世界のフーディーはなぜ日本の地方へ?ローカルガストロノミーが生み出す新・地域経済圏

1軒のレストランのディナーのために、世界中から旅行者がやってくる。そんな「デスティネーション(目的地)レストラン」が今、地域の観光だけでなく、経済を盛り上げる存在として注目されている。
富山県の山奥にある人口約400人の村にあるレストラン「L’évo(レヴォ)」には、世界中から年間約8000人が訪れる。さらに、そこで地元の食材や工芸品に触れた観光客が、地域にお金を落としていく波及効果も生まれているという。ローカルガストロノミーは外食、観光、農業、漁業を巻き込む、新たな経済圏を生み出す可能性を秘めているのだ。
全国各地の自治体や生産者と連携しガストロノミープロデューサーとして活動する柏原光太郎さんに、ローカルガストロノミーが地域にもたらす価値について聞いた。
インバウンド増加で注目される、地方の「食」
──近年、地方を盛り上げる手段として「食」について語られることが増えたように思います。
やはり一番大きいのは、インバウンド(訪日外国人旅行者)の増加です。2025年はインバウンドが4200万人超と過去最高を記録しましたが、その人たちに「なぜ日本に来たのか」とアンケートを取ると、一番多い回答が「美味しいものを食べたい」なんです。つまり4200万人が「食」を求めて日本へやってくるわけです。
さらに注目すべきは「高付加価値旅行者」と呼ばれる層です。観光庁の定義では一回の旅行で100万円以上使う人たちのことで、全インバウンド数の約2%ほどしかいませんが、消費額全体の約20%を占めている(2023年JNTO調査)。この層をいかに取り込むかが、地域にとって重要なテーマになっています。

柏原 光太郎(かしわばら こうたろう)
Kassie&Co.株式会社 代表取締役 / 一般社団法人日本ガストロノミー協会 会長
文藝春秋で「東京いい店うまい店」などの編集を長年担当後、新規事業として「文春マルシェ」を立ち上げる。現在は全国各地の自治体・生産者と連携するガストロノミープロデューサーとして活動。著書に『日本美食立国論』『世界の富裕層は日本で何を食べているのか?』など。北九州市参与(食の魅力戦略担当)。
──それがデスティネーションレストランの登場につながったのでしょうか。
私はデスティネーションレストラン自体は、インバウンドとは別の文脈で始まったと考えています。
東京は世界で一番食材が集まる都市で、たとえばシェフが「パリで覚えたあの料理を作ろう」と思えば、食材はすぐに揃います。しかし、それはどれも1日2日経ったもので、誰が獲ったかもわからないもの。そういう素材で料理をすることに、若いシェフたちが「面白くない」と感じ始めたのです。
そこで彼らは、生産者の顔が見え、食材との距離が縮まる地方へと拠点を移しました。生産者との対話の中で料理を作る。こうした「解像度の高い食体験」を追求するシェフたちの動きが、地方で自然発生的に始まりました。
それと並行的に「東京では食べられないものを求めて日本中を旅する」というインバウンドの富裕層たちが合流したのです。彼らは、シェフたちが地方で磨き上げてきた「その土地でしか味わえない必然性のある料理」を、誰よりも早く見つけ出しました。つまり、シェフたちの純粋な探求心をインバウンドという大きな波が発見したのです。
「食」が生み出す地域経済圏
──デスティネーションレストランの具体的な事例を教えてください。
最もわかりやすい事例は、富山県の山奥にあるレヴォですね。富山駅から車で1時間半、ガードレールもないような山道を走った先にある、人口約400人の利賀村に、谷口英司シェフが開いたオーベルジュです。世界中からわざわざ食べに来る人が年間約8000人いて、そのうち1000人は海外の富裕層です。

その影響は観光業だけにとどまりません。レヴォの料理に感動したインバウンドが食材の生産者をたずね、そこで作られている米がいまやアメリカ西海岸の寿司屋で使われたり、レヴォで使われている富山県産の器やカトラリーにインバウンドが惚れ込んで、世界中に輸出されているという例もあります。これによって地元の生産者の売上が数倍、場合によっては10倍以上に跳ね上がるという現象が起きています。
もっと単純に考えても、レヴォに行ってそれだけで帰る人はいないでしょう。帰りに金沢で寿司を食べるとか、冬なら氷見にブリを食べに行く、福井に越前ガニを食べに行くなど、北陸全体にお金が落ちる仕組みができるわけです。つまり、一軒の突出した店があることで波及効果は、一次産業だけにとどまらず、伝統工芸や地域全体にまで広がっていくのです。
──それはレヴォだから生まれた現象なのでしょうか。それとも、デスティネーションレストランは構造的にそういった波及効果を生みやすいということでしょうか。
構造的な話だと思っています。デスティネーションレストランに来る人というのは、「そこにしかないもの」を求めて、時間とお金をかけて来る人たちです。受け身ではなく、能動的に情報を集めて動いている。だから、レストランで感動した食材や器の生産者のところに自分から会いに行くし、そこで気に入ったものを買って帰る。さらには翌年また来る時に、知人を連れてくる。そうして、一次産業から工芸、観光まで、地域全体が面として潤っていくのです。
デスティネーションレストランをどう生み出すか
──では実際に、デスティネーションレストランを地域から生み出すためには何が必要でしょうか。
「うちの地域もガストロノミーで何とかしたいんですよ」とよく相談されるのですが、「では何が美味しいですか」と聞くと、「魚と米」という答えが返ってくる。多分それは本当だと思うんですけど、魚と米が美味しい地域は日本中に山ほどあります。それだけでは差別化できません。
結局、「東京では味わえない体験ができるか」という一点に尽きると思っています。地産地消100%である必要はないけれど、「目の前の海で獲った魚」「この土地だから育つ在来種の野菜」といった、その場所でなければ出会えない食材と、シェフがその食材に真摯に向き合う姿勢が重なった時に、人はわざわざ足を運ぶ。そういう必然性を持ったレストランが、結果としてデスティネーションになっていくのです。

──現在、柏原さんが参与として関わっている北九州市の「すしの都」戦略は、その実践例ということでしょうか。
北九州はもともとポテンシャルのある地域です。玄界灘、響灘、周防灘という三つの海と、潮の流れが極めて速い関門海峡に囲まれていて、身が引き締まった極上の白身魚が獲れる。そこに「天寿し」という、醤油ではなく塩と柑橘で白身魚の旨味を引き出す「小倉前」という独自のスタイルを確立した寿司屋があり、寿司の技術にエンタテインメントを加えたことで客の9割が外国人という「照寿司」のような世界的な名店も生まれた。あえてこの地で江戸前を貫く「二鶴」もある。突出した才能はすでにあるんです。
しかも、彼らは突然変異で生まれたのではない。生産者や市場、物流関係者などにも北九州市の寿司を旨くしたいという思いがあるからこそ、彼らは出てきたのだし、その思いは約200軒はあるといわれる町寿司にも共通しています。
私が今やろうとしているのは、旨いものを食べさせたいんだという北九州市のガストロノミーに関わる人々の思いを世界に伝えて、多くの人に来てもらうことです。
ヒントはスペインのサンセバスチャンにあります。この町がなぜ世界一の美食都市と言われるようになったかというと、「レシピのオープンソース化」が一つの大きな要因だと言われています。旧市街に150ほどあるバルが全部オープンレシピで料理を作っているから、どこに入っても一定以上の美味しさが担保されている。街全体が美食のプラットフォームになっているんです。
北九州でも、寿司の旨さを追求するという共通の文化的土台を再発見し、それをオープンな形で地域全体に広げていくことで、一軒一軒の名店に留まらず、北九州全体のブランドとして世界に届けていきたいと考えています。
地域にローカルガストロノミーを根付かせるために
──デスティネーションレストランや、地域に眠る突出した才能を、意図的に育てていくことはできるのでしょうか。
少なくとも彼らが輝ける土壌を作ることはできると思っています。地方の方々は、自分たちの地域の魅力に気づいていないことが多いんです。外に出る機会が少ないと、どうしても客観的に見ることができません。だからこそ、「あなたたちが当たり前だと思っているこれは、外から見ると非常に価値がある」と気づかせる外部の視点が必要です。
私がよく「ヘンタイ」と呼んでいるような、突き抜けたこだわりを持つ人たちは、どの地域にも眠っています。そしてそれはシェフに限りません。たとえば、長崎県の雲仙エリアには、40年間農薬を使わずに80種類もの在来種を守り続けてきた農家がいました。彼の存在に光が当たり、その野菜の圧倒的な美味しさに共鳴したシェフや生産者たちが全国から集まり、今では地域全体が食のエコシステムを形成しています。
地域に眠る「ヘンタイ」を見つけ出し、その価値を正しく言語化してあげることで、点だった才能が面となって地域を動かし始めるのです。

──行政はどのような役割を担うべきでしょうか。
基本的には民間事業者の「ヘンタイ」を行政が上手く後押しするという形が成功しやすいと思っています。鶴岡のイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」の事例がわかりやすくて、奥田政行シェフが地域の食材と向き合い続けて注目を集めたところに、行政が「その活動を市全体に広げられないか」と動いて、ユネスコの食文化創造都市認定への取り組みにつながっていきました。
行政はどうしても「平等主義」という罠に陥りがちです。特定の事業者を優遇しているという批判を恐れるあまり、観光PRが地域の全店舗をフラットに並べる「カタログ型」になってしまう。でも、平均的な情報の羅列は、世界の富裕層には全く刺さりません。突出した才能を、あえて「えこひいき」する覚悟が必要です。選択と集中によって光り輝く拠点を作ることが、結果として地域全体の底上げにつながるんです。
──本日お話を聞いて、改めてローカルガストロノミーの地域における可能性を感じました。
ガストロノミーというと「美食」という言葉に引っ張られがちですが、本来の意味はもっと広い。食を通じて地理、歴史、農業、文化、人々の暮らしを包括的に理解しようとする「食文化の体系」です。だから、ローカルガストロノミーというのは単に「地方に美味しいレストランを作ろう」という話ではなく、その土地が長い時間をかけて育んできた食の知恵や文化を掘り起こし、現代の価値として世界に届けるということなんです。
一人の突出したシェフや生産者が起爆剤になり、そこに人が集まり、地域の一次産業や工芸が息を吹き返し、地域に住む人たちがシビックプライドを持ち始める。「食」はその全てを同時に動かすことができると、私は考えています。