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地銀のエクイティ投資が生み出す、知られざるリターン

2023.12.12(火) 16:30
地銀のエクイティ投資が生み出す、知られざるリターン

日本でもスタートアップが一般的になってきたものの、一方でその多くが都市部に拠点を置いており、偏りが存在している。地域発で大きく成長するスタートアップが生まれにくい根本的な理由として、地域ではリスクマネーの調達が難しいという問題が挙げられる。

実績主義で手堅い融資を行う地方銀行が多いなか、ちゅうぎんファイナンシャルグループ(中国銀行のグループ)の投資専門会社として地域金融のあり方を変えようとしているのが、ちゅうぎんキャピタルパートナーズだ。

地域に寄り添う投資専門会社がどのようにして生まれたのか。エクイティ投資と地域経済の持続可能なエコスシステムとは。

ちゅうぎんキャピタルパートナーズで取締役 投資部長を務める石元玲氏にお話を伺った。

3つのファンドを通して地域課題解決を目指す

——ちゅうぎんキャピタルパートナーズで運営しているファンドの概要を教えてください。

現在、3つの異なるテーマを持つファンドを運営しています。

まず、事業や財務内容は問題ないものの、後継者不在で株式承継に課題を抱える地元の中堅企業を対象にした「ちゅうぎん未来共創ファンド」。社外取締役の派遣や管理部門の整備等ハンズオンによる伴走型支援を行い、円滑な事業承継の実現と企業価値向上をサポートします。

2つ目が、株式上場を含む急成長を目指す、または社会課題解決に果敢に挑みながら成長を志向するスタートアップに出資する「ちゅうぎんインフィニティファンド」。地域にスタートアップ企業が数多く生まれるためのエコシステム構築に注力します。

3つ目が、地域活性化や脱炭素など環境問題の課題解決をテーマにした「ちゅうぎんインパクトファンド」。エネルギー、地域交通、地域に欠かせない開発案件等、地域のインフラとなる企業やプロジェクトを対象とし、環境や社会、ガバナンス要素も考慮して投資しています。

出資は企業誘致と似ている

——スタートアップへ投資を行う「ちゅうぎんインフィニティファンド」ではどんな企業に投資しているのですか?

1号が2020年9月設立、2号が2022年10月設立で、2023年11月までに36社に出資しています。そのうちの1社であるブリッジコンサルティンググループは2023年6月に東証グロースに上場。さらに、2024年上半期に複数のスタートアップが株式上場を予定しています。

基本的に、地域にインパクトを与える企業にのみ出資を行う方針です。中でも地元企業に対しては積極的にシードステージから、ケースによってはリード投資家として出資も行います。

たとえば、電動モビリティの開発をしているSMZという岡山市の企業、ここにはプレシードラウンドから出資しました。その際、外部の投資家は私たちだけでした。

きっかけは、中国銀行が主催していたアクセラレータープログラムにSMZの代表が参加していたことです。当時彼は26歳で、周りがスモールビジネスで創業を目指す人がほとんどのなか、1人だけ見ている世界が違っている、纏っている空気感が違いました。それで、僕から「一緒にやろう、一緒に世界を目指そう」と声をかけました。

——起業家の情熱に動かされて支援を決めた、ということですか?

そうですね。起業家の挑戦に惹きつけられて出資を決定しました。実は、彼の起業家精神に触発されて、それ以降、起業家が日々高い目標に向かって挑戦するように、僕らサポートする側も一緒に挑戦しないといけないと思うようになりました。

僕らがお金を出すことで、地元の起業家が「支援を受け取るからには、もっと頑張らなければならない」と思ってもらいたいです。そのために、起業家が目指すゴールをしっかりと受け止め、それぞれの立場から一緒にゴールを目指す。そんなお金以上の関係性が構築できたらいいなと思います。

——岡山だからこその事業はあるのでしょうか?

直近では、地球循環に優しい有機肥料の開発に取り組む、WAKUという環境系スタートアップに出資しています。彼らは瀬戸内海の環境を求めて、東京から岡山に移住してきました。

当然ながら地域の事情がよく分からないことや私たちのアピール不足もあり、まずは中国銀行の窓口に来店されました。そこで、ちゅうぎんキャピタルパートナーズの紹介を受け、その後、初回面談を実施。岡山だからこそ実現できる事業であることに共鳴し、環境や農業といった課題に真摯に向き合う姿勢を見て、地域全体でサポートすべきだと思い出資に至りました。

——一次産業や環境の領域だと、出資後、地域に大きなシナジーをもたらしてくれそうですね。

そうですね。当たり前のことですが、企業も、地域も、お金だけ提供しても成長しません。

出資するからには、地域に新しい産業を創造し、将来に続く継続性あるメッセージを伝えていきたいです。1つの出資案件を通じて、全国の関連する人や企業に着目してもらえるよう、僕らが岡山の地域の魅力を伝えていくこと、それも出資と同じぐらい大事な仕事です。

たとえば、雨が少ない岡山は太陽光発電に適しているので再生可能エネルギー関連の企業におすすめの立地です。また、内海で波も気候も穏やかで、島が多い瀬戸内海という地形や気候を利用して、さまざまなPoCの場として活用することも可能です。

岡山に呼ぶべき産業、岡山に来ることで成長しそうな企業を見つけ出し、地域の活性化につながる出資をする。その事例を見た次の起業家、企業、人が岡山に来る。こうしたチャレンジの波を起こし、チャレンジの好循環を生み出していくことが重要であると考えています。

ちゅうぎんキャピタルパートナーズの投資先は40社、投資総額は約10億円にのぼる

──ポートフォリオには東京本社の企業もありますが、そこにはどういった意図で投資しているのでしょうか。

将来経済的なリターンとして貢献する可能性はあるでしょう。ただあくまでも、出資先の企業には銀行が保有するアセットやリソースを使ってもらい、業務上のシナジーを創出することが目的であって、東京本社の企業に出資をしていることは結果に過ぎません。

たとえば、出資先の1つで、エンペイという東京のスタートアップがあります。LINEを使って幼保施設を中心に集金業務支援サービスを運営しており、「エンペイfor 中国銀行」という商品をOEMで提供してもらっています。中国銀行グループとしても新規事業を立ち上げることができ、スタートアップとの資本業務提携の成功事例となっています。

僕は、地域に必要な解決策をスタートアップが持つプロダクトやサービスで補完してもらうイメージを持っています。そのスタートアップに本社所在地は問いません。エンペイのように東京本社の場合が多いですが、出資は「企業誘致」に近い概念だと捉えています。

スタートアップにとっても大都市しか見ていなかった戦略から「今、瀬戸内エリアが面白い」と思ってくれることもあります。そして出資や事業提携を通して、その会社のサービスが広がっていき、地域のDXが進んだり、人々の暮らしが豊かになることを狙っています。

地域全体、地元企業、スタートアップ、そして僕ら、それぞれの利益が一致するポイントを見つけ出して、出資する感じです。

1号ファンドを設立してから3年、様々な業種の企業に出資してきました。今後は地域に新産業を創出するという気概を持って、注力する分野や領域も絞り込むつもりです。地域に新産業を作ることを優先し、今後も様々なスタートアップとタッグを組んでいきたいです。

25年の長期ファンドは地銀だからできる

——次に、「ちゅうぎんインパクトファンド」はどんな特徴があるのですか?

これは2023年1月に設立した新しいファンドで、まちづくり関連事業として環境に配慮したインフラ事業を中心に、一部、環境関連のスタートアップにも出資しています。

一般的には期間を10年とするファンドが多いなか、「ちゅうぎんインパクトファンド」では25年と長めに設定しており、長期のプロジェクトを支援できる点が特徴です。

——インパクトファンドは投資効率が高くない印象がありますが、どのように成立させているのですか?

投資期間が長期にわたるものが出資対象となることから、ファンド全体で収益を得られるように、出資金額や投資期間など、いくつかのバランス調整を行っています。

僕が恐れているのは、銀行側が、一つのファンドを見て「エクイティは儲からない」と結論を出してしまうこと。大きな利益が出なくてもいいので、ファンドのコンセプトを順守しながら、経済的なリターンと地域活性化を両立させることが大事です。

たとえば独立系のVCファンドは利回りを優先するのは当然であることに対し、僕らは銀行をベースにしている特徴を活かして投資をしていくつもりです。それは銀行という資産背景があるからこそできること、たとえば短期で結果が出にくい脱炭素など環境をテーマにする投資であったり、中長期目線で地域課題に取り組むことがあげられます。

25年という長い期間を設定してサポートすることは、地銀ならではの強みを活かすことになります。地域においては地銀がもっともリスクマネーを供給する存在であるべきだと考えます。

——地域金融機関だからこそ、長期の支援が必要なテーマに投資するべきだ、と。

そうですね。長期的なテーマに取り組むことは、地銀が本来やるべきことであって、僕らの活動の中には、そうしたメッセージを込めています。

地域経済の課題と言いますが、僕は地域の根本的な問題は地銀にあると思っています。言い換えれば「地銀が変われば、地域が変わる」。地銀に勤めている人のマインドセッドこそが、地域を変えるために必要だと思うんです。

スタートアップのサービスや起業家との接点を面白いと感じてもらったり、社会起業家たちと一緒に活動を行ったりしてほしい。地銀で働く人たちは、もともと利他の精神を持っており、今こそ外の世界とたくさん接点を持って、地域のことを知る時間をたくさん作ってほしいと思います。

地域に足りないものではなく、地域にあるものに目を向ける

——将来的に、岡山のような地域からスタートアップがどんどん生まれる未来もあり得ますか?

東京にスタートアップが集中するのは今後も変わらないでしょう。そのこと自体を否定することはありません。僕が考えたいことは、地域には個性があるということ。岡山の環境や風土であったり、昔からある地域産業や人に着目すること。ないものを欲しがるのでなく、地域にあるものに目を向ける、その先にスタートアップが生まれていけば、より良いです。

イノベーションは良い環境から生まれることもあるし、辺境の地から起こることもあります。地域が持つアイデンティティを大事にした先に、合理的や効率性とはかけ離れた、その地域だからこそ生まれるものがあると信じています。

僕らには瀬戸内海という世界に自慢できる海があります。この瀬戸内地域に新しい経済圏を作りたいと強く願い、自分たちは何者なのかをじっくりと考える。いつか新しいことが次々と生まれる時代を想像して、僕はこの地域に賭けたいと思っています。

——地域に足らないものを探すのではなく、地域にあるものを活かしていくことが大事なんですね。

都市部にいる人も地域に住む人も、みんなが足らないものや課題ばかりを探していますよね。

そうではなく、岡山だったら晴れが多い気候や穏やかな海など、地域にあるものに目を向け、活かす方法を考えたほうがいい。岡山で起業することが圧倒的に有利な事業もあるはずだし、僕らはそうした事業に絞り込んで徹底してサポートすることを考えればいいのです。

僕らは出資という形でスタートアップを応援し地域に誘致する。それを継続していくことは一つの挑戦です。僕らが挑戦を続けることで、さらに挑戦をしたい起業家も増え、その関係性の先に一つの産業が生まれます。今はまだ小さな循環ですが、大きなうねりにしていくために、僕らの地域は、とても重要な時期にさしかかっていると思います。

地域ならではのスタートアップコミュニティを生み出す

——ちゅうぎんキャピタルパートナーズの取り組みに対して、ほかの地銀からはどんな反応が?

3つの異なるテーマを持つファンドを1社で運営する会社がないことから、情報交換の問い合わせを受けることが多いです。また最近では、他の地域の金融機関や自治体の方などから、地域活性化や新規事業の創出などをテーマにするセミナーへの登壇依頼も増えています。

よく相談されるのは、「スタートアップに対して何をしたらいいのか分からない」という質問です。地方の起業家は一定数増えているけどスタートアップに優しい支援者が育っていないことが課題です。その上で、何をしてあげるのではなく、まず彼らの声、やりたいこと、実現したい世界観を傾聴することをすすめています。

地方の起業家の中には、東京を中心とする他の地域の起業家と積極的な交流をして、かなりの知識を持っている方もおられます。一方で、彼らを支援する銀行側がスタートアップに関する知識をまったく持っていないケースもあります。それでは変革のパートナーにはなれません。

また銀行に勤める人の中には「地域にはスモールビジネスしか根付かない」とバイアスがかかっており、可能性の芽を摘み取っている部分も少なからずあるのではないでしょうか。

大事なのは、自分たちの地域からもインパクトのあるスタートアップを生み出せるというマインドを持つこと。そして、地域とスタートアップを結び付けるために何が必要か、できるのかを考えることです。

地銀は一般的に同調圧力が強く横並びの文化があります。僕ら、ちゅうぎんキャピタルパートナーズは銀行グループの新規事業であり、エクイティ投資が成功することはいい意味で刺激になるはずです。後に続く新規事業のロールモデルになれるよう、頑張りたいと思います。

——ちゅうぎんキャピタルパートナーズの取り組みをほかの地銀が参考にすることはできるのでしょうか?

今やっていることの多くが、僕個人の視点を含んでいますが、複数のテーマのファンドを持ち、長期で支援するファンドをつくるといった点は再現性があり、ぜひ取り組んでいただきたいです。

地方はゼロイチのスタートアップ支援と既存企業の再成長は両輪だと考えます。地銀の投資部門でスタートアップ投資専業のところもありますが、許されるなら、事業承継や第二創業の投資にも力を入れるのがいいと思います。なぜなら、両方のテーマに取り組むことで相乗効果が期待できるからです。

たとえば、午前中はスタートアップに触れて、午後は地元の老舗企業を訪問する。両者の文化を理解することで、スタートアップが持つ新しい価値観を老舗企業に伝えたり、老舗企業がなぜ何代にもわたって事業を続けることができたのかをスタートアップに伝えたり。地域のプレイヤー同士の橋渡しの役割をすることができるのは、まさに地銀ならではの強みです。

まだ実行に移せていなくても、地域活性化を心から望み、もがいている方がたくさんいることを知っています。これからも、県や組織という枠組にとらわれることなく、地域を超えた社会関係資本の構築を目指して、互いに協力していくことも大事だと思います。