西粟倉の集落を丸ごとブランディング。株式会社点々が語る「地域に必要なデザインの力」

株式会社点々が、岡山県西粟倉村・知社(ちしゃ)集落に平飼いの養鶏場を開き、2年弱が経過した。規格外の米や野菜、米ぬかを鶏の餌にし、鶏糞は田畑へ還す。半径1キロで資源を循環させながら生産した卵は、今や全国約50店舗以上の食料品店や飲食店に並び、ミシュラン掲載の星付きレストランでも使われている。
しかし、点々は単なる「卵のブランド」ではない。自分たちが暮らす集落そのものを一つのブランドとして打ち出す「マイクロエリアブランド」だ。
現在は卵かけご飯に使う出汁醤油や、卵を用いて作られたマヨネーズ、鹿肉のソーセージといった加工品も、「点々」という一つの看板のもとで販売。ジビエを味わう薪火レストランや、古民家を用いた一棟貸し宿の開業も計画しているという。
共同創業者は、2015年に林業に関わるべく西粟倉へ移住した羽田知弘氏と、2011年に同村へ移住し、デザイン会社を営む鈴木宏平氏の2人。点々が一歩ずつ、着実に歩みを進められているのは「創業時にブランドデザインを固めたから」だと、両者は口を揃える。
なぜ卵ではなく、集落をブランド化することにしたのか。そしてデザインは、事業をどのように支えているのだろうか。地域におけるデザインの役割とともに、2人へ話を伺った。

プロフィール
羽田知弘(はだ ともひろ・写真左)
株式会社点々 取締役、合同会社セリフ代表
1989年愛知県津島市生まれ。三重大学卒。木材商社を経て株式会社西粟倉・森の学校(現・エーゼログループ)に参画し、事業部長としてマーケティングと新規事業開発に従事。2022年に合同会社セリフを創業。くくり罠の猟師でもある。
鈴木宏平(すずき こうへい・写真右)
株式会社点々 代表取締役CCO、Nottuo株式会社 代表
1984年宮城県生まれ。武蔵野美術大学建築学科卒。東京でフリーランスのデザイナーとして活動したのち、2011年に西粟倉村へ移住。2015年にNottuo株式会社を設立し、ブランディングデザインを軸に建築、プロダクト、グラフィック、WEBまで手がける。
“小さな資源循環”で集落を守り、地域をブランド化する
──はじめに、なぜ養鶏を事業化しようと思ったのでしょうか?
羽田:自給自足の手段として、僕が自宅で鶏を飼い始めたのがきっかけでした。
家庭で出た生ゴミを鶏に与え、鶏糞を田畑で肥料として使っていたんです。その鶏糞で育った野菜を調理し、出た生ゴミを再び鶏の餌にする。養鶏を中心に、資源がぐるぐると回ることに感動したんですよね。自分の住む集落でも実践できないか、考えるようになりました。

鶏舎を耕作放棄地に建て、餌に規格外の野菜やくず米などを使えば、飼料コストを抑えながら事業が成り立ちます。また卵の選別のような仕事なら、人口の4割弱を占める65歳以上の村民でも、一緒に働けると思いました。
集落にちょっとでも仕事があれば、人は暮らし続けられるはず。地域の人口が減少の一途を辿るなか、養鶏は「自分たちの集落を失わない」ための有効な手段だと感じました。そこで2023年の9月頃から、養鶏事業の準備を始めたんです。
──集落をブランド化する「マイクロエリアブランド」という構想は、当時からあったのでしょうか?
羽田:当初は卵単体のブランドにするつもりでいました。ただ、数多くのブランド卵が日本全国に存在するなか、果たして売るものが卵だけで良いのか、決定的な確証が持てなくて。僕は山で鹿や猪を獲るし、集落の農家さんはお米を育てています。売るものを狭めてしまうと、そうした他の資源を取りこぼしてしまうことも、少し気がかりでした。

そしてある時、同じ地域でデザイナーとして活動する鈴木さんに、「卵のブランドを作りたいから」とブランディングデザインを依頼したんです。自分の中で抱える違和感も含めて話を聞いてもらったところ、鈴木さんから出たアイディアが、「マイクロエリアブランド」という構想でした。
養鶏事業を起点に、自分たちが住む集落(=マイクロエリア)全体を看板として掲げる。そうすれば卵だけでなく、養鶏と直接関係のないジビエの商品など、地域の資源をすべて同じ名前のもとで展開できます。
この構想が生まれたタイミングで、鈴木さんから「一緒に会社をやろう」と提案してもらい、2024年、株式会社点々の共同創業に至りました。

──「マイクロエリアブランド」という事業の構想を提案することは、一般的なデザイナーによる提案の範疇を超えているようにも思えます。
鈴木:グラフィックやパッケージをつくることがデザインの全てではありません。事業の仕組みを設計することもれっきとした“デザイン”だと、僕は考えています。ただクライアントワークとして携わると、伴走者ではあっても当事者ではないため、事業の根幹にまで踏み込むことはできません。この集落にすむ一人の住人としても、事業の当事者・共同創業者になることを提案させてもらいました。
僕はこの地に住んで15年、羽田くんは12年が経ちます。普通に生活していても人口減少を肌身に感じますし、「このままでは集落が消滅する」というリアルな危機感が常にあります。まさに地域課題の最前線で暮らしているんです。デザイナーが当事者として地域に関わり、デザインの役割を拡張できるということは、会社を立ち上げる大きな決め手になったと思います。
強固な旗を立てることで、決断のブレをなくす
──「点々」という会社名ならびにブランド名は、どういった由来があるんですか?
鈴木:僕たちの取り組みは、広い世界や社会全体からすると小さな点でしかありません。それでも、まずは自分たちが住む土地に小さな点を打つことで、社会に対する一つの選択肢を生み出したい、という想いが込められています。
さらに、このモデルは西粟倉・知社集落の中だけではなく、日本中の中山間地や過疎地域にも広がる余地があります。地域の外にも「点」が次々と打たれていくような未来を描きたいと思い、「点々」と名付けました。
あわせて掲げたのが「半径1kmの風景をつくる」というコンセプトです。半径1kmは、集落を目で見渡せて、普段から歩き回れる範囲です。そんな身近な地域圏内の事業だからこそ、自分事として取り組む。その決意を込めた言葉でもあります。

羽田:鈴木さんから「点々」という名前の案をもらった時もそうですが、「半径1kmの風景をつくる」というコンセプトを聞いた時も「確かにそうだよね」とすんなり腑に落ちました。
西粟倉村で半径1kmの風景をつくり、それをモデルとして地域外にも「点」を打っていく。こうしたブランドとしてのあるべき姿を、旗としてしっかりと掲げてもらったおかげで、明確な判断基準が生まれたのは大きかったです。
──「半径1kmの風景をつくる」というブランドコンセプトは、実際の事業や経営にどう活かされているのでしょうか?
羽田:たとえば鶏の飼育数は、周辺地域から集める未利用資源を餌として活用できる飼育羽数を算出し、3,600羽を目標としています。
また、現在は約1,200羽が卵を産める状態にありますが、一気に目標羽数まで増やしてしまうと、販路や堆肥化の仕組みが追いつかず、捨てるものが増えてしまう。そこで資源の循環が成立するかどうかを判断しながら、少しずつ生産量を増やしていく方針をとっています。

鶏が自由に動き回り、砂浴びや羽ばたきができる「平飼い」を選んだのも、僕たちが描きたい「半径1kmの風景」と深く関係しています。実は美味しい卵を作ることと、鶏の健康には相関関係がありません。事業の本質が「卵のおいしさを極限まで突き詰める」ことでもないからこそ、鶏の健康を考えた飼育環境を第一に選びました。
他にも販売する商品や、販路の開拓に至るまで、このように何かを決める時はコンセプトに立ち返り、「点々らしいかどうか」を考え、判断するようにしています。


地域に住むことで見える世界観を、ブランドに反映する面白さ
──ブランドのコンセプトは、パッケージなどの意匠にも落とし込まれているのでしょうか?
鈴木:「素(そ)の価値」という言葉を軸に据えながら、鹿や猪、米、そこら中で採れるムカゴなど、集落の「半径1kmの風景」に潜む素材そのものに焦点を当ててもらうことを意識しています。
知社集落は風光明媚な景観があるわけでもないし、史跡があるわけでもありません。日本中どこにでもありそうな中山間地に、人々が静かに暮らすことで成り立っている集落なんです。そのリアルな手触りが伝わるよう、過度な装飾は控え、シンプルでおとなしいデザインを選びました。

デザインで集落の「手触り」を可視化することは、ブランドの個性になります。そしてデザインが入り口となり、中身を知ってもらうことは往々にしてあります。
地域にとっては当たり前の営みが、デザインを通して初めて価値として届くようになるからこそ、これからも「手触り」のあるアウトプットを意識していきたいです。
羽田:実際、鶏舎のデザインやパッケージを見て、我々の取り組みに興味を持ってくださる方は結構いらっしゃるんです。そして我々のもとを訪れてくださった人たちが「この鶏舎、臭くないんですね!」と驚いてくれることもある。まさにデザインという入り口が大事だと思っています。
特に養鶏という業種は「臭い・うるさい・汚い」というイメージが強く、中身を知ってもらう前に敬遠されてしまいがち。まずは興味を持ってもらい、養鶏に対する誤解を解きたい。そして我々の取り組みをきっかけに「稲作の傍ら何かを始めたい」「未利用資源を何とか活用したい」など、地域の悩みにフィットする形での導入が増えたら嬉しいです。
──今回の取材では、点々のデザインやブランドについて重点的にお聞きしましたが、西粟倉に限らず各地域において「デザイナーと共に一次産業を生み出す」ことのポテンシャルはまだまだありそうだと感じました。
鈴木:デザイナーの方々には、もっと東京や都市圏から各地へ引っ越してほしいですね。
そもそもデザインには、事業の魅力を世界中の人たちに届けたり、未来を一緒につくる仲間を増やしたりする力があります。見た目を整えるだけではなく、中身を知ってもらうためにも大事な要素です。
その上で大都市を拠点とする有名なデザイナーにブランディングデザインを依頼するのも、1つの選択肢。しかし、地域の魅力を継続的にしっかり伝えていきたい時の選択肢として、地元に住むデザイナーと一緒に取り組むような座組みも、もっと増えていけばいいと思っています。デザイナーに客観性は欠かせませんが、その土地に住み、風土を知った上で生み出されるデザインは、土着的な事業を後押ししてくれるはずです。
実際、僕も知社集落の住民として感じ取れる土地の魅力をもとに、点々のデザインに取り組めていると自負しています。そして「事業の当事者になる」という決断をとったこともまた、地域におけるデザイナーの役割を強固なものにしました。点々というブランドの強度を保つうえでも正しい選択だったと思うんです。
「養鶏事業を始めるから、お前もこっちに引っ越してこいよ」なんて誘いを機に、デザイナーが拠点を地方や田舎に移し、1人の事業者として地域そのものをデザインしていく。そんな事例が世の中に増えていけば理想です。地域に根ざしたデザイナーが自らのキャリアを育てながら、各エリアの魅力ある手触りを可視化していく。日本の風景が面白くなると思うんです。
(写真提供:株式会社点々)