Google、アクセンチュアのハイスペック人材は、なぜ鹿児島で複業するのか?
地方都市では若い世代の人口流出が加速し、地域の基幹産業の担い手不足が課題になっている。こうしたなかで近年広まっているのが、都市圏で本業を持ちながら、複業として地域に関わることで新しい経験やスキルの獲得を目指す「地域複業」だ。
鹿児島県で複業人材のコーディネートを積極的に手がけているのが、ワークデザインラボおおすみだ。代表の岡本雄喜氏は、「鹿児島県がおもしろいことをしていると知ってもらいたい。そして、複業を通して関係人口を増やしていきたい」と語る。 岡本氏と、複業で鹿児島県鹿屋市の事業に関わっている伊藤俊徳氏に、「地域複業が地域にもたらす可能性」と「都市圏の人材にもたらすメリット」について話を聞いた。
日本一の和牛のまち・鹿児島県鹿屋市
——まずは、ワークデザインラボおおすみが拠点を置く鹿児島県鹿屋市の魅力や産業の特徴について教えてください。
岡本:鹿屋市は鹿児島県の東部に位置し、農畜産業がメインの自治体です。
鹿児島県は北海道に次いで全国2位の農業産出額を誇りますが、その中でも鹿屋市は県内43市町村でもっとも高い約450億円の農業産出額があります。これは全国約1700市町村の中でも9番目の規模です。
特に有名なのが和牛です。産出額は全国1位を誇っており、5年に1回開催される「和牛オリンピック」では鹿児島県が9部門中6部門で鹿児島県が1位を獲得。そのうち3部門を鹿屋市が占めました。まさに、名実ともに日本一の和牛のまちです。
ほかにも、うなぎの養殖生産量が日本一、さつまいもの生産量も全国トップクラスを誇るなど、日本の重要な食料生産拠点となっています。
——地域の企業にはどのような傾向がありますか?
岡本:鹿屋市は鹿児島県東部の中心都市なので1次産業以外にも飲食や運送などさまざまな産業が発達しています。ただ、1人の経営者が農業、運送、小売などいくつもの事業を地域で展開しているケースが多いですね。
地域の会社を大きく分けると、地域でお金が循環する鹿屋経済圏の中で動いている会社と、ほかの地域に畜農産品等を出荷したり、加工して付加価値をつけて販売したりすることで地域の外で稼ぐ会社があると思います。
複業で地域課題を解決。関係人口の創出にも
——ワークデザインラボおおすみでは関係人口創出に向けた事業を推進しているとのことですが、設立した背景を教えてください。
岡本:ワークデザインラボおおすみは、鹿屋市で乾燥野菜・冷凍野菜製造などを手がける農業法人オキスと東京に本社を置く一般社団法人Work Design Labが共同で設立した会社です。
設立のきっかけは、2018年に私が東京から鹿屋市に戻り、家業であるオキスに入社したときに遡ります。
オキスは50名前後の従業員を抱える会社ですが組織化できておらず、社長の業務過多が起こっておりました。しかし、組織の強化をしたくても求めるスキルを持つ人材が地域にいないという課題に直面したのです。
そこで、中間管理職の仕事を大きく組織づくりと事業づくりに分けたときに、事業づくりの領域は現地にいなくても遂行できる業務があると考え、都市圏の複業人材を募集しはじめたのです。
オキスでさまざまな専門スキルを持つ人材に複業として事業に関わってもらうなかで、当社に限らず、複業人材に携わってもらうことで解決できる課題が地域にたくさんあると気がつきました。
この仕組みを広めたら地域全体が活性化できるはずと考え、都市圏の人材と鹿屋市や鹿児島県の企業を結びつけて地域の課題解決に取り組むために立ち上げたのがワークデザインラボおおすみです。
地域の企業の中には複業人材の活用に積極的な企業もあれば、消極的な企業やよくわからないという企業もあり、都市圏から鹿屋市にいきなり来てぴったりの仕事を見つけることは難しいと思います。そこに、ワークデザインラボおおすみが介在する価値があると考えています。
岡本 雄喜
株式会社ワークデザインラボおおすみ 代表取締役
2018年に株式会社オキスにUターン就職、経営企画に従事し、複業人材を活用した経営改革を実施。2021年に取締役に就任し、同年、株式会社ワークデザインラボおおすみを設立し、代表取締役に就任。複業人材を活用した鹿児島県の企業や行政の課題解決や関係人口創出を実施。九州経済産業局「地域の人事部」に選定されるなど、鹿児島県のコーディネーターとして事業を行っている。
——複業人材と地域の企業を結びつけることで、実際にどんな変化が起こりましたか?
岡本:仕事で結びついた人たちと地域の関係性が深まっているのは感じます。みなさん、この地域を好きになってくれて何度も通ってくれるんです。
鹿屋市には観光資源が多くありませんが、解決しなければならない社会課題はたくさんあります。スキルを持った都市圏の人に地域の課題解決に関わってもらうことで、関係人口の創出にもつながっています。
——たとえば、どのような方が複業で参加しているのでしょうか?
岡本:当社が最初に出会った複業人材は、Googleで働いているデータ分析の専門家でしたね。その後も多様なスキルを持つ約30名の方々と関わりを持つことができました。
単なる業務委託ではなく、首都圏でアンバサダーとして当社の情報を発信してくださる方や、現在は当社の取締役も務める伊藤さんのように深い関わりに発展するケースも出てきました。
地域に関わる仕事をしたいという方にとって本業をやめて飛び込むことはハードルが高いと思いますが、複業という形であれば挑戦がしやすいと思います。
伊藤:私は東京出身で鹿児島とは接点がなかったのですが、5年前からオキスの事業に複業として関わるようになり、現在では年に50回ほど鹿屋市を訪れています。
もともとはアクセンチュアで大手食品メーカーのコンサルティングを担当していたのですが、各地域には素晴らしい特産品があるのに十分に収益を出せていないことに課題を感じていました。
各地には生産のプロはたくさんいるけれど、販売や経営のプロが少ないという現状を変え、地域を盛り上げるお手伝いしたいと考えていたときに出会ったのがオキスだったのです。
現在は自身のコンサルティング会社を経営し、都市圏のスタートアップなどの経営支援を行いながら、オキスやワークデザインラボおおすみをはじめとした地域企業の支援を手がけています。
複業というと部分的に業務を切り出して委託するイメージを持たれがちですが、実際にはさまざまな関わり方ができるということを、多くの方に知ってもらえたらと思います。
伊藤 俊徳
一般社団法人Work Design Labパートナー/鹿児島エリアオフィサー/株式会社ワークデザインラボおおすみ取締役
税理士法人トーマツを経て、アクセンチュア株式会社に転職し中期経営計画・PMI等を構想から実行まで一気通貫での支援に従事。 その後、事業会社に転じ、経営企画及びデジタル戦略の責任者として、戦略の策定から実行まで含めて主導。 現在は、独立し、教育系スタートアップの経営企画室長等をしつつ、一般社団法人Work Design Labのパートナーとして、全国各地で中小企業の複業支援及び複業マッチング支援を実施中。九州では、鹿児島・長崎を中心に活動しており、鹿児島で地元企業と共同で株式会社ワークデザインラボおおすみを創業し、取締役に就任。
——都市圏の人材にとっては複業で鹿屋市に関わることで、どんな経験やメリットを得られるのでしょうか?
岡本:金銭的な報酬は都市圏の水準に及びませんが、その地域でしかできない貴重な経験を提供できると考えています。
たとえば、日本一の和牛や鰻、さつま芋を生産者と一緒に味わい、生産者の想いに直接触れる体験はスーパーで買って食べるのとはまったく異なりますし、コンビニなどで販売されている身近な商品の製造現場を見学することもできます。また、地方都市は大都市よりも行政と市民が身近なので、市長や副市長と地域課題について直接議論する機会もあります。
こうした地方ならではの体験は、複業で地方に関わるメリットだと思います。
伊藤:私も住まいのある東京では行政の窓口で書類を出す程度ですが、鹿屋市では副市長等の幹部や担当者と直接会って政策から実効策までを議論しています。地域の経営者と直接対話する機会も多く、良いアイデアがあれば即断即決で進められるので、都市圏の人材にとって新鮮でやりがいが大きいと思います。
また、鹿屋市には30〜40代の若手経営者が多く活動しているため、同世代の経営者との出会いも魅力の1つです。
「やりたいこと」を軸に人材と企業をマッチング
——ワークデザインラボおおすみではどのように企業と複業人材をマッチングしているのですか?
岡本:ワークデザインラボおおすみでは企業から求人票を出してもらうのではなく、企業がどんな課題を抱えているのかをヒアリングしたうえで、都市圏の人材が「やりたいこと(WILL)」を持ち寄り、それを実現できる企業とマッチングしていくアプローチを心がけています。
伊藤:都市圏だと「こういう課題がある」「こういうソリューションを持っています」というマッチングが多いですが、それだと本業でやるのと変わらないと思うんです。せっかく複業で地域に関わるのであれば、「やりたいこと(WILL)」軸でマッチングしたほうが幸せになれるのかな、と。
複業を希望する方の「WILL」を我々がコーディネーターとして「CAN」に変換して企業に紹介することで、やりたい仕事とマッチングできる可能性が高まると考えています。
また、複業を希望する方のやりたいテーマやできることを先に企業に紹介し、「じゃあ、こういうことをお願いしたい」と企業と相談したうえで仕事がはじまるケースもあります。
そのため、「地域と関わってみたいけれどなかなか一歩を踏み出せない」「自分がどんなことに役立てるのかわからない」という方にとってはコーディネーターがいることで安心感はあると思います。
岡本:最近だと養豚業を営む会社からPR文など社外に発信する記事の書き方がわからないと相談されていたため、新聞記者の方を紹介しました。
都市圏に商品を売りたい企業も多いので、東京などでイベントを開催するときだけ支援するという関わり方もあります。これまでに、首都圏で飲食店を経営する方に鹿児島産食材のプロモーションイベントを開催してもらったこともあります。
より気軽に関わってもらうケースだと、オンラインイベントの開催時に運営を手伝ってもらうという関わり方も。
専門スキルを持った人材だけでなく、自分の本業の延長線上で無理のない範囲で地域に関わる仕事がしたいという方が参加しやすい仕組みをつくれば、より多くの関係人口創出につながっていくと考えています。
鹿屋市の可能性に触れる体験型イベントを開催
——ワークデザインラボおおすみでは鹿屋市の関係人口創出につなげるため、都市圏に住む人を対象にしたフィールドワークツアーを開催します。どのようなツアーなのでしょうか?
岡本:2泊3日で鹿屋市に実際に来ていただき、鹿屋市の食の魅力や地域の企業の取り組みを知っていただくツアーです。
プログラムは市長や副市長との政策討議ではじまり、6次産業化に取り組むオキスの工場見学や、県内を代表する畜産企業である南州農場の訪問、廃校をリノベーションして注目を集める体験型宿泊施設の視察など、多彩なプログラムが用意されています。
また、地域の経営者との交流会を通して地方企業の経営課題や想いを知っていただく機会を設けているほか、地元の中高生を交えたキャリアトークイベントなども開催します。
参加者の方には観光として楽しむだけでなく、鹿屋市の可能性や課題を体感していただき、ぜひ自分の「WILL」を発見する機会にしていただければと考えています。後日、鹿屋市や鹿児島県の企業に複業として関わりたいという方の相談、マッチングにも取り組んでいきます。
「複業として地域に関わる仕事をしたい」という想いのある方のご参加をお待ちしています。
鹿児島県主催「マチ×かご講座」 【関係人口創出・拡大プロジェクトツアー】
鹿児島県鹿屋市にて開催される、12/6(金)-8(日)での2泊3日のプロジェクトツアーです。鹿児島県鹿屋市は、黒毛和牛、黒豚、鰻、さつま芋など、数多くの特産品があり、生産量も日本のトップに位置しています。そんな日本の食料供給基地『かのや』の魅力を知ることができる特別企画となっています。
(文:村上佳代 編集:野垣映二)