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【美食地質学】なぜ、その魚は美味いのか?科学的根拠が地域にもたらす「オンリーワン」の価値

2026.09.03(木) 17:00
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【美食地質学】なぜ、その魚は美味いのか?科学的根拠が地域にもたらす「オンリーワン」の価値

「この地域は魚が美味い」。地域の食を語るとき、よく耳にするフレーズだ。では、なぜ美味いのか? その問いに対して、明快に答えられる人は多くない。この問いを突き詰めた先に行き着くのは、壮大な地球科学の世界だ。

マグマ学者の巽好幸さんは、地域の食を、地殻変動がもたらす地球のダイナミズムから解き明かす「美食地質学」を提唱する。

なぜ、その地域の食は美味いのか? そしてその問いに科学的に答えることは、地域に何をもたらすのか。巽さんに話を聞いた。

科学的根拠で、地域の食の「オンリーワン」を証明する

──美食地質学とは、どのようなアプローチなのでしょうか。

よく地域の食べ物が美味しい理由として「美味しい水と豊かな土壌」などという説明がされますよね。でも、これでは答えとして十分ではありません。「なぜ美味しい水なのか」「なぜ豊かな土壌なのか」という問いに答えていませんから。

美食地質学は、その「なぜ」に地球科学の視点で答えようとするものです。地形や地質、地殻変動といった、その土地が何億年もかけて作り上げてきた条件が、食の美味しさにどう影響しているのかを、科学的に解き明かすのです。

──フランスの「テロワール」とも共通するところがありそうですね。

テロワールは近い概念ではありますが、根本的に違う点があります。例えばブルゴーニュ産ワインの「シャブリ」が牡蠣と合う理由として「ブルゴーニュの地下には牡蠣の貝殻を含む地層があり、その成分をブドウの木の根が吸い上げている」という説明がされます。

ところが科学的には、根から貝殻の成分は吸い上げられないことがわかっています。つまり、そのテロワールは物語として美しいけれど、科学的な根拠がない。

巽 好幸(たつみ よしゆき)

ジオリブ研究所 所長 / 神戸大学名誉教授

大阪府出身。理学博士。専門はマグマ学・地球進化学。近年は地球科学と食文化を融合させた「美食地質学」を提唱し、和食や日本酒の魅力を地質学の視点から紐解く普及活動を展開。地球科学の魅力と防災意識の啓発を精力的に行っている。

──なぜ、科学的根拠にこだわることが地域にとって重要なのでしょうか。

今、日本中で地域の食やガストロノミーツーリズムへの取り組みが広がっていますが、そのほとんどが「古民家レストランで地元食材を出す」というような、共通の型に収まっています。どこでも同じようなことができてしまうから、差別化につながらない。

科学的に「この食の美味しさは、この土地の地質と地形にしか生まれない」と言えることは、他の地域が絶対に真似できない「オンリーワン」の証明になります。ただ美味しいものを食べたいだけなら東京や京都に行けばいい。地方に出かけたときに食べたいのは、そこでしか食べられないものですよね?

そして、その事実を地域の人たちが知ることで、「自分たちの住んでいる土地はこんなにも特別なんだ」というシビックプライドが育まれます。それが、地域の食文化を守り、次の世代に伝えていこうという動機になっていくんです。

4000mの高低差が生む、富山湾の豊かさ

──「美食地質学」の視点から地域を見た事例を教えてください。

日本中に事例はありますが、わかりやすいのが「富山の寿司」の例です。富山の寿司を語る上で、欠かすことができないのが天然の生け簀と言われる富山湾。富山湾に豊かさをもたらしているのが高低差4000mの地形です。3000m級の立山連峰、そして富山湾は沖合わずか数十キロで水深1000mに達します。

立山連峰に降った雪や雨は、山を下り、川となって富山湾へと注ぎ込みます。この水は、森林を通過する過程で窒素やリンといったプランクトンの栄養となる物質を溶かし込んでいる。当然、栄養豊富なプランクトンを食べたブリも美味しいに決まっていますよね。

さらに、川の流れは富山湾を徐々に削っていき、海底谷をつくります。実は、富山名産のシロエビはそこに住んでいるんです。海底谷で周囲を守られながら生息しているわけです。

また、日本海へ突き出した能登半島も重要な役割を果たします。回遊する魚が、能登半島に行く手を遮られ自然と富山湾に入り込んでくる。これにより湾内に豊かな漁場が形成されるのです。まさに「自然の定置網」のような構造が、地形によって生み出されているんです。

©︎adobestock

──なるほど。「寿司が美味しい」理由をここまで深堀りすることができるのですね。

さらに遡ると、能登半島が海に突き出しているということは、その地盤が隆起しているということです。地盤が隆起するということは、そこに断層があるということ。断層があるということは、地震が起きやすいということを意味します。

つまり、富山の海の恵みをもたらしている能登半島の地形そのものが、地震を生む断層の存在の証でもある。2024年に起きた能登半島地震は、この地形の必然から生まれた出来事でもあるわけです。日本海側に半島や島が並んでいるのは偶然ではなく、すべて地殻変動の結果です。食の豊かさと自然災害は、同じ地球のダイナミズムの表と裏なんですよ。

──ちなみに、こうした富山の地形は寿司文化にも影響を与えることになるのでしょうか。

富山では目の前の海で獲れたばかりの魚が手に入る。ところが朝に揚がったばかりの魚は死後硬直の最中です。しかし、死後硬直状態の魚はコリコリして歯ごたえはあるかもしれないけれど、旨味は十分ではありません。旨味の正体であるイノシン酸は、死後硬直が解けて、筋肉のたんぱく質が分解される過程で生成されます。新鮮だから良いというわけではないのです。

だから富山の寿司職人は、朝穫れのブリの砂ずり(ハラミ)を新鮮なままに提供してサッパリした味と歯ごたえを楽しんでもらうこともあれば、3日から1週間ほど寝かせることで甘い旨味と滑らかさを引き出すこともある。ブリの異なる美味さを味わえるこんな寿司は、富山でしか味わえません。

地元で獲れた魚だから地元で消費するというだけでなく、その魚の旨味を最大化する技術と知識が富山の寿司文化に蓄積されているのです。

灘の「男酒」を生んだ、六甲山の地層

──「地」のものと言えば、魚のほかに酒もあります。水が重要だとされる日本酒も地形や地質が関係しそうですね。

日本酒は仕込み水を加えるので、水質が味を大きく左右します。一般に日本の水は軟水が多いのですが、麹菌がお米のデンプンをグルコースに変える際に必要な酵素の働きが、軟水では促進されにくい。酵母が発酵を進める上でも、軟水だと少し力不足になる。だから軟水で造ると、じっくりとした穏やかな発酵になり、淡麗でやや繊細なお酒になります。

灘五郷と呼ばれる兵庫県の酒どころは、日本を代表する銘醸地です。灘には「宮水」と呼ばれる硬水があります。カルシウムやマグネシウムを豊富に含むこの水が、発酵を力強く促進し、アルコール度数の高い、骨太な辛口のお酒を生み出す。これが灘の男酒の正体です。

では、なぜ灘にだけそのような硬水が湧くのか。答えは六甲山の地質にあります。六甲山に降った雨は地下水となって平野へ流れ出るのですが、その過程で粘土層を通過します。この粘土層の中に、大量の貝殻が含まれているんです。雨水は弱酸性ですから、貝殻に含まれるとカルシウムやマグネシウムをどんどん溶かし込みながら流れていく。その結果として、カルシウムとマグネシウムを豊富に含む硬水が生まれるわけです。

──六甲山があって、かつその地層に貝殻が含まれているという条件が重なってはじめて、宮水が生まれるということですね。

そうです。高い山があること、そこから水が流れ下ること、その経路に貝殻を含む地層があること。この三つの条件が灘の地に揃っていた。

美味しい食の背景には、必ずその土地の地質と歴史が絡み合っています。「なぜ美味しいのか」という問いを突き詰めていくと、必ず地球のダイナミズムに行き着く。それが美食地質学の面白さです。

「オンリーワン」を突き詰めることが地域のブランドをつくる

──これまで富山と灘の事例を伺いましたが、すべての地域が必ずしも恵まれた環境なわけではないですよね。そうした地域はどうすればいいでしょうか。

食文化はむしろ逆境から生まれることの方が多いかもしれません。

日本は火山大国ですから、国土の約30%が「黒ボク」と呼ばれる火山灰由来の土壌で覆われています。この黒ボク、真っ黒でいかにも肥沃そうに見える。そうした地域の農産物を「豊かな土壌で育った野菜」と宣伝しているのを見かけますが、これは正確ではありません。黒ボクは実際には作物が育ちにくい土壌なんです。

でも、だからこそそこに長い物語があります。黒ボクで作物を育てられるようにしてきた人々の、何百年にもわたる創意工夫がある。全国有数の産地である大山のブロッコリーも黒ボクです。蕎麦は黒ボクのリン酸を吸収する働きがあるため、蕎麦と輪作することで痩せた土壌を豊かにしながらブロッコリーを育てている。

そうした苦労と工夫の蓄積が、逆説的に独自の食文化を生み出しています。「豊かな土壌だから美味しい」ではなく、「厳しい土壌だからこそ生まれた美味しさ」という視点が、本当のオンリーワン性につながっていくんです。

──最後に、地域の行政や民間プレイヤーへのメッセージをいただけますか。

地域のオンリーワン性とは何かを、ぜひ突き詰めてほしいと思います。「うちの地域には美味しいものがある」と情緒的な話で止めずに、「なぜここにしかないのか」を科学的に問い続けてほしい。その答えはその土地の地質や地形、もしくは自然と人が作り上げた風土にあるかもしれません。

足元を深く掘ることが、世界に通じる唯一無二のブランドを作ることにつながる。地域の魅力が科学的な根拠に基づく「オンリーワン」で語られるようになると、いいですね。

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