大企業が取り組みやすい地域の課題とそうでない課題、何が違う?
<プロフィール>
長谷川 琢也(Yahoo! JAPAN SDGs 編集長 / FISHERMAN JAPAN Co-Founder / Re:gion Picker)
金田 晃一(NTTデータ サステナビリティ経営推進部 シニア・スペシャリスト)
会田 均(沿線まるごと株式会社 取締役 兼 JR東日本八王子支社 地域共創部 マネージャー)
今まで以上に企業の社会的責任が問われるようになり、地域の課題解決に取り組む大企業が増えています。しかし、利益を上げることを求められ、大企業ならではの動きにくさもある中で、どのように地域に機会を見出し、ビジネスとして育てていけばいいのでしょうか。
3月17日に開催された「POTLUCK FES」Business Stage02では、ヤフー、NTTデータ、JR東日本といった大企業で地域社会を盛り上げる取り組みを推進している3名が登壇。「大企業と地域は共創関係を結べるのか」というテーマで、それぞれの経験を紹介しながら語りました。
大企業から生まれた地域活性化の取り組み
セッションの冒頭では3名がそれぞれの自己紹介とともに、これまで携わった地域におけるプロジェクトを紹介しました。
長谷川氏:Yahoo! JAPAN SDGsの編集長をしています。Yahoo! JAPAN SDGsは「豊かな未来のきっかけを届ける」というコンセプトを掲げて、SDGsに関するさまざまな課題を紹介しているメディアです。兼務で、Yahoo! JAPAN で企業版ふるさと納税の仕組みを活用して脱炭素に取り組む自治体に寄付をする事業を担当しています。
また、東北で漁師の団体「FISHERMAN JAPAN」を立ち上げ、全国の水産業の活性化支援にも取り組んでいます。
金田氏:NTTデータでサステナビリティ経営の推進を担当しています。私自身は1999年から5つの日系グローバル企業でCSR/サステナビリティ・オフィサーとして業務に携わっています。
大企業と地域の関わり方は大きく3つあります。1つ目は、製品・サービスで社会課題を解決するアプローチ。社会価値を生みながら企業価値も生む「攻め」のCSV(Creating Shared Value)ビジネスです。2つ目は、事業プロセスの健全化アプローチ。たとえば、環境や人権面での負荷を低減すること。法令遵守も含む「守り」のCSRですね。そして3つ目が、寄付・寄贈活動や社員ボランティアの推進に代表される社会貢献活動、「支え」のアプローチです。
1つ目のビジネスを通した地域課題解決の事例として、NTTデータでは三井不動産と一緒に千葉県・柏の葉キャンパスで社会課題の解決を目指すプロジェクトをビジネスとして進めています。ヘルスケア分野では、生活者のバイタルデータを活用し、行政や研究機関、病院などが連携して、生活者はもとより、一般の人々の健康課題の解決に取り組んでいます。
また、愛媛県宇和島市とグループ会社のネットイヤーグループが協力して、廃校を活用した人材育成やビジネスマッチングを行うプロジェクトを行っています。
会田氏:JR東日本に在籍しながら、沿線まるごと株式会社という会社を運営しています。我々が行っている「沿線まるごとホテル」は、過疎化が進んでいるJR青梅線沿線の無人駅や沿線に点在する空き家を活用して、沿線全体を1つのホテルに見立てて、ブランディングしていく地域活性化事業です。
青梅線沿線には人口減少や高齢化といったさまざまな課題があるのですが、それらを課題として捉えるのではなく、魅力に変換してストーリーを編集していることが我々の事業の特徴です。1回のイベントで1万人を呼ぶよりも、同じ1万人でも100人が100回来てくれる集落を目指して、地域の食に触れるガストロノミーツアーや地域の暮らしを体験できる古民家宿泊、秘境を楽しむマイクロツーリズムなどを提案しています。
社会課題があるところに、ビジネスチャンスがある
トークセッションの最初のテーマは、「大企業は地域を機会と捉えるために何が必要か」。三者の実体験をふまえながら、大企業が地域でビジネスの種を見つけ、事業につなげていくためのポイントが語られました。
金田氏:大企業が地域で機会を見つけるためのキーワードの1つが「社会課題」です。地域にどんな社会課題があるかを社員一人ひとりが認識していることが、将来のビジネスチャンスを掴めるかどうかの分かれ道だと思います。
「地域でビジネスをつくれ」と言われても、すぐに実現できるはずがありません。大事なのは、課題を見つける「発見力」や課題の背景や周辺課題との関係性を把握する「理解力」。このような“現場感覚”をどうやって養っていくかが、最終的には、課題の「事業化力」につながります。
社会課題を知るためには、実際に社員がボランティアやプロボノとして現場に行くことが近道です。しかし、通常業務があってなかなか行けないケースもありますよね。そこで、NTTデータでは、「社内の各部署が、社会課題解決に日々取り組むNPO/NGOなどの外部の専門家を招いて社員向けに講演してもらい、50%以上の社員が講演会に参加した部署は評価ポイントがつく」という仕組みを導入しています。
現場に行く一歩手前として、まずは日本にはどんな地域課題があるのか、リアルな話を聞いてもらう機会を提供する。話を聞いて興味を持った社員が実際に現場に行ったり、ボランティアやプロボノで地域のNPO/NGOのプログラムに関わったり、事業化を検討したりといったアクションにつながればと考えています。
会田氏:私が「沿線まるごとホテル」を立ち上げた背景には、奥多摩地域の人口減少が止まらず、鉄道も赤字になっている現状がありました。これは本当にまずい状況だ、と感じました。しかし、同時に、この路線を変えることができれば全国の過疎地域の路線を変えられるのではと思いました。これはピンチではなくチャンスだと捉えたのです。
事業化を進めるにあたって、地方創生を手がける株式会社さとゆめとJR東日本の出資を受けて沿線まるごと株式会社を設立しました。JR東日本本体とは別に会社をつくったのは、大企業で行うと時間がかかるから。しかし、地域は大企業のルールなんて関係ないですし、課題も待ったなしです。早く、スムーズに動くためには独立した会社があったほうがよいと考えました。
事業立ち上げの際、やっぱり反対する人はかなりいました。しかし、大企業のよいところは、反対する人もいれば味方になってくれる人もいること。最初に3人仲間を見つければ、それが30人、300人と広がっていきます。これは実際に地域事業に取り組む中でも最初の3人の必要性は日々実感しています。
長谷川氏:大きい会社の場合、事業が属人化することを嫌う傾向があると思います。ヤフーで漁船に乗って漁師団をつくっているのは自分だけなので、「再現性がない」「引き継ぎはどうするんだ」と言われることもありました。
こうした状況を変えていくためには、やはり組織力や仕組みづくりが必要。地域の社会課題に目を向け、行動する社員が増える仕組み、事業を立ち上げやすいルールをつくることが企業には求められていると思います。
企業にもメリットのあるビジネスモデルをつくる
続いてのテーマは、「大企業が地域経済に貢献できることとは」。どのような条件がそろえば、大企業が参入しやすいのでしょうか。そして、地域と大企業が共に社会課題解決に向けた取り組みを進めるためにはどんなハードルを乗り越えなければならないのでしょうか。三者のディスカッションからは、大企業が地域でビジネスを展開する際の視点が見えてきました。
金田氏:社会課題解決に向けた取り組みをビジネスの形で始める。すなわち、CSV事業として成立するかどうかを判断する際には、課題解決による社会価値創出は大前提として、その上で、企業価値、特に、数年後の収益性を見込めるかどうかが基準になります。
企業の持ち出しで実証実験をスタートして社会に企業姿勢を示すことで、レピュテーションや社員モチベーションという短期的なメリットを得ることがあっても、長期的な収益性が見込めなければ、本格的な投資を伴う次のステップに進むことは難しいです。
社会的意義は高いが収益性の低いビジネスモデルにどう対応するか。担当者として汗をかくべきところは、社内説得ではなく、ビジネスモデルの改善です。どのようなパートナーに新たに協力してもらい、どのような仕組みを新たに入れると事業が回り始めるかを考えます。地域が大企業を巻き込む場合には、このような企業側の視点から行動することも重要です。
また、企業としては、地域の皆さんから「何にどう困っているか」をはっきりと伝えてもらえると対応しやすいです。たとえば、「中間支援NPOや社会起業家が間に入って、実際に困っている地域の方々にヒアリングして課題を明確にする」といったワンクッションがあるだけでも、企業と地域はお互いに歩み寄りやすくなります。NTTデータでは新しい社会貢献プログラムを立ち上げるときに、日本NPOセンターのお世話になることが多いです。事業部がCSV事業を考えるワークショップなどもお手伝いいただいてます。
会田氏:JR東日本の場合、鉄道でわかりやすく地域に密着しているので、いろいろな地域の企業やNPOから協力のお声がけをいただきます。そのときに私たちが一緒に取り組むかどうかの判断基準にしているのは、「あなたはこの地域に何ができますか」「どうやって我々と一緒にやっていきますか」ということ。
中には、地方創生をやりたいと妄想だけを描き、具体性に乏しいケースもあります。実際にどんな貢献ができるのかを明確に持っているかどうかが、事業化につながる第一歩です。
また、企業にとって収益はもちろん大事ですが、それ以外にも企業イメージの向上や採用活動への影響、投資家の行動変容など、その事業がさまざまなメリットを生み出せるかも判断基準になります。
長谷川氏:ヤフーで企業版ふるさと納税を行ったとき、自治体の方にプレゼンしてもらう公募型にしました。そのときに実感したことで、地方の方にぜひお伝えしたいのが、「企業のCSRの部署だからって、なんでもかんでもやるわけではない」ということ。
社会課題を本質的に捉えることができる人材の育成は企業側だけでなく、地域側も必要です。企業と地域がそれぞれを取り巻く状況や課題、強みを学び合い、相互理解することが大事だと思います。
また、先ほど金田さんがおっしゃったように、地域の課題と企業を結ぶコーディネーターの存在は大事です。コーディネーターが入ってフィーを取ることにネガティブなイメージを持つ方もいますが、彼らが入ることで地域課題の解決に近づくのは間違いありません。
そういう方がもっと活躍できるようになると面白いと思っていて、企業でも、地域でもいいのですが、コーディネーターを育てていくことが必要です。地域と企業が一緒になって地域経済を盛り上げていくための大事な役割なので、もっと広まってほしいですね。
地方に仕事がない時代は終わった
トークセッションの最後には、3名それぞれの視点で地域の課題をビジネスに変えていくためのヒントを語ってくれました。
会田氏:地域に仕事がない時代はもう終わり、今は地域にやるべき仕事はたくさんあるのに人がいないことが問題になっています。「沿線まるごとホテル」の事例で言えば、シェフがいなかったり、IT人材がいなかったり。
こうした状況を変えていくためにも、地域おこし協力隊やNPO法人などがもっと活躍しやすい環境を社会でつくることが大事だと思います。それは必ずしも地元の人でなくてもいい。人をどうやって確保して、育ててくかが、今後の地域の核となると思います。
長谷川氏:地域でやりがいのある仕事ができて、お金もきちんともらえる仕組みをつくることが大事ですよね。
私は石巻でいくつか会社をつくっているのですが、基本的にはヤフーの人事ルールを参考に、場所や時間にとらわれない働き方にしています。地域にこうした会社は少ないので、「働きたい」という人が増えて地元の雇用につながります。良い仕事を地域に作っていくのも、大企業の役割の1つだと思います。
金田氏:ヨーロッパではサステナビリティに関する法制化が進んでおり、企業活動のうち何%が環境や社会に貢献する活動なのかを開示する動きがあります。こうした動きは今後日本でも始まっていくことでしょう。投資家は、その数字を投資判断の材料とするので、企業としては、どれだけCSVやCSRや社会貢献活動で地域社会に貢献できる企業なのか示していかねばなりません。社会インパクトの計測、開示の観点からも、大企業と地域の共創は、今後ますます加速していくと思います。