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【秋田県五城目町】住民から生まれた「コモンズ」と「地域経済」の意外な関係

2023.12.27(水) 17:07
【秋田県五城目町】住民から生まれた「コモンズ」と「地域経済」の意外な関係

秋田県中央部にある五城目町。人口1万人に満たない小さな町が今、注目を集めはじめている。

活気を失いつつあった伝統の朝市が町民によって1日3000人を集客する一大イベントに、地域の温泉施設を町民が共同運営して女子高生が社長に就任など──、町民が発起して、次々とプロジェクトが立ち上がっていく。

行政が主導しているわけでもなければ、特定のキーパーソンが仕掛け人というわけでもない。自然と挑戦者が現れ、自律分散的にプロジェクトが立ち上がっていく、その背景を現地での取材から紐解いていく。

コモンズが生み出す、つながりの資本

教育事業を手掛けるハバタク株式会社 代表の丑田 俊輔は、2014年に五城目町に移住して以来、シェアビレッジをはじめ、いくつかのまちのプロジェクトに関わってきた人物。

丑田氏は「僕はきっかけの1つになっただけ」と前置きしながら、五城目で自律分散的にプロジェクトが立ち上がっている現状に対して持論を述べた。

ハバタク株式会社 代表取締役 丑田俊輔氏

「あまり『地域課題を解決する』といったイシュードリブンではじまっていない気がしますね。それよりもプレイフル(遊び)ドリブン。儲けが先ではなくて、誰か強烈な遊び人が言い出しっぺになり、そこに楽しそうだからと仲間が集まってくる。

それが結果的に地域共有資源のコモンズ(入会地)のようになり、そこで生まれたつながりの資本(ソーシャル・キャピタル)がさらにいろいろな活動がやりやすくさせる。そんな循環が今の五城目町にはあるように思います」(丑田氏)

丑田氏は以前より、東京都千代田区にあるコワーキング・シェアオフィス、ちよだプラットフォームスクウェアの運営に携わっている。同施設に企業誘致のため五城目町役場が入居していたのをきっかけに、まちづくり課職員の柴田浩之氏と出会った。その柴田氏が五城目町に作ろうとしていたのがBABAME BASEだ。

五城目町役場 まちづくり課 柴田浩之氏

「小学校が廃校になり、インキュベーション施設として校舎を活用することになりました。五城目町では他の地域と同じように人口減少が課題になっています。町を離れてしまう人の多くは20歳前後の若い世代。つまり働き口がないことが原因です。そこで、シェアオフィスで企業誘致をしようと考えたのです」(柴田氏)

2013年10月に開設したBABAME BASEには、これまで延べ42社が入居。開設前は神山町のようにIT企業の集積地になることを期待していた。しかし、結果的にコンテンツ制作会社、部品メーカー、デザイン会社、美容室、コンサル会社、ドローンの教習所、飲食など、多様な業種が入居することになった。丑田氏のハバタクは初期にBABAME BASEに入居した企業の1つ。

「IT企業のみ」「秋田県外企業のみ」など、紋切り型の入居審査をしなかったことが、BABAME BASEの多様性を生み出した。

BABAME BASEは、丑田氏のように県外から来た事業者、五城目町外の秋田県内事業者、そして五城目町内の事業者、そして町民の関わりを生み出すようになっていく。

BABAME BASEではビジネスセミナーのほか、地域の子どもたちとの交流イベントなど、多種多様な催しも開かれている。

「BABAME BASEのおかげで交流人口が増えました。最近では国内だけでなく海外から視察が来ることもあります。でも、私たちは箱を提供しただけ。行政が仕掛けたことは特にないんですよね。すべて入居者の皆さんにお任せてしまっているので(笑)。

最初は行政が主導して取り組んでいたのですが、結局遊びや楽しさを生み出していくのは難しく、やっぱり人なんだという結論に至りました。指定管理の制度を使い、思いのある人にお任せすることで、楽しくやってもらえればいい。そう考えています」(柴田氏)

そして、BABAME BASEから飛び火して新たなコモンズが生まれる。丑田氏自身がプロジェクトの発起人になった、シェアビレッジだ。

シェアビレッジは、解体予定だった茅葺きの古民家を村に見立て、地域内外の人が村民(会員)になり、地域コミュニティを拡張するという取り組みだ。村民は年貢(会費)を払い、古民家に宿泊できるほか、地域活動にも参加する。開始した2015年当時は、関係人口という言葉がまだ浸透していなかった時代。この取り組みは大きな話題になった。

丑田氏は茅葺き古民家こそ、日本古来のコモンズだと話す。

「茅葺きの古民家は個人の所有物だけれど、集落のコミュニティの中で『今年は●●さんの家をやるか』と共同でメンテナンスします。茅になるススキは集落の外れにある入会地に生息しているもの。それを共有資源として管理している。入会地は横文字にするとコモンズです。みんな、そうやって共助のなかで生きてきたんですよね」(丑田氏)

シェアビレッジ株式会社 取締役 兼 茅葺き古民家の家守 半田理人氏

シェアビレッジの村民の中には、定期的に泊まりに来る人も一定数いる。そのなかの何人かは移住したり、BABAME BASEに入居したケースもあるそうだ。茅葺き古民家の家守をしている半田理人氏自身も村民になったことをきっかけにUターン移住した。現在はここで培った知見を全国各地へと共有するためのソフトウェアや学び場づくりを進めている。

自律分散的に産声を上げる五城目町のコモンズ

BABAME BASE、シェアビレッジはそれぞれ地域外から人を呼び込み、地域内とのつながりを生み出した。このつながりが、五城目町に「チャレンジ」を伝染させていく。

2016年には地元有志、地域おこし協力隊、役場の商工振興課などによって、五城目町のシンボルである500年以上続く朝市をアレンジした「ごじょうめ朝市plus+」を開始。

通常の朝市では組合員であることが参加条件になっているところを、「ごじょうめ朝市plus+」では誰でも小額の出店料で出店できるように。旧来の地元出店者のほか、地域内外の若者が気軽に出店できる「チャレンジ」の場となり、また地域コミュニティのハブの役割を果たしている。500年以上続いていた朝市というコモンズが、地域と年代を拡張してアップデートした。日曜市には約3000人が訪れるという。

そしてもう1つ象徴的なのが、温泉施設の復活劇だ。2020年3月、約300年の間、地元で愛されてきた温泉施設「湯の越の宿」がコロナ禍に休業。

これを知った五城目町の地元の常連を中心とした有志25名は、コロナ禍に支給された特別定額給付金を出資金として、2020年8月に「合同会社ゆあみ」を設立。地域の自然資源でありコモンズともいえる温泉を、まちに関わる人たちで自治することを決めた。

当時高校3年生だった木下妥子さんが社長に就任したことも話題を呼んだ(現在は海外留学のため退任し役員として活動)。そして2022年、「湯の越温泉」として同施設は復活を遂げる。

湯の越温泉 現場統括マネージャー 竹内治子氏

「毎日通ってくださるような地元の常連さんのほか、メディアに取り上げていただくことが多いため、秋田県の近隣のエリアからも温泉好きの方たちが訪れてくれています。

五城目町は明るくてオープンな性格の人が多いから、地元の人同士だけでなく、外から来た人との交流もあるみたいです。地域のハブのようなイメージですね。やっぱりお湯があるところは、人が集まり、ほっこりする場所なんですね」(竹内氏)

現在、現場統括マネージャーとして湯の越温泉に携わる竹内治子氏。実は竹内氏も移住組だ。秋田県へ教育移住を検討していた際に、BABAME BASEで催されていたイベントに参加したことがきっかけで移住先を五城目町に決めたという。

事業主だった夫はBABAME BASEに入居して、湯の越温泉の出資者にも名を連ねる。竹内一家は、コモンズに呼ばれ、そして今コモンズを構成する一員として五城目町に溶け込んでいる。

「湯の越温泉に限らない話ですが、五城目町には『こうしたら面白い』が動機になっているプロジェクトが多いように感じます。みんな何で稼いでる人なんだろう、と不思議に思うくらい(笑)。楽しさや遊びの部分でそれぞれのプロジェクトが成り立っているので、ギスギスしないし、ワクワクするんです。

いろいろなプロジェクトが同時進行で起こって、いろいろな人が関わっています。困り事があったらグループメールに送ると、誰かが助けてくれる。そういうやりやすさがあるんですよね」(竹内氏)

地域のコモンズが教育の場になり、教育の場がコモンズになる

秋田県は過去に小学生・中学生の学力テストでトップクラスの結果を出し続けるなど、教育熱心な県として知られている。また学力テストの結果だけでなく、近年では、探究型授業、キャリア教育、STEM教育など、これからの社会に必要とされる能力を育む教育にも力を入れている。

元来の教育熱心な風土と地域外から来た人材が混じり合い、今、五城目町では多様な教育のあり方を模索する試みが行われている。五城目町のコモンズの組成、そして新たなチャレンジは、教育の分野にも飛び火していった。

朝市が開催される下タ町通り(通称:朝市通り)に軒を連ねる「ただのあそび場」は丑田氏と地元の親子約60名で作り上げた自由空間。

机やユニークな遊具が置いてある空間は、放課後に子どもたちが思い思いに訪れて時間を過ごせる公園のような場所であり、コモンズだ。極力経費をかけず、有志が協力しあうことで、無料で運営している。子どもたちのための環境を地域で作り上げ、地域で子どもたちを見守る取り組みだ。

また、現在「ただのあそび場」内には、プログラミングや電子工作などのデジタルテクノロジーを自主的に学習することのできる「ハイラボ」がオープンする予定だ。

ハイラボを運営するG-experience社の松浦真氏は8年前に五城目町に移住し、学校以外の場で子ども一人ひとりが興味・関心に応じて探究する「ハイブリッドスクーリング」を提唱している。

合同会社G-experience代表 松浦真氏

「たとえば、10歳から18歳の子どもたちがここでプログラミングや電子工作をして、できあがったものを朝市で売りたいと考えています。キッザニアがなくても五城目町なら、そういった職業体験ができてしまいます。

地元の子どもの中には学校には行かず、中学生で電気工事士の資格をとって、湯の越温泉の工事を手伝ったという子もいます。それぞれの学びの仕方があって良いし、五城目町はまち全体が学びのフィールドになるんですよ」(松浦氏)

さらに町民の教育への関与は、公教育である学校にも及ぶ。五城目小学校は五城目町唯一の小学校。校舎の老朽化や小学校が建っていた場所が土砂災害危険区域になったことから、校舎の改築と移転が議論されるようになった。

五城目町では小学校改築にあたり、3年にわたり、行政、町民に教育のプロフェッショナルを加えて計10回のワークショップ「スクールトーク」を実施。スクールトークでは、新校舎に関するさまざまな情報の共有と議論が交わされた結果、地域内外に開かれた「越える学校」にするという考えに行き着いた。

2021年1月からスタートした新校舎は、空間の仕切りが最小限に抑えられ、学校のどこにいても子どもたちの様子が伺え、外からも学校の様子を窺えるオープンな空間になっている。教卓や什器が可動式になっていて、学習内容に合わせて自由にレイアウトできる点も印象的だ。

また、小学校の敷地内にある「地域図書室わーくる」は、子どもだけでなく、地域の住民も利用することができる。小学校と地域の境界を意識的に曖昧にさせ、小学校が地域に溶け込んでいる。

さらに「地域に開かれた学校」として実施しているユニークな取り組みが「みんなの学校」だ。さまざまなテーマの講座を開催し、子どもだけでなく地域住民も五城目小学校で学ぶことができる。

五城目町生涯学習課の猿田和孝氏は五城目小学校を「地域の誰でも参加できる学校」だと話す。

五城目町 生涯学習課 猿田和孝氏

「学校開放を利用した社会教育講座です。平日に地域の方々も参加できるさまざまな講座を実施しています。小学校の授業を地域に開放するというケースもあれば、地域の講座を小学校で実施するということもある。

子ども向けもあれば大人向けもあり、ベーグル教室をやれば子育て世代のお母さん、健康をテーマにした講座であれば高齢者の方も来てくださります。朝市をテーマにした朝プラ入門の講座もあります。

子どもがいる時間に大人も学校にいるので、子どもも大人も一緒に学んでいるシーンが見られます。地域の女子大生と高齢者の方が小学校で話し合っているなんてことも。五城目小学校は子どもだけでなく、地域の誰もが参加できる学校なのです」(猿田氏)

小学校は地域外にも開かれていき、区域外就学制度を活用した「教育留学」の仕組みを通じて日常的に県外から様々な子育て世帯が滞在することで、地域を越えた学び合いが起き始めている。

つながりの資本が、地域経済の基盤になる

これまで紹介したほかにも、半径30km圏内の森林資源とデジタルファブリケーション技術を活用して皆で建てる集合住宅「森山ビレッジ」がこの12月に竣工したりと、五城目町では今もさまざまなプロジェクトが芽吹いている。

なぜ、これほどまでに人口1万人に満たないまちで、さまざまなコモンズが立ち上がり、プロジェクトが動いているのか。その1つの要因としては丑田氏をはじめとする外部から来た人材の積極的な働きかけもあるだろう。

しかし、さらに遡れば五城目町という土地が育んできた歴史と文化が起因している。五城目町役場の柴田氏に、なぜ五城目町で数多くのコモンズが生まれているのか尋ねた。

「五城目町は街道沿いの交通の要所として発展してきた歴史があり、田舎でも閉鎖的ではない町民性です。そのため外から来た人たちを受け入れる懐の深さはあるように思います。

ただ、これまでは町民に『自分たちでやってやろう』という力強さはありませんでした。でも、いろいろな場ができたことで、自分の思いを語れる場所が増えたのではないかと思います」(柴田氏)

また、五城目町生涯学習課の猿田氏に、五城目小学校のような新しい学校がなぜ実現できたのか聞いた際も、柴田氏と同じように五城目町が育んできた歴史と文化に言及した。

「500年以上続く朝市があるということは、そこで商売するためにさまざまなことを受け入れてきたはずです。今、移住者の方が増えて朝市plus+が開催されたように、何かが加わりそれが町になるという繰り返しを受け入れてきたのでしょう。

五城目町小学校の取り組みを住民参加で実施できたのも、もともと五城目町の皆さんが教育に熱心だという町民性があったからこそなのだと思います」(猿田氏)

湯の越温泉の竹内氏は、移住を決める前にBABAME BASEで開催されたイベントに参加したとき、役場、地域おこし協力隊、町民がみんなでイベントを盛り上げている様子を見て、「ここはやりたいと手を挙げれば、やらせてもらえる町だ」と感じたそう。

元々存在していた五城目町のコモンズとソーシャル・キャピタルは、そのオープンな町民性から地域外にも開かれ、さまざまなヒト・コトを巻き込みながら拡張していった。

「さまざまな取り組みが飛び火して連鎖していくには、その環境のなかでつながりの資本が張り巡らされている必要があります。また、今起きている現象が植生だとすると地中には豊かな土壌がある。この土壌の部分がおそらくコモンズなのだと思います。

資本主義的な考えでは、コモンズなんて遠回りのように感じられるかもしれません。でも、中長期的に見ればコモンズという土壌が豊かであるほどに、つながりの資本は増えていき、商いが成立しやすくなるのだと思います」(丑田氏)

「ごじょうめ朝市plus+」には、地元の若者のほか、シェアビレッジの村民など、さまざまな人たちが出店しているという。また、朝市が開催される下タ町通り(通称:朝市通り)では、ここ5年で約20の店舗や場所が生まれたそうだ。

都市部ではあらゆることがサービス化され、インターネットで検索すれば容易にたどり着くことができる。しかし、五城目町のような地域では、空き家ひとつとっても市場に出ておらず、人伝手でなくてはたどり着けない。つながりの資本が張り巡らされていることが、地域で商いをするには大きなアドバンテージになる。

今、五城目町で起きていることの因果関係は単純ではない。時間をかけて複雑に絡み合いながら起こった現象だ。だからこそ強く、これからも五城目町を支えつづけるのかもしれない。

(編集・執筆:野垣 映二 撮影:伊藤 靖史)