから、日本のどこかに行くかをインターネットで探す。知っている地名で検索する場合もあるし、SNSで日本の旅行関係のタグを見て、景色がきれいなところだったり、おいしそうなものが写っている写真から、地名を知る場合もある。

単語を知っているものに関しては検索し、知らないものに関してはSNSで興味関心をもとに探していく、という感じでしょうか。あとは、友人・知人の口コミもやはり効果があります。「○○に行ったらすごく良かったよ」という話を聞いて、旅行先を決めるというパターンも多いでしょう。

——検索だと、やはり有名な都市である東京、大阪、京都は選ばれやすいですよね。認知度の低い地域は、SNSでの発信を増やすことが効果的なのでしょうか。

そうですね。MATCHAを運営するなかで、地域側の発信が足りていないと感じることはあります。発信していても、そのやり方がうまくいっていない場合もあるんです。例えば、地方自治体などは多言語サイトを作っているところも多いんですよ。

でも、多額の投資をしたにも関わらず、あまりビュー数が上がらず、短期間で閉じてしまっている。そもそもその地域名や観光スポットが知られていないと、海外の方には検索されず、サイトまでたどり着いてもらえません。

そこで、MATCHAでは、多言語情報発信を効果的にできる月額制のCMSである「MATCHA Contents Manager」というサービスを始めました。日本語で記事を書くと、瞬時に英語、繁体字、簡体字、タイ語、韓国語に翻訳され、それをMATCHAに投稿することができます。

——海外の方が旅行の情報を得るために訪れる場所に、自分の地域の情報を載せることができる、と。

ざっくりでいいので、まずは多言語に翻訳された情報が、日本への旅行を考えている人が見る場所に公開されていることが重要です。

河口湖や御岳山、How to系記事。日本人では気づかないところにニーズがある

——インバウンド向けに届けるべき情報、求められている情報というのはどのようなものでしょうか。

MATCHAを運営していてニーズがあると感じるのは、日本人にとって当たり前のような情報ですね。例えば、日本の祝日のような情報は台湾人にニーズがあります。日本に対しての頻度が多いからこそ、混雑を避けるような旅行をする。

河口湖のような情報もニーズがありますね。富士山を近く見ることができ、東京からのアクセスもよく、四季の景色も味わえる。河口湖はインバウンド対応の先進地でもあり、インバウンドのお客さんからの評価も高いこともあります。

ランキングで上位に入るのは、Hou to系の記事が多いんですよ。交通系ICカードの買い方やカウンターでの鮨の食べ方、銭湯の入り方などを丁寧に伝える記事は求められていますね。

——地域がインバウンド向けに発信するべき情報というのは、どのようなものがあるのでしょうか。地域住民は気づいていないけれど、実は観光資源だったというケースもあるのではないかと考えられます。

具体例でいうと、東京都青梅市の御岳山はそういう場所だと思っています。御岳山は、東京駅から2-3時間くらいかかるので、東京在住で行こうとする人はあまりいないでしょう。一方で東京だけれど、東京ではないあの雰囲気が日本に住んでいる外国人旅行者や外国人インフレンサーに受けてきていると感じています。弊社所属のルーマニア人の編集者が書いた御岳山の記事を通じて、実際に日本で留学している方が御岳山に行ったという報告ももらいました。

青梅市御岳山の七代の滝©Adobe Stock

——なるほど、滝行の写真は日本ならではですね。でも、東京近郊に住む人にとって御岳山は人気の観光スポットというわけではない。

地域にあるものの良さや魅力、海外の人が興味を持つポイントって、住んでいる人にはわからないことが多いんです。だから地域の観光情報発信は、海外の人や外国によく行く、または外国に長く住んでいたという日本人と一緒に考えるのがいいと思っています。留学生の方もいいですね。日本の文脈を理解しつつ、海外の目線を持っている人がいいでしょう。

MATCHAは社員の3割が外国人で、その中に8年くらいコンテンツ作りに携わっている台湾人の社員がいます。彼女が最初に作った記事は「コンビニでの紅茶の選び方」でした。台湾人は紅茶を含めたお茶をよく飲むのですが、日本のコンビニはペットボトルやチルドカップ、紙パックなどさまざまな形態でいろいろな紅茶が売っていて、海外から来ると何をどう選んだらいいのかよくわからないのだそうです。そこで、コンビニで売っている紅茶の解説記事を書いたらよく読まれたんです。これも、日本に住んでいる僕らにはわからない視点の例です。

訪日外国人観光客向けの情報を多言語で発信するMATCHA

——他に、気づかれていない地域の魅力を掘り起こした例はありますか。

実例ではなく、僕の考えになるのですが、インバウンドに限定せずこれからはあらゆる産業がツーリズム化する可能性があると思っています。

先日、長崎県の対馬で養殖マグロの餌やりを体験したんですよ。餌はサバで、それを養殖いけすにぼんぼん投げるんです。これって、漁師さんにとっては単なる労働ですよね。でも、僕にとってはおもしろい観光体験でした。

いけすのある海はとてもきれいだし、景色を楽しむこともできる。この場合は魚の養殖ですが、酒蔵での酒造りや農業、塩田での塩作りなども、観光になると思うんですよね。

地域の生活や仕事が、外から来た人にとっては興味深い観光資源になりうる。地域に住む人があたりまえに日々繰り返していることに、思想や積み重ねがあって、そこから観光客はインスピレーションを得たり、価値を感じたりする。そうした新しい観光が今後は増えていくと考えています。

地域戦略の一部として、観光戦略を考える

——そうなると、地域住民の観光への協力が必要ですね。

地域住民を交えた観光の成功例は、あまりないのが現状です。むしろ近年はオーバーツーリズムの問題が出てきていて、地域住民から観光客が疎まれてしまっている。飛騨高山などは、観光と生活がうまく一体化していると感じるのですが、そういったところはまだ少ないですね。

——観光と生活を一体化させるには、どうしたらいいのでしょうか。

観光業を推進する意義を、住民にしっかり伝えることが大事です。自然が荒らされたり、公共交通機関がパンク状態になったりするのは、たしかに大変です。

でも、海外からの観光客が来ることで、その町の経済が潤って、インフラ整備がされたり、教育・福祉が充実したりするという影響もある。そうしたメリットは時間差があったり顕在化していなかったりするため、自治体が住民に伝えないとわかりません。僕は、海外の観光客が来ることによる経済効果やメリットについて、観光地域づくり法人や観光協会がもっと伝えたほうがいいと考えています。

人が訪れて地域が活性化すると、若者の働く場ができることにもつながります。文化資源の保護という面でも、観光には価値がある。観光客が郷土文化を体験して楽しんでくれることで、埋もれていたものに光が当たることもあります。

だからこそ、観光のあり方も団体で来て商業施設に行って終わりではなく、その地域の良さを生かすべきです。そして、観光客が単なる消費者でなく地域を支えるパートナーになる、そんな観光を目指す必要があると思っています。

——インバウンド向け情報発信がうまくいっている地域とそうでない地域、どのような違いがあるのでしょうか。

一番の違いは、戦略があるかどうかです。多くの地域で観光を推進する目的はふわっと共有されているんですよ。でも、それに対して、年間何人の観光客を呼び込みたいか、観光で年間いくらの売上をつくりたいのかといった目標は立てていない。

目標があれば、それを達成するために何をすべきか、誰に情報を届けるべきか、その人達が喜ぶコンテンツは何か……と考えることができます。どれだけの予算をつけて、どのようなプロモーションをしていけばいいかも見えてきます。

一方、目標がないと行き当たりばったりでプロモーションやイベントをやることになり、振り返りができない。SNS発信も、目標がないと単にバズを狙いにいってしまったりする。投稿がバズっても人が来なければ意味がないですよね。何万もシェアされなくても、届くべき人に届いて、その地域に来てくれた人が満足し、リピーターになってくれたらいいわけですから。

——そう考えると、地域の観光協会が責任を負う範疇を超えてきますね。自治体の予算配分をどうするか、という話でもある。

そうなんですよ。自分たちの地域はどうありたくて、どういったポートフォリオで売上を上げて、それによってどのくらいの人口が持続的に生活できるのか。そういった地域経営の目標と戦略があった上で、その下に観光の目標と戦略があるという構造になっているんです。

僕は、すべてのエリアが観光地として栄えなくてもいいと思っています。観光に適しているエリアは観光に、そうでないところは別の産業に力を入れればいい。なので、やはり観光は地域経営の一部なんですよね。

——MATCHAとしては、地域の観光を支えるためにどのようなサポートをしていきたいですか。

将来的には観光CRMを実現したいです。例えば、先日兵庫県の豊岡市に行ったんです。出張だったので、1泊2日でさくっと帰ってしまいましたが、旅行前や旅行中に「絶対城崎温泉は気にいると思う」や「出石町の出石そばがおいしい」といった情報がレコメンドされていたら、さらに半日は滞在したでしょう。だからまずは、旅行先の最適な情報が提示されるような状態をつくりたい。

そして、旅行先が気に入ったら、その地域の情報が定期的に入ってくるようにしたいんです。友人に勧めたらその友人が使える「フレンドリファラルクーポン」が発行されたり、その地域のアンバサダーになったら特別な体験のオファーが届いたりする。一度訪れて終わりではなく、地域と旅行者の関係を長期的につないでいけるよう、サービスを広げていきたいですね。