三井不動産

2032年には「寿司といえば、富山」が常識に。富山県が挑戦する「食文化」起点のウェルビーイング改革

2024.06.28(金) 18:07
2032年には「寿司といえば、富山」が常識に。富山県が挑戦する「食文化」起点のウェルビーイング改革

今、富山県が8年後の2032年に向け、「寿司」をフックとしたウェルビーイング施策に挑んでいる。

2024年には、令和6年能登半島地震の影響でイベント延期に見舞われながらも「寿司といえば、富山」プロジェクトが本格始動。同年6月には県外のメディアやインフルエンサーを対象としたキックオフイベント「SUSHI collection TOYAMA」が開催された。

2日間にわたるツアーのなかで、参加者は一次産業の現場視察や、土地の恵みを最大限に活かした食事を堪能。「寿司といえば、富山」というメッセージをダイレクトに体験した。

富山県は「ウェルビーイング」と「寿司」を結びつけ、発信することで、地域にどういった効果をもたらそうとしているのだろうか?

今回は「SUSHI collection TOYAMA」のレポートをダイジェストでお届けするとともに、関係者たちの思い描く「富山の未来予想図」について紹介していく。

「なぜ、寿司なのか?」富山ならではの食文化発信のねらい

富山県が「富山県成長戦略会議」を設置したのは2021年2月。「幸せ人口1000万~ウェルビーイング先進地域、富山~」を打ち出したのが同年8月のことだ。その背景には県民の県外流出が深く関係している。

富山県による人口移動調査(推計人口)によると、1998年のピーク期には人口が約112万人だった富山県。2024年5月時点では、なんと約99万人まで県内人口が減少。とうとう100万人を下回ってしまった。

特に24〜39歳の若年女性の流出は著しく、若い男性も県内で結婚相手を見つけにくい状況に。県内の少子化にも直結してしまった。

まずは県民一人ひとりのウェルビーイングの向上を目指し、世界有数のウェルビーイング先進地域として富山を発展させる。同時に、県外からの来訪者や関係人口を増やすことで経済を活性化させ、人口の県外流出を食い止める。

そのために富山県では2022年2月に「富山県成長戦略」を策定。6つの柱を軸に、地域に変革を起こす方針を発表した。

「寿司といえば、富山」は「③ブランディング戦略」の一環として誕生したプロジェクトだ。では、なぜ「寿司」がテーマに選ばれたのか。それは富山県の豊かな自然が大きく関係する。

富山県は水深1,000mの海と標高3,000m級の山々に囲まれており、限られた土地のなかに約4,000mもの高低差があるという、世界的に特殊な地形を有している。

この貴重な自然環境は豊かな水と海の幸をもたらし、富山の食文化を豊かにする。立山連峰から森の栄養分豊富な水が富山湾に流れ込み、湾の深海に流れ込む「日本海固有水」と相まって湾には約 500 種の魚が生息する。

豊かな食文化と豊かな自然があること。この2つは「幸せの基盤」、つまりウェルビーイングを目指すために欠かせない条件であることは言うまでもない。

そして、寿司は魚介や米、農産物、酒や伝統工芸品の器など、富山の風土が培ってきたブランドを結集させることができる食文化だ。海外でも「SUSHI」の訴求力は高く、国内外に富山の魅力を発信するための強いフックとなる。

「富山の寿司」が浸透することで、食文化だけではなく富山の豊かな土壌や、ウェルビーイング先進地としての魅力を県外が知るきっかけが生まれる。それが「寿司といえば、富山」の主な狙いだ。

また富山県では2032年までに、「寿司といえば、富山」と頭に思い浮かぶ主要都市圏の人の割合と、県民が富山の「寿司」を友人等に積極的に勧める割合を、それぞれ90%まで向上させることを目標に掲げる。国内外からの高い評価を獲得することで、県民のシビックプライドを高めることも目的のひとつだ。

「富山の風土が育んだ食材を最大限に活かす技で仕立てた富山の寿司は、オンリーワンの魅力と美味さがある」。

そう語るのは、地質と食の関係性について研究する美食地質学の創始者であり、ジオリブ研究所 所長を務める巽好幸氏だ。

「SUSHI collection TOYAMA」は、巽氏による「富山の寿司はなぜうまいのか?」を美食地質学の観点から学ぶ講演会から幕を開けた。巽氏は講義の冒頭で、次のように述べる。

「地域の食の魅力を語る際、『豊かな自然と綺麗な水に育まれた』というフレーズが多く使われますよね。しかし、日本は全国各地に豊かな風土がある以上、自然と水だけを強調してしまうとやや個性に乏しいです。少し言葉が悪いですが、行政の『自己満足』で終わってしまい、食文化が継続しない可能性もあります。

地域ならではの食材や料理が、どういった風土や人々の営みによって育まれてきたのか。それを紐解くことで感じられる『おいしさ』があります。

地域の風土に焦点を当てて食文化を発信していくことで、よりきちんとしたシビックプライドの醸成ができると思っていますし、異文化に関心をもつ“Well-educated Travelers”の感性と理性、両方を刺激するようなストーリーが展開できると考えています」

美食家たちを唸らせる寿司を体験する2日間

ツアーの1日目では、富山湾・氷見沖で約400年前から行われている定置網を用いた漁業について、地元の定置漁業組合から話を伺う機会が設けられた。

夕食では県内で活躍する若手寿司職人2人による、「地形の恵み」をテーマとした寿司のフルコースが参加者に振舞われた。富山湾の地形と、伝統的な漁業についてレクチャーを受けた後の食事は格別。

コースを担当したのは、フレンチと和食を融合させた独自のスタイルが国内外から評価される寿司店「GEJO」のオーナーシェフ・下條貴大氏と、東京の老舗有名寿司店での修行を経て氷見に帰郷した「成希」の滝本成希氏。

ペアリングには地元の酒蔵で作られた日本酒が用意され、提供される皿や器も富山の伝統工芸品が揃うなど、文字通り「富山の寿司文化」が多角的に表現されている。参加者たちは「寿司といえば、富山」の説得力の高さに驚きながら、舌鼓を打った。

2日目には白エビを使ったオリジナル朝食が用意され、「日本のベニス」と称される射水(いみず)の川沿いの風景を眺めながら、食事を堪能。

富山の名産品である「ます寿し」の歴史や文化を学びながら、現役の職人に作り方を教わるワークショップも設けられた。

そして、ツアーの最後には「AUBE」「Chi-Fu」「ビーフン東」の代表・東浩司氏と「abysse」の目黒浩太郎氏という県外からの二者による、「富山の食の未来」をテーマとしたランチが用意された。

従来の「握り」だけではなく、富山の寿司文化全体から着想を得た独創的なメニューに、参加者からは感嘆の声が上がる。

中華とフレンチ、そして寿司のクロスオーバーに華を添えるのは、富山で「INA BAR」を営む稲垣隆志氏による、地酒のペアリングだ。

2日間の行程を経て、参加者同士のみならず、参加者と県内での活動者が交流する場面も多く見受けられた。

キックオフの狙いと、今後の「寿司といえば、富山」

「寿司といえば、富山」の浸透を図る第一歩として開催された、今回の「SUSHI collection TOYAMA」。今後、国内外へ食文化を発信していき、地域経済を活性化させていくために、どうやって取り組みを進めていくのだろうか。

ツアーの終盤、富山県知事・新田八朗氏は参加者に向けて次のように述べた。

「3年半前に知事に就任し、誰もが幸せを感じられる環境を目指して議論を重ねてきました。富山県成長戦略を策定し、今はまさに従来の富山にはなかった全く新しい視点から、さまざまな施策を打ち出していこうとするフェーズです。

ただ、変革の一環として始まった『寿司といえば、富山』ですが、富山の寿司職人が減少傾向にあることも課題です。今後は地域のお寿司屋さんが培ってきた伝統を継承していく、人材育成にも取り組んでいこうと考えております。

そのうえで、この『SUSHI collection TOYAMA』に参加したみなさんには、ぜひ『富山でこんなに面白く変わった取り組みがある』ということを持ち帰り、広めていただきたいです」

また富山県成長戦略会議委員ならびに富山県クリエイティブディレクターも務める、株式会社ニューピース 代表取締役CEO・高木新平氏は、今後の「寿司といえば、富山」の展望について次のように述べる。

「ここ数年でも『GEJO』の下條さんや『成希』の滝本さんのように、面白い寿司職人の方が富山を拠点に活動を始めています。そうやって若いクリエイター、特に海外の人たちも富山に寿司を学びに来るような環境になれば、と考えています。

同時に、食への関心が高い人たちに対して『こういう楽しみ方があるよ』ということを、さまざまなレイヤーでの体験を提供することで発信していきたいです。

寿司は一番富山の産業を分かりやすく体験でき、魚だけではなくお酒やお米、伝統工芸品など、立体的に富山の魅力を楽しめるコンテンツ。

ただ、アイコンとしての印象はまだまだ弱く、地元でも魚介が豊富な環境が当たり前すぎて『寿司といえば、富山』が浸透しきれていません。だからこそ、これからは駅や空港など、外の玄関口になるような場所でも重点的に発信したいです。

そして寿司が一つの産業として確立し、観光者が増えるフックとなれば、地元の人たち自身が地域そのものを愛せるきっかけにもなると思います。そうやって関係人口を増やしていける強烈なコンテンツを醸成させ、これからも『富山で何かが起きているらしい』という噂を伝播させていきます」

「うどんといえば、讃岐」「カニといえば、北海道」のように、今後「富山の寿司」を求めて多くの人が集まることが期待される。

「寿司といえば、富山」によって国内外から多くの人々が訪れるようになったとき、目論見通りに富山県民のウェルビーイングは向上するのか。今後の「寿司といえば、富山」と富山県の動向に注目したい。