人気のない路地裏から始まったエリアリノベーション。地域に新しい景色を作るクリエイティブの力

秋田駅から車で10分ほど南へ下った場所に位置する、秋田市南通亀の町。かつては空き店舗が目立ち、夜になると暗く静まり返るエリアだった。
しかし、2013年を境にこのエリアは徐々に変化を遂げる。古い長屋を改装した小さなスペインバル「酒場カメバル」のオープンを皮切りに、イタリアンバール、そして600坪の敷地に建つ築45年の空きビルや、巨大な倉庫が次々とリノベーションされ、個性的な店舗やオフィスが集積する複合施設へと生まれ変わった。
今や亀の町は、秋田市内外から人が訪れる人気エリアとなっている。この変化の中心にいるのが、秋田市を拠点に活動するデザイン会社「株式会社See Visions」の代表、東海林諭宣さんだ。
デザイン会社でありながら、自らリスクを取って飲食店を経営し、不動産事業や施設の運営までを手がける。デザイン会社の枠を超え、まちづくりのプレイヤーとしてエリアの価値を高めてきた東海林さんに、亀の町での軌跡と、地域におけるクリエイティブの可能性について話を伺った。

東海林 諭宣
株式会社See Visions / 株式会社スパイラル・エー代表取締役。
1977年秋田県美郷町生まれ。2006年に秋田市で株式会社See Visionsを設立。店舗・グラフィック・Webなどのデザインを手がける。2013年より秋田市亀の町エリアにて「酒場カメバル」等の飲食店運営を開始。2015年に「ヤマキウビル」、2019年に「ヤマキウ南倉庫」をリノベーションし、施設の運営を行う。現在は秋田県内の各地でエリアの価値創造に取り組んでいる。
古い長屋を改装した飲食店が、一夜にして街の空気を変えた
──東海林さんは東京でキャリアをスタートさせ、後に秋田でSee Visionsを起業しました。もともとはいずれ地元である秋田に戻ろうと思っていたのでしょうか?
私は大学進学で東京に出て、卒業後は、飲食から宿泊施設、家具など幅広い事業を手がける「際コーポレーション」に入社しました。Webから店舗デザインまで担当し、寝る間も惜しんで仕事をしていました。
当時は東京が楽しくて秋田に帰るつもりはなかったのですが、独立後に営業の一環として故郷の秋田の企業にデザインの売り込みに行ったところ、「うちのデザイン、全部やってよ」と大きな仕事を任されたんです。最初は2拠点生活でしたが、徐々に秋田での仕事が増え、2006年に秋田で「株式会社See Visions」を立ち上げました。
See Visionsでは従業員を抱え、店舗やWeb、グラフィックなどのクリエイティブ事業を手がけていました。飲食店をやることにしたきっかけは、秋田の中心市街地から少し外れた亀の町の「狸小路」と呼ばれる古い長屋にポテンシャルを感じたことです。

ボロボロの空き家で、誰も見向きもしない場所でしたが、「ここでお店を営業したら絶対に面白い」と思えて。ただ、お店を作りたいというクライアントさんを連れて行っても、やはり「人通りの多い繁華街がいい」と言われてしまいます。だから、自分たちでやろうと考えたんです。
──誰も見向きもしない場所で、自らがプレイヤーとして飲食店を経営することにハードルはなかったのでしょうか。
家賃を交渉したら16坪で6万円と破格でしたし、工事費用も600万円程度。事業計画を引いてみると、銀行からも難なく融資が下りました。際コーポレーション時代に飲食店の運営を見てきましたし、飲食店のデザインと一緒にコンサルのようなこともしていたので、自分たちでやるハードルは低く感じましたね。

いざ「酒場カメバル」をオープンしてみたら、大きな反響がありまして。借りたお金は2年で完済できてしまいました。1店舗目がうまくいったことで、「リノベーションでお店を作りたいと思う人が増えて、結果的にそれが仕事になれば」と考えるようになりました。
そこで、モデルケースを作っていくために「1年に1店舗ずつ、3年間で3店舗まで増やしていこう」と決め、翌年には同じ長屋でイタリアンバールの「サカナカメバール」を開店したんです。
老朽化した空きビルに、利回り13.8%の提案
──3店舗目として白羽の矢が立ったのが、現在のオフィスも入っている「ヤマキウビル」ですね。
自分たちの事務所も手狭になってきたので周辺を探していたところ、もともと酒類の卸をやっていた会社の、使われていない600坪の土地とビルを見つけました。

このビルを1棟借りて、1階に自社運営のコーヒースタンドとデリ「亀の町ストア」やテナントのクラフトビール専門店、上階に自分たちの事務所や仲間のオフィスを入れようと計画したのです。
ただ、問い合わせると最初は門前払いでした。ビールのオーナーはこれまで大手のスーパーやマンションの提案を断ってきたそうです。でも、お店に来てくれていたオーナーの息子さんに「僕らは建物を全部壊すのではなく、もともとあるものをそのまま活かしてリノベーションします」とプレゼンしたところ、これまでの開発提案とは違う点に響いてくれて、オーナーを説得してくれました。
しかし、ビルは手入れもされておらず、修繕に3500万円はかかる試算。だから僕は「オーナーが3500万円の修繕費を出してください。その代わり、僕らが月40万円で借り上げるので、その家賃収入で修繕費分を回収してください」という提案をプレゼンに盛り込んでいました。
オーナーにとっては年間480万円が入ってくるため、3500万円の投資と考えると実質の利回りは13.8%になります。毎年固定資産税がかかるだけだったビルですから、悪い提案ではないですよね。


──その実績と信頼が、同じ敷地内にあった巨大な倉庫の再生へと繋がったのですね。
はい。2019年には600坪の敷地内にあった巨大な空き倉庫を、全天候型の屋内広場を中心とした複合文化施設「ヤマキウ南倉庫」として再生しました。
イベントやマルシェが開催できる「KO-EN」と名付けられた屋内広場を中心に、ギャラリーやライブラリー、コワーキングスペース、オフィスが併設されています。それに加え、こだわりの食料品店やワインショップ、ドライフラワーや輸入壁紙の専門店、アウトドア用品のセレクトショップなど、街を彩る個性豊かな専門店が多数集結しており、訪れる人々の多様なニーズを満たす空間になっています。


この総工費1億5000万円に上る大規模な改修費用も、ヤマキウビルのオーナーが全額投資してくれました。See Visionsは建物を直接借りるのではなく、施設全体の運営の委託を受ける形でこの事業に関わっています。
人気スポットになった「亀の町」。エリアリノベーションの成功要因は?
──これらの取り組みによって、亀の町エリアは変わりました。何が「エリアリノベーション」の成功要因だったと考えていますか?
まず、1店舗目から「ニュースを作りたい」と思ってやっていたことです。地方には、極端に言えば「熊が出た」くらいしかニュースがないんです(笑)。だから、小さくても面白いことをやって、「熊を超える」ニュースにする。
僕らが亀の町でやったことは、いくつかの開発だけかもしれないけど、それぞれがニュースになることで、結果として点が線になり、面になって、亀の町がメディアに取り上げられ盛り上がっていった。それが結果的に「エリアリノベーション」になったのだと思います。
また、地方の場合はマーケットリサーチをして「この街にはパン屋がないから、パン屋を募集しよう」と箱を用意しても、そもそもやれる人がいないんです。だから、順番が逆。僕がたくさんお酒を飲みにいって、できた友達の中に「パンを焼きたい」「コーヒーを淹れたい」という人がいる。その「やりたい人」と一緒に、パン屋やコーヒー屋を作っていく。そうやって「人」を起点にしてお店をはじめていきました。

そうした動きの結果は具体的な数字にも表れています。日経新聞の調査によれば、2013年当時、亀の町エリアの土地取引件数は年間わずか4件だったのが、「亀の町ストア」ができた翌年の2016年には年間16件まで増えたそうです。亀の町では市場に出ていないような物件を除いて、空き店舗がほとんどないエリアになりました。
亀の町から、秋田全域のまちづくりのプレイヤーへ
──亀の町での実績が評価され、男鹿市の駅前開発や旅館再生など、秋田全域へと活動が広がっていますね。どのような経緯で他のエリアへも関わるようになったのでしょうか。
最初は秋田県の商店街振興事業で、リノベーションスクールのような勉強会に関わったのがきっかけです。その時に男鹿市の市長や副市長ともご縁ができ、「男鹿駅が移転して新しくできる駅前広場と、道の駅を連結するような事業構想を考えてくれないか」と依頼されました。現在は私たちが指定管理者となり、駅前でホットドッグカフェなどを運営しつつ、人々の暮らしを感じられる「日常観光」の拠点づくりを進めています。

──男鹿ではさらに、国の登録有形文化財である「旧森長旅館」の再生プロジェクトも手がけられています。
はい。森長旅館は築約100年で、30年ほど閉鎖されており老朽化が進んだ文化財でした。地元企業が取得したものの、正直最初は私たちが運営するつもりは全くなかったんです。
ただ、変に使われたり解体されたりするのも嫌だなと思っていたところ、男鹿を盛り上げようとしているクラフトサケ醸造所「稲とアガベ」の代表・岡住修兵くんたちと一緒に運営することになり、事業計画から練り直しました。結果的に、私がサウナ好きということもあって、敷地内の土蔵をサウナに改装したリトリートの宿として再生させるプロジェクトへと発展しました。

──亀の町で培ったノウハウが、他の地域でも形になっているのですね。秋田には今、地域に根ざして活動するプレイヤーが増えていますが、互いにどのような関係性を築いているのでしょうか。
秋田のまちづくりのプレイヤーは、みんな顔見知りで、ライバル関係というより「仲間」や「勝手にできた組合」という感覚ですね。人口減少が進む課題先進県の秋田では、そもそもパイが少ないので奪い合ってもしょうがないんです。それぞれが「クリエイティブ」や「お酒」など得意な領域を持っているので、お互いの強みを活かしてパイ全体を増やしていこうという意識が根底にあります。
地域におけるクリエイティブの力とは?
──現在、See Visionsのクリエイティブ事業と、店舗や施設の運営事業はどのようなバランスなのでしょうか。また、今後の展望をお聞かせください。
See Visionsの他に僕が代表を務める「株式会社スパイラル・エー」という飲食運営会社があるのですが、それを含めると、現在売上の半分がクリエイティブ事業で、半分が店舗や施設の運営事業になっています。
自分たちで実際に店舗を構え、失敗も成功もリアルに経験して得たノウハウを、クライアントの店舗のクリエイティブに活かすことで、良い相乗効果を生み出しているんです。単に見た目がかっこいいだけでなく、実益を伴う説得力のある提案ができるようになっています。
今後としては、クリエイティブの領域にも本格的なAIの時代が来ていることを意識しています。単なる作業としてのデザインは今後AIにより民主化されていくでしょうから、人を増やして従来のクリエイティブ事業を拡大していくフェーズではないと考えています。
むしろ今後は、AIには代替できないリアルな「場」の価値が高まります。See Visions単体でもクリエイティブと施設運営が5:5になるくらいに、アセットを活用した施設運営や、秋田県の観光事業などをさらに強めていきたいと考えています。

──秋田での成功ノウハウを持って、他県へ進出することは考えていないのですか?
他県への進出は全く考えていません。あくまで秋田でやっていきたいです。というのも、エリアリノベーションは、その土地のことはその土地に住む人がやった方が絶対にいいと思うからです。「この街を楽しくしたい」という“自分ごと”としての熱量がなければ、周囲を巻き込むことはできません。
──では、これから他の地域でクリエイティブを生業にしようとしている人たちに、アドバイスできることはありますか。
まずは小さくてもいいので、ニュースになるようなインパクトのあることをやってみることですね。
地域でクリエイティブが求められるのは、地域にいる誰かが「何かをはじめたい」と思ったとき。そんなときに、ただ言われたものを作るのではなく、思考を転換させて一緒に面白がりながらお手伝いをする。
その小さなアクションが共感を呼び、結果として街に新たな人の流れや動きを作っていく。それが、これからの地域におけるクリエイティブの仕事になるのではないでしょうか。