【奥津爾】直売所が「土地の価値」をレペゼンする。「タネト」が生み出すマイクロガストロノミー経済圏

長崎県雲仙市千々石町。島原半島の西岸の町に、全国から客が訪れる直売所がある。2019年にオープンしたオーガニック直売所「タネト」だ。
並ぶのは、半径20km圏内で農薬や化学肥料を使わずに育てられた野菜だけ。その多くが、土地に根ざした在来種だ。
開店から6年。かつては在来種を食べられる店も買える場所もなかった雲仙は、大きく変わった。地元の料理人は日常的に直売所に通うようになり、雲仙の野菜を目当てに都会から料理人が移住してくる。一軒の直売所が、地域の食のあり方を変えたのだ。
店主の奥津爾さんは、東京・吉祥寺から雲仙に移住し、この店を開いた。なぜ雲仙で、なぜ直売所だったのか。そして、そこから生まれるエコシステムとは。奥津さんに話を聞いた。
「長崎県産」の野菜に長崎の記憶はない
──奥津さんはもともと東京・吉祥寺の出身だそうですね。雲仙に移住したきっかけは何だったのでしょうか。
僕は地元の吉祥寺で起業して、オーガニックの料理教室と飲食店をやっていました。子どもの頃からそういう食生活で育ったこともあるし、妻がそういう料理法を学んでいたこともあって、食の仕事をするなら、というのは自然な流れでした。
食の持っている力みたいなものを考えると、より良い食材、生命力のある食材は何かという話になって、どうしてもオーガニックに行き当たるんです。そしてそこからさらに素材にこだわっていくと、最後は必ず「種」に行き着く。
これは僕に限った話ではなくて、ガストロノミーの世界でも同じだと思います。素材を突き詰めた人は、みんな種に辿り着く。種が終着点なんですよ。

奥津爾
オーガニック直売所「タネト」店主 / オーガニックベース代表
東京・吉祥寺生まれ。吉祥寺でオーガニックの料理教室と飲食店「オーガニックベース」を運営。長崎県雲仙市の種採り農家・岩﨑政利氏と出会い、家族で雲仙市へ移住。2019年、オーガニック直売所「タネト」を開業。「雲仙たねの学校」「種を蒔くデザイン展」「種と旅と」など、在来種の価値を発信する企画を多数主宰。
──今、流通している野菜のほとんどは、種苗会社が交配してつくるF1種で、農家は毎年種を買い直しているそうですね。自分で種を採りながら育て続ける農家は、ごくわずかだと聞きます。
そうです。では、日本で在来種の種を守り続けているプロの農家は誰なのか。調べれば、誰もが雲仙の岩﨑政利さんに辿り着きます。40年以上にわたってあれほど多様な種を採り続けている人は、世界中を探してもいない。唯一無二の存在です。
2013年に、八百屋のwarmerwarmerさんと在来品種だけを集めた「種市」というファーマーズマーケットを吉祥寺で始めたんです。そこに岩﨑さんをお呼びしてトークをしていただいたら、哲学の深さとリアリスティックな視点を併せ持った、今までに出会ったことのない農家さんだった。
翌々月、たまたま雲仙の近くに行く用事があって、岩﨑さんの畑を訪ねました。そのとき、在来種の「黒田五寸人参」の花が畑一面に咲いていたんです。本当に美しかった。
──野菜の花、ですか。
普通の人は、野菜の花を見る機会なんてないんです。ほとんどの農家は種を買って育てているので、畑のサイクルの中に野菜の花が登場することがない。花の先に種があるわけですから、花が咲き誇る景色は、在来種を守っている農家にしか味わえないものなんです。あの景色に、心を動かされてしまった。
──種には、それほどの価値があるのでしょうか。
種には、2つの方向性があります。一つは、高度に品種改良されたハイテクの種。もう一つは、世界中のそれぞれの土地で、人々が昔からずっと守り続けてきた在来種の種です。
今、世界中の研究機関や大企業の予算は圧倒的にハイテクの種に注がれていますが、僕はもう一方の、土地の風土の記憶を宿した在来種のほうにどうしても惹かれてしまった。
たとえば岩﨑さんは、黒田五寸人参の種を40年間、毎年採り続けています。雪が降った年、干ばつの年、暑かった年、寒かった年。その年の風土のデータを、種は遺伝子の中に記憶して、毎年アップデートしていく。それが積み重なって、40年分の雲仙の風土が一粒の種に宿っているわけです。
一方で、僕らが普段食べている野菜の99%以上は、買ってきた種から育てられたものです。しかもその9割以上は、海外で採種されている。ということは、たとえ「長崎県産」と書かれた野菜であっても、その種は去年、海外の畑で採られたものなので、長崎の記憶は何もない。突き詰めて考えると、それはどこの種で、どこの野菜なんだろう、ということになります。

──野菜の産地表示だけでは見えない話ですね。
皆さんがワインに感動するのは、ワインがテロワールを表しているからですよね。アルザスやロワールといった地域のブドウの木が、その土地にずっと立っていて、その場所の気象条件をすべて記憶している。それを絞って飲むから、世界中のガストロノミーの人間たちが夢中になるし、ものすごいお金が動いている。
その価値観を突き詰めれば、野菜も種に行き着かないはずがないんです。岩﨑さんの野菜を雲仙で食べるということは、40年分の雲仙の風土を雲仙で食べるということですから。
地元で、地元の野菜が買えない。
──奥津さんは2019年に直売所「タネト」を開きました。なぜ直売所だったのでしょうか。
シンプルに、地元で岩﨑さんの野菜を買える場所がどこにもなかったからです。引っ越してきたときは、雲仙なら在来種や有機野菜がいくらでも手に入るだろうと思っていました。ところが、すぐそこの畑で素晴らしい野菜がつくられているのに、地元に置いている店がない。
生産組合に電話しても「うちは卸しかやっていないので、一般のお店で買ってください」と言われる。でも、その「お店」が地元にないわけです。野菜は全部、東京や都市部に送られてしまう。
笑い話みたいな本当の話があって、当初僕は東京から雲仙に越してきたのに、野菜を東京の八百屋から送ってもらっていたんですよ。その箱の中に、長崎県産の有機野菜が混じっている。
これはどの地域でも起きていることです。その土地でできた素晴らしいものを、その土地で買える場所がない。それでもう、直売所をつくるしかないな、と。

──直売所といえば、道の駅やJAの直売所のように、地域の農家が自由に持ち込み、安く売る場所が一般的です。タネトは逆に、農薬・化学肥料不使用の在来種を軸に高価格帯の野菜に絞り込んでいます。なぜ一般的な直売所の形ではだめだったのでしょうか。
一般的な直売所の形では成り立たないんです。玉ねぎが20個200円で売られている横に、有機の玉ねぎが1個150円で並んでいたら、絶対に「バグる」じゃないですか。安さで勝負したら勝てるわけがない。ちゃんとした価格で売るには、在来品種を軸にした「舞台」をつくらないといけない。
ただ、流通の常識からすれば、雲仙のような僻地で在来種を軸にした直売所をやるなんて自殺行為です。農家、八百屋、仲卸……ほぼすべての専門家に「成り立つわけがない」と大反対されました。
──それでも踏み切れたのは、勝算があったからですか。
ありましたね。こういう価値を認めてくれる人が一定数いるはずだと思っていた。実際、お客さんは地域の普通の生活者がほとんどです。家でおいしい野菜を食べたい人、料理が好きな人。
もちろん、野菜は安いほうがいいという人もいます。でも、せっかく地元に住んでいるんだから地元のいい野菜を食べたい、在来品種のような変わった野菜に出会いたいという人は、ちゃんといるんです。

直売所の存在がマイクロガストロノミーを成立させる
──タネトは半径20km圏内の野菜に限定し、通信販売もしていません。通販をしないのは、「ここに来ないと買えない」価値を守るためですか。
そうです。一般的な地方での勝ちパターンというのは、多少有名になったら地方から都会へ発送をやって、経営のバランスをとる、というものですよね。でもそれをやってしまうと、ここに来てもらう意味がなくなってしまいます。いい野菜は、雲仙に来て買ってもらう。その建て付けだけは絶対に崩さないようにしました。
もう一つ、通販をやると、いろんな人との間に利害関係が生まれてしまうんです。通販をやっている農家さん、八百屋さんと、ライバル関係になるじゃないですか。でも、雲仙で半径20km圏内の在来品種の野菜を、地元の人に向けて売っている以上、僕に敵はいない。
僕は移住者ですから、誰かの席を奪うようなことをしてはいけないと思っていました。そして利害関係がないからこそ、いろんな人が協力してくれる。だから通販はやらず、半径20km圏内で区切ることが、僕の中ではベストだったんです。
──その「半径20km」という範囲は、どこから来たのですか。
アリス・ウォータースという人をご存知ですか。カリフォルニアのレストラン「シェ・パニース」の創業者で、スローフードや地産地消という言葉を世界に広げた、この業界のカリスマです。彼女が言っていた地産地消の範囲は、「半径100マイル」なんですよ。約160km。でもこれ、日本で言えば九州がまるごと入ってしまう範囲です。広すぎですよね。
日本は半径20kmもあればガストロノミーが成立します。半径20kmで島原半島がすっぽり入って、かなりの食材が手に入ってしまう。これは雲仙だけの話ではありません。東京だって、半径20kmなら埼玉や千葉が入る。農家はいくらでもいます。日本中どこでも、半径20km圏内に本当にこだわった人が必ずいるんです。

──日本のあらゆる地域で半径20kmのマイクロガストロノミーが成立する、と。
日本には、すごい資産があるんです。野菜の在来種に関しては、日本は圧倒的に世界チャンピオンです。世界中にはフーディーズと呼ばれる、いいものを食べるためなら地球の裏側まで行くような人たちがたくさんいます。
ところが、今のガストロノミーツーリズムやデスティネーションツーリズムでは、宿が「この土地のガストロノミー」を謳っていても、野菜は市場流通から仕入れていることがほとんどです。端的に言えば、野菜のほうが旅行者より遠くから来ている。何十万円も払ってその土地に行って食事をしても、突き詰めればその土地の風土のものを食べているわけではない。調味料も野菜も、肉や魚さえそうです。
日本各地の郷土料理は、必ず在来品種に紐づいています。その土地でしか生まれない野菜の個性を活かそうとしたら、郷土料理につながる。だから、外から持ってきた野菜で郷土料理をつくっても、本質的には「郷土料理もどき」なんです。
──マイクロガストロノミーが本当の意味で成立するためには、在来品種が地元に流通している必要があるわけですね。
「この場所に来ないと体験できない価値」を、日本はすでに持っています。タネトのような直売所があれば、その土地にある多様な飲食店がそこで仕入れて、その土地の野菜を使えるようになる。在来種の畑もどんどん豊かになっていく。デスティネーションレストランだけなら、客はその店に行くしかないけれど、直売所さえあれば、土地全体の食文化を立体的に上げられるんです。
直売所が「エコシステムのハブ」になるまで
──今の雲仙には、タネトを軸に農家、直売所、レストラン、宿といったエコシステムができているように見えます。どのように形成されていったのでしょうか。
直売所って、すごいんですよ。誰にだって行ける場所なんです。
今はいろいろな地域でコーヒーショップを軸にコミュニティが生まれていますが、それは500円も払えばそのコミュニティに入れるという気軽さがあるからですよね。直売所はもっと敷居が低くて、もっと広い。コーヒーは飲む人と飲まない人がいるけど、野菜はみんな買いますから。
地域のおじいちゃんおばあちゃんも来れば、三つ星レストランのシェフも来る。みんなが同じ場所で同じ目線で野菜を見ている。それが自然に混ざる。すごくいいことだと思いませんか。
しかも農家さんが直接野菜を持ってくるから、そこに来れば農家さんに会える。八百屋だと、農家とは野菜を発送してもらうだけの関係ですが、直売所は生産者との距離が近い。
料理人が直売所に来れば、生産者と直接話す機会が生まれます。だから料理人を巻き込んだイベントにはすごく意味があって、今でもずっと続けています。
雲仙にいる料理人たちが直売所で仕入れるようになれば、在来品種やいい素材についての情報が自然と入ってくる。土地全体の意識が上がっていくんです。

──地域の人と生産者が混じり合い、意識が上がったことで、エコシステムが生まれていった、ということですね。
僕はヒップホップが好きなんですが、ヒップホップの文化は、自分の土地を「レペゼン」するじゃないですか。各地の人間が自分の土地のことを歌う。世界中そうで、むしろそれがないとダサい、くらいの価値観です。
そしてヒップホップには「クルー」がいる。リリックを書く人間、ラップする人間、いろんな登場人物がいて、クルーとして立体的に見える。
僕は雲仙の生産者や料理人も、ヒップホップのクルーに見立てて、立体的に見せようとずっと意識してきました。
繰り返しになりますが、それができるのは、利害関係のない直売所だからなんです。
デスティネーションレストランは、突撃隊長にはなれますが、エコシステムのハブにはなれない。ハブになれるのは、直売所なんです。
第2、第3の雲仙へ。「限界を迎えている土地にこそ、宝は眠っている」

──他の地域に第2、第3の雲仙をつくろうとしたとき、その地域に必要な要件は何でしょうか。
特にないですよ。どんなエリアでも、半径20km圏内を探せば、こだわりを持った生産者は必ずいます。それが埋もれているか、立体化されていないだけで、足りないものは何もない。
僕は雲仙だからこのモデルでやっていますが、他の街なら他の街のモデルにすればいい。「その土地に根ざす」というやり方を雲仙から真似れば、どこでも生きるやり方だと思います。
限界を迎えている地域にこそ、その土地の宝が眠っているんです。僕は新しいものをどこかから持ってくるのではなく、今ある足元のものをしっかり立体化させることで、世界中のガストロノミーや食の文化の人たちとつなげることが可能だと思っています。
実は今、雲仙でやってきたモデルをカスタマイズして、企業版ふるさと納税を活用した新しいモデルを岐阜県の白川町でもつくろうとしているんです。
──雲仙で生まれたモデルが、日本各地へ広がる段階に入っているのですね。
日本中のどこでも、タネトのような直売所ができれば状況は変わると思います。
土地の価値を立体的に見せていくのが、本来の直売所の役割です。タネトは、本来の直売所があるべき一つの姿、王道だと思っています。僕はタネトのやり方がスタンダードになってほしいと思っているし、本当にいろいろな地域で真似してほしいと思っています。