【小島武仁】マッチング理論で「都市一極化」は解決するのか?
2023年3月17日、三井不動産株式会社とNewsPicks Re:gionは、グランドオープンを迎えたばかりの東京ミッドタウン八重洲 4・5階(東京ミッドタウン八重洲カンファレンス)において「POTLUCK FES23 spring」を開催しました。
基調講演「『地域経済創発』のキッカケ 経済学と地域経済の観点から」にお招きしたのは、経済学者、東京大学大学院経済学研究科教授 東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長の小島武仁氏。ご専門のマッチング理論とそのユースケースについて解説いただきました。
経済学の1つ「マッチング理論」とは?
呉:基調講演では「地域経済創発のきっかけ〜経済学と地域経済の観点から〜」というテーマで小島先生にお話いただきます。では小島先生、よろしくお願いします。
小島氏:私の専門分野は経済学の1つ「マッチング理論」です。マッチング理論を平たく言えば、人と人を(あるいは人とモノ・サービスを)適材適所に引き合わせる方法を考える学問のこと。
就職活動・入試・結婚・保活*、最近ではワクチン配分などがありますが、世の中のあらゆる事象はマッチングの側面を持っています。最適なマッチング理論が確立された昨今は同理論を社会実装するためのマーケットデザインまでその範囲が拡大しています。
保活 … 子どもを保育園に入れるための活動
マッチング制度の運営者がまずやるべきことは「マッチング相手に関する希望順位(選好)を参加者から聞くこと」です。しかし参加者の希望だけを聞いて人を配置していては不十分です。マッチング先が定員で埋まったりすれば、マッチングがなされません。
そこで活躍するのがコンピューターによる「マッチングアルゴリズム」です。効率性・公平性・インセンティブなども勘案しながら個別の課題ごとにマッチングアルゴリズムが組み立てられています。
呉:人事領域のマッチングにはどうしても情実が絡んできてしまいますよね。そこをアルゴリズムに任せることができる、と。
小島氏:はい。アルゴリズムの定めたルールに従い、全員がどこに行くか決められます。設計の際「人の情実まできちんと考えられる」アルゴリズムこそが、上手なマッチングアルゴリズムであり、それが研究者の腕の見せ所でもあります。
配属先の不均衡を解消する研修医マッチングプログラム
呉:なるほど。例えばどのようなユースケースがありますか。
小島氏:一例を挙げるとすれば研修医と配属先病院のマッチングプログラムです。
日本では20年ほど前から研修医の配属先を決めるのにマッチングアルゴリズムを導入しています。医学生には配属希望を、受入病院側には定員をヒアリングし、あとはマッチングアルゴリズムで配属先を決めていました。
しかし、そこで解決かというとそうはならず。既存のアルゴリズムでは、やはり一極集中が生まれてしまっていました。
呉:研修の配属先が東京の病院に集中してしまう?
小島氏:その通りです。研修医の希望をなるべく聞くようなアルゴリズムにしていたのですが、年間8,000名くらいの医学部生を対象にヒアリングすると、そのうち20%くらいは配属先として東京の病院を希望します。
この問題はかねてからの課題で、一極集中を解消する施策として政府は募集定員に都道府県別上限を設けました。特に東京・大阪・神奈川などの大都市圏で厳しく設定されています。例えば8,000名のうち20%(1,600名)の希望者なら、東京の病院の受入総数は1,300名ほどに制限されています。これによってある程度一極集中の問題が抑制されました。しかし上限規制ができた後、新たな問題が発生してしまったのです。
呉:新たに発生した問題とは?
小島氏:1,300の定数は東京の病院間で振り分けられますが、実際には不均衡が起こってしまいます。例えば本来なら10名くらいを受け入れる余裕があるのに定数を7名に減らされた病院。差分となる3名分は研修医にとっての機会損失です。他方、同じ東京の病院であっても配属先として人が集まらない病院もあり、同じく定員10名を7名に減らしたけど5名しか来なければ残り2名分はそのまま無駄になってしまいます。
呉:上限規制で生じた減少分を一律で分配したため、至るところに機会損失やムダが起こってしまったのですね。
小島氏:はい。もともと研修医のマッチングには「ゲール・シャプレーアルゴリズム(GSアルゴリズム)」という、この世界では非常に有名なアルゴリズムが使われていました。
他領域にも幅広く展開され、ミスマッチも起こりにくく、本当に素晴らしい性質を持っています。しかし政府が定める上限規制に対応するにはアップデートする必要がありました。
そこで私は、受入先で使われていない定員分を、受け入れに余裕のある病院の定員分にスライドさせて自動調整するようGSアルゴリズムの一部を書き換えました。
定員を移し替えるだけなので病院側に負担がかかりませんし、新たなアルゴリズムのシミュレーションでは既存のアルゴリズムにあった不均衡がかなり解消されています。
マッチングアルゴリズムを企業の採用マッチングにも展開
呉:なるほど。アルゴリズムの社会実装のためには課題ごとにデザインし直す必要があるのですね。他分野にも横展開できそうですね。
小島氏:特に私が最近注目しているのは高校生の就活ですね。高卒採用は都道府県ごとに一定のルールが決まっていて、1人の生徒が応募できる企業を1社とする「一人一社制」が特に有名です。企業側が内定辞退を防げる点で良い制度であるのですが、学生側はできるだけ一発で決めたいがため安全策をとろうとし、それが結果的に採用ミスマッチにつながってしまいます。ある程度の制約がかかっている点は研修医マッチングと似た性質を持つため、マッチングアルゴリズムの転用が可能だと思います。
呉:高卒採用に限らず、配属先のミスマッチは企業にとって長年の課題です。
小島氏:「配属ガチャ」なんて言葉もあるくらい企業・社員の双方にとって大きな課題だと思います。でも実際、希望する配属先を聞かれてもなかなか本心は答えにくいものですよね。本当は東京を希望しているけど「地方はどうなの?」とか聞かれたら、遠慮や尻込みする気持ちが働き「まあ、それでもいいか……」なんて答えてしまう。それによって「絶対東京!」と言い切れる人に負けてしまうのでは不公平です。
呉:そうしたことを防ぐマッチングアルゴリズムの組み方もある?
小島氏:はい。海外だとGoogleなんかがそうしたアルゴリズムを社内公募に導入していますね。日本で使っている企業は私の知る限りありませんでしたが、2年ほど前、私もそうしたアルゴリズムを組んだところ、ブリヂストン様の新卒採用やシスメックス様の全社配属に使っていただくことになりました。
地域の課題解決にマッチングアルゴリズムは転用可能か?
呉:研修医のみならず「都市への一極集中」は地域の課題でもあります。マッチングアルゴリズムを応用した社会デザインについて小島さんはどのように考えていますか。
小島氏:多少の無理をすれば、マッチングアルゴリズムを使わなくとも、都市への一極集中は防ぐことができると思います。今のお話でいうと、中国のように政府が移動を制限するのもやり方の1つですよね。先ほどの研修医の話にしても、政府が上限規制を設けることで東京への一極集中を抑えました。
ただし、そうした制度設計はあくまで「無理をすれば」の話で、現実には関係者にコストや負担を強いることになります。それを踏まえ我々研究者が考えるべきことは「人を集中させるか、分散させるか」の二項対立ではなく、なるべくコストや負担がかからない最適な方法でやるにはどうしたらよいかということ。
今回の文脈でいうとアルゴリズムを工夫することでそのコスト・負担を抑制しましたが、人の集中を避けるため単純に移動を制限するような制度設計は止めたほうがよいと思いますし、その意味でも正しくデザインすることは非常に大事です。
呉:マッチングをビジネスにしている会社はかなり多いですし、そもそもマッチングは経済的なインセンティブが働きやすい領域だと思います。
他方、小島さんも注力されている待機児童の問題などはインセンティブを使えない領域だからこそ、公的な行政がやる意味が出てくる。お金が介入できるところ・できないところでマッチングの役割・機能とかが変わったりするものなのでしょうか。
小島:たしかにお金が介在すればマッチングサービスも比較的デザインがしやすくなると思います。アダム・スミスが言う「見えざる手」も働きやすいでしょう。
ただおっしゃる通り、インセンティブのない公的領域が世の中にはたくさんあり、待機児童問題も市場の論理が働きません。その意味では我々が「見えざる手」の代わりに「見える手」を作ってあげる、それがアルゴリズムなのかなと思いますね。
呉:都市と地域の関わり方って今後どうなっていくと思いますか。
小島:これは研究者ではなく私個人としての意見になるかもしれませんが、例えば私はアメリカの大学で研究者をしていました。なぜアメリカに行ったかといえば同じ研究をしている人がたくさんいて楽しかったことが一つ、もう一つは単純な話、給料が高かったからです。
でもそうした恵まれた環境からなぜ再び日本に戻ってきたかといえば、私と、大学の教員である妻両方が満足する仕事はアメリカでも長い間なかなか見つけることができていなかったのですが、二人ともの仕事が見つかるよう東大が手配・調整してくださったんです。
一般論としては日本は人を呼び込んだり採用したりするときにその人個人の能力だけで判断しがちなところがあり、それはある意味公正なやり方なのかもしれませんが、人間という存在は家族やパートナーとパッケージになっているもので東大が行ったことは特に日本では画期的だったと思います。地方が人を集めるのであれば、そうしたきめ細かな配慮もときとして必要だと思います。
呉:これは余談になってしまうかもしれませんが、山形県にヤマガタデザインというまちづくり会社があります。その会社は鶴岡市先端研究産業支援センター別棟に本社を構えているのですが、会社のすぐ隣にホテルや保育園を作りました。子どもを会社近くの保育施設に預けられるという保証があることから、海外研究者がわざわざ山形まで来るそうです。
小島氏:素晴らしい取り組みですね。
呉:もちろん都市と地方をつなぐマッチングアルゴリズムにも期待したいところですが、それ以前にもまだまだ工夫の余地があるのかもしれません。本日はどうもありがとうございました。