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衰弱した海藻市場を再活性化し地域と海を豊かにするには「出口の開拓」が重要だった

2024.01.05(金) 15:49
衰弱した海藻市場を再活性化し地域と海を豊かにするには「出口の開拓」が重要だった

日本では古くから海藻食が盛んだった。しかし、海藻の消費量は平成の20年間で約40%減少。深刻な「海藻離れ」が進んでいる。しかも近年では海水温の上昇により、全国各地で深刻な磯焼けが発生。海藻の資源量自体が減ってしまった。

その危機を救おうとしているのが、高知県に本社を置く合同会社シーベジタブルだ。シーベジタブルには海藻の調査・分類の第一人者をはじめ、種苗培養の研究者や、水質分析の専門家など、海藻にまつわるパイオニアたちが揃い、全国各地で海藻生産事業に携わっている。

2021年からはミシュラン二つ星を獲得したレストラン「INUA(イヌア)」の料理開発担当だった石坂秀威氏が合流してテストキッチンもオープン。「世界一のレストラン」と評される「noma(ノーマ)」が京都で開催したポップアップレストランにも、石坂氏が料理開発フェーズから出向して参画した。国内外の飲食業界から注目を浴びる存在となりつつある。

シーベジタブルの取り組みは食の未来を変えるだけではなく、全国の漁場を活性化させ、海の生態系バランスを改善させる可能性も秘めている。

今回、シーベジタブル共同代表・友廣裕一氏に、事業が地域や環境にもたらす具体的な効果と、創業の経緯についてインタビューを実施。「海藻」というニッチな市場を開拓し、地域経済を回すための工夫について、話を伺った。

友廣裕一(ともひろゆういち)

合同会社シーベジタブル共同代表
大阪出身。大学卒業後、日本の地域の現状を学ぶため、全国の農山漁村を訪ねる旅へ。東京・墨田区で食べる人とつくる人がつながる青空市を立ち上げ、東日本大震災後には宮城県石巻市・牡鹿半島の漁家の女性たちとともに弁当屋やアクセサリーブランドなどの事業を運営。その後、共同代表の蜂谷と共にシーベジタブルを創業。人や組織をつなぎながら、新たな海藻食文化をつくるべく駆け回る。

深刻な海藻不足を解消するための栽培事業

——はじめに、シーベジタブルの取り組みについて教えてください。

私たちは主に「陸上栽培」と「海面栽培」という二つの手法を用い、試験段階の海域も含めると全国20箇所以上で海藻を生産しています。

国内で生産・流通している海藻のほとんどは天然物です。種苗生産から含めて海面栽培の技術が確立されているのはワカメと昆布にモズク、そして板海苔の原料となるアマノリといった、需要の高い一部の海藻しかありませんでした。

2016年、お好み焼きのトッピングやポテトチップスに使われるスジアオノリの供給不足に悩む食品メーカーさんから生産要請を受け、僕たちはシーベジタブルを設立します。

そして、世界で初めて「地下海水を利用した陸上栽培モデル」を確立し、高品質なスジアオノリを安定的に生産することに成功しました。高知県を筆頭に、陸上栽培の拠点を岩手県、三重県、愛媛県、熊本県と拡大していったのです。

——そもそも、なぜスジアオノリが供給不足に陥ったのでしょうか?

天然スジアオノリの主産地である高知県・四万十川の河口部の水温が上昇したことが原因です。水揚げ量は約40年間減少を続け、最盛期の60tから0kgになってしまいました。以前は1キロあたり1万円前後で取引されていたものが、2016年時点では4万円以上まで高騰したんですよ。

ただ、育たなくなったのはスジアオノリに限った話ではありません。全国各地の海で海藻が姿を消す、深刻な「磯焼け」が起きていました。

磯焼けの原因は、海水温の上昇による生態系の変化です。もともと海藻を食するアイゴなどの藻食魚やウニは、海水温が下がると死滅したり、活動を止めたりします。そうして天敵の活動が鈍る時期に、海藻は発芽して成長するのです。

しかし、海水温が下がらなくなると藻食性の生き物の活性が落ちず、活動を続けます。芽生えてすぐに食害を受けると、一瞬で食べ尽くされてしまい、海藻が生える「藻場」が全滅。近年では海藻を求めてアイゴが北上し、本来いるはずのない能登半島などでも越冬しているのを確認しています。

——海藻がなくなると、どういった影響が及ぼされるのでしょう。

そこに住んでいる一部の種類の魚や貝類がいなくなってしまいます。磯焼けは、陸地で木や草がなくなるようなものです。「ここ10年で魚が獲れなくなった」という声を聞きますが、大きな原因の一つがまさに磯焼けなのです。

アイゴの天敵となるアオリイカなども、藻場がなくなれば卵を埋めなくなります。人間の漁獲も相まって数も減少し、アイゴが繁殖しやすい環境が出来上がってしまいました。アイゴが北上してきた海域には、ほんの2〜3年で海藻がほぼ消滅してしまったところもありました。

今までも藻場を回復させるために、藻場周辺に生息するウニを漁師さんが潰したり、魚が入ってこないよう網で覆ったりと、各地域で対策が取られていました。しかし、それらは経済的な持続性が見込めなかったり、汎用性のある解決策ではなかったりします。

そこで我々が着目したのは、海面栽培という手法でした。

天然藻場にはヨコエビやワレカラなどの小型生物が多いため、海藻が増えれば魚が増えるというのは一般常識になっています。しかし海面栽培する海藻にその影響があることは認められてきませんでした。

調査を進めるうちに、海面栽培によっても海の生態系が豊かに育まれることがわかってきました。環境に適した海藻を海面で栽培すれば、一時的に海に海藻がある状態を作れます。具体的な効果については検証中ですが、海面栽培をすることで海の生態系バランスが整う可能性があるんです。

海藻を美味しく消費できるだけではなく、地域に仕事を生み、海の環境改善にも貢献できる。まさに「一石三鳥」の取り組みになることを期待しています。

「売り先」を作るために新たな海藻食を提案する

——陸上栽培だけではなく、海面栽培にも着手している背景は理解しました。では、事業で発生するコストはどのように賄っているのでしょうか?

陸上栽培するスジアオノリについては、固定価格で継続的に購入いただくこと、初期投資分として一部の前受金を頂戴することを条件に、取引先のみなさんと長期契約を結ばせてもらいました。

安定した売上を確保でき、おかげさまで障害のある方や高齢の方々を中心とした、海藻の生産に従事してくださっているみなさんにも、きちんと賃金をお支払いできています。

また海面栽培については、地域の漁師さんと連携して栽培し、できた海藻を我々が買い戻しています。そして小売商品として一般消費者のみなさんへ販売したり、メーカーなどに卸売することで収益を得ています。

——なるほど。そうやって地域にお金を還元しているのですね。

ただ、収穫した海藻を適正価格で買い戻すためには、きちんと「売り先」を開拓することが必要です。海藻って野菜や魚貝類に比べると、非常にニッチな市場ですから、自分たちから市場をつくるような動きをしなければ、マーケットは拡大していきません。

そこで、2021年秋には「INUA」というレストランで料理開発を担当していた石坂秀威が仲間になり、海藻の料理開発を行うテストキッチンを設立。現在は以前INUAで働いていたスタッフも加わり、3名で運営しています。

INUAは「世界最高のレストラン」と名高いデンマークのnomaのDNAを引き継ぐミシュラン2つ星のレストラン。メニューで海藻を扱うことが多く、石坂さんは独創的な調理方法で、さまざまな種類の海藻に触れてきた料理人だったのです。

——テストキッチンでは具体的にどういった取り組みをされているんですか?

主な役割は「海藻の新しい食べ方」を開発・提案することです。

気づいたらニンジンケーキやフルーツサラダが生まれたように、野菜や果物の調理方法は日々進化しているじゃないですか。それに比べると、海藻の調理方法って和食と強く紐づいており、まだまだ利用シーンが限られています。

海藻の消費量が20年間で約40%減少したと言われるのも、食べ方のバリエーションの少なさが原因だと捉えています。テストキッチンチームは100種類以上の海藻に向き合ってきて、デザートや調味料など、新たな海藻の調理方法を日々開発してくれています。

——実際にテストキッチンを立ち上げたことで、料理業界にどういった変化があったと思いますか?

まずは「海藻を使ってみたい」というシェフが増えた気がしますね。SNS等で海藻料理の情報を発信しているのですが、料理人のフォロワーが増えています。

昨年の秋には「海藻の調理方法について学びたい」と、スペイン・バスク地方のスターシェフたちがテストキッチンを訪れました。シンガポールのスターシェフたちからも要望を受け、現地で試食会を行っています。

特に大きな転換点となったのは、2023年春に京都で開かれたnomaのポップアップレストランに、約4,000食分もの海藻を提供したこと。世界中の食通や飲食関係者が、海藻のまだ見ぬ新しい食感や味覚に驚き、興味を持ってもらうきっかけとなりました。

10年前にnomaが「発酵」という食文化を世界に広めたときと同様、世界では「海藻」が今まさに注目されています。海藻食先進国としての日本の情報や、我々の発信する情報が求められていると感じる場面も増えました。

海藻の食文化が広がっていけば、食品メーカーなどに新たな需要が生まれ、海に海藻がある状況を広げていくことができるでしょう。

地域の理解者に還元するための事業展開

——海藻の生産だけではなく、レシピ開発を始めとした食文化の発信にも携わっているのは興味深いです。「一次産業」という枠に留まらない事業展開がシーベジタブルの特徴なのですね。

さらに言えば全国約10箇所以上にラボを設置し、新たな海藻の種苗培養技術の開発から、実際に種苗を量産するところまで自分たちで行なっている点も特殊かもしれません。農業であれば農業試験場などの研究機関が担っていて、農家は着手しないパートですよね。

日本には1,500種類以上の海藻が生息しており、「毒がない」という意味では全てが食用となります。しかし局所的に食べられてきた品種を含めても、日本の食卓に上がってきたのは100種類未満。背景には生産量がまとまらず、流通に乗らなかったことも挙げられるでしょう。

シーベジタブルには、全国の海で海藻のフィールド調査を行ってきた海藻の調査・分類の第一人者・新井章吾さんも参画してくれています。新井さんはどこにどんな海藻が生息しているのかを把握しているんです。

全国的に失われつつある海藻の母藻を採取することで、再生させることができる。さらに安定的に生産することができれば、食卓で愛される存在になり、もっと海藻食文化が活性化すると考えています。

そして、この種苗生産から市場開拓までを包括する動きが、海藻市場を盛り上げる鍵を握っている、とも捉えています。漁師さんが収穫した海藻を、きちんと販売につなげることで、事業として循環させていくことは、僕たちの役割だと感じています。

——シーベジタブルでは海藻栽培において、どういったことを福祉施設や高齢者の方にサポートしてもらっているのでしょうか。

海面栽培は水温や水質さえマッチすれば、あとは種苗のついた網やロープを浮かべておくだけ、とシンプルです。基本的には海水の栄養分と太陽光だけで育つからこそ、漁業者と連携した上で、福祉施設の方々には主に一次加工をお願いしています。

ちなみに地元の漁業者と一緒に栽培している背景には、漁業権の関係も含まれています。国内の海はだいたいどこも漁業権が設定されており、ぼくらが勝手に海藻を生産するわけにいかないんですよね。

陸上栽培は、海藻の成長に合わせて大きな水槽に移し替えていきながら収穫を行います。一週間に1回、すべての水槽をきれいに洗うことが、高品質なスジアオノリを作るためのポイントなんです。

こちらも地域の福祉施設のみなさんに、水槽の洗浄や収穫、乾燥や一次加工などの作業をお願いしています。現場ではルーティンワークが多いので、彼らの特性とマッチすれば、僕らよりも良い働きをしていただけると実感してます。

美味しい海藻を食べながら、海と地域に良い効果をもたらす

——全国に栽培拠点があると伺いましたが、どういった場所が栽培に適しているのでしょう?

陸上栽培であれば海に隣接し、1,000坪以上ある平地が必要です。海面栽培では波が直接当たらない湾になっているような場所が適しています。

ただ、海面栽培は「どんな海藻が育つどうか」を確かめるための試験生産からスタートします。試験した海藻がいずれもよく育たないケースもあり、その海域にあった海藻を見つけるためにいろんな種類の海藻を海に出していきます。

——必ずしもどこでもすぐに海藻を生産できる、というわけではないのですね。

かといって需要以上に「たくさん収穫できる」状態も避けるべきだから、塩梅は難しいです。一次産業では陥ってしまいがちなのですが、海藻市場が発展途上だからこそ、供給過剰になると値崩れしてしまうんですよね。

短期的な利益を求め品質の悪いものまで市場に出てしまうと、消費者に「美味しくない」と思わせてしまう。長期的な視点で考えるとマイナスになります。

現状は「すぐに、たくさん稼げる」取り組みではないということは、地元の漁師さんにも最初にお伝えするんです。そのうえで背景を理解し、共感してもらえる方々とだけお付き合いをさせていただく。試験次第では、そもそも海藻がうまく育たない可能性もあるので。地域で事業を行う上では重要だと思います。

——事業に共感してもらうために、意識していることはありますか?

まず「我々のために事業を手伝ってもらう」という考え方では、地域の人々も「やってあげてる」という意識になるため、どこかで関係を維持するのがしんどくなってしまいます。

それよりも「海に海藻がある状況を増やせば、海の生態系を再び豊かにできるかもしれない」という目標を共有し、「一緒にやろうよ」と同じ目線で取り組める関係性を大切にしています。

特に漁師さんたちは、徐々に海から海藻と魚が消えていく様子を知っているからこそ、共鳴してくださることが多くて。「事業のもたらす価値」を起点にはじめていくための認識のすり合わせは重要だと思います。

最近では新たな「価値」も見えてきました。

たまに「儲からないし子どもも地元を離れたから」と海藻生産を辞めようとする漁師さんがいるんですよ。

でもうちの若いスタッフが船舶免許を取って仕事を教えてもらっているうちに、「もうお前に全部託すから、後継者としてがんばれ」と熟練のおじいちゃんに認めてもらえたことがありました。そうやって事業を通し「地域で長年培われてきた大切なものを継承できているのかも」と感じる瞬間はあります。

また「継承」という意味では、各地で失われゆく「海藻食文化」を守ることにも関わっていると思います。

たとえば房総半島や三浦半島でお雑煮に使われている「ハバノリ」という海藻があります。地域の人々に愛されていて「これがないと年を越せない」と言われる品種です。

三重県尾鷲市周辺でもハバノリにしょうゆを和えてごはんに乗せて食べるという形で偏愛されていて、地元では「ウニ丼よりハバノリごはんを選ぶ」という人がいるくらい大切な存在です。

ただ20年くらい前から天然モノが獲れなくなり、貴重品になってしまいました。尾鷲市でスジアオノリの生産を始めた頃から「ハバノリを復活させてほしい」という声は大きくて。研究を始めてから3年目で、やっと生産に成功しました。

——地域の反応はいかがでしたか?

人口1万数千人の町なのですが、地元のスーパーや温浴施設のみで販売したところ、なんと1ヶ月で1,500袋売れたんです。地元の新聞のコラムにも「あのハバノリがまた食べられるようになって嬉しい」という声が寄せられました。

日本の海藻食文化は、世界の最先端。世界は今まさに海藻に注目しているからこそ、そのパイオニアになれるポテンシャルがあります。海藻が消えるとともに地域の食文化が衰退していくのはもったいないですよね。

現在、海から海藻が消えていく問題に対して、種苗生産技術の開発から生産、食べ方の開発まで行っているのは世界でうちの会社だけだと自負しています。

体にも良くて美味しい海藻の消費量を高めながら、地域に仕事を増やし、海の生態系を取り戻していく。今の事業に、大きな意義を感じています。

(文:高木望 写真:鈴木渉)