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NPOから上場へ。雨風太陽が示す「地域貢献」と「資本主義」の新しい可能性

2024.01.23(火) 14:55
NPOから上場へ。雨風太陽が示す「地域貢献」と「資本主義」の新しい可能性

2023年12月18日、産直プラットフォーム「ポケットマルシェ」を運営する株式会社雨風太陽が東証グロース市場に上場した。同社の前身は東日本大震災をきっかけに発足したNPO法人。「都市と地方をかきまぜる」というミッションを掲げ、長らく関係人口の創出による地域課題の解決に取り組んできた。地域貢献に向き合う同社はなぜ上場を選択したのか。また、今後は社会性と経済性の両立をどのように舵取りしていくのか。代表の高橋博之氏に伺った。

高橋 博之

株式会社雨風太陽代表取締役/一般社団法人 日本食べる通信リーグ 代表理事、NPO法人 東北開墾代表理事/『東北食べる通信』創刊編集長

1974年 岩手県花巻市生まれ。岩手県議会議員を2期務め、政界引退。2013年、食べ物付き情報誌『東北食べる通信』を創刊後、2016年に生産者と消費者を直接つなぐスマホアプリ「ポケットマルシェ」を開始。「関係人口」提唱者として、都市と地方がともに生きる社会を目指す。2022年4月株式会社雨風太陽に商号変更。著書に、『だから、ぼくは農家をスターにする』(CCCメディアハウス)、『都市と地方をかきまぜる』(光文社新書)が、共著に『人口減少社会の未来学』(内田樹編、文藝春秋)がある。

NPO法人だった雨風太陽が上場を目指すまで

──雨風太陽では「都市と地方をかきまぜる」というミッションを掲げ、地域の関係人口創出に取り組んでいます。どのような経緯で、このミッションと向き合うことになったのでしょうか。

僕は岩手県花巻市に生まれ、議員秘書を経験後、地元岩手で県議会議員をしていました。そんな私に訪れた転機が2011年の東日本大震災です。

それまで、地方の生産者と都市の消費者が直接交わることはありませんでした。食品の生産から消費までのバリューチェーンは間延びしていて、消費者から生産者は見えなかった。見えないものの価値はわからないから、消費者はコスパだけで買い物をします。

震災からの復興時には、それまで岩手に縁のなかった多くの都市部の人たちが支援に訪れてくれました。被災地に支援に来たボランティアの多くは消費者で、被災者の多くは生産者です。

両者が直接会って交流した結果、「高くてもこの漁師の釣った魚を食べたい」という、消費者が出てきました。生産者が守ろうとしている価値に、消費者が共感し、守り育てる「バリューサイクル」が生まれたのです。

これが僕の考える「都市と地方をかきまぜる」ということです。

これに着想を得てNPO法人を設立し、生産者の言葉とその収穫物が定期的に届く、世界初の食べ物付き情報誌「食べる通信」をスタートしました。

──NPO法人から株式会社化に至るにはどんな経緯があったのですか。

「食べる通信」では、毎月約8000文字の原稿を載せていました。それは生産者のところに何度も通って関係性を育んでこそ書けるものでした。

生産者も本当に喜んでくれて、この「食べる通信」のモデルは全国に広がり、現在は台湾や香港にまで広がっています。

しかし、毎月1人の生産者を取り上げますが、1人の生産者が出荷できる量には限りがあるため、発行部数の上限は1500まで。月に1回、年間12人しか生産者を紹介できません。これでは、地域にもたらす影響は限定的になってしまいます。

そこで、生産者自身が直接生産物の説明をして、出品もできるプラットフォームを作ろうと考えました。今は生産者もスマホを持っている時代。舌足らずでもいいので、生産者自身が説明することに意味があると思ったんです。

これを実現するためにスマホアプリを開発したい。そうした資金を集めるためにNPO法人とは別に、株式会社を立ち上げました。そうして雨風太陽と産直プラットフォーム「ポケットマルシェ」が誕生したのです。

このプラットフォームには、7年間で生産者8100人が登録し、消費者とのつながりが生まれています。それまでと比べて明らかに大きなインパクトが生まれたんですね。

──社会的インパクトの手段として、資本の力を必要としたのですね。

僕はもともと政治やNPOの世界にいて、「資本主義が今の社会に負の影響を与えてきた」という考え方だったんですよ。でも違った。目の前にある資本主義で、社会が豊かになってきたことは事実なんです。

NPOから株式会社にしたら、救われる生産者が増えて多くの方から「ありがとう」と言われるんですよね。そこで改めて資本の力を感じました。だったら資本の力を、社会を変える力にしようじゃないかと。

──より大きなインパクトを求めて、上場を目指したということでしょうか。

地方の衰退も加速しているし、よりスピードを上げて活動を広げていきたい。そのためには仲間を増やす必要があります。上場することは、そのための手段になると考えました。

上場の承認が下りた日の午後に、岩手の漁師から電話がありました。「応援してるから、株買わせてくれ」と言うんです。「株なんて買ったことないけれど、雨風太陽の株を買わせてほしい」という農家や漁師が実はいっぱいいるんですね。

僕らが目指している社会と彼らが目指している社会は一致しています。上場すれば、彼らが株主になることで、仲間として「一緒にやろうぜ」と言えるのです。

「社会性」と「経済性」を両立する企業経営

──企業経営において、社会に良い影響を与えることと自社の利益を追求することが、矛盾してしまうこともあるかと思います。高橋さんはこれまでどのように社会性と経済性を両立してきたのでしょうか。

僕がこれまでやってきたことは、これからの社会づくりの実証実験だったと思っているんです。

最初に取り組んだ政治とNPOの世界は、プロダクトアウトの思考でした。「今の仕組みを変えて、このように行動するべき」という「べき論」で人を動かそうとしていた。北風と太陽で言う北風ですね。

しかし、このコミュニケーションでは人々の行動は変わらない。行動することの楽しさを伝える、太陽的なアプローチが必要だったんです。

それが民間企業のマーケットインの思考です。自分たちが伝えようとしてる価値は、消費社会からするとどう見えるのかを考えなくてはいけません。実際、雨風太陽でマーケットインのアプローチをしたことで、ミッションの実現に近づいています。

政治やNPOの世界はマーケットインの思想を民間企業から学ぶべきだし、民間企業も短期的な利益追求だけではいずれ立ち行かなくなることを学ぶべきだと思うのです。

──「社会性」と「経済性」の両立をするなかで、難しかったことはありますか。

難しいのは組織づくりですね。僕は話すのも書くのも得意だから、最初は自分が地方で見聞きしたことを伝えていくことで、自分たちの活動がミッションの実現に近づいている感覚を社内でも共有できていました。

でもその確信をみんなが持てなくなるタイミングがあります。上場を目指すプロセスでは、約3分の1の社員が退職しました。

上場には事業の予算と実績の確実性が求められるため、目指すべき成長率に事業の数字をあわせていくことが必要になります。当時の雨風太陽には理念に強く共感している反面、事業の数字をつくることにコミットするのが苦手な社員も少なからずいました。

うちの会社は人事評価制度も業績の影響が少なく、生産者の元まで足を運ぶなど、理念を体現している人を評価する傾向があります。それは上場した今も変わりません。ただ、そのために上場を目指していく過程でギャップを感じる社員が現れてしまったのかもしれません。

「今やっていることは本当にミッションの実現につながっているのか」という社員の声を聞くこともありました。

──「経済性」は数字で表しやすいけれど、「社会性」は難しいですよね。

その観点では、3ヶ月ほど前に、自分たちの社会的インパクトを可視化・数値化するために、社会変革推進財団のSIIFと連携し、インパクトレポートの作成に着手しました。

インパクトレポートでは、 関係人口創出に紐づく「顔の見える流通額」「生産者と消費者のコミュニケーション量」「都市住民が生産現場で過ごした延べ日数」3つを定量的な指標として設けています。

これによって、定量の両面から説明しやすくなり社内外の納得感が大きくなったと思います。また、インパクトレポートを通じて当社の理念に共感してくれる人が増えていけば、上場の目的である仲間(株主)が増えることにもつながるのではという期待もしています。

今後もインパクトの向上を目指して事業改善や意思決定を行い「インパクトメジャーメントマネジメント」(IMM)を実施していきます。

「経済性」「社会性」のプレッシャーが未来に向かう最速・最大の道を拓く

POTLUCK YAESUで上場パーティーを行った際の様子

──上場後の具体的な取り組みとして、計画していることはありますか。

ポケットマルシェは、安定した収入基盤として引き続き拡大していきます。すでに全国8100人の生産者が僕らを信じて参加していることが、当社のなによりの強み。要するに、日本全国に仲の良い生産者がいます。

この関係性を生かして、親子で生産者のもとへ訪れ自然について学ぶ子体験プログラム「おやこ地方留学」を展開しはじめました。この旅行事業も広げていきたいと考えています。

また、当社のもう一つの事業の柱は自治体との仕事です。最近は自治体が自分たちで収益を上げることが求められています。そんな自治体から委託事業を受けて、マーケティングや生産物の直販支援、インバウンド支援などを行っています。

全国1707の自治体のうち、ポケットマルシェの生産者がいるのは約1500。残りの15%ほどの自治体との連携も進めていきたいですね。

さらに、JALと協業した「マルチチャネル構想」も進めていきます。JALのEC販路である「JALモール」とポケットマルシェが連携して、同時に出品できるようなシステムを構築予定です。これによって、生産者の販路拡大に寄与できると考えています。

──上場後に高橋さんが描いている展望について教えてください。

大きく2つあります。ひとつは、「社会性と経済性は両立できる」ということを株主とともに証明すること。「良いことはボランティアで」という考え方がある限り、社会は変わりません。

僕らはインパクトIPOを果たしたことで「社会に良いことで儲かる」モデルの先陣を切りました。これを示すことができたら、同じモデルで起業する人が増え、いずれ社会の当たり前になっていくはずです。

もうひとつは事業の側面で、関係人口創出の社会的インパクトを最大化させていきます。手前味噌ですが、地域社会の衰退が進むなかで、「関係人口」という言葉を生み出したのは発明だったと思います。

2050年には人口が1億人を下回ることが予想されています。地方から2000万人がいなくなる。しかし、新たに2000万人が都市と地方を往来する状態を作れたら、地方の活力は維持されるはずです。

そのためには、さらに企業や行政を巻き込んだ総力戦が必要なので、雨風太陽はその核になりたいと考えています。

「この指とまれ」を言い続けて、仲間を広げる中心であり続ける。日本の未来の答えを探すのではなくて、われわれが答えになることを目指します。

──上場して株価の変動に左右されるようになると、従来よりも「社会性」の維持が難しくなることも予想できます。「社会性」と「経済性」を両立するパイオニアとして、どんな勝ち筋を見出していますか。

いばらの道だと思いますが、これまで通り丁寧に発信していき、仲間を増やしていきます。

明確にビジョンを示せば、株主としてそれに共感する濃い仲間が集まってくるはず。これまでもビジョンに共感してくれる株主が多かったのですが、上場によってその輪が一気に広がります。

とはいえ株主は当然株価を気にするでしょう。株主が社会に良いことと利益の両方を求めることで、われわれも「社会性」と「経済性」の両方のプレッシャーにさらされる。むしろこれが、実現したい未来に向かうための、最速で最大の道になるのです。

(執筆:岡田果子 編集:野垣映二 撮影:小池大介)