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古くて新しい「ゼブラ企業」が、地域に“社会性”と“経済性”をもたらす

2023.07.31(月) 19:00
古くて新しい「ゼブラ企業」が、地域に“社会性”と“経済性”をもたらす

「ゼブラ企業」をご存知だろうか。「社会性と経済性を両立する」「長期的視点を持つ」といったいくつかの特徴を持つ企業を指す言葉だ。このゼブラ企業という言葉は、岸田内閣が掲げる新しい資本主義の「骨太の方針」と「グランドデザイン及び実行計画」の中にも登場する。

アメリカに始まり、日本でもムーブメントが広がりつつあるゼブラ企業。このゼブラ企業が地域経済にもたらすインパクトについて、ゼブラ アンド カンパニーの共同創業者であり、米国Zebras Unite役員理事でもある田淵良敬氏に解説してもらった。

田淵良敬(たぶち・よしたか)

Zebras and Company 共同創業者・代表取締役
米国Zebras Unite役員理事
同志社大学を卒業後、日商岩井株式会社(現:双日株式会社)に入社。IT、航空機ファイナンスを行い、米国ボーイング社にてアジア・パシフィック地域のマーケティング部門で経験を積んだのち、再生可能エネルギー投資・事業開発に従事。その後、LGT Venture Philanthropyに移り、東南アジアの起業家に向けたインパクト投資を行う。その後ソーシャル・インベストメント・パートナーズを経て、独立。2021年3月にZebras and Companyを立ち上げ、ゼブラ企業への投資・経営支援を行う。IESE Business SchoolでMBA取得。Cartier Women’s Initiative東アジア地区審査員長。一般社団法人Tokyo Zebras Unite、株式会社Zebras and Companyの共著として、日本・世界を合わせた「30のゼブラ企業」を掲載した『ZEBRA CULTURE GUIDEBOOK Vol.01』を2023年8月2日に発売。

社会性と経済性の縞模様を持つゼブラ企業

━━「ゼブラ企業」とは何を指すのでしょうか。

ゼブラ企業は、設立してすぐ企業価値評価額が急激に上がる「ユニコーン企業」に対抗する概念として生まれました。アメリカの4人の女性起業家が2017年に提唱し、彼女たちが組織した「Zebras Unite」は世界中に支部を持ち、大きなムーブメントになりつつあります。

ゼブラ企業に明確な定義や認証制度などはないんです。大事にしているのは経営者やメンバーのマインドセット。それを、4つのペルソナとしてまとめています。

1つ目は、「事業成長を通じてよりよい社会をつくることを目的としている」。売上・利益の最大化自体が目的ではなく、社会課題の解決を目指している企業ということです。

2つ目は、「時間、クリエイティブ、コミュニティなど、多様な力を組み合わせる必要があることに取り組んでいる」。大きな投資をすれば解決できるような課題ではなく、さまざまな要素が複雑に絡み合っている難題に挑戦している企業を指します。

3つ目は、「長期的で包摂的な経営姿勢である」。

最後は、「ビジョンが共有され、行動と一貫している」。この4つの特徴を持っている会社がゼブラ企業です。

━━なぜゼブラ(シマウマ)を名前に採用したのでしょうか。

ユニコーンは幻想の生物であり、1匹だけで飛んでいくことができますよね。それに対して、ゼブラは現実に存在する生物であり、群れをつくって生きていく。「相利共生」(集団・群れとしての共存)はゼブラ企業を象徴する言葉です。そして、ゼブラは白黒の縞模様ですよね。これが、社会性と経済性の両方を追求するというゼブラ企業の特徴を表しています。

©Adobe Stock

━━ユニコーン企業は、シリコンバレーなど起業が盛んな都市部で誕生する印象がありますが、ゼブラ企業はどういったところで生まれてくるのでしょうか。

ゼブラ企業は、都市部ではなく地方からも生まれる可能性が高いんです。地域は少子高齢化や人口減少、教育格差、後継者問題などさまざまな問題を抱えているからです。社会性と経済性の両立も、地方ではより求められていると思います。

ビジネスで複数の社会課題を解決する

━━経済性と社会性を両立させている地方のモデル企業はありますか?

ゼブラ アンド カンパニーの経営支援先の一つに、福島県国見町の「陽と人」という会社があります。こちらは当社の投資第1号で、まさに地方で経済性と社会性を両立させようとしている会社です。

2017年に創業したベンチャー企業で、代表の小林味愛さんは元官僚であり、東日本大震災をきっかけに福島に通うようになったそうです。最初は果物農家の販売支援をしていて、その後、捨てられてしまう柿の皮を利用した女性のデリケートゾーンケア製品を開発しました。

「陽と人」が製造・販売する「明日 わたしは柿の木にのぼる」。
写真提供:陽と人

この製品は東京や大阪の都市圏や海外でも販売されています。作物の廃棄される部分を価値化し、農家の暮らしを持続可能にしていこうと試みている会社なんです。

農家の存続だけでなく、小林さんはプロダクトを通じてジェンダー問題の解決も目指しています。女性をケアする製品を販売することで、女性の心と体を健康にしていき、女性にとって生きやすい社会をつくりたいと考えているんです。

━━地方における複数の社会課題を解決しようとしているんですね。ゼブラ アンド カンパニーではどういった経営支援をされているのでしょうか。

ゼブラ企業はもともと先に挙げた4つのペルソナを持っていますが、それらがしっかり言語化、明確化されていないことも多いんです。なので、まずは議論を重ね、企業のビジョンやパーパスを外に伝わるようなかたちに整理していきます。

そこからさらに、事業戦略やガバナンス、社会的インパクトをどう出していくかという計画策定のサポートをします。マーケティングや組織開発についても必要であればサポートします。

地方には「いい製品を作っているのに知られていない」とか、「磨けばもっと広く受け入れられるサービスになる」といった惜しい部分がある会社さんが多いんです。その会社やその地域が持っている良いところは、ビジネスの観点からはどう見えるか。そうした視点を提示して、経済価値や資本に転換していく支援をしています。

あと、大きな部分ではファイナンスのサポートですね。

━━ゼブラ アンド カンパニーが投資をするだけではないのでしょうか。

資金調達の方法は数多くあり、ゼブラ企業のファイナンスは一般的なスタートアップのファイナンスとは違うのではないか、という仮説を当初から持っていましたが、2年ほど活動してより明確にわかってきました。そこで、2023年6月からは「Zebras Finance Design」というサービスを始めることにしました。

一般的な資金調達の方法としては、エクイティがありますよね。これは投資した人が株を持つことで経営の意思決定に関わることになります。そのため、経営に他者を巻き込みたい、経営をサポートしてほしいという場合にはエクイティによる資金調達が向いているでしょう。

一方、経営について自分たちだけで決めていきたい場合は、銀行からの借り入れで資金調達をするという選択肢もあります。また、ゼブラ企業の事業は共感性が高いので、寄付や助成金といった資金調達の方法も考えられるでしょう。

また、リスクによっても変わってきます。例えば、ビジネスがある程度軌道に乗っていて、借りたお金を返すめどがついているのであれば、銀行の融資を受けられます。

これから事業をつくっていくというリスクの高い段階では、レベニューシェアやプロフィットシェアという選択肢もあるでしょう。

こうした選択肢の中から、自分たちの事業の性質や経営の仕方、企業がどんなフェーズなのかによって最適なファイナンスのデザインは変わってきます。それを経営メンバーと一緒に考え、フォローしていくのがZebras Finance Designです。

上場してもしなくてもいい、独自の投資スキーム

━━「陽と人」の場合はどうだったのでしょうか。

「陽と人」の場合は、代表の小林さんがこれまで一人で意思決定をしており、一緒に経営判断する仲間を必要としていたので、ゼブラ アンド カンパニーが株式を取得するエクイティを選びました。

この会社は現時点で「地域の農業サポート」と「女性向け製品の開発・販売」という2つの面をもっており、将来の成長の方針に大きく二つの方向性がありました。女性向け製品の開発・販売事業が大きくなっていけば、生産数を増やし、販路を広げていくためにさらに大きな資本が必要になっていくでしょう。こちらはもしかしたら、上場も考えられます。

一方、福島の農家のサポートをメインにしていくならば、ある程度の規模で地域をしっかり支えていければいい。おそらく上場はしないでしょう。そこで、イグジットの形を限定しないフレキシブルな投資スキームを設計しました。上場も目指せるし、上場しない場合には株を買い戻してもらい、少しずつ利益を還元してもらってリターンを得られるようにしたんです。

━━通常のベンチャーキャピタルは、投資先に数年でIPOやM&Aをさせ、キャピタルゲインを得ようとしますよね。

そうですね。自社株買いでの還元という方法は基本的にとらないでしょう。でもそうすると、投資を受ける側は数年間で急成長することを求められます。急成長を前提とした事業計画を立て、それに起業家がコミットしなければいけない。

そうした経営の仕方が、社会課題の解決を目的とし、長期的な経営をするゼブラ企業には合わないんです。もともとゼブラ企業という考え方は、ユニコーン企業が象徴する「短期・独占・株式市場主義」といった資本主義のあり方への対比として生まれたので、これまでのスタートアップとは違うファイナンスが必要なんですよね。

━━リターンのかたちも一緒に考えていくとなると、投資する側・される側というだけでない信頼関係が構築できそうです。

信頼関係があるからこそ、こうした投資が可能だとも言えますね。「陽と人」の場合も、投資をする半年くらい前から小林さんとじっくり話し合い、マーケティングの支援もしてきました。だからこそ、ゴールを決めないフレキシブルな投資スキームが組めたんです。信頼関係がないと仕組みで担保するしかないので、契約で縛ったり、成長のために経営方針の転換を迫ったりすることになる。「陽と人」との契約では、目的の部分はしっかり決めましたが、そうではない部分はシンプルにしてあります。

昔は日本にゼブラ企業がたくさんあった

━━長期的視野でリターンを考えるとなると、ゼブラ アンド カンパニー自体はなかなか収益が上がらないということでしょうか。ファンドの管理報酬などが入るのでしょうか。

ゼブラ アンド カンパニーではファンドを組成していないんです。一般的なベンチャーキャピタルでは、投資ファンドを10年で運営することが多い。そうすると、一般的には2〜3年で出資者から預かった資金を投資して、残りの期間で投資先の支援をしながら企業価値を向上させた後に、株式を売却することで投資金額を回収するというスケジュールを組みます。だから、3年から5年での上場を目指すわけです。

でも企業には短期間での上場を目指す以外の成長があるはずだし、長期的に課題解決に取り組む会社に投資したい。そこで、ファンドではなく株式会社を受け皿にして、その会社の出資金という形にしました。ファンドは運営期間がありますが、会社は期限なく存続できます。

ビジネスモデルとしては投資資金の回収だけでなく、ゼブラ企業のノウハウをもとに経営支援をしてフィーを得る事業もあります。こちらの支援対象は、ゼブラ企業だけでなくスタートアップや地域の中堅企業、上場している大企業などさまざまです。投資も経営支援も、僕らが目指しているゼブラ企業のムーブメントを広げていくことにつながっています。

━━ゼブラ アンド カンパニーは今後どのような社会を目指しているのでしょうか。

ゼブラ企業という概念を社会に実装していきたいと考えています。そのために、ゼブラ経営というものを理論化して広めたり、投資・経営支援による実例をつくったりしています。

地域経済という観点で見ると、我々のゼブラ企業への投資が知られることにより、金融機関だけでなく、地方の名士や代々続くオーナー企業などからの出資も見込めるのではないかと考えているんです。そういった方々は、地域を盛り上げたい、地元の後輩企業を応援したいという気持ちを持っていることが多いので。

あとは、パートナーシップを結ぶこと。自分たちでやれることは限られているので、ゼブラ企業にお金を出してくれる人やゼブラ企業を応援する人を増やしていきたいです。そうすることで、ゼブラ企業のエコシステムができていくと考えているんです。

会社の設立時、さまざまな方にゼブラ企業の説明をしていたところ、投資銀行などに長年勤められた経験のある方数名から「昔は日本にゼブラ企業がたくさんあった。それを支える大きな役割を担っていたのが、地域の金融機関だった」という話をうかがいました。でもバブル崩壊後、日本の金融業界が変化し、金融庁からのガイドラインに従ってリスクの高い会社にはほとんど資金提供しなくなってしまったんだそうです。

最近その流れが変わり、2014年からは、金融庁が事業内容や成長可能性も評価して融資をする「事業性評価融資」に期待を寄せ始めました。そうなると、地方銀行が融資というかたちでゼブラ企業を支えていくケースも増えていくのではないかと予想しています。

━━「昔の日本にはゼブラ企業がたくさんあった」という指摘はおもしろいですね。

そうなんですよ。だから私達は、まったく新しい会社をつくっていくのではなく、以前からあった会社をリフレーミングする、あるいは違った角度からスポットライトを当てることで、多くのゼブラ企業が見えてくると思っているんです。

日本には「三方良し」という言葉がありますよね。三方とは、売り手と買い手と世間のこと。つまり社会に貢献するのが良い商売だという考え方です。これは経済性だけでなく社会性も大事にするゼブラ企業の特徴と親和性があります。

また、長野県伊那市に本社があり60年以上の歴史を持つ伊那食品工業は、社員の幸せを追求する経営で有名です。この会社は、木の年輪のように少しずつでも確実に毎年成長する「年輪経営」をうたっており、「確実で安定した成長が、自分たちでなく会社を取り巻くすべての人々の幸せにつながる」と主張しています。これはまさにゼブラ企業の考え方です。

こうした話を、ゼブラ企業の提唱元である「Zebras Unite」のメンバーに話すと、驚かれるんです。アメリカで生まれた新しい概念のようで、日本には昔からあったのか、と。

━━日本には文化的なゼブラ企業の素地があったんですね。

日本全国に埋もれているゼブラ企業に光を当て、我々やゼブラ企業に共感してくれる人たちのコミュニティでサポートしていきたいですね。ゼブラ企業に共感する人たちが群(むれ)となり、みんなで支え合う。そうした世界をつくっていけたらいいと思っています。

(文:崎谷 実穂 写真:小池大介)