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【刀流 地方創生】沖縄北部新テーマパークモデルが地域の「ザル経済」を変える

2023.03.08(水) 14:53
【刀流 地方創生】沖縄北部新テーマパークモデルが地域の「ザル経済」を変える

現在、沖縄県北部地域にヤンバルの大自然を利用した大規模テーマパークが建設されている。主導しているのは、USJ復活の立役者として知られる森岡毅氏率いるマーケター集団・刀だ。沖縄県の地方創生を掲げる本プロジェクト。その一連の取り組みから地方創生における「沖縄北部新テーマパークモデル」の全容を紐解く。

マーケター集団・刀が沖縄の地域課題に挑む

新型コロナウイルスの流行以前、沖縄県の観光客数は年間1000万人に達していた。この数字は世界有数のリゾート地であるハワイと同水準だ。さらに、沖縄まで飛行機で4時間圏内の距離には、アジア20億人の市場が眠る。沖縄の観光業は今後さらなる成長が期待されている。

出典:沖縄県令和3年度版『観光要覧』

一方、右肩上がりで増加していく観光収入とは裏腹に、沖縄県では貧困が根強い社会課題になっている。沖縄県の一人あたりの所得は241万円(令和元年度)と、いまだ全国平均の7割ほどの最低水準。子どもの相対的貧困率は29.9%(平成26年)と全国平均の2倍以上だ。

沖縄が抱える明と暗。この日本一の観光地が抱える構造的な課題と、正面から向き合おうとしているのが、マーケター集団・刀だ。

刀は沖縄県北部エリアのゴルフ場跡地に600億円以上の事業費をかけて、ヤンバルの大自然を活かした新しいテーマパークを構想。2025年中の開業を目指し、沖縄の地方創生につなげることを目論んでいる。

沖縄北部新テーマパーク構想の発端は10年以上前に遡る。まだ森岡氏が在職していたUSJは沖縄県に第二のテーマパークの建設を構想したものの、2016年に計画は白紙に。2018年から今度は刀として、沖縄北部新テーマパーク構想を立ち上げた。

北部新テーマパークの実現に向けては、刀のほか、オリオンビール、リウボウなどの地元大手企業等が出資して、株式会社ジャパンエンターテイメントを設立。北部新テーマパークの企画・運営にあたる。代表に就任したのは前職のUSJ時代から沖縄のテーマパーク構想に携わっていた加藤健史氏だ。

株式会社ジャパンエンターテイメント 代表取締役 加藤健史氏

「刀は『マーケティングとエンターテイメントで日本を元気に!』というビジョンを掲げています。日本を元気にするためには、地域に持続可能な事業がなければなりません。地域の価値を消費者の価値に変え、地域経済にその効果を波及させていく。そのためのビジネスモデルとして、テーマパークは実に優秀です。

今回の沖縄北部新テーマパークでは、1000人規模の雇用創出を見込んでいます。そうなると当然、寮など従業員が住む場所を確保しなくてはいけない。交通機関などインフラの整備も行う必要もあります。また従業員は県内だけでなく本土や海外からも募るため、人口も増えるでしょう。結果として、地域の消費の拡大や、税収の増加などが期待できます。

私たちはこのテーマパークを通じて北部地域の振興、ひいては沖縄県全体の活性化につなげていきたいと考えているのです」(加藤氏)

脱・素通り観光で地域にお金を落とす

テーマパークの建設地は沖縄県北部地域の名護市と今帰仁村を跨いだ場所を予定している。沖縄県南部が那覇市を中心に栄えているのに対して、北部はまだ開発が進んでおらず、南北では明確な経済格差が存在する。今帰仁村の所得は、沖縄県でも最も低い水準だ。

今帰仁村は、世界遺産の今帰仁城跡や国の重要文化的景観に選定された今泊集落、近年では絶景スポットとして有名な古宇利島など、さまざまな観光資源を有する。

古宇利島©️Adobe Stock

「今帰仁村は沖縄本島北部、言わばやんばるに位置します。やんばるは日本の国土の0.1%ほど。その0.1%のエリアに世界遺産と世界自然遺産の2つがあるんです。さらには日本の鳥類の半分がこのエリアにいる。これってすごいことですよね」

そう語るのは、今帰仁村観光協会事務局長の横澤一美氏。しかし、他に類を見ない特徴を持ちつつも、村の観光産業は未成熟なまま。沖縄県有数の観光スポット「美ら海水族館」のある本部町と隣接する今帰仁村・名護市において、長年観光上の課題になっているのが「素通り観光」だ。

今帰仁村観光協会事務局長 横澤一美氏

「調査もしたけれど、予想通りでした。観光客は美ら海水族館に行くと、その後はすぐに古宇利島まで行ってしまう。古宇利島まで行くと『はい、さよなら』と、結局集落には寄らずに那覇あたりの宿泊先まで帰ってしまうんです。これでは今帰仁村にお金が落ちないですよね」(横澤)

午前9時に那覇を出発したとして古宇利島に到着するのが午後1時。
十分に那覇まで帰れる時間がある。

横澤氏は東京の大手IT企業のグループ会社で定年まで勤め上げて、故郷の今帰仁村の観光の職に就いた。これまでのキャリアを生かして、観光協会をドラスティックに改革。村の観光振興のため、さまざまなことに取り組んでいく中で感じたのは、「村にお金が落ちる仕組みが必要」ということだった。

「ようするに今帰仁村に泊まってもらわなくてはいけないわけです。そのためのソフトを考えなくてはなりません。今、推進しているのはウェルネスとウェルビーイングというキワードで、法人の皆さんにワーケーションや研修の場として利用してもらうことです。自然豊かな今帰仁にいると五感が開放されます。きっと仕事にも集中でき、アイデアもたくさん出ると思うんですよ」(横澤)

今帰仁村観光協会では「素通りされない」ためのさまざまな策を講じ始めている。横澤氏らは、北部新テーマパークの建設を好機と捉えている。

「テーマパークが開業すると、おそらく全国から観光客が集まるでしょう。観光客の皆さんは『せっかくここまで来たのだから』と周囲に目を向けることもあると思います。その時に今帰仁村として受け皿を用意しておかなくちゃいけない。今帰仁村の魅力を伝えてリピーターになってもらわなきゃいけないと思うんです」(横澤)

これまで「素通り観光」が課題になっていた今帰仁村と名護市にテーマパークがきっかけで人が滞在するようになる。これは実は偶然ではない。刀がテーマパークの建設予定地に今回の場所を選んだのには、明確な戦略が存在する。

「那覇空港に到着した人の約半数が、今帰仁村・名護市と隣接する本部町の美ら海水族館に訪れるというデータがあります。

さらには、本部町の港には観光クルーズ船が着港して多くの外国人観光客が訪れることが予測されるほか、沖縄県の南北をつなぐ高速道路も、美ら海水族館のあたりまで延ばせるように北部の市町村と協力して働きかけているところです。

美ら海水族館での滞在が1〜1.5時間。私たちのテーマパークで半日。それに加えて近隣で多少の滞在が実現できれば、今帰仁村や名護で『1泊してもいいかな』となります。1泊することで、地域における消費単価が上がっていく。その構造を作り出したいと思っているんです」(加藤)

午前9時に那覇を出発したとしてテーマパークを出るのが夕方。
周囲の宿泊施設に1泊して、翌朝に古宇利島に寄って帰ろうと考えるかもしれない。

北部新テーマパーク構想に対して、今帰仁村の久田浩也村長は、地域の雇用創出ならびに地域経済全体の活性化にも期待を寄せる。

今帰仁村 久田浩也村長

「今帰仁村に滞在してもらえない、素通り観光が課題でした。テーマパークで観光客が留まるようになり、そこから村に観光客が流れてくることを期待しています。今回の北部新テーマパーク構想を受けて、村でも、数社からホテル建設を検討しているとの話も伺っています」(久田)

今帰仁村の主要な産業は農業。スイカ、マンゴー、アグー豚などの産地として農業が盛んである一方で、村内には50名以上の雇用を抱える法人は片手で数えられるほど。その産業規模は大きくないという。

「テーマパークではアルバイトのスタッフも含めると1000人から1500人の雇用を創出すると伺っています。もちろん今帰仁村だけでその雇用を賄うことは難しいですが、村としては積極的に村民の雇用をお願いしたいと考えています。

また、ジャパンエンターテイメントさんが従業員用宿舎についても準備を進めると伺っています。本土や海外から来たスタッフの方に今帰仁村に定住してもらうことも1つの目標として掲げたいと考えています。

今帰仁村の所得は県内最下位。そこから脱するためには産業構造を変えるしかありません。テーマパークの建設がそのきっかけになることを期待しています」(久田)

沖縄北部を観光人材育成の場に

雇用創出の面でも期待のかかる北部新テーマパーク。しかし、今帰仁村の人口は約9000人。名護市の人口は約6万5000人。久田村長が語るように、現実問題として地元だけで雇用を賄うのは難しい。本土や海外からも人材を募ることになるというが、その戦略はどうか。

ジャパンエンターテイメントは、北部新テーマパークを起点に高度観光人材の育成・採用を目論んでいるという。

「私たちの求人によって、近隣の施設にご迷惑をお掛けしたら本末転倒です。そうならないためにも、沖縄北部で働きたいという観光の労働市場を作り上げる必要があります。

今回のテーマパークで雇用のターゲットにしているのは、観光事業領域において働きたい、または既に働いていてキャリアビジョンを描きたいという方です。

刀のマーケティングノウハウを実装しているジャパンエンターテイメントが携わることで、『沖縄で観光を学ぶなら北部』というブランドをつくる。

そうすることで新たな人材を北部に呼び込むことができ、テーマパークにも、近隣の施設にも人材がやってくるようになります」(加藤)

ホテル・旅館をはじめとする観光事業者ではキャリアパスが描きづらいという実情がある。そしてこれは一部の大手企業を除いて、沖縄だけではなく全国の観光事業者にも同じことが言える。

ジャパンエンターテイメントは、沖縄北部を「観光の学びの場」とすることで、沖縄県内ひいては日本全国で活躍できる高度観光人材を育成し、観光業にキャリアビジョンを描けるようにしたいと考えている。

そのための一手が2023年2月20日にお披露目となった。ジャパンエンターテイメントは名護市内にある名桜大学と高度観光人材育成のための連結包括協定を発表。学生インターン・アルバイトの受け入れや卒業生の雇用なども視野に入れているという。

名桜大学は国際学部の単科大学としてスタート。マネジメント力の強化を目的に、2023年4月より新たに観光産業専攻と経営学専攻を統合する形で国際学部内に国際観光産業学科を創設した。砂川昌範学長は、今回の取り組みに大きな期待を寄せる。

名桜大学 砂川昌範学長

「私が学長に就任したばかりの2020年、ジャパンエンターテイメントの皆さんが本学を訪れてくださいました。北部新テーマパークを開業して沖縄の観光産業を盛り上げたい。そのためにも名桜大学から多くの観光人材を輩出して欲しいと。

当時、私も名桜大学が観光人材を育成していることを広く示していく必要があると考えていました。そこで、国際観光産業学科を創設して、ジャパンエンターテイメントのマーケティング力、分析力、行動力といったものを大学教育に持ち込んでいただきたいとお願いしたのです。

ゆくゆくは本学を卒業した学生を採用していただき、実践の場で鍛えていただくことで、沖縄及び日本各地で活躍できる観光人材を育てていきたい。私は勝手にジャパンエンターテイメントという大学院に入るようなものだと思っているんです」(砂川)

名桜大学の学生は本土出身者が約半数を占める。北は北海道から南は石垣島まで、日本全国から最先端の観光人材育成プログラムを希望した学生が集まり、テーマパークで磨き上げられ、沖縄県及び日本各地へと羽ばたいていく。

テーマパークの雇用を確保するだけでなく、日本の観光人材の育成エコシステムが、沖縄北部を中心に構築されようとしているのだ。

沖縄「ザル経済」の構造を変える、中小企業投資ファンド

冒頭に書いた通り、北部新テーマパークの準備を進めるジャパンエンターテイメントは、沖縄の有力企業のほか、刀自らも出資者として名を連ねる。

「0から1を生み出すフェーズでは、まず自分たちが責任を取る。誰かが投資したものに外部からコンサルするのではなく、自ら投資して持続可能な事業を作らなくてはなりません。持続可能というのは、地域も投資して、地域で実際に運営を回していくことができるようになるということです」(加藤)

どちらかではなく、自らも地域も同じようにリスクを負って投資し、同じように利益を得る。それが刀及びジャパンエンターテイメントが掲げる理想のモデルだ。

これまで、沖縄の観光収入は右肩上がりに増えていったのに対して、沖縄県民の所得は低い水準のままだった。この要因の1つ挙げられるのが、観光客増によって得られた収益が本土の事業者に流れてしまう「ザル経済」だ。

一方で大規模な事業へ投資できる企業が沖縄に限られているのもまた実情。今回の北部新テーマパークの事業費は600億円以上とされており、投資の単位は「数億円〜」とならざるを得ない。実際、ジャパンエンターテイメント設立時に出資者に名を連ねた地元企業も大手に限られた。

しかし、北部新テーマパークの構想がメディアで紹介されると、ジャパンエンターテイメントには出資を希望する多くの問い合わせが寄せられたという。

「素晴らしい取り組みだから応援したい、と。そういう気持ちを持っていただいている方がたくさんいらっしゃるのだと知り、そういう方たちにこそぜひ参画してもらいたいと思いました。やるからにはきちんとした仕組みを作らなくてはならない。そこで地元株主の方よりSCOMさんを紹介していただいたのです」(加藤)

SCOMの経営陣。左から比嘉良寛取締役、藤本和之代表取締役、上間喜壽取締役。

SCOM株式会社は「沖縄で、1万人のくらしを変えていく」をビジョンに掲げるインキュベーションファンド。スタートアップ・ベンチャー企業向けの投資に特化したVCとは違い、地元のスモールビジネスを投資対象としているのが特徴だ。現在、1号ファンドでは5件の投資を実行しており、投資先は沖縄県内の豆腐店、接骨院、高齢者施設向けの飲食など。

SCOMの代表取締役を務める藤本和之氏は、あえてスモールビジネスに特化している理由を次のように語る。

「日本の企業の97%は中小企業です。沖縄で課題になっている相対的貧困の問題も、その多くは大企業に勤務している方ではなく、中小企業の方を中心に起こっています。いまだに沖縄では最低賃金の求人などが数多く存在しているのです。

中小企業が給与を上げられないのは、会社が利益を出せていないから。問題はここにあると考えました。中小企業の商品力がそこまで弱いとは思いません。ただ、経営が粗いと感じられるケースが見受けられます。PLやBSを読み解けないという経営者も少なくありませんから、経営をもっと丁寧にやることで利益は出せる。それが私たちの仮説です。

その経営のサポートをコンサルとしてではなく、リスクマネーを入れることで投資先と利害を一致させながら実行する。これにより中小企業が利益を上げることが、最終的に沖縄の所得水準を引き上げることにつながっていくのではないかと考えています」(藤本)

SCOMはジャパンエンターテイメントからの相談を受けて、新たに北部新テーマパーク事業への投資を目的とした「SCOM沖縄テーマパーク投資ファンド」を組成。沖縄の中小企業・投資家を中心に、1千万円から投資を募った。

実際に地元中小企業との交渉にあたったのはSCOM 取締役の比嘉良寛氏だ。

「本当に大変でした(笑)。沖縄では、投資という言葉自体に不信感を持つような方も非常に多いですし、テーマパーク自体の概要についてもまだ情報開示されていない部分が多いので。

ただ、出資を決めてくださった方の中には、『沖縄ためになるなら』とおっしゃる方が少なからずいました。初めてお会いする中小企業の経営者の方が多かったのですが、そういった方たちが沖縄のためにお金を出すのだという事実に、心強さを感じました」(比嘉)

「SCOM沖縄テーマパーク投資ファンド」は最終的に出資者数24名から総額15.6億円を調達するに至った。出資者はテーマパークの開業後、その利益に応じて配当を受け取ることになる。

これにより、北部新テーマパークの収益が出資者を起点にその従業員、家族、取引先などを通じて、地域経済に着実に還元されていく仕組みが整った。そして、北部新テーマパークは資金を得たのに加え、出資者という24の応援団を手に入れることになったのだ。

北部新テーマパーク構想を地方創生のマスターモデルに

ジャパンエンターテイメントの加藤氏は「テーマパークの成功は地域の協力が不可欠」と語る。

「テーマパーク事業には4つの成立要件があります。1つはそのテーマパークに行きたくなる強い『アイデア』。もう1つは『お金』。次に『土地』が必要になります。そして、最後に不可欠なのが『地域の協力』です。

テーマパークを運営していると、地域にご迷惑をおかけすることも起こり得ます。パークに来場者が集中してしまい交通渋滞が起きるなど。そんなとき、地域の理解がどうしても必要になってきます。

また、インフラを整備したり、雇用を確保していくにあたっても、行政・自治体の協力が必要になりますし、そこでは地域のコンセンサスが必須項目です。つまり、テーマパーク事業は構造上、地域の協力なくしては成立しません。」(加藤)

2023年2月7日、ジャパンエンターテイメントは建設予定地となる今帰仁村呉我山で起工式を行った。刀が北部新テーマパーク構想に動き出してから、工事に着工するまで約5年。その5年間に刀及びジャパンエンターテイメントが時間と労力をかけて少しずつ育てたもの。それは「地域からの信頼」だ。

環境アセスメントの手続きを通し、日本格付研究所からソーシャルファイナンス適格事業としての第三者評価を得る。その傍らで株式会社刀として、県のブランドアドバイザーとしての信頼を得て、沖縄県の文化観光スポーツ部、農林水産部、商工労働部などの各部門とマーケティングの連携協定を結んだ。

言葉だけではなく行動で地域連携を示していったことにより、現在、北部新テーマパーク事業は民間事業でありながら沖縄県の10年を見通す振興計画に盛り込まれている。

刀の精鋭マーケターたちが総力を結集して沖縄にインストールしようとしている「沖縄北部新テーマパークモデル」。刀はこれをマスターモデルとして、「日本を元気にする」というビジョンの実現のため、さまざまな地域で展開していくことも視野に入れているという。

刀の北部新テーマパーク構想における戦略と圧倒的な実行力を見ると━━、その実現はそう遠くない未来のように思えてくる。

(執筆・編集:野垣映二 撮影:ナカンダカリマリ、ヤマミヤトシアキ)