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地域を動かす「コワーキング」は何が違う?全国約50拠点運営のスタートアップに聞いた

2025.09.30(火) 14:09
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地域を動かす「コワーキング」は何が違う?全国約50拠点運営のスタートアップに聞いた

人口減少や経済の停滞に悩む地域にとって、コワーキングスペースは地域活性化の手段のひとつとして注目されている。起業家や移住者の拠点となり、地域の人々が交流し、新たなビジネスが生まれる場所──。

しかし、現実は厳しい。多くのコワーキングスペースが収益性の課題に直面したり、ただのレンタルオフィスになってしまっていたり、というケースが後を絶たない。

そんな中、全国29都道府県で約50拠点(2025年8月1日時点)を展開し、そのほぼ全てで持続的な運営を実現しているのが、株式会社ATOMicaだ。同社の代表取締役Co-CEO 嶋田瑞生氏に、持続的な運営の秘訣と、地域活性化におけるコワーキングスペースの価値とは何かを聞いた。

嶋田瑞生

株式会社ATOMica代表取締役Co-CEO

1994年宮城県仙台市生まれ。東北大学在学中、Gamificationを用いた起業を経験し、多様な「大人」との出会いを通じて“共創の面白さ”に気づく。新卒でワークスアプリケーションズにエンジニアとして入社した後、2019年4月にATOMicaを創業。「頼り頼られる関係性を増やす」をミッションに掲げ、全国への共創機会の創出を進める。

地域にコワーキングが必要な理由と成功の条件

──地域活性化に取り組む中で、その起爆剤としてコワーキングスペースを開設する地域は少なくありません。地域でコワーキングスペースが果たす役割をどのように考えていますか?

地域にコワーキングが必要な理由を考える時、まず地域特有の課題を理解する必要があります。地域は首都圏と比べると相対的に人が少ない、もしくは流動性が低いから偶発的な出会いがなかなかない。この出会いの不足が、結果的に地域経済の停滞にもつながっているのです。

具体的に地域の産業振興を考えた時、雇用を増やす方法は3つあります。地元企業の成長支援をして雇用を生むか、外部から企業を誘致して雇用を生むか、新規創業を生んで雇用を生むか。コワーキングスペースは、この3つ全てに資する取り組みとして機能できるんです。

──しかし、うまくいかないコワーキングスペースも多いと思います。違いはどこにあるのでしょうか?

よくあるのは「知らない人と同じ空間で働けるだけの場所」になってしまうパターンです。コワーキングは「共に働く・共に創る」という意味ですが、その「共創」が生まれていない。

成功する拠点の共通点は3つあります。まず、その施設のオーナーと運営者が一体となって取り組んでいること。次に、コミュニティに対する情熱が明確にあること。そして、コミュニティマネージャーが人好きでコミュニティ作りに長けているだけでなく、しっかりとしたビジネス感覚も併せ持っていることです。

例えばATOMicaが自治体から運営を委託されている宮城県富谷市の拠点では、市長が毎月の創業塾に必ず出席してくれるんです。そのコミットメントがコミュニティにも伝わって、「あそこに頼ってもいいかな」という信頼が集まっている。トップが本気で関わることで、コミュニティ全体に熱量が生まれるのです。

創業塾にはこれまで延べ1,300名以上の塾生がいて、年間10人から20人くらいが実際に富谷市で開業しています。金融機関からの融資を活用した事業拡大に取り組む起業家の方々もこれまで多数いらっしゃいましたが、昨年から数名の塾生が投資家さんとのディスカッションを重ねていて、もしかするとエクイティファイナンス実行まで行きそうなんです。

人口5万人の富谷市から融資だけでなくエクイティファイナンスをする企業が出てくるって、多様性の観点でも本当にすごいことだと思います。

ATOMicaが運営する富谷市のコワーキングスペース「TOMI+」

地域を巻き込む「座組み」と人材戦略

──全国約50拠点という規模での展開は驚異的です。これだけ多くの拠点を運営できている秘訣は何でしょうか?

実は、約50拠点のうち自社がテナントとして不動産を借りている拠点は最初の2つだけなんです。残りの拠点は、地元の自治体や企業が施設を保有していて、僕らがそこに場とコミュニティの企画運営サービスを提供するという協業の形を取っています。

地域を巻き込もうと思ったら、直営ではなくて、地元パートナーとの協業の方がいい。あくまで主体は地域で、僕らは黒子です。

やはり地域のパートナーとの協業の方が、地域から協力を得やすいんです。例えば、当社単体の事業であれば中々地域の顔役の方々に対するイベント登壇依頼がしにくいシーンがありますが、地域との共創の形であれば知事や市長といった方々までお声がけがしやすくなったりします。地域をより広く巻き込み、共創の仕組みを大きく創るにはこの在り方が最善だと考えています。

──ATOMicaに拠点の運営を委託するのは、自治体であることが多いですか?

元々は自治体が非常に多かったんですが、最近は民間企業の方が過半を超えています。民間企業が半分、自治体が4割、大学が1割くらいですね。

民間企業の例では、広島県福山市で福山電業という地場の電気設備会社と一緒に、駅前の百貨店跡地を活用してコワーキングスペースを運営しています。福山電業さんは地元の青年会議所のリーダーもやっているような、地域の顔的存在。街が盛り上がることが間接的に売上につながるという事業観点と、地域活性化への思いからコワーキングスペースを開設しました。

大学では、例えば九州工業大学は全学生の8割がアカウントを作ってくれて、毎日200人が集まる超人気拠点になっています。学生にとって、研究室は特定少数の限られた人としか会えないし、図書館は完全にソロワーク向け、学食はすでに仲の良いグループができあがっていて入りづらい。ゆるく、所属がバラバラの人たちと何かをする場所って、実はキャンパス内にあまりないんです。

九州工業大学では、コミュニティマネージャーが学生にとって絶妙な存在になっています。大学生って、親や先生世代の大人とは話す機会があるけれど、自分たちより少しだけ大人の人と話す機会ってほとんどないんですよね。大学の中に、大学じゃない所属の少しイケてるお兄さんお姉さんがいてくれる環境ができたことで、シンプルに学生がたくさん来るようになりました。

九州工業大学内にあるコワーキングスペース「GYMLABO」

──コミュニティマネージャーの存在が拠点の賑いに大きく影響するのですね。

そうですね。ただ、これまでコミュニティマネージャーを担当する人材は、スーパーマンばかりだったんじゃないかと思うんです。プチインフルエンサーみたいな人だったり、何でもできる陽気な方だったり。そうなると発注者も受注者も阿吽の呼吸で業務が進んでいってしまい、「この人に任せておけばいい」という属人的な状況がどんどん進んでしまいます。

僕らは企画運営する各拠点で業務定義をして、オペレーション構築をして、未経験でもコミュニティマネージャーができるように努力を重ねてきました。今、ATOMicaがこれだけの規模で展開できているのは未経験でもコミュニティマネージャーができるという仕組みをどうにか作れたからなんです。

──未経験人材を採用してコミュニティマネージャーにしているということですが、採用の段階でどのような人材が向いているのでしょうか?

バックボーンは本当に多種多様です。例えば1つ事例を挙げると、アパレル経験者の皆さんが一定数在籍しています。アパレルの店舗スタッフには、空間や状況を把握する能力が必要です。「あの人は今楽しそう・楽しくなさそう」「話しかけて欲しそう・欲しくなさそう」を読み取って声をかけに行く。そこにちゃんと「こちらの商品もいかがですか」とニーズを汲んだ提案力が必要になってきます。総合的な能力が高いんです。

あとは子育てが一段落したタイミングのお母さんたちも多いですね。皆さん優秀です。肝が座っている(笑)。

持続可能な運営を実現する仕組みづくり

──コワーキングスペースはビジネス面で上手くいかなくなってしまうケースがよく見られます。ATOMicaはどのようにしてコワーキングスペースを運営しながら事業成長を実現しているのでしょうか。

まずコワーキングスペース運営の収益構造から説明すると、先ほどお話したように、約50拠点のうち僕らが自分で投資して運営している拠点は最初の2つだけで、残りは不動産オーナーからBtoBで発注を受けて、コミュニティ運営サービスをその施設に提供する形です。ホテルのオペレーション会社と同じビジネスモデルですね。

このコワーキングスペース運営、つまり「コミュニティを生み出す事業(ソーシャルコワーキング®︎事業)」が全体売上の6割で、これは基盤作りに近い役割です。

そして、各地に生まれた「コミュニティの発展を行う事業(プラットフォーム事業)がもう4割程度を占めます。

「コミュニティの発展を行う事業」の具体例としては、地域の中小企業と地元学生のキャリア支援サービスや、カスタマーサクセスのBPOサービスなど。プラットフォームが盛り上がってくると、場所を使う人も増えてくる。鶏と卵の関係ですが、これがうまく回っています。

地域経済創発の未来へ

──ATOMicaの今後の展望についてお聞かせください。

コミュニティマネージャーの民主化ですね。ちょっと乱暴ですが、デザイナーが普及していった経緯と同じだと思っています。昔は限られた天才だけが担えていたデザインの仕事が、学びと実践の機会が増えたことで未経験からのチャレンジができるようになりました。これと同じことをコミュニティマネージャーでもやりたい。

先日プレスリリースを出したばかりですが、KDDIさんの本社内に僕らのコミュニティマネージャーが常駐することになりました。最近、会社の中のコミュニティづくりの相談を非常に多くいただいていて、今約50拠点で常設のサービスを提供しています。人がいるところにはすべて、コミュニティマネージャーのニーズがあるんじゃないかと思っています。

──ATOMicaとしての活動の先にどのような社会を描いていますか。
 
僕らのミッションは「頼り頼られる関係性を増やす」ことです。何か困り事ややりたいことがあったら、「とりあえずATOMicaに聞いてみよう」と気軽に思ってもらえるような文化を作りたい。
 
僕らは「WISH(願い)& KNOT(出会い)」という独自の概念を大切にしています。なぜかというと、地域の課題解決の出発点はここにあると思うからです。
 
WISHというのは、WILL(明確な意志)の手前にある「困っているんだよね」「こうだったらいいな」という曖昧な願望のこと。多くの人は明確な目標を持っているわけではないけれど、何かしらの困りごとや漠然とした希望は抱えている。これを言語化することで、初めて解決に向けて動き出せるようになると考えています。
 
KNOTは、単なるマッチングではなく関係性を結ぶこと。一度疎遠になってもまた仲良くなれる、人間関係ってそういうものですよね。一回きりのマッチングではなく、継続的な関係性を築くことで、地域に本当の意味でのつながりが生まれます。
 
僕らはコミュニティマネージャーの成果を、このWISHとKNOTをどれだけ生み出せたかで評価しています。従来のような単純な利用者数や売上ではなく、地域の関係性がどれだけ豊かになったかを測るこの独自指標が評価され、去年内閣府から地方創生担当大臣賞をいただきました。
 
WISHが言語化されて、それが解決されていって、地域間でのナレッジシェアが生まれる。それでいきいきと過ごしている人がたくさんいる街が活性化している街だと思うし、そういう街が多い国がいい国だと思うんです。結局、すべての課題は個人の関係性づくりに帰結するというのが僕らの持論ですね。

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