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“世界で最も魅力的な国”日本の地域はなぜこんなに外国人が来ているのに儲からない?

2024.04.05(金) 16:10
“世界で最も魅力的な国”日本の地域はなぜこんなに外国人が来ているのに儲からない?

日本の成長産業と目される「観光業」。2023年10月に米国旅行雑誌『コンデナスト・トラベラー』が発表した「世界で最も魅力的な国」ランキングでは日本が1位に輝いた。

しかし、訪日外国人観光客が増えているにも関わらず、その恩恵に預かっている地域は一部だ。むしろオーバーツーリズムに悩んでいるなどのネガティブな声の方が聞こえてくるようにさえ感じる。

地域はこの好機を活かすためにはどうすれば良いのか。これまで観光庁・文化庁の事業として150のコーチング施策を行い、多数の地域で地方創生のコンサルティングを実施している永谷亜矢子氏にお話を伺った。

永谷 亜矢子

株式会社an代表取締役/立教大学 客員教授
大学卒業後、リクルートを経て、2005年より東京ガールズコレクション創立時よりチーフプロデューサーに就任。2009年女性向けマーケティング会社 F1メディア(現W TOKYO. Inc)代表取締役に。 2012年より吉本興業執行役員として全社のPR統括のほか行政自治体の事業、海外事業を担当。2016年に株式会an を設立。2018年に立教大学経営学部客員教授に就任。2019年にナイトタイムエコノミー推進協議会を設立・理事に就任。観光庁、文化庁の事業としてさまざまな地域・事業に対して150件のコーチング施策を実施し統括し、多数の地域の地方創生を観光分野で担っている。

増加する訪日外国人客とお金をとらない日本の地域

──コロナ禍後、多くの観光地で訪日外国人客を目にすることが増えたように感じます。インバウンド観光市場の現状について、永谷さんはどう見ていますか?

観光庁は6年ぶりに観光立国推進基本計画を改訂しました。そのなかの柱として「地方誘客促進」のほか、量から質への転換として「消費額拡大」が掲げられています。

2023年の訪日外国人数は2500万人を越え、コロナ禍以前の2019年と比較しても8割まで回復しています(日本政府観光局発表資料より)。また、2023年の訪日外国人旅行消費額は5兆2923億円と過去最高です(観光庁 訪日外国人消費動向調査より)。

数多くの世界遺産があり、四季折々の魅力に溢れ、各地に魅力的な食がある。日本は世界有数の観光地であり、今後も日本人気は高まっていくでしょう。

──地域にとっては「稼ぐ」ためのチャンスですね。

そのはずなのですが、残念ながら地域側にそのチャンスを活かすための受け皿がないのが現状です。

地域にはさまざまな観光資源があり、すでに多くの観光客が訪れています。それにも関わらず、観光客がお金を支払う場所がないんです。

多くの観光客が押し寄せてオーバーツーリズムのようになっているのに入場料が無料だったり安すぎる文化財が、地域には数多く存在します。

自治体の予算が減らされているなかで文化財の維持も難しくなっています。地域の文化財をサステナブルに維持・管理していくためにも、稼ぐための受け皿を用意するべきです。

もし地元住民のことを考えて文化財を有料にできないのであれば、住民票やマイナンバーカードを提示できる地域住民は無料のままにして、地域外の国内外の観光客からは有料化するべきだと思うんですよね。

でも、それをしないんですよ。

──確かに、海外に旅行すると地元民は無料だけれど外国人観光客は有料という観光スポットが多くありますよね。

他にも、地域が観光で稼ぐ方法はいくらでもあります。私はオマツリジャパンと一緒に青森のねぶた祭りに100万円のプレミアム観覧席を設置するという企画に協力しました。地域のお祭りも企画次第で自らマネタイズをすることは可能です。

青森ねぶた祭り©Adobe Stock

観光コンテンツによっては、座席をつくれなかったり、入場を制限するのが物理的に難しいものもあると思います。そういった場合でも「祭りに参加の方は寄付をしてくださいね」と入場料ならぬ入祭料をQRコードから徴収する、いろんな町が一堂に参加する曳山や踊りの祭りは各町の団扇や手拭いを販売し、推し活的な応援グッズにするなども考えられます。

また、一番人手がかからない方法は駐車場ですかね。地域には空き地はたくさんありますから、訪れた観光客のための公営の駐車場を用意する。最低限1人でも誘導の担当がいれば運営できます。

アイデアや方法次第でいくらでも「売り物」になるはずの観光コンテンツが、そうなっていない。地域は多くの商機を逃してしまっているんです。

地域にある、まだ手つかずの観光資源

──すでに観光客が訪れているにも関わらず「売り物」になっていないコンテンツがあることがわかりました。「売り物」になる可能性を秘めた観光コンテンツの種を見つけるにはどうすれば良いでしょうか?

今は日本全体が画一化しています。画一化の流れとは逆に、なぜか1200年以上裸の人たちが笹をかついでいる「はだか祭り」だったり。なぜこんなに大変なことを1200年も続けているだろうと思うようなことに価値がある。

東京でも、渋谷も新宿も電車で数分の距離の街なのに、同様の開発をしていますよね。1Fはラグジュアリーブランド、ファッション、雑貨他は飲食店。からのオフィスにレジデンス。リーシング会社が同じなので入る店舗も類似化します。地方もロードサイドの景色はすべて似ています。大手家電量販店があって、牛丼のチェーンがあって──。

でも、海外はリノベーションの文化です。サステナブルへの考え方だったり、資源不足だったりで、壊してつくるということが受け入れられなくなっている。

つまり、地域で何十年、何百年続いてきたものこそが「売り物」になる可能性を秘めたコンテンツなのです。

全国各地にある古い町屋や長屋もそうですよね。建て替えてしまいがちですが、自治体が費用を負担してリノベーションして残していくことを主眼においても良いかと思います。

とはいえ、古民家リノベーションホテルも今増加して、一歩入ると建替住宅のような作りになっている施設も多いですが、本当にもったいないです。100年、200年継承してきたものがゼロ年になるのですから。

自治体は新しい箱物を観光コンテンツとして推そうとするけれど、訪日外国人観光客からすれば古い町屋の方がよほど魅力的です。

──なるほど。そういった地域のまだ手つかずの観光資源を上手くコンテンツ化している例はありますか?

富山の岩瀬はかなりブレイクしてますが、老舗の蔵元の桝田酒造店が仕掛け人になって、古き良き時代の趣きのある建物が並ぶ「岩瀬大町・新川町通り」を現代的にリノベーションして、再生しています。

富山市岩瀬のレトロな町並み ©Adobe Stock

割烹、イタリアン、フレンチなどが集まって、国内外の食通が訪れるスペインのサンセバスチャンのようなまちになっています。

佐賀県の肥前浜宿も活用者にリノベの補助金を200万提供し、積極的に空き家を活用しています。福岡の八女もまちなみ家賃補助や八女産材活用補助金など、ハードだけでなく地域資源を活かし、活用をサポートすることでどんどん賑わっています。

地域の観光資源を「売り物」にするために

──ではこれから地域の知られざる観光資源を「売り物」にしていこうとする場合、何から取り組めばよいのでしょうか?

まず「売り物」にするならば、価値付けをしなければいけませんよね。そのためには編集者がさまざまな情報を雑誌の1ページにまとめるように、歴史、文化、自然などの地域の観光資源を編集しなければなりません。

地域のどんなところを訪日外国人観光客に価値として感じてもらえるのか、自分たちの地域の観光資源としての強みは何かを考える。これはマーケティングであり、編集力ですよね。

また、値付けも重要です。外部の有識者に自分たちの観光資源の市場での価値をヒアリングするケースもあれば、モニターツアーを行って直接観光客にヒアリングするケースもあります。

今、富裕層向けインバウンド観光がトレンドになっていますが、その旅行をつくっている人材が高単価な宿の宿泊経験がなく、飲食体験もないというケースが少なくありません。

そうすると、すぐにミシュランの星付きのお店にお連れして──という発想になってしまうのですが、毎日そんなお店に行きたいわけないですよね。やっぱり外国人が行きたいのは富裕層でも居酒屋だったりする。

そういったリサーチをすることも、まだ多くの自治体はできていません。

──そういった業務を担当できる人材が地域に必要なのですね。

そうです。まずはディレクターや編集者が必要になります。トラベルデザイナーのような人がいれば良いかもしれませんが、そういった人材は今の日本にはほとんどいません。

フィジビリティを担保する上でも経験やノウハウがある方が望ましいですが、一番はやっぱり現地に居住できて、地域を愛し、やる気がある人を見つけること。それは地域の人でも外から来た人でも、どちらでも良いと思います。その人自身に適応するリソースがなくても、愛とやる気があれば、リソースは探せばいいし、小さくても良事例が多角的に実を結びます。

よく自治体の方と観光コンテンツ造成についてお話していると「うちにはDMOがあります」「こういうプレーヤーがいます」と言われることがあるのですが、まったく機能していなということが少なくありません。正直、天下りの方たちで構成されているようなDMOもありますから。

だから、最近は自治体の方には「本当に地域のことを考えてよくしたいと思ってくれている人に頼んだ方がいいですよ」と言うんです。

──地域のことを真剣に考えてくれる、新しい視点や専門知識を持つ人材を積極的に登用していくことが大切なのですね。

もうひとつ重要なのが、結局はターゲットに情報が届かないと、その地域に観光客がやってくることはないということです。

私はいろいろな地域のアドバイザーをさせていただいていますが、まずはWebサイトで情報を発信することからご提案することが多いです。なぜなら、デジタル上にターゲットが理解できる言語で情報が載っていなければ、それはターゲットにとって存在していないのと同じだから。

私がお手伝いしている阿蘇市は、ご存知の通り世界最大級のカルデラや広大な草原など、さまざまな観光資源を有する土地です。

さまざまな観光コンテンツ造成をしていましたが、それをどこで周知して販売するのかが課題になっていました。また、雨天だと中止になるコンテンツもあるのですが、そういった本来必ず伝わってなければならない情報も参加者100人に全て電話連絡というような状況でした。

当時すでに阿蘇市観光協会の観光サイトがあり、「阿蘇」という検索キーワードに対して上位表示はしていたのですが、2ページ目以降で8割が離脱していたような状況。そこで観光サイトのリニューアルを提案しました。

リニューアルした阿蘇市観光協会のWebサイト

徹底的にわかりやすいUIにしたところ、リニューアル後にサイトからの集客が5倍にアップしたんです。Webサイトをつくるのは規模にもよりますが数百万円からできること。ROI(投資収益率)、すごく高いですよね。

──阿蘇のように特徴的な観光資源があれば、あとは多くの人に知ってもらうだけ、ということもあるのですね。

情報発信の意味は集客だけではありません。観光資源はそこに説明をつけるだけで価値が何倍にもなります。

文化財にしても「なぜこういう柱があるのか」「天井のきらびやかな装飾にはどういう意味があるのか」など、わからずに見ている訪日外国人観光客は意外と多いです。

現地の看板に書いてあるから──と言っても、それは現地に行かなければ読めないものだし、言語が対応していなければ意味がありません。

オーバーツーリズムで、訪日外国人観光客が現地のルールを守ってくれないと嘆いている観光地は少なくありませんが、それも言ってしまえばきちんと説明が伝わっていないことが原因です。

Webサイトを整備することもそうだし、訪日外国人観光客の多くはSNSで情報収集しているわけですから、きちんと見てもらえる場所で情報を発信していかなければなりません。

──オーバーツーリズム、訪日外国人観光客のマナーなどは各地で課題になっていますよね。

望むか望まないかに関わらずSNSで情報が拡散してしまう時代ですから、1枚の写真をきっかけに多くの観光客が押し寄せてしまう可能性はあります。

観光客が今来ていなくてもこれから来るかもしれないし、気づいていないだけですでに来ているかもしれない。

例えば、神社で写真ばかり撮影している観光客を迷惑に感じていたとして、「撮影禁止」の看板を立てただけでは効果は限定的です。

でも、もしそれが「正しいお参りの方法」という書き方だったらどうですか? 訪日外国人観光客はより神社での体験を楽しむために説明を一生懸命読んでくれるかもしれません。これも「編集力」ですよね。

さらには、せっかく観光客が集まっているのだから近隣のお店でお金を落としてもらうために誘客したい。「正しいお参りの方法」とともにQRコードで情報にアクセスできるようにして、動画や画像でわかりやすく近隣の情報を伝える。それも「編集力」です。

──観光地にとって情報発信は喫緊の課題であり、それは日本のどの地域においても他人事ではない、と。

そうです。だからこそ、ディレクターなり編集者なりの民間人材を登用して中長期的に任せていくことが大切。

自治体の職員の方たちではやはりリアルな経験や知識が及ばない部分もあるでしょうし、なによりせっかくその分野に精通したとしても、公務員は2年で部署異動してしまうのが通例です。

でも、民間の人材に任期はありません。その地域の観光に関することは民間の企業なり人材が引き継いでいかなければならないんです。私がお手伝いしている地域でも、上手くいっているのは地域に寄り添う民間の人材が現れ、自治体としっかりと連携しているケースですね。

(文:野垣映二 写真:小池大介)