三井不動産

タイミーの地域戦略が示す、スタートアップ×地域の新しい可能性

2025.08.15(金) 15:50
この記事は約5分で読むことができます。
タイミーの地域戦略が示す、スタートアップ×地域の新しい可能性

人手不足が深刻化する地域経済の中で、新たな解決策として注目を集めているのが、スキマ時間で働く「スポットワーク」だ。

スキマバイトサービス「タイミー」を提供する株式会社タイミーは、2023年3月の下呂市との業務提携に関する協定を皮切りに、2025年7月現在で27都道府県55自治体との協定を締結している。

タイミーの地方創生グループでマネージャーを務める葛西伸也氏は「社会課題が深い場所にこそスポットワークが貢献できる可能性がある」と語る。

都市部で培ったビジネスモデルを地域に展開する際の課題や成功要因は何か。地域にとってのメリット、スタートアップにとっての価値創出とは。葛西氏に、地域戦略のリアルと今後の展望について話を聞いた。

葛西 伸也(かさい しんや)

株式会社タイミー 社長室 地方創生グループ マネージャー

青森県青森市出身。慶應義塾大学法学部法律学科を卒業後、コンサルやベンチャー企業で新規事業開発や地方創生に10年以上従事。2020年に「タイミー」に入社し、現在は地方創生グループのマネージャーとして、自治体や商工会議所などと連携し地方事業者に向けた雇用創出事業を推進している。

なぜタイミーは地域創生をするのか?

──タイミーが地域展開を強化した経緯について教えてください。

タイミーは2017年に創業して、翌年にスキマバイトサービス「タイミー」をリリースしました。支社は順次拡大していて、東京から始まり、大阪、福岡、名古屋と立ち上げ、その後北海道、東北、中四国、北信越と、地方への進出も進めていました。

ただ、地域創生の文脈で本格的に取り組むきっかけとなったのは、2023年3月に岐阜県下呂市と初めて包括連携協定を締結したことです。これが大きなターニングポイントになりました。

下呂市との連携が実現した背景には、偶然とも言える出会いがありました。私たちは2022年末頃から、JAグループと連携して、タイミーで農家の収穫期や繁忙期の人手不足解決に取り組んでいました。この取り組みが日本農業新聞に掲載された記事をきっかけにして、下呂市との連携協定を締結することになりました。

下呂市は人口減少が進む一方で、下呂温泉のインバウンド客増加や農業振興によって労働需要が高まっており、供給側の労働力確保が課題となっていました。従来の支援方法は、正社員や長期雇用前提のマッチングが中心で、柔軟な働き方のニーズに対応しきれていなかった。そこにスポットワークという新しい選択肢が求められたのです。

地域の人材不足をスポットワークで解決する

──地域展開を進めることで、タイミーにはどのようなメリットがありますか。

葛西:ひとつは純粋にマーケット拡大です。地方は都市部に比べて市場規模は小さいものの、競合が少なくブルーオーシャンです。また、行政や公的機関と連携することで、会社の信用力向上にも大きく寄与しています。

もうひとつは、当社のミッションである「『はたらく』を通じて人生の可能性を広げるインフラをつくる」の実現という観点です。インフラと言う以上、日本全国どこでもある程度働ける状態が必要だと考えています。社会課題が深い場所にこそスポットワークが貢献できる可能性があり、地方こそスポットワークが求められていると感じています。

実際、地方は人口減少と高齢化が進み、従来の硬直的な雇用形態では対応しきれない課題があります。スポットワークなら細切れに業務を切り出せるため、今まで働けなかった方も参加しやすく、新たな労働供給を生み出せるのです。

──実際に地域に進出する際の具体的なアプローチについて教えてください。

葛西:さまざまなチャネルを活用しています。株主や金融機関のネットワーク、個人的なつながり、商工会議所、JA、観光DMO、地銀や信金との連携など、本当に多岐にわたります。

そういったさまざまなつながりの他、重要なのは実績です。実は私がタイミーに入社した後、自治体に対して100件以上の提案をしていたのですが、なかなか決まりませんでした。しかし、下呂市で実績ができてからは加速度的に広がり、現在55自治体との連携に至っています。一度成功事例ができると、他の自治体からも「見てもらいたい」という声が次々と寄せられるようになったのです。

スポットワークが地域の関係人口を創出する

──地域での具体的な取り組み事例について教えてください。

葛西:先行して取り組みを開始した下呂市では、約1年でワーカー数が前年同月比約2.5倍、事業所数は約4.4倍に増加しました。

興味深いのは、地域での働き手の構成です。下呂市で調査した際、市内の方が3〜4割、県内で市外の方が同程度、県外の方が2割程度でした。つまり、県外から働きに来る人が一定数いるということです。

事業者側のニーズとしては、観光業や一次産業など地域特有の仕事が多くあります。例えば、収穫作業、牛の餌やり、牡蠣の殻のゴミ取りなど、都市部では体験できないような業務もあります。そういった仕事の場合、働き手にとっては、これまでに体験したことがない仕事を経験できる価値があります。

実際に「旅行先の求人を探して、午前中働いて午後観光する」という使い方をする人もいます。福島の仕事で、水戸から毎週末働きに来ていた方が、最終的に移住したという事例もありました。働くことで地域との深いつながりが生まれ、関係人口の創出から移住に発展する可能性もあるのです。

また、特筆すべき事例として、石川県との連携協定による能登復興支援があります。

災害後の労働需要は、ボランティアだけでは対応しきれない多様性があります。例えば、被災したホテルでは宿泊需要があるものの、取引先のリネン会社が被災してタオルの納品が止まってしまった。

そこでタイミーでマッチングしたワーカーがタオルの準備作業を行い、営業継続を支援しました。また、焼酎蔵でのラベル貼りや、馬の牧場での餌やりなど、復興には様々な労働力が必要で、スポットワークが重要な役割を果たしました。

スタートアップと地域課題は意外にマッチする

──スタートアップが地域進出することの意義について、どのようにお考えですか。

葛西:意外かもしれませんが、大企業よりもベンチャーの方が地域では効果的な場合があるように思います。大企業はリソースも豊富で多くのことができる一方、連携後に何をするかを決めるのに時間がかかっているケースもあるとお聞きしております。

一方、ベンチャーは特定の課題に特化したソリューションを持っているため、その課題にマッチすれば動きが早く、実効性も高い。スポットワークだけでなく、ライドシェアやMaaSなども、経済合理性では都市部が有利ですが、実際に困っているのは地方の方です。そうした課題と解決策のマッチングにおいて、スタートアップには大きな可能性があります。

──行政とベンチャーの連携において気を付けるべき点はありますか?

葛西:推進にあたっては自治体とベンチャーの「言語の違い」に留意しなくてはなりません。行政は年度会計に基づく予算ありきの進め方で、文書主義で議事録をしっかり取り、税金を預かっている以上失敗はできないという姿勢です。一方、ベンチャーは多少粗があってもスピード重視で、9割失敗しても1割でホームランを打てばよいという考え方。

私の場合は、行政と関わる仕事も、ベンチャーの仕事もやってきたので、両方の言語を理解して翻訳機能を果たすことができます。最近はタイミーにも行政出身の職員が入社し、地域の窓口を担当するケースも増えています。この翻訳機能は、ベンチャーが地域進出する際の重要な成功要因の一つです。

タイミーと地域の持続可能な未来とは

──今後の展開について教えてください。

葛西:理想論では全国のすべての自治体との連携を目指していますが、数を増やすだけでなく、お互いにとって持続可能なモデルの構築が重要だと考えています。

現在は地域おこし協力隊への業務委託や、地域のまちづくり会社との代理店契約など、地域にもお金が落ちる仕組みを模索しています。

──その先にどのような地域の未来を描いているのでしょうか。

葛西:まず、地域がしっかりと稼げるようになることです。外貨を稼ぐために観光客を受け入れ、農作物を輸出する地域が増え、各地域が成長すれば日本全体も成長します。その際のボトルネックとなる労働力に対して貢献したいと考えています。

もう一つは、住民のウェルビーイング向上です。ライフステージに応じた多様な働き方があって良いはずなのに、これまでは硬直化していました。特に地方では、一度雇用関係でトラブルが起きると狭いコミュニティの中で軋轢が生まれがちです。スポットワークは一日単位の契約なので、お互いに不幸な結果を避けながら、適切な職場を見つけるための「お試し期間」として機能する可能性があります。

学生、主婦、シニア、資格保有者など、それぞれの状況に応じてスポットワークを活用することで、お金だけでなく社会とのつながりや新しいコミュニティの形成にもつながります。それが地域、ひいては日本の人々が豊かに暮らすことにつながれば、と考えています。

イベント情報はこちら