三井不動産

“生物多様性ベンチャー”が語る、「何もない」はずの地域に眠るビジネスチャンス

2024.12.24(火) 14:12
“生物多様性ベンチャー”が語る、「何もない」はずの地域に眠るビジネスチャンス

環境保全と経済成長は、これまで相反するものとして捉えられてきた。しかし、生物多様性を掲げる「ネイチャーポジティブ」が世界標準となるなかで、経済成長と両立するネイチャーポジティブ経済の形成が求められている。生物多様性の現場となる地域に、ネイチャーポジティブはどのような影響をもたらすのか。

水槽内に自然環境を再現する「環境移送技術®︎」を独自開発したイノカは、ネイチャーポジティブに関わる新たな市場を開拓している企業だ。イノカ CEO高倉葉太氏にネイチャーポジティブ市場の展望と地域経済における機会について聞いた。

高倉 葉太(たかくら ようた)

株式会社イノカ Chief Executive Officer
1994年兵庫県生まれ。東京大学工学部を卒業、同大学院暦本純一研究室で機械学習を用いた楽器の練習支援の研究を行う。2019年4月に株式会社イノカを設立。サンゴ礁をはじめとする海洋生態系を室内空間に再現する独自の「環境移送技術」を活用し、大企業と協同で海洋生態系の保全・教育・研究を行う。2021年10月より一般財団法人 ロートこどもみらい財団 理事に就任。同年、Forbes JAPAN「30 UNDER 30」に選出。

「環境移送技術」でネイチャーポジティブな事業開発をサポート

──イノカはいち早く生物多様性に注目し、人と自然の共栄を目指して研究開発を行ってきました。事業概要とビジネスモデルについて教えてください。

イノカのミッションは「人類の選択肢を増やし、人も自然も栄える世界をつくる」ことです。

ネイチャーポジティブを進めるためには自然環境下での調査研究を進める必要がありますが、それは簡単ではありません。制御できない天候、法的規制等で現場での実証実験が困難など、実地にはさまざまな課題があります。

そこでイノカでは、水槽の中に自然環境を再現する「環境移送技術」を独自に開発しました。この環境移送技術を活用すれば、ラボ環境において実験サイクルを高速回転することができ、かつフィールドに行かずとも安定的なデータを取得することができるようになります。

初期はなかなかビジネスに結び付きませんでしたが、子どもたちが本物のサンゴ礁に触れるという商業施設での教育体験活動をきっかけに企業から注目されるようになり、SDGs案件やオープンイノベーション分野でのアドバイスを行う機会が増えました。

現在は企業のネイチャーポジティブな新規事業創出に伴走させていただくケースも多いです。

──具体的には、どのような支援をしているのでしょうか。

例えばハワイやマウイでは、ノンミネラルサンスクリーン(有害物質を含む日焼け止め)の流通・販売が禁じられています。観光客が使用する日焼け止めが美しい海を汚染し、サンゴ礁に悪影響を与えるためです。そのため資生堂では自社の日焼け止め製品が海を汚染させないか、イノカの環境移送技術を使用して実証実験を行っています。

またJFEスチールは、イノカの環境移送技術を活用して自社の鉄鋼スラグ製品を藻場創出や炭素吸収に活用する可能性を検討しています。

香川県三豊市を拠点にする大成生コンは、海の栄養になる鳥の糞などを含んだ漁礁や海サプリメントなどの新規開発に向けてイノカと共同研究を行っています。

──なるほど。環境配慮に適した企業の製品開発を、イノカがサポートしているのですね。

僕らからすると、これまで価値を感じていなかった自然や生物というリソースを企業が有効活用できるように助言させていただいている、という感覚です。

企業からすると、自社事業がどう自然と結び付くかは検討も付かないわけです。でも僕たちは生き物のプロフェッショナル集団なので、この技術はこの分野で活かせる、この生物はこんな環境を好むなど、生態系の特徴をつかんでいます。

イノカが企業の事業や技術についてヒアリングを行い、「御社の技術はこんなことに活かせますよ」「こんな形で実証実験が行えますよ」といった形で具体的な提案につなげています。

ネイチャーポジティブはすでに当たり前のこと

──ネイチャーポジティブが注目され始めたのは最近のことです。これまで企業と接してきた中で、世間の意識の変化は感じますか。

企業にとっては、一周回ってネイチャーポジティブが当たり前のことになりつつあると感じています。今から焼き畑農業をやろうとは、誰も思わないですよね。

CO2排出量を始め、やれSDGsだ、プラスチックストローの削減だと、毎年色々な規制が企業に課されています。一時しのぎではなくビジネスを根本から地球環境全体に配慮したものに変えていかなければ立ちいかない。結果的にそちらの方がビジネスもうまく回ると理解する企業が増えてきたと感じます。

ただビジネスですから、利益度外視では続けられません。例えば有機農法にすると収益は3割落ちるので、農家は赤字になってしまう。続けていくためには、新技術開発が必要です。そこはイノカも含めて、多くの企業にとってビジネスチャンスになっています。

特に都会ではネイチャーポジティブを実践することは難しいですから。そのフィールドは必然的に地域になります。そのため、地域にとっては特に大きなビジネスチャンスになるのではないでしょうか。

──逆に、ネイチャーポジティブ経営を行わないことで生じるリスクもあるのでしょうか。

まさに今、過去の人類の負の遺産によって、色々な生き物が収穫できなくなっています。漁業領域では過去の乱獲や気候変動などさまざまな影響により、地域に根ざす定着魚の取れる種類が減少しています。回遊魚は適切な生育環境を求めて移動するので取れる場所が年々変化していますし、あまり遠くまで遊泳できない、卵が拡散しない弱い性質を持つ魚類は、どんどんいなくなっています。

人ではなく自然を増やすことで、地域を活性化させる

──環境保全を行うには、一事業者で取り組むことは難しいですよね。地域事業者たちでの連携が求められるのでしょうか。

そうですね。今年9月、僕たちは地域の事業者や自治体と協同で瀬戸内海の藻場・干潟保全プロジェクトに取り組む「瀬戸内渚フォーラム」を設立しました。地方銀行を中心に自治体、企業、大学がチームを組み、藻場再生と藻上を消滅させる「磯焼け」の解決を目指しています。

藻場は「海のゆりかご」と呼ばれるほど生物が生息するために重要な場所なのですが、近年の地球温暖化や沿岸部開発によって面積が著しく減少しています。そこでアセットを持つ地域企業や生物再生団体、研究機関が集まり、それぞれの専門分野を生かして藻場再生と保全を目指しています。

イノカは「環境移送技術」で瀬戸内海の海を再現し、海の中で起きている磯焼けやサンゴの死滅の原因追及、海藻の生育条件調査、教育に貢献するため学校への水槽提供に協力しています。

──「瀬戸内渚フォーラム」が設立されたきっかけは、イノカが?

イノカが呼びかけたのがきっかけです。どの地域も人口減少に危機感を感じているのですが、人間が減れば必然的に自然は増えるので、人間の代わりに自然を増やせないかと考える自治体も増えています。

例えば自然によって外貨を獲得できれば、人口がいなくとも地域経済の活性化につなげていけるかもしれません。カーボンクレジットが地域の収入源になったり、瀬戸内の場合だったら瀬戸内渚フォーラムっていう仕組みを世界が視察しに来たり。

成功すれば、自然を軸に地域が持続可能になる良いモデルになるのではないでしょうか。

地域には知られざる自然資本が眠っている

──日本の多くの自然資本は、地域にあります。地域事業者や自治体など地域に関わる人たちは、どんなことに気を付ければいいのでしょうか。

一人ひとりが、子どもの頃のような知的好奇心を思い出してほしいですね。僕たちは普段道端に生えている草木を気にも留めないし、名前すら知らないで生活しています。でも個人が自然の変化に興味を持ち、企業が自然資源の価値に気付けば、マーケットは拡大すると思っています。

今まで何気なく見ていた生き物が自分たちの事業を伸ばしてくれるかも知れない、去年と比べてこんな変化があったからもっと研究してみようという風に、地域に足を運んでその地域の生き物を見ると、本当に面白いものにたくさん気付けます。

実は誰もが知っている大阪の道頓堀で、絶滅危惧種のニホンウナギが発見されました。「あんなに汚いのに」と感じるのは人間の感覚で、極限環境でも適応する生物がいる。すごく面白いですよね。

例えばプラスチックゴミが大量に捨てられている場所でも、微生物が進化してプラスチックを食べるバクテリアが増えるなど、すごい力を秘めているかも知れない。世紀の大発見も、意外と身近なところから生まれるものです。

自然に関心を持つ人が増えれば、環境の予算も増えます。研究開発の機会にもつながります。その中で、イノカが手助けできることも多いと考えています。

──確かに、地域の人ほど自分たちの地域の価値に気付かず「ここには何もないから」と謙遜することも多いですね。

イノカのビジネスは、自然資源の多い地域が主戦場です。日本は縦に長い地形で、亜熱帯から寒帯まであるため、生態系に恵まれています。

でも国土は狭いため、移動が容易で研究がしやすく、実は世界中から研究者が集まってきています。オーストラリアだとグレートバリアリーフにたどり着くまで船で一時間かかりますが、日本の沖縄なら海に潜ればすぐにサンゴ礁がある。

この自然環境を活かしてまずはアジア内でのリーダーシップを取り、生物多様性の中心であるアフリカやアマゾンなど世界中に広げていきたいと考えています。

日本の地域には、本当に魅力が詰まっています。香川県三豊市はウユニ塩湖のような絶景が撮れる父母ヶ浜が注目されていますが、異様な地形が気になって河口を調べたら、マングローブ林と同じくらい有機物を分解する貝がいることが分かった。つまり、川に貝を集める何かが生息しているんですよ。地元の人にそんな話をしたら、すごく面白がってくれて。そういったストーリーも、地域の付加価値につながりますよね。

当たり前のようにある自然には、多くの価値が隠れています。その中には、人間の生活を良くするものがあるかも知れない。地域の人には、ぜひ自分たちが持つ地域資源の価値に気付いてほしいです。

(文:秋元沙織 編集:野垣映二 写真:鈴木渉)