人生の豊かさと経済合理性は両立する?地域の実践者に聞いた
地域には豊かさがあり、都市部には経済合理性がある。この二者択一ははたして真実なのでしょうか。「社会的共通資本から地域経済の成長を考え直す」というテーマを掲げた「POTLUCK FES23 spring」のSocial Stage03。
話は広がり、様々な経験を経た地域の実践者たちが、「豊かさとは何か」「どのように手に入れるか」という大きな問いを議論する展開に。トークセッションの内容をダイジェストでお届けします。
プロフィール
福嶋 誠(有限会社きたもっく 代表取締役)
古川 理沙(株式会社そらのまち、株式会社無垢 代表取締役 / NPO法人薩摩リーダーシップフォームSELF 共同代表 / NewsPicks Re:gion Picker)
岡野 春樹(一般社団法人長良川カンパニー代表理事 / 一般社団法人Deep Japan Lab代表理事)
工藤 拓真(株式会社BRANDFARM代表取締役社長 / 株式会社dof執行役員 / 株式会社YAMAP社外取締役)
地域で活動する3人の実践者が集う
“社会的共通資本”をテーマに、3名のパネリストにより行われたセッション。冒頭は3者3様の地域に関わる理由が語られました。
工藤:今日の後半にご用意しているトピックに深く関わるため、今回はまず、お三方に自己紹介をしていただきたいと思います。では福嶋さんからお願いできますか。
福嶋:はい、よろしくお願いします。私はかつて首都圏を拠点に会社経営をしていました。しかし38歳のとき、そうしたことに疲れてしまい、妻と2人の子どもとともに故郷である群馬県北軽井沢にUターンしました。
最初は故郷で何をするか全く決めておらず、お金もさほど持っていない状態でした。ただ雄大な浅間山に恥じない生き方をしたい——そう思いを決め、荒れた土地を整備し、キャンプ場をオープンしました。
それが今の「北軽井沢スウィートグラスキャンプ場」です。とはいえそれをアウトドアとかレジャーとして事業化しようとは捉えておらず、むしろ「場」をつくりたいとの思いでした。
その後も荒れた敷地に植林する作業を10数年やり続け、結果としてフィールドビジネスを手掛ける地域未来創業企業「有限会社きたもっく」が誕生しました。今は、その会社の代表取締役を務めています。
工藤:ありがとうございます。では古川さん。
古川:鹿児島からやって参りました古川です。もともと海外と日本で20年間教員の職に就いていましたが、あるとき何の志も持たないまま法務局に行き会社を創業しました。そんな感じで起業しちゃいましたが、その会社も15年なんとか潰れずに今に至っています。
創業してから10年の節目にまた教育をやりたくなり、「ひより保育園」「そらのまちほいくえん」という保育園を立ち上げました。保育園を作った後には自治体からご依頼いただき、レストラン併設型の物産館「日当山無垢食堂」も開業しています。
それからこれを知っていただくことが本日の私のミッションといっても過言ではないのですが(笑)、薩摩リーダーシップフォームSELFの共同代表も務めています。
SELFは鹿児島にいる経営者・研究者が集まったNPO法人で、年1回「薩摩会議」という、全国からプレイヤーが集まる作戦会議のようなカンファレンスを開催しています。
工藤:ありがとうございます。では最後に岡野さんお願いします。
岡野:岐阜県郡上市、長良川の源流域で長良川カンパニーという一般社団法人をやっています。実は私は電通の社員でもあるのですが、今は東京を離れ、家族5人で郡上市に暮らしています。
それこそ社会人2年目の頃は馬車馬のように働き、自律神経を悪くしたこともありました。そのときの僕を救ってくれたのが水でした。水泳の泳法にTI理論というのがあるのですが、それを恩師に教えてもらってからは水に入ることで心身が癒やされました。
そうしたことをきっかけに地域の活動に興味を持ち、結果として郡上という地域に出会いました。基本的には「源流域からの、ひとと自然の共再生」をテーマにしていますが、もっと平たくいえば「ちゃんと遊ぼうよ」です。同フィールドでの法人向け研修プログラムなんかもご提供しています。
“人生の豊かさ”と“経済合理性”の両利きは成立するのか?
本セッションのタイトルにある社会的共通資本とは経済学者・宇沢弘文が提唱した「ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」を指します。
では地域で豊かさを享受しながら、安定した仕事や生活をすることは可能なのでしょうか?
工藤:今ご紹介いただいた通り、お三方は“地域”の現場でそれを実践されている方々だと思います。それを踏まえてお聞きしたいのですが、いわゆる人生の豊かさと経済合理性の両利きは成立するのでしょうか。
福嶋:私は“豊かさ”にはマーケット・市場があると思っています。つまりそれで商売ができ、事業にもなる。ただそのときに問題なのは、豊かさというものが何であるのか、なかなか掴みきれないということです。
流動化が進む現代社会ではそれが顕著ですが、私が経営しているきたもっくという会社では絶えず、人にとって本当の豊かさとは何かを問い掛けています。
そうした豊かさを取り出す感性がかなり大事なのではないでしょうか。取り出すことさえできれば、経済合理性との両立は可能だと思います。
岡野:そうですよね。まさしくおっしゃられた通り、人間1人ひとりが自分なりの豊かさを定義するのが大事かなと思っています。
今日のイベントの空き時間に郡上の川に来てくれた人とたまたま再会することができたのですが、皆さんと川で過ごした時間が一気に思い起こされたんですよね。
「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」は詩人・茨木のり子さんの詩ですが、やはり自分の豊かさも絶対にその人にしか定義できません。
同時に僕は、自分が今欲しい経済圏の範囲みたいなものをきちんと定めなければいけないと思います。顔の見えない相手から際限なくお金を集めようとしていると、どうしたって変なふうになるじゃないですか。
ならば、少なくともこのくらいの経済圏でお金をいただき、このくらいの範囲の人たちが幸せになるといいな——というふうに経済合理性を追求していきたいです。
工藤:古川さんはどう思いますか。
古川:ちょっと話がいきなり飛んでしまうのですが、昨夏、1週間の予定でスウェーデンに行ったら、そのまま2カ月間現地に滞在しなきゃいけなくなったことがあったんですね。
工藤:なかなか想像できない体験ですけど、あったんですね(笑)。
古川:あったんです(笑)。これはたまに東京に来たときも同様の思いをするのですが、おいしい食べ物にも面白いことにも囲まれている、それはそれで本当に楽しい日々。でも「じゃあそれがあなたにとっての豊かさなんですね?」と聞かれたら、ちょっと違います。
結局人の豊かさを決めるのは自分の根っこ部分とつながっているかどうか。もっと言えば、今この瞬間に突然人生が終わったとしても「いい人生だったな」と思えるかどうか、なのではないでしょうか。
それを踏まえ「豊かさと経済合理性の両利きは可能か」という投げかけについてですが、自分1人、あるいは、自分の大切な誰かと豊かに生きていくうえで必要な経済圏を、自分もしくは自分たちの力で作り出せない状態は“フェイク”——すなわち、誰かの力の上に成立している“豊かそう”な楽しさに過ぎない。
だから両立させなければいけないと思っています。
自分の内面にある“デザイナー”と“アーティスト”を見つけよう
工藤:終了時刻も迫ってまいりました。今日ここにお集まりの皆さんは、お三方のような生き方をしたいと思っているかもしれません。最後にその方たちに向けて何かアドバイスを伝えるとしたらどんなことでしょうか。
福嶋:自分が38歳で今の活動を始めたときは、本当に何も考えていませんでした。今振り返ってもすごいバカだったと思います。とはいえ、こちらに来てからは結構一生懸命いろいろなことをやりました。あまり精神論ばかり言うのはよくないと思っていますが「一生懸命やる」ことは大前提だと思います。
やはり何事においても一生懸命格闘すると見えてくるものがあります。例えばSDGsだとか脱炭素だとか、昨今言われている地球環境問題は漠然としていてわかりにくい。
ですが、自分の周辺のエリアで“格闘”していくと、漠然としていたモノゴトにもピントが合い、クリアに見えるようになる。
なかには世界を股にかけて活躍したいとかの思いを持つ方もいるかもしれませんが、まずは“地域”に絞ってみて活動してみてもよいのではないでしょうか。何かがはっきり見えてくると思います。
工藤:ありがとうございます。では次に古川さん。
古川:現代の日本では、なかなか行き倒れるようなことにはなりません。たとえ仕事を辞めてもどこかしらに求人がありますし、バイトでも何でもすれば取りあえず明日は食っていける。
残りの人生がどのくらいあるかなんて誰にも分かりませんから、やりたいことがあるならば今日にも会社を辞め、明日から始めたほうがいい。私はそう思っています。
元教員の経験から申し上げますが、教育においても、自分の今いるレベルからちょっと高い目標を持てる子どもは伸びていきます。
英語が苦手でなかなか相手に伝わらなくても、積極的に喋ってみる——そうした「やってみようと思い立って始めたけどできなかった」みたいな経験をいくつも積んでいけば、やがて英語が得意になるじゃないですか。
人生もそれと同じです。定年してからボチボチやろうかな、なんて考えていたら、そこまでの時間に何も得られないままです。だから今日にも辞めてしまいましょう!
工藤:ということで皆さんすぐに仕事を辞めてください(笑)。では最後、岡野さんお願いします。
岡野:僕は過去、自分の立場というものについてすごく思い悩んでいたときがあったんです。でもある方にアドバイスをいただき悩みが晴れました。
それは「デザイナーの自分とアーティストの自分を1回分けて考えてみるといい」という発想でした。
すなわちデザイナーは人のため・何かのためにする活動。アーティストは自分が無性にやりたくなる活動。
自分の場合はアーティスト活動が、社団法人の設立につながっています。皆さんにおいても、デザイナーとして誰かのために頑張っている活動や仕事を自分で褒めてあげつつも、もう一方でアーティストとしての活動を見つけてほしい。
今日ここにお集まりであればおそらく地域の文脈にご興味をお持ちだと思うので、まずはそれを始めてみればよいと思います。