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なぜ天草は観光リゾート地に生まれ変わり、60億の民間投資が行われたのか

2023.05.18(木) 15:00
なぜ天草は観光リゾート地に生まれ変わり、60億の民間投資が行われたのか

熊本県の天草諸島東部に位置する、人口約2万3000人の自治体・上天草市。近年、この上天草市の前島エリアが、九州有数の観光リゾート地として注目されている。

大小120の島々から構成され、東シナ海、有明海、八代海の3つの海に囲まれた天草の景観は全国的にも指折りの美しさとされていたが、20年ほど前までは観光で栄えているとは言えない状況だった。

それを「天草宝島ライン」という船の交通手段や「mio camino AMAKUSA」といった観光施設、「イルカウォッチング」といったアクティビティ、新しい宿泊施設などを整備し、大きく変えていったのが、地元企業である株式会社シークルーズの代表取締役・瀬﨑公介氏だ。瀬﨑氏に、地方の観光地を、国内外から人の集まる人気スポットに変貌させるための戦略について伺った。

瀬﨑公介(せざき・こうすけ)
株式会社シークルーズ 代表取締役/球磨川くだり株式会社 代表取締役/天草ケーブルネットワーク(株) 取締役

1977年熊本生まれ。立命館大学経営学部卒。公共交通と観光を軸としたまちづくりに取り組む。2009年JR三角線と接続する定期航路「天草宝島ライン」に補助金ゼロで参入。2011年から接続運行を開始した特急「A列車で行こう」と創り出した「鉄旅×船旅」のルートは爆発的な人気を呼び、九州新幹線全線開業の最高の成功事例と評価される。その結果、上天草市前島港は飛躍的な発展を遂げ今や九州有数のリゾートエリアとして圧倒的な集客を誇る。2019年経営難に苦しむ人吉市の第3セクター球磨川くだりの代表に就任。コロナ禍、熊本豪雨など度重なる試練を乗り越え2021年7月観光複合施設HASSENBAを開業。被災地の復興のシンボルとして、第3回復興設計賞やリノベーションオブザイヤー2021最優秀グランプリなど数々の表彰を受けている。

ピーク時の40%に落ち込んでいた遊覧船事業

──大学を卒業してシークルーズに入社された2001年頃、天草の観光事業の状況はどうだったのでしょうか。

かなり良くない状況でした。当時は観光業者に付加価値で勝負をするという考え方は少なく、団体旅行客をターゲットとして、安い金額でとにかく数をこなしていた。旅館では、「1泊5食9800円・マイクロバスの送迎付き」なんていうプランがまかり通っていたくらいです。

──15食……?

1日目の昼食、夕食、翌日の朝昼晩の食事がついてくるんです。老人会の旅行などがターゲットで、そうしたプランのある旅館は大抵、グランドゴルフ場を併設しているんですよね。レジャーも入浴も食事もすべて敷地内で完結する。でもそれだと、お金が地域に落ちないんです。シークルーズで運航していた遊覧船も目に入らない。僕が入社した2001年には、遊覧船の乗客はピーク時の40%まで落ちていました。

──地域の観光施設同士の連携がほとんどとれていなかったんですね。

当時まず乗客を増やすため販路拡大のツールとしてインターネットの活用に取り組み、公式サイトでクルージングのインターネット予約を可能にしました。2000年代初頭としては先んじた取り組みだったので、ほとんど競合がおらず、お客様はどんどん増えていきました。続けて周辺宿泊施設へ遊覧船とランチや宿泊のパッケージ商品などを提案していました。こちらからお客様がご紹介できるようになると、宿泊施設の方からも「次の企画はないの?」と声をかけてもらえるようになっていったのです。

公共交通ではなく、観光路線として振り切る

──徐々に遊覧船事業が軌道に乗っていったのですね。

しかし、遊覧船事業を改革する中で、遊覧船単独では目的地にはならないということも痛感していたんです。飲食店や宿泊施設、観光施設を含めた観光地としての総合力が必要なんだ、と。その頃から天草全域で取り組むことの必要性を感じ始めるようになっていました。

そんな折、九州新幹線の全線開通を3年後に控えた2008年に、熊本港と天草市の本渡港間を運航していた高速船が赤字のために航路を休止するという発表がありました。

天草エリアは主な島々が「天草五橋」などの橋でつながっていて、アクセス手段は主に自動車。自動車が使える幹線道路は1本しかないため、渋滞が激しく、到着時間が読めないというデメリットがありました。九州新幹線が開通のタイミングで、JRと接続する渋滞に左右されない公共交通機関があれば、天草にもっと人が集まるようになるはず。そう思ったんです。

──それが、定期航路「天草宝島ライン」の運航開始につながるんですね。

当時、遊覧船事業の集客は頭打ちだったとはいえ、業界内では優位なポジションで事業を行っていたので、行政機関からシークルーズに「撤退した高速船の代替運航をやりませんか」とお声がけいただいたんです。僕自身も、現状を打破するために新しい事業にチャレンジしなければと思っていたので、引き受けました。

前の高速船が赤字撤退したので、同じ航路は厳しい。そう考えた時に、隣の市である宇城市の三角港のことが頭に浮かびました。ここは、JR三角駅と桟橋が250mしか離れていない。天草五橋の開通前はJR三角線と船の接続運航が行われていたことを知っていたので、天草市にある本渡港と上天草市にある松島(前島)港、そして三角港を結ぶ定期航路「天草宝島ライン」をやってみようと思ったんです。

※現在、本渡港〜松島港間は運休

そして2009年に定期船の運行をスタートしました。しかし、順風満帆……とはいかず、前の航路と比べても乗客が4分の1程度というひどい状況でした。所要時間、料金、就航率などほとんど変わらなかったのに。行政機関が住民にとったアンケート結果を見たら、「JRに乗り継ぐ必要があるから使わない」と書かれていました。JRに乗りたくない、という声が圧倒的に多かったんです。

──どういうことですか……?

天草地域に住んでいる人の大多数が普段から鉄道利用には縁が無い生活で、一生に一度も鉄道に乗らないか、乗っても修学旅行で1回乗ったことがあるくらいなんだそうです。「きっぷの買い方がわからない」「改札を通るのがこわい」といった声がたくさん届いて、面食らいました。僕自身は上天草出身で、三角まで車で20分くらいだったから、よくJRに乗っていたんです。大学も県外でしたし、天草の大多数の感覚がよくわかっていなかった。

もとは観光だけでなく、公共交通としての需要も見込んで開設した航路だったのですが、このアンケート結果を見て、公共交通としての需要は捨てました。観光客需要に振り切ったんです。ダイヤも観光客が利用しやすいダイヤに変え、客室乗務員、食事場所の案内、タクシーの手配を頼めるようにするなど、どんどんと観光客向けの施策を行いました。

そうして2011年に九州新幹線が全線開業し、JR九州の観光列車「特急 A列車で行こう」と接続運航を開始したことから、ようやく業績が右肩上がりになったのです。

地域活性に必要なのは、施設でも交通手段でもなくリーダー

──今回の取材では瀬崎さんに「売れる地域」のつくり方を伺いたいと考えています。シークルーズが「天草宝島ライン」で実現したように交通インフラを整えること、となるでしょうか。

そうですね。しかし、それだけでは足りません。日本全国が総観光地化しているなか「売れる地域」をつくるためには、結論から言えば、「天草にわざわざ訪れたくなる理由」をつくらなければいけません。駅前で法被を来てパンフレットを配れば来てくれる、というものじゃないんですよ。

目的地となるようなレストランやホテル、体験、景色などを組み合わせて、その土地ならではの魅力をつくっていかなくてはならない。

──具体的にはどのような取り組みが行われたのでしょうか。

定期航路の利用者は、インバウンド客も含めてほとんどが日帰りだったんです。これは、インバウンド客のニーズを満たした泊まりたい施設がないからだろうと考えました。

そこで2019年にスナック兼住居だった空きビルを買い取って「SEACRUISE HOUSE NAVIO」を開業しました。ナビオは長期滞在利用が可能なアパートメントスタイルの宿泊施設で、キッチンも完備しています。周辺の飲食店やスーパーに経済効果をもたらすことを念頭に入れてコンセプトをつくりました。

同じ2019年には、アクティビティ、食事、買い物などを楽しめる複合施設「mio camino AMAKUSA」の運営を開始。そして2021年には「シークルーズグランピング熊本天草」を開業しました。遊休キャンプ場を利用してこれまで天草になかったリゾートグランピング施設をつくったんです。これらの各事業はゼロから新しいことを創出するというより、付加価値をつけて天草の持つポテンシャルを引き出すことに注力しています。

SEA CRUISE グランピング熊本天草の施設

──交通手段を整え、泊まってでも行きたくなる観光コンテンツをシークルーズ自ら開発して「売れる地域」をつくりあげていったのですね。

ただ、交通手段や施設はあくまで結果であり、地域活性化に一番必要なのはリーダーだと思います。結局、先頭に立って引っ張っていく人がいないと進まない。僕は社員にも「うちは地域のリーダーを目指す」と伝えています。

まあ、田舎でそういうことを言っていると、叩かれるんですよ(笑)。「天草宝島ライン」をやるときも、「どうせすぐ廃止するだろう」と噂されていて、いつまで保つかが地元のおじさんたちの賭けの対象になっていたくらいでした。

でも、JRとの協業が実現して、観光列車との接続運行も開始し、寂れていた港に観光客があふれるようになっていくと、周りからの見方は変わっていった。叩く人は減り、応援してくれる人のほうが多くなっていったんです。

僕は「天草はひとつ」というテーマをずっと掲げていて、「天草宝島ライン」は「天草をひとつにする航路を開設します」と啖呵切ってつくったんです。言うだけでなく実行することで、「天草はひとつ」という雰囲気がつくられていったように思います。

今では天草に住む圧倒的に多数の方が、天草は一つであり、観光地としてトータルで売り出さなければいけない、と考えるようになりました。

高付加価値が新たな投資を生み出す

──元々天草エリアの観光業者の中では激安プランが横行していたという話もありました。「天草は一つ」とするには他の事業者さんとも協調していく必要がありませんか?

結果を出すことで、何人かの地域の経営者の方々も「瀬﨑が投資するなら、自分たちも投資する」と続いてくれました。そうして、「リゾラテラス天草」ができ、地元のホテル企業が「天ノ寂」という高級ホテルを新設するという流れが生まれてきた。

ここ15年で、松島(前島)港の周辺に60億くらいの民間投資が行われているんです。しかも、すべて地場企業の投資。「人口2万3000人の自治体の投資額じゃない」と外部の人には驚かれます。

ただ、一緒に新規投資をしている経営者仲間は、昔から付加価値をつけて適正価格をいただくことを心がけてきたところばかりです。付加価値というのは、自社のイルカウォッチングでいえば、ちゃんとガイドをつけて、エアコン・トイレ完備の大きな船に乗ってもらう、といったこと。そうすると価格が高くても、体験の質が高いためお客様の満足度も高く、旅行会社からリピートされるようになります。

安売り競争に巻き込まれず、一般的な観光事業者に比べて利益率も高い。基本的に黒字経営で、コロナ禍に運転資金を借りることもありませんでした。こうした経営をしていると、金融機関が好条件で融資してくれるんです。それのおかげで、積極的な投資もできているのです。

──補助金や助成金に頼り切りになるのではなく、経営を健全に回していくことが地域に良い循環を生み出すのですね。

地元の経営者がリスクを背負って、その地域の良さを引き出すような投資をする。地域を良くするといっても、稼げないと意味がない。ビジネスとして成り立つことが重要なんです。

投資が的外れにならないよう、経営者こそちゃんと時間をつくって勉強することが大事だと思います。いろいろな観光地に訪問、滞在した経験のない経営者が、魅力的な観光地をつくれるわけがない。発展しない地域の中には、補助金をどう使うかの会議ばかりしていて、学ぼうとする経営者がいないケースもあります。講演でこういうことを言うと、「失礼だ」とかって文句を言われたりするんですけど……(笑)。

(編集:野垣映二 執筆:崎谷実穂)