出資だけじゃない。東北のスタートアップを育てる、新しい地域VCのカタチ
日本でも多くのスタートアップが誕生している一方、首都圏への一極集中しているのが現状だ。そんななか、東北にスタートアップエコシステムを生み出していくことを掲げ、東北で唯一活動している独立系ベンチャーキャピタル(VC)がスパークルだ。
なぜ地方でスタートアップが生まれにくいのか。地方でスタートアップエコシステムを生み出すことは可能なのか。地域経済創発とスタートアップの関係性について、スパークル代表の福留秀基氏に話を伺った。
福留 秀基 (ふくどめ ひでき)
スパークル株式会社 代表取締役
1992年大阪府堺市生まれ。東北大学大学院通信工学専攻修了後、株式会社シグマクシスにてデジタル戦略コンサルタントとして飲料メーカー・金融業・専門商社・小売業などのクライアントへの新規事業開発・PMO 案件・ビジネスデューデリジェンス・データ解析に従事後、スパークルに参画、現在代表取締役。ハイテク・R&D領域を中心としたベンチャーキャピタル業務、デジタルを利活用した東北発DXの推進、戦略領域を中心としたコンサルテーションを実施している。一般社団法人東北絆テーブル理事。
地域の課題は地域にいないとわからない
——東北のスタートアップを取り巻く環境をどのように見ていますか? メリットやデメリットを教えてください。
メリットはまず、新卒、既卒共にエンジニアが豊富なことです。そのこともあってか、アクセンチュアやアビーム、SHIFTが仙台に拠点を開設しました。また、東北大学、会津大学、岩手県立大学や国際教養大学など高等教育機関が多く立地しており、人口に対して学生の割合が多く、研究開発型のスタートアップの種がたくさんある点も特徴です。
特に仙台市は、東北中の他地域から人口を吸い取り、同量を東京に流出させている状況を受けて、仙台のみならず東北全体のために新しい事業を構築していきたいとしています。東北は九州などに比べて首都圏に近いので連携がしやすいという強みがありますし、二拠点生活者向けのケアやダブルワークに向けた人材紹介などの支援も積極的です。
その裏返しで、デメリットとなるのが人材や企業が首都圏に流れてしまいやすいこと。特にBtoBの営業は東京に行かないと難しく、東北に拠点を置く企業でもシリーズが進むと東京に拠点を移すケースが多いです。
もう1つ、地域性という部分では、歴史的にも新しいものに対する成功体験が少ないためか、「とりあえずやってみよう」という意識が弱く、物事に慎重な傾向が見られます。
そしてこれは幸か不幸かですが、福島原発を抱えています。事故のあった福島県沿岸部の浜通りでは国が積極的に産業をつくろうとしているため、研究開発系のスタートアップにとっては有利と言えます。国家からとても強力な補助金や特別なピッチ・アクセラレーションの機会を提供して貰いつつ、工場や研究所をつくったりすることで地域を再生する地域振興を行えることは大きな魅力だと思います。
——東北発のスタートアップで注目されているのはどんな企業ですか?
シリーズが進んでいるのは「ポケットマルシェ」を運営している雨風太陽でしょうか。岩手の花巻市に本社を置いています。もとは代表の高橋さんが設立されたNPO法人「東北開墾」の情報誌「東北食べる通信」を源流としており、ソーシャルインパクト性が強い、東北らしいスタートアップです。
山形だとバイオ素材開発を手がけるSpiber、宮城だと東北大学発の宇宙ベンチャーElevationSpace、農業ロボット開発の輝翠TECH、「ミガキイチゴ」を生産する農業法人のGRAなどが有名です。
——東北発のスタートアップの傾向は何かありますか?
研究開発型スタートアップが強いこと。また、その地域に住んでいるからこその発想や課題感を意識した会社は多いと思います。
スパークルからも出資している研究開発型スタートアップですと、難治の膵がんを超音波で治療する装置を開発するソニア・セラピューティクス、鉄を原料に白金触媒を性能とコストで超える触媒を開発するAZUL Energyさんは双方ともに東北大学発ベンチャーです。
また、青森でリンゴのレザーをつくっているappcycleという会社は、あまっているリンゴの皮を何かに活用できないかという課題感からスタートしています。また、介護業界向けのICTプラットフォームを提供するCareSpaceは、代表自身が介護事業を行う中で感じた課題が開発・スタートアップ起業のきっかけになっています。
地元企業と外部のスタートアップをつなぎ、成功体験をつくる
——東北を中心にしたVCだからできた投資事例について教えてください。
先ほど紹介した宇宙ベンチャーElevationSpaceの例が1つあります。
我々が創業者の小林さんに出会ったのは彼がまだ学生の頃でした。宇宙関係で起業をしたいけどどうしたらいいか分からないとフラストレーションを溜めていた時期で、「まずは自分たちでイベントをしてみたら?」といったアドバイスをしました。
その後彼らは宇宙関係の起業家を呼んだイベントを仙台で開催。イベントは大成功して、参加した先輩経営者から「やってみたら?」と背中を押され、大学関係者も説得して、起業に向けて一気に進んでいったんです。
——最初に目利きしたのがスパークルだったんですね。
起業に向けた最初のきっかけをつくるお手伝いをできたことは良かったですね。私たちがエンジェルラウンドで投資して、その後はほかのVCも追随して投資が入って、順調に成長してきました。
また、福島にスペースポートをつくる事業を進めているAstroXも、いろいろな出会いが支援につながっていたケースです。どこに本社を置くかを検討していた頃に私とSNSのDMでお話をさせていただき、南相馬をオススメしました。
南相馬は、ロボットテストフィールドも誘致するほど宇宙・ロボット産業に前向きで、我々の拠点があるので地元の経営者や行政のキーパーソンなどを紹介できるからです。すぐに南相馬の副市長におつなぎして会いに行っていただいて、南相馬での登記が決まりました。
——今スパークルでは何社に投資しているんですか?
現在のポートフォリオにはスパークルの前身のMAKOTOキャピタルのファンドを引き継いだものもありますが、23社です。ほかに、青森銀行と一緒につくった上場を目指さないインパクトスタートアップ向けのファンドもあります。
地域を盛り上げるためには外に出ていくことが必要
——福留さんが東北でVCを始めたきっかけを教えてください。
私は新卒でコンサルティングファームに勤め、大企業向けのデジタル戦略の立案、DX推進、ビジネスデューデリジェンスなどをしていました。その中で、目の前の給料を稼ぐための仕事は、世の中に良いインパクトを与えることにつながるのだろうか、という疑問が浮かんできたんです。
そこで、大学が東北だったこともあり、東北に戻って地域に良いインパクトをもたらす仕事をしたいと考え、東北に特化してスタートアップ投資をしているMAKOTOキャピタルという会社に転職しました。
その後、MAKOTOキャピタルをMBOで承継し、2022年8月に現在のスパークルに社名変更しました。
——スパークルがほかのVCと差別化できている点や強みになっている点を教えてください。
地方に特化する強みとして、地方の課題を正しく認識できる点が挙げられます。言い換えると、地方課題を正しく認識できているVCは多くありません。
東京から地方を見た場合、まず目に入ってくるのが行政や銀行の取り組みです。「●●銀行と提携した」「●●市と連携した」といった取り組みはもちろん大事ですが、実際に地域の経済を支えているのは行政や銀行でなく、地域の会社です。それが、東京からでは見えづらいと思っています。
地域の企業がどんなことをしているのか、どんな経営者がいて、どんな課題を抱えているかを知るためには、地元の経営者の集まりに参加したり、飲みに行ったりするなかで信頼関係を築くことも必要です。でも、東京にいたらそれができないですよね。
その点で、東北に拠点を置いてネットワークを築いている我々は高い解像度で地域の実情や課題を掴むことができます。地域の外の企業にそれを伝えることができますし、地域内の会社に対しては外の世界を伝えることができると思います。
——東北に根ざしているからこその強みですね。
そうですね。もし、私が東京に住んでいたら、東北について何か言ったところで説得力がないですよね。やっぱり東北に住んで、地元の人たちと一緒に飲んで語り合い、口だけではなく実際に行動していかないと。私自身、こうした覚悟を持って、東北をより良く変えるためにできることをしていきたいと考えています。保守的な東北の未来をいい方向に変えられる取り組みを、他の地方に横展開していきたいですね。
——地域特化VCの難しさはどんなところにありますか?
地方にいる人はその地域のことを知っているつもりになりがちです。東北に住んでいる人は「東北のことを知らない」とは言いませんよね。だから、「東北の会社に出資しましょう」と地元の人に言っても「東北は何もないぞ」という反応が返ってくる。「自分は地域のことを知っている」というバイアスがかかっているんです。
つまり、地域の中にいる人が地域の企業に出資するということが非常に難しい。出資するのは、基本的に地域の外にいる人。しかし、その土地を応援したいといった意志があり、相対的に投資適格なものが少なく低利回りであることを許容できる出資者に限られてしまうのが現状です。
世界と東北をつなぐ、新しい地域VC
——お話を伺っていると通常のVCのビジネスモデルを東北で成立させるのが難しいように感じます。
MAKOTOキャピタルからスパークルへと社名変更したのは、東北の企業だけに特化して投資をすることに限界を感じたのがきっかけでした。東北だけを投資対象にした場合、大きなリターンを見込めず、お金を預ける方にとって極論すればCSRに近いものになっていました。そのため、投資という目線では地元のお金が集めづらく、よってもって応援の連鎖を作りづらい状況だったんです。
こうした状況を変えるために、現在準備しているスパークルとして第1弾となるファンドでは全世界を投資対象にしています。
——どのようなファンドですか?
いわゆる首都圏の大企業ではなく、東北を中心とした6道県の地場企業にファーストクローズで参画してもらっています。全国区ではないけれど地元では知られていて、新しい事業を模索してきたいという会社です。業種だと小売や建設業、不動産、いわゆる地元の名士の方が多いですね。
投資先は、首都圏では知られているけれど地方ではまだ知られていないようなSaaS系スタートアップ。建設や小売などの業界の特化したDXを推進できるスタートアップにアーリー期中心に投資させていただき、LP投資家や東北の地域企業との取引事例をつくったうえで他地域に展開していくお手伝いをしたいと考えています。
もう1つの投資先は、地域の新産業になるようなスタートアップ。プレシード、シードの段階で、今は地域にまったく存在しないような産業を興していきたいという企業に投資したいと考えています。たとえば、Web3や宇宙、AIや脱炭素などです。
——東北にインパクトをもたらすという当初の目的をこのファンドでどのように実現するのでしょうか。
東北でスタートアップを支援していくためには、出資ではない形の支援も必要だと思います。ベンチャーへの出資は基本的に短期で刈り取ることが目的になり、対象となるスタートアップ以外を育てるインセンティブが働きません。そのため、起業家が勝手に育っていくようなエコシステムをどうつくるかが大切だと考えています。
でも、東北の中には参考になるような先輩起業家はおらず、常に相談できるVCもスパークルだけ。その環境で起業家に育ってもらい、東北への出資を増やすためには、首都圏や世界から東北に関わりたいと思っている方々を連れてくる取り組みが必要です。
スパークルが投資を実行することで彼らとつながる場や機会をつくり、起業家自身が勝手に成長していける環境をつくる。それをしなければ、「東北、あるいは地方には何もないから東京に行こう」という今までのような思考を変えることはできないと思います。
スパークルでは東北にいろいろな方を呼び込み、盛り上げていくために、まずは我々自身が外に出ていき、世界中から投資先を探し回るほか、東北とほかの地域の方々の接点をつくる活動をおこなっていきます。
——ファンドに出資した東北の中小企業がスタートアップの顧客になるようなケースも想定されているのですか?
そのとおりです。DX関連のスタートアップが東北の企業にサービスを提供することで、東北全体のDXが進んでいきます。あるいは、出資企業が代理店契約を結んでもらえたら、スタートアップにとっては東北に事業展開する足がかりになります。こういった双方にとって良縁を結べる形をつくっていければと思っています。
地域に還元し、地域のエンジンとなるために
——東北発のスタートアップが生まれる土壌として、東北の地場企業と世界中のスタートアップの間にエコシステムを生み出そうとしているのですね。これらの取り組みは東北の地域経済にどのような影響を与えるとお考えですか?
地域経済で一番不足しているのは人材と言われますが、もっとも必要とされているのは企画をできる人材だと思っています。
その点でスタートアップというのは企画の塊です。急成長する事業の企画を考えて取り組んでいる人々と、地域の会社をつないで、成功体験を共につくってもらう。
そして、外から企業を招いて地域に関わってもらうことで、地域の中で先進的な取り組みをすることに対する許容度を上げ、地域全体でスタートアップフレンドリーな雰囲気を生み出していく。こうした取り組みが地域経済の創発において非常に大事だと考えています。
——スパークルが東北でやろうとしているモデルは、ほかの地域でも実現できるものでしょうか?
もちろん、実現できると思います。東北に住んで、同じ釜の飯を食べて、同じ酒を飲んで、いろいろなことを話していくなかで気づきを得て、地域のエンジンになろうと思って私は今の取り組みを進めています。同じようにその地域の特性をふまえて取り組む人がいるなら、私自身もぜひ連携して一緒に取り組んでいきたいです。
スパークルは、東北を発信源として、地域に還元する、地域のためのVCを目指しています。VCファンドという仕組み自体がいいかも含めていろいろ模索をしながら、地域経済を盛り上げる成功事例をどんどん生み出していきたいと思っています。