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世界中から人が訪れる、人口1000人の“ウェルビーイング”な村のつくり方

2023.09.07(木) 15:00
世界中から人が訪れる、人口1000人の“ウェルビーイング”な村のつくり方

限界集落だった富山の土地に、世界中から人が訪れる村をつくる。荒唐無稽にも思える構想は、国家プロジェクトでも行政が主導するプロジェクトでもなく、1人の地元経営者の夢からはじまった。

富山県富山市に本社を置く医薬品メーカーである前田薬品工業の3代目である前田大介氏は、同社が医薬品の試験データの改ざんにより経営危機に陥ったタイミングで代表に就任。同社の立て直しに奔走するのと同じ時期に、この壮大な村づくりのプランを進めていたという。

そして今、構想の第一期として美しい田園風景、最高品質の体験、料理を楽しめる複合施設として話題を集めたヘルジアン・ウッドは、第二期に入り本格的に1000人の村への歩みを進めようとしている。前田大介氏に村づくりのこれまでとこれからを聞く。

前田 大介(まえだ だいすけ)

前田薬品工業株式会社 代表取締役社長
1979年富山県上市町生まれ。同志社大学商学部卒業後、会計事務所を経て2008年に前田薬品工業に入社。2014年に三代目社長に就任。経営手腕を発揮し、瀕死の危機にあった同社を急成長させる。製薬会社の経営者として走り続けながら、ハーブを軸とした美と健康の体験型施設「Healthian wood (ヘルジアンウッド)」を 2020 年に OPEN 。日本と富山の未来を描き、新たなプロジェクトに挑み続けている。

限界集落をウェルビーイングの村に

━━まず、ヘルジアン・ウッドのコンセプトについて教えてください。

僕が最終的に目指しているのは300世帯・人口1000人の村を作ることです。ヘルジアンウッドがあるのは富山県の象徴である立山連峰と富山湾を望む田園地帯。実はここ、9世帯・人口20人しかいない限界集落だったんです。

小学校は廃校になる予定、9世帯のうち4世帯は空き家、20人のうち15人は高齢者━━。地域の課題を凝縮したような場所でした。

© genfukei Photo by KOJI HONDA

なぜこれほど美しい場所がそんな状況に陥ってしまうのかと不思議で。そこで、僕はここにヘルジアン・ウッドを中核とした新しい経済体を作りたいと考えました。

ハーブを使ったアロマの村としてはじまり、現在は複合施設としてハーブ園、アロマ工房、スパ、レストラン、サウナホテルなどの施設で構成されています。

暮らしと仕事が渾然一体となっていて、訪れた人も働いている人も、心と体が健やかになることができるところが魅力です。

━━どのような人がヘルジアン・ウッドに訪れているのでしょうか。

もともと多様な人が集まる村にしたいと思っていたのですが、その通りになっています。

施設によって違いますが、レストランは県内のお客様が6〜7割で、サウナホテルのザ・ハイブは9割が県外からのお客様です。地域の人と旅の人が交流できる場になっていますね。

━━地域の方たちにも価値を還元できているのですね。

そう思います。地域の方に利用してもらうだけでなく、レストランで地域の生産者の食材を扱うということも当然やっています。

また、地域への経済効果の面では、これまで富山県に訪れる観光客の多くは金沢に宿泊することが多く、「100万人が素通りする街」と言われていました。

富山に宿泊してもらうことで県内全体では数十億円の経済効果にはなるのではないでしょうか。

━━前田さんは、医薬品メーカーである前田薬品工業の3代目ですよね。なぜこのような取り組みを始めたのでしょうか。

約10年前、僕が会社を引き継いだのは不祥事で経営陣が刷新したタイミングでした。約半数の従業員が辞めていき、銀行からは貸し剥がしで、危機的な状況。僕は1年ほど激務が続き体調を崩してしまったんです。

その時に知人からハーブやアロマオイルを使った芳香療法を教えてもらい、頭痛がスッと引き、心も軽やかになって。あらためてハーブやアロマオイルについて調べて、西洋の伝統医学として2500年もの長い歴史があることを知りました。ベルギーやイギリス、フランス、ドイツでは医薬品の認証があり、薬剤師や医師が処方している。

それで、自分を助けてくれたハーブを軸とした事業をしたいと考えてスタートしたのが、ヘルジアン・ウッドの始まりです。それから徐々に地域への課題へ目が向いていき、村をつくりたいという構想へと発展していったんです。

現在は前田薬品工業の関連会社として株式会社GEN風景を立ち上げ、ヘルジアン・ウッドの運営をはじめとする村づくりを進めています。

村づくりの原動力になった「逃げない男」

━━限界集落に村をつくるという壮大な計画。現実的には、ヒト・モノ・カネがハードルになりそうに感じます。

まだ村と言える段階ではありませんが、実はこれまででも6億円規模の投資をしているんです。

でもヘルジアン・ウッドをはじめたのはまだ会社が危機的な状況からようやく脱しようとしているとき。当然前田薬品には6億円どころか1億円もありませんし、銀行は1円たりとも貸してくれません。

━━では、どうしたのですか?

富山県内の経営者にヘルジアン・ウッドの構想を話して回りました。今は限界集落だけど、300世帯・1000人の村にして1つの経済体をつくる。そして世界中から富山に人を呼び込むのだと。

実は14社の経営者に話をして、全員が少なくとも1週間以内にOKと返事をしてくださいました。なかにはその場でOKしてくれた方もいらっしゃいます。

数千万円規模の投資をしてくださる方も現れはじめて、結果的にエンジェル投資だけで約1億円が集まったんです。

出資してくださったのは、富山県内の老舗の段ボールの製造会社、介護事業所、家具・建築会社、プロパンガスの会社など。

配当金がいくらとか、利回りがいくらとか一切聞かれていませんし、僕もそんなことは保証できない。ただ、僕は必ず社会的に大きなインパクトを出して、出資していただく企業には面白くてわくわくする仕事や人脈で返していきますということだけを約束しました。

みなさん、ビジョンへの共感とそれをやりきろうとしている青年への応援、それだけで投資してくださったんです。

© genfukei Photo by KOJI HONDA

━━なぜそこまで信用してもらえたのでしょうか。

僕が富山から逃げも隠れもできない人間だということは大きいかもしれません。富山のなかでは名前が知られている前田薬品工業という会社があり、僕自身富山で生まれ育ちました。

富山が好きで、富山にコミットしている人間が覚悟を決めて富山のために動こうとしている。ここで僕が逃げたら、本当に地元でボロカスに言われる状況ですから(笑)。

━━エンジェル投資で1億円。銀行からの借入ができないなかで、残りの5億円はどのように集めたのでしょうか。

そうこうしているうちに、町が地方債を発行することで借入金を負担するというスキームの、ふるさと融資を受けられることになったんです。

最初の5年間は返済の必要がなく、残りの15年で返済していくというもので、「村をつくる」というテーマにはぴったりのスキームでした。それに付随する形で政府系の制度融資などが入り、おかげで落ち着いた状態で、収益化について考える時間ができました。

「一流」へのこだわりで、場所のハードルを越える

© genfukei Photo by KOJI HONDA

━━ヒトの部分はどうでしょうか。ヘルジアン・ウッドの建築には隈研吾さんが関わっていますよね。

僕がヘルジアン・ウッドの準備を始めた2018年頃、ちょうどヘルジアン・ウッドから車で10分ほど離れた白岩地方という山間部で、ドンペリニヨンの最高醸造責任者だったリシャール・ジョフロワが、日本酒の酒蔵<IWA>をつくるプロジェクトを動かしていたんです。

<IWA>は富山の酒造業界におけるトップ・桝田酒造の桝田さんが酒造関連、そして美術館のような酒蔵の設計を隈さんが担当していました。

ヘルジアン・ウッドの話を聞いた桝田さんが「いったいどんなプロジェクトをやるのか」と、僕にコンタクトを取ってきて。おそらく自分たちのプロジェクトの近くで、ダサいことをはじめようとしてないか不安に思ったのでしょうね(笑)。

ただ、コンセプトを説明したところ、賛同いただいて。その場で電話をかけ、隈さんを紹介いただきました。

この「その道のトップにお願いする」という考え方は、隈さんをご紹介いただいて以降も、ずっと自分のポリシーとして持ち続けています。

アロマをやるにしても、医療としてちゃんと考えられる人を探しました。レストランも、初代のシェフは一流の方が良いと考え、スペインのサン・セバスチャン、パリにもそれぞれ3度足を運びました。

──どれだけトップクラスのクリエイターやシェフを集めたとしても、立地の問題から集客に直結しないこともあるのでは、と思いました。そういった不安はありませんでしたか?

実は、隈さんや桝田さんに加え、もう一人影響を受けた人物がいるんです。それは、電気も水道も通っていない富山の廃村エリアで、オーベルジュ「レヴォ Cuisine régionale L’évo」を経営する谷口シェフです。

レヴォは富山駅からも2時間半、東京駅からはトータルで4時間半もかかる奥地に位置します。でも、世界的にも高く評価され、全国から多くの美食家が訪れます。その姿勢に大きく影響を受けました。

トップクラスの品質があれば自然と「場所のハードル」はなくなり、注目されるようになる。実際に細部までこだわった結果、ヘルジアン・ウッドのレストランも開始6カ月でミシュランの1つ星をいただけています。質を担保できていることが、集客にもつながっているのではないでしょうか。

ミシュランの一つ星を獲得したThe Kitchen/The Table© genfukei Photo by KOJI HONDA

複合施設から村へ。ヘルジアン・ウッド第二期がはじまる

━━300世帯・人口1000人の村を目指すにあたって、今後の構想を教えてください。

まずは「300世帯1000人」の村を目指すためにも、住む環境と場所を整えていきたいです。そもそも移住や多拠点生活はハードルが高いもの。今、地元のデベロッパーと一緒に、1〜2週間程度の「お試し移住エリア」を開発しようとしているところです。

試しに移住したらどんな生活が待っているかを体験いただき、気に入ったら正式な賃貸料を払ってもらう。村民を100〜200人くらい一気に増やせればと思っています。

━━村づくりのために、本格的に動きはじめるわけですね。

はい、ヘルジアン・ウッドの第二期として準備をはじめたところです。

The Bath &Bedというプロジェクトでは歴史ある蔵を改装してホテルに生まれ変わらそうとしています。そのほかに廃校した小学校の校舎を利用してコワーキングスペース、フードコート、宿泊施設も。

━━移住となると生活インフラも整えなくてはいけませんね。

おっしゃる通り。なかでも教育インフラは必要不可欠です。現在、ヘルジアン・ウッドの隣のエリアに、「学ぶ」「働く」「遊ぶ」をテーマに各業界のトップランナーが講師を担当する、新しい学校を建設する予定です。

ここでは子どもだけでなく、大人向けのリカレント教育も実施していくつもりです。県内外の20以上の企業に参画いただき、共同運営体制でプロジェクトを推進しています。

新しい学校をつくり、教育環境を整えていけば、いよいよ暮らしに必要な要素が揃います。20年後――それこそ、僕が還暦を迎える頃に、1000人の村になっていれば嬉しいですね。

面白い人たちが1000人集まり、そこで経済が成立している。そこで暮らす人も、はたらく人も、旅行者も、みんなが心も体もハッピーに過ごす。それ以上望むことはないです。

──最後に、前田さんがヘルジアン・ウッドを続けるモチベーションについて教えてください。

昨今のニュースや日本の立ち位置を踏まえると、8世代先のことを考えて行動しなければ、と思うんです。ヘルジアン・ウッドはこれからの時代、おそらく200〜300年後も持続できるポテンシャルがある。未来につながる可能性を秘めていると信じています。

ヘルジアン・ウッドを訪れた人々が楽しそうに過ごしているのを見ると「ああ、作ってよかった」となるんです。その輪を広げていきたいですし、次世代に残していきたい。それが今、モチベーションに繋がっています。

そしてゆくゆくは、世界中の人が訪れるような場所を富山に作りたいんです。育ててもらった富山に対する恩返しを、生きている間に行いたいです。

(文:高木望 写真提供:株式会社GEN風景)