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地域の農家だった舞台ファームがグループで年商約40億へ成長するまでにしたこと

2023.05.30(火) 14:30
地域の農家だった舞台ファームがグループで年商約40億へ成長するまでにしたこと

あなたは日本の農業法人の名前を1社でも挙げることができるだろうか。農業は日本の多くの地域で主要産業である一方、欧米とは異なり、家族経営の小さな経営体が一般的だ。

そんななか、全国の農家や企業と連携し、グループ連結で年間38.8億円の売り上げを叩き出す、知られざる「メガファーム」が株式会社舞台ファームだ。農業は儲からない。そんな常識を覆し、日本の農業にイノベーションを起こそうとする同社の戦略について、取締役の針生信洋氏に話を伺った。

針生信洋(はりう・のぶひろ)
株式会社舞台ファーム 取締役

仙台で300年続く農家、針生家の16代目。駒澤大学在学中からプロバスケットボールBリーグの選手として活躍。大学卒業後は2年間ロサンゼルスへ留学。貿易会社でのインターンを経て、2020年より舞台ファームへ。2022年に取締役就任。1996年生まれの27歳。

農家に足りなかったのは「経営的視点」

「儲からなさ」は、日本の農業における最大の課題です。現在、日本の人口1.2億人のうち、農家が占める割合は1%。つまり約122万人もの農家が存在します。そのうち、売上が10億円を超えている農家はわずか100人程度。そのうち85%が酪農や畜産関係で、15%が野菜関係です。私の感覚では農業者の8割近くは儲かっていないと考えます。

ただ、必ずしも「農家だから儲からない」というわけではありません。むしろ農家は、然るべきことさえ行えば「儲かる」ことができる職種だと思っています。

──多くの農家が儲からない原因は、どこにあるとお考えですか?

まずは経営的視点をもつ農家があまりにも少ない、ということが大きいと思います。

農家も本来はれっきとした経営者。しかし家族経営の農家だと、人件費などもどんぶり勘定のところが多く。「お金が足りなくなったら、言ってくれれば渡すよ」といった具合に杜撰な農家がほとんどなんです。

生産コストなどの収支を厳密に算出し、年間でKPIを設定する農家はごくわずか。だからこそ、数字を細かく計算するだけでも、状況はかなり改善されると思っています。

うちは製造業的な考え方でずっと経営してきたのもあって、大きく成長できたように思います。

また、日々革新的な商品を生み出し市場創造しながら急成長しているアイリスオーヤマと精米卸の「舞台アグリイノベーション株式会社」を2013年に設立し、共同でビジネスを展開していく中で本当にいろいろなことを学ばせていただきました。

──具体的にはどういった学びがあったのでしょうか?

PL(損益計算書)やBS(貸借対照表)など、改めて財務管理及び管理会計の「基本のき」から学ばせていただきました。

舞台アグリイノベーション株式会社では、契約農家の方から買い取ったお米を精米し、販売する取り組みを進めています。工場が「ネジ一本を作るまでの費用」を考えるように、商品1つ作るまでのコストを細かく算出して。そしてコストカットできるところを可視化し、「削れるところは削る」。もちろん、削るだけでなく消費者の皆様にいかに商品に価値を感じてもらえるかを常に意識していくことも意識し、農業会社として徹底的に習慣づけるようにしました。

ほかにも、週単位で会社の状況をチェックする「52週経営」を実施しており、、毎週月曜には会社幹部全てが参加するプレゼン会議を実施しています。そこでKPIに対する達成度と、目標に対し乖離が発生した要因をチェックすることで、各部門のアクションプランを確認し強いては経営の軌道修正を図れるようにしています。

また、先ほど申し上げたような家族経営特有のどんぶり勘定はなかったものの、取り組み開始以降は人件費もかなり細かく計算するようになりました。工場での人件費のみならず、受発注までのコストや配送費、変動費を徹底的に洗い出し、分析するようになったんです。

「攻めの姿勢」で販路を拡大していく必要性

──コストカットを追求するだけでは売上アップにも限界があるように思います。そこから「売上を伸ばす」ためには、どういったことを実践すべきでしょうか。

我々の場合は、直販のルートも開拓することで、売上アップを目指しました。

そもそも、農家が売上を伸ばすためには、2つのパターンがあります。一つは大量生産を行うこと。もう一つは生産物に付加価値をつけて価格を上げることです。

前者の場合、限られた農地で生産量を増やそうとすることは現実的ではありません。何より人口減の影響で、食糧の消費量全体が緩やかに減少しつつあります。ただでさえ国内では「お米が余っている」と言われています。需要と供給のバランスを鑑みても、「作れば作るほど売れる」という状況ではなくなってきているんです。

そこで我々は後者、つまり「ブランドを確立する」「野菜を加工する」など、何かしらの付加価値をつける方針へと舵を切りました。

舞台ファームでは、1990年には加熱カット野菜の取引を開始し、スーパーマーケットへ直接加工品を卸すようになります。2003年には、当時から急成長を遂げていたセブン-イレブンとの取引を開始。例えば、ひと玉100円のレタスにひと手間を加え、120円で売るような施策を、従来の農家が実現しえなかった規模感で取り組むようになりました。

また、当初はレタスの生産から加熱用カット野菜として納品するまでに携わっておりました。そこから2014年には物流体制を整え、保存技術を向上させたことで、生食用カット野菜も直接納品するように。

2022年からはさらなる付加価値として、年間で高品質なレタスを安定して生産できる工場「美里グリーンベース」を稼働。より高付加価値で生産物を安定的に販売する仕組みを、アップデートし続けています。

──なぜ舞台ファームは、直販でのルートを開拓し、積極的に売上を伸ばすことを意識し始めたのでしょうか。

現・代表取締役社長である父の針生信夫が「収穫量と出荷量を伸ばすために長時間労働する状況から脱したい」と考えるようになったことは、今の舞台ファームに大きな影響を与えていると思います。

父は1982年、農家の15代目として就農しました。当時の労働環境は非常に過酷。しかも一家の経営を管理する立場になって、重労働への費用対効果が見合ってないことに絶句しました。その原因に販売経路がほぼ固まっている状況がある、と考えるようになります。

現状を打開すべく、1988年には仙台市内の大型スーパーマーケットとの直接契約を開始。当時は農家が小売店と直接取引を行い、販売までを行うのはタブーでした。しかし、父は二次産業(加工)・三次産業(流通)に回っていた加工費や流通マージンなどを農家自身が獲得する「六次産業化」に、希望を見出しました。

針生家は江戸中期から代々から続く農家

従来のビジネスを再構築するだけではなく、生産から加工、販売までを手掛ける「六次産業化」を極めることで、より「儲かる農家」へとシフトしていこう。そう決意したうえで、さらなる大きな転換点となったのは、2011年に発生した東日本大震災でした。

塩害と備蓄していた農作物の流出で4億円もの債務超過に陥ったことで「従来のように生産量を増やすことで収入を増やしていく」という考え方では生き残れない、と確信しました。それらの経験が、現在のアイリスオーヤマとの取り組みや、美里グリーンベースの稼働にもつながっていると思います。

イノベーションを生み出しやすい仕組みをつくる

──お話を伺う限り、各々の農家がきちんと経営と向き合うだけでも、状況は大きく変化するように思いました。農家が経営的視点を持とうとしないのはなぜだと思いますか?

「売上を伸ばそう」という考えにすら及ばない農家が多いことは、業界の「儲からなさ」に拍車をかけていると思います。

「自分の親戚が食べられる分を作れればそれだけでいい」というモチベーションの農家は珍しくありません。そもそも付加価値を模索することもせず「野菜が100円で売れるならそれでいい」という状態で立ち止まってしまう農家がほとんど。

自治体主催で農業者への経営指導を頼まれることも多くあります。しかし市町村で企画されたせっかくの学びのチャンスなのに、参加された農家の方の中には興味がなくやる気のない方も多かったりする場合があります。

さらに言えば、経営ノウハウをはじめとする、儲かるために適切な情報が、農家にほとんど入ってこない業界構造にも要因があると思います。

多くの農家は収穫した野菜を販売するとき、農協を利用します。農協は、野菜を一括で買取り、値付けを行い、市場に卸してくれるだけでなく、肥料や資材も手配してくれます。

正直、農家にとっては、農協と手を組む方が楽なんです。農家と農協にはそうして長年培ってきた信頼があります。

しかし、流通を農協に全て委ねているからこそ、農家はエンドユーザーが何を求めているかを知る手段がありません。

「キログラム単位ではなく、小分けの方が売れるかもしれない」「そのままの野菜よりもカット野菜の方が需要は増えてきているかもしれない」。売上を伸ばすヒントはエンドユーザーが持っているのに、その変化に気づけないのが、今の農家の現状です。

また、SNSやEC直販サイトなどをはじめ、農家が消費者に対し農作物を直販売できるツールが普及して久しいですが、商品が画面上に一斉に並ぶため、実は農業者どうしの、競争も激しく、さらに少ない手数料を取られてしまうものです。多くの農家は自発的に企業や消費者に対し営業をかけ、手数料を浮かせる方法を知りません。

農協に全てを委ねていた歴史があるため、そもそも「直営業のメリット」を理解していないのです。

──農家の「儲からなさ」を解決するためには、従来の仕組みを根本的に変えていくことが求められるかと思います。どういった構造が好ましいとお考えでしょうか。

今、私たちが考えているのは農家の連携を強めることで、農家に利益が生み出される仕組みをつくっていくことです。

まさにニュージーランドのキウイフルーツ農家組合である、ゼスプリのような団体が理想です。ゼスプリはニュージーランドの約2,500ものキウイフルーツ農家と連携し、ブランドを確立することで、高く売れる仕組みをつくっています。

私たちもさまざまな農家と連携することで、たとえば肥料を揃えることで品質を安定させられたり、資材を一括購入することでコストを下げられたりするなどのメリットが考えられます。

また、舞台ファームはアイリスオーヤマと精米やパックライスの取り組みをしているため、できあがった米はすべて買い取ることも可能です。

──舞台ファームとして積極的に提携していきたい農家の傾向や条件はありますか?

弊社の美里グリーンベースには「大義道徳」と記された大きな書が掲げられています。弊社社員に向けて代表の針生より「日本で最大級・最新鋭の工場とはいえ、最終的には人。大義と道徳を大切にして商品を作りなさい」との思いがこめられています。

最終的には人対人となりますので、「取引ではなく取組」を大事にしていきたいと思っています。その中でも比較的地域で大きくなってきた皆さん、特にメガファームと呼ばれるような数十から100ha近い農業者の皆さんは地域からの信頼も厚く、地域の小規模の農業者を取りまとめているケースも多い。これらの皆さんと地域を盛り上げていくために一緒に取り組みができれば良いと考えております。

これまで大きな農業者がおらずなかなかイノベーションが農業界で起きてこなかった理由の一つは、戦後の農政に起因しています。

戦後農政改革が行われ地主制が解体されたことで、地主が統括していた大規模な農地が、耕作者である小作農家に分割されました。その結果、狭い土地にたくさんの農家が密集する状態になりました。

本州は10ha以上の農地であれば「大きい方だね」と言われます。秋田県の大潟村のように膨大な敷地面積でお米を生産する農家もいますが、彼らのようなメガファームは全国にそう多くはありませんでした。

農家の経営体が小さくなったことで奪われたのは、まとまった予算と膨大な土地を使い、大規模なイノベーションを起こすチャンス。一つ一つの農家の規模が縮小されたことで、変革が生まれにくい体質になってしまいました。

しかし裏を返せば、積極的に土地を借り入れたり購入したりと投資を行ってきたメガファームは、既に保有する農地面積だけでなく、地域の農業者からの信頼も厚い場合も多いため、地域にイノベーションを起こすポテンシャルを持っていると考えています。

現在、私たちは、これらメガファームと呼ばれる農業者を含めた100社近い農業者とのネットワークを中心に全国規模の広域型農業者ネットワークの構築を行ない、そしてさらに進化していきたいと考えております。

農業は地域の主産業であるエリアも多く、私たち農業者がしっかりと産業として成り立っていくことで、地方衰退が叫ばれる中地域活性につながり、しいては日本農業全体の変化につながっていけば幸いです。

目指すのは「食料の舞台ファーム」

──今後に向けて、舞台ファームが描いているビジョンを教えてください。

私は農業をエネルギー転換ビジネスだと思っています。太陽の恵みを作物に変え、体内に吸収し、排出する。だからこそ、電気・水・土・暖房・肥料という農業にかかるエネルギーコストの無駄をなくしていくような仕組みを作りたいです。具体的には太陽光の利用や、土の再利用などを検討しています。

もうひとつは、「みなさんの食料を守る」こと。実はカゴメの取り組みをベンチマークにしています。カゴメは生鮮トマトを生産・加工する会社から、野菜全般を生産・加工する会社に変容しました。

現在、舞台ファームの売上が単体で約25.4億円。グループでは約40億円。そこから100億円へと成長するためには「レタスの舞台ファーム」「お米の舞台ファーム」ではなく「食料の舞台ファーム」を目指さなくてはならないと考えています。

また、日本の農業を変えていくためには、消費者に農業の背景を理解していただくことも重要だと思っています。私たちの農業者連携では、食料自給率を現在の38%から70%まで上げていくことを大義として掲げています。でも、日本の食糧自給率を上げていかなくてはならないとか、まだまだ消費者一人一人にとって自分ごとではないんですよね。

このまま円安の状況が続き、アジアの新興国が力をつけていくと、これまで輸入に頼っていた農作物を買い負けてしまうかもしれません。そうすると、今まで店頭に並んでいたバナナがなくなってしまうこともあるわけです。

多くの方が自分事として危機感を感じることが、日本の農業を変えていくことにつながるのだと思います。

(編集:野垣映二 執筆:高木望 撮影:小池大介)