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【愛媛・大洲】「城泊」で1泊120万円。老朽化する歴史的遺産を地域資源に変える

2026.07.15(水) 15:59
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【愛媛・大洲】「城泊」で1泊120万円。老朽化する歴史的遺産を地域資源に変える

かつて伊予大洲藩6万石の城下町として栄えた、愛媛県の南西部に位置する大洲市。大洲城の城下には、江戸から明治、大正、昭和の各時代の面影を感じさせる建造物や古民家が、今もなお残っている。

しかし、この情緒溢れる町並みの裏側では、地方都市特有の課題が進行していた。人口は約3万8,000人。65歳以上が4割近くを占める一方で、20〜30代の若年層は1割にも満たない。歴史的建造物や古民家の持ち主の多くも大洲市を離れて久しく、情緒溢れる町並みを維持管理することも難しくなっていた。

この失われつつあった城下町を、わずか数年で「世界の持続可能な観光地1位(ITB Berlin 2023)」にまで押し上げたのが、大洲市、伊予銀行、そしてバリューマネジメント・NOTEら民間事業者による「産官金連携」である。

産官金から人材が集まり発足した、一般社団法人キタ・マネジメントと株式会社KITAは、市内の歴史的建造物や古民家を次々と再生。なかでも2020年に開業した分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」は大洲観光の中核拠点になっている。

古民家再生に取り組む地域は多いものの、「名義人と連絡がとれない」「予算がない」など、さまざまなハードルが存在する。なぜ大洲は次々と歴史的建造物である古民家を再生し、地域活性化につなげることができたのか。

まちの空き家問題。入庁1ヶ月の地域おこし協力隊員が銀行に直談判

大洲の城下町エリアにあった約100棟の歴史的風致形成建造物は、その多くが所有者の高齢化と相続、老朽化によって存続の危機に瀕していた。

当時、大洲市役所観光まちづくり課の課長を務めていた河野悟久さん(現・一般社団法人キタ・マネジメント 事務局長)は、市の空き家問題について、次のように話す。

「大洲市が町並み保全の予算で賄うにも限界がありましたし、建物の持ち主さんたちも限界を迎えていました。若い頃に大洲を出て、今は東京などの都会に住んでいる。年に数回風を通しに帰ってくるのも難しく、固定資産税だけがかかり続ける。だから『もう壊して駐車場にしてしまいたい』となるんです」(河野)

しかし、何から手をつければいいのか。そんな白紙状態のなかで、泥臭く動き始めたのが、観光まちづくり課の若手チームだった。

「私の課には、とにかく元気な若手職員が2人いて、そこに2017年5月、地域おこし協力隊として井上陽祐(現・株式会社KITA 代表取締役)が加わりました。この3人のチームが毎日、すごいスピードで動き回っていましたね」(河野)

起爆剤となった井上陽祐さんは、総合商社や農業ベンチャーを経て地域おこし協力隊になった、異色の経歴の持ち主だ。

「僕は16代続く大洲の農家に生まれました。大学でも農業を学び、商社や農業ベンチャーを経て、いつか自分のルーツである大洲で農業法人を立ち上げようと地域おこし協力隊に応募したんです。3年間は給料をもらいながら、市役所の名刺を持った立場で起業準備ができる。それが入庁した動機でした」(井上)

井上さんは、大洲市役所に入庁してすぐに、行政の持つ「信用」という最大の資産を活かして、歴史的建造物の空き家問題に取り組み始めた。

「観光まちづくり課には毎週のように空き家の所有者さんから『古民家を買い取ってくれないか』『壊したいから除却の補助金をくれ』という相談やクレームが届いていました。みんな建物を壊したくないけれど、維持するお金がない。それなら、この古民家群を市が買い取るか借り受けてリノベーションし、賃貸に出すスキームを作ればいいと考えました」(井上)

これらの古民家群が面的に再生されれば、ビジネスになると考えた観光まちづくり課のメンバー。しかし、実現のためには多額の資金が必要となる。そこで、彼らは地域を代表する銀行である伊予銀行に提案書を持参し飛び込んだ。

大洲の官民金連携の裏側にあるドラマ

この大洲市の熱意を真っ向から受け止めたのが、伊予銀行の髙岡公三さん(現・一般社団法人キタ・マネジメント 代表理事)だった。当時、伊予銀行では地域創生部を立ち上げたばかり。地域創生部の初代部長に着任したばかりだった髙岡さんも、銀行として地域にどのような貢献ができるのか、模索している最中であった。

大洲市が持ちかけたのは、通常であれば、その場で門前払いになってもおかしくない無担保無保証での巨額の融資相談。しかし髙岡さんは、行政の名刺を握りしめて駆け回る若者たちの計画をはねつけるのではなく、「どうすれば実現できるかを一緒に考える」という選択をした。

「正直、最初は難しいと思いました。古民家をホテルに改修したところで、存在すら知られていない大洲に誰が泊まりにくるのだと。半分はあきらめさせる口実のつもりで『融資の話は一度置いておこう。まずは高いクオリティで古民家を運営してくれるプロの民間事業者を探すことからだ』と言ったんです」(髙岡)

古民家の運営会社を探し始めた、大洲市役所の若手チームと伊予銀行の地域創生部。いくつかのホテル運営事業者に話をもちかけ、具体的な提案を受けたが、その多くは古民家の原型をとどめないような再開発プランだった。そもそもが歴史的建造物を守るためにはじまった取り組みなのに、それでは意味がない。

そこで知ったのが、古民家などの歴史的建造物を活用した分散型ホテルを展開して話題になっていた「NIPPONIA HOTEL」だった。「NIPPONIA HOTEL」ではNOTEがエリア開発・事業スキーム構築を、バリューマネジメントがホテル・施設の運営を担当している。

だが、当初バリューマネジメント 代表取締役の他力野淳さんは、大洲市での展開に慎重な姿勢を示していた。

「実は他力野さんは大洲の現地を初めて見た時、『このまちには顔になるような観光資源がないから、ホテル事業としては非常に難しい。お断りしよう』と考えていたそうです」(井上)

今回井上さんが描いたスキームは、あくまで古民家を賃貸として貸し出すもの。ホテル事業が赤字になった場合、それは運営事業者が被ることになる。他力野さんが慎重になるのも当然のことだった。

この局面をひっくり返したのが、井上さんの機転と、1棟の文化財だった。井上さんが他力野さんを空港へ送る途中、国登録有形文化財の「旧加藤家住宅」の前に車を止めた。

「旧加藤家住宅」は大洲藩主の末裔が大正期に建てた格式の高い名建築だったが、当時は耐震化ができておらず、市にとっても『負の遺産』になっていた。

改修後の旧加藤家住宅。

「もし、ここを市が調整して使えるようになったら、どうですか?」という問いに他力野さんは「この物件が使えるなら考えても良いかもしれない」と返した。井上さんはこの言葉に「本当ですね?」と何度も念押ししたという。

後日、大洲市役所で協議したところ、1週間も経たないうちに「旧加藤家住宅」をホテル利用できることが決まった。この行政のスピード感には、他力野さんも驚いたに違いない。大洲市が今後の事業パートナーとしてふさわしいことを、暗に証明する一件となった。

ここから、大洲の歴史的建造物の再生事業は一気に実現に向けて加速していく。

歴史的建造物を再生する、約12億円の資金調達スキーム

大洲市、(株)伊予銀行、バリューマネジメント(株)、(一社)ノオト、(株)NOTEの5社は、2018年4月に官民連携協定を締結。

数々の歴史的建造物を再生する5ヶ年計画の事業費は、総額約12億円にのぼった。伊予銀行と大洲市は、この半分を公的資金で賄い、残りの半分を民間資金で調達するストラクチャーを構築した。

約6億円の公的資金は、大洲市の負担のほか、地方創生推進交付金(内閣府)、社会資本整備総合交付金(国交省)、地域未来投資促進法(経済産業省)などの補助金を活用。

残る約6億円の民間資金は、約5億2,000万円を伊予銀行に地元信用金庫と政府系金融機関を加えた計5行によるプロパー融資で。約8,000万円を伊予銀行と民間都市開発推進機構(MINTO機構)が各1億円ずつを拠出する「大洲まちづくりファンド(ファンドの資金規模2億円)」から調達した。

「当初は伊予銀行が全額の融資を引き受けるつもりでした。しかし、私たちがその覚悟を示したことで、他の金融機関も名乗りを上げてくれ、最終的には地域と政府系金融機関が、今回のプロジェクトを支え合う形を構築できたのです」(髙岡)

また、プロジェクトの実務に関しては、2018年7月、大洲市が2,000万円を拠出し、地域DMO(観光地域づくり法人)として、一般社団法人キタ・マネジメントを設立。さらに古民家の改修・賃貸管理などの実務を担う株式会社KITAを設立した。

ちなみにKITAの代表取締役には井上さんが就任。井上さんが地域おこし協力隊として着任してからわずか約1年後のことである。

「町全体が一つの宿」。26棟31室が紡ぐ、時を忘れる非日常

資金と担い手が揃ったことで、歴史的建造物の再生事業はついに始まった。

井上さんは空き家を掃除するボランティア活動に加わり、そこを入口にして情報収集に回った。空き家の持ち主がわからない場合は、近隣住民に聞き込みを行い、すでに別の都会に引っ越していると聞けば、そこまで出向き、交渉をした。

改修前の空き家の様子。

こうした地道な活動も奏功して、城下の空き家26棟が「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」として整備された(2026年現在)。1泊10万円前後という決して安くはない価格帯であるにも関わらず、国内外の観光客から支持を得ている。

「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」でフロントの役割を果たすOKI棟

唯一無二の空間を作り上げる古民家改修の裏側には、大洲の歴史と文化への緻密なこだわりがある。

例えばMUNE棟は木蝋の製造や保管に使われた蔵や職人たちの長屋を改修。抜け落ちてしまっていた屋根の一部もあえて直さず、天窓に改造した。天窓から差し込む光が、何百年も蔵を支えてきた太い梁や柱、土壁の表情をドラマチックに浮かび上がらせる。

蔵を改装したMUNE棟の一室

さらに、分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」の最大の特徴は、「町全体が一つの宿」というコンセプト設計にある。

「『NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町』には、客室にテレビも時計も一切置いていません。時間を忘れて、大洲の美しい景観と歴史に浸ってほしいからです。さらに、お部屋にはお土産もあえて置いていません。夕食前の散歩がてら、町なかの喫茶店やパン屋さん、バーで地元の人と会話をしながらお金を落としていただく。そうすることで、外から来た観光客の消費が直接的に大洲の事業者や住民の手元に落ち、地域経済が循環するのです」(井上)

そして、ホテル開業の目処がたったタイミングで、大洲が次に取り組んだのが「町なかの店舗誘致」である。観光客が宿泊しても、お金を落とすカフェやショップがなければ地域経済は循環しない。

店舗誘致を担当した井上さんは、まちに本当に必要な店舗を選定することにとことんこだわった。

旧藤本医院を改装した古民家モール。雑貨店、書店、古着店などが入居している。
旧新田産婦人科には、地域の伝統工芸品を扱う「うなぎの寝床」を誘致した。

「最初の店舗を呼び込む際、僕たちは『公募』は一切しませんでした。町に必要なピース、例えばクラフトビールの醸造所、上質なパン屋、レザークラフト工房などを完全に『一本釣り』で口説きにいきました。さらに、最初のファーストペンギンたちの参入リスクを下げるため、家賃を『段階家賃(初期は月1.5万円など)』に設定し、初期の改装投資もこちらが一部無償で負担するような破格の条件を用意したのです」(井上)

物件によってはKITAにとって赤字になってしまうケースもある。しかし、複数の物件を管理することで、ポートフォリオ全体で黒字を目指す。

公平性だけを追って合理性を失うのではなく、あくまで大洲の価値を向上させる店舗の入居にこだわることで、魅力的な店舗が観光客を呼び込み、また別の魅力的な店舗を呼び込むサイクルが生まれるのだ。

また、店舗の誘致は、大洲にこれまでにない働き口を提供しているほか、多くのIターン起業家を大洲に呼び込む効果を生んでいる。

「できない理由」を潰し、世界を魅了した1泊120万円の城主体験

そして、「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」に加えて、大洲の看板的な観光コンテンツになっているのが、大洲城の天守に宿泊する1泊120万円の「大洲城キャッスルステイ」だろう。

大洲の全国的な知名度の低さを課題に感じていたプロジェクトメンバーは「大洲を世界に知らしめるには、誰もやったことのない尖ったコンテンツが必要だ」と考えていた。

キタ・マネジメントの代表理事に就任した髙岡さん、そしてKITAの井上さんをはじめとするプロジェクトメンバーは、妄想会議と称した集まりで、大洲観光について語り合った。

その中で出てきた荒唐無稽にも思えるアイディア。それが町のシンボルである大洲城を一泊100万円*で貸し切るという、大洲城キャッスルステイだった。

*2024年3月1日より現在の価格に変更

だが、日本の城は国の指定文化財であり、本来は人が「宿泊する」ための施設ではない。実現に向けては、さまざまな壁が立ちはだかる。さらには、町のシンボルである城をホテルとして利用することに、異を唱える声も少なくなかった。

ここでも、大洲市はアイデアの実現に向けて全面的にバックアップを行った。旧加藤家住宅の活用の際も同じく、大洲市役所は観光まちづくり課を中心に、とにかく決断が早く、対応が柔軟だ。

「行政がストッパーになってはいけない。民間が本気でやるというなら、それを下支えするために、できない理由を潰すのが行政の役割です。議会や市民の一部から『文化財に宿泊させるなんて何事だ』という反対の声が上がった時も、説明会を重ねて『内装を傷つけるような大規模改変は一切しない、昼間は一般公開を続け、夜間のみ歴史体験の場として活用する』と丁寧に説明し、合意を形成していきました」(河野)

キャッスルステイでは、天守に泊まれるだけでなく、伝統衣装に身を包んだ総勢20名程度の「家臣」たちの出迎えによる入城体験、地元の無形文化財である神楽の鑑賞、臥龍山荘での朝食など、さまざまな観光プログラムを用意。

1泊120万円の料金から、地元の伝統芸能保存会の方々への謝礼や人件費など、そして約3割の経費が文化財保全や伝統文化継承に使われ、大洲の歴史と無形文化を守る資金へとダイレクトに循環する仕組みだ。

雇用166名、直接経済効果8億円。見えてきた新たな課題

2020年7月に分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」と「大洲城キャッスルステイ」が開業して以降、ずっと順風満帆だったわけではない。コロナ禍による開業直後の緊急事態宣言により、運営継続が危ぶまれたこともあった。

しかし、大洲のこの先駆的な取り組みは、国際的な評価を次々と獲得していく。2021年度グッドデザイン賞の受賞を皮切りに、2023年3月にはドイツ・ベルリンで開催された「Green Destinations Story Awards」の文化・伝統保全部門で世界第1位を受賞。「サステナブルツーリズムの地」として国内外から注目を集めるようになった。

そして2026年現在、大洲の観光まちづくりは地域経済活性化においても、大きな成果をあげている。

新規進出事業者は37社を超え、新規雇用者数は累積で166名。37事業者全体の観光消費額ベースの売上は3億3,700万円に達し、DMOであるキタ・マネジメントの年間売上は約4億円、不動産を管理するKITAの売上は1億2,000万円を記録。大洲のこのプロジェクトによって生み出された地域経済効果は直接的なものだけでも、8億円を超える規模へと成長した。

しかし、その最中にあっても、キタ・マネジメントのメンバーは現状を冷静に見据えている。

「これだけ観光客が増え、ホテルが繁盛し、世界の数々の賞を受賞して『観光としては大成功した』と言われます。しかし、現実はどうでしょうか。大洲市の人口減少は止まっていません。市内のタクシー会社は経営難でタクシーが1台減り、市内でわずか5台になってしまった。大型の商業施設も撤退しました。つまり、『観光成功=町の存続』ではないのです」(髙岡)

消滅可能性都市として、2060年には人口が半減することが予測されている大洲市。この予測された未来を自分たちの手で変えていくため、大洲市は2026年3月、新たな挑戦「おおず未来のまちづくり構想 OZU 555 PROJECT」を始動させた。

外から客を呼ぶ「観光」に加え、「ものづくり」「教育」「健康」「AI」の5分野で新たなエコシステムを作り上げる、包括的な地域存続戦略である。

「予測によれば、30年後の大洲の人口は1万6,000人。このままいけば、消滅してしまうかもしれない。けれど、もし『日本で最も先進的で、未来の希望が持てるスマートで面白い縮小都市』を今から作れたなら、大洲を愛する人が集まり、ここで挑戦したい起業家が自律的に集まってくるかもしれません」(髙岡)

高齢化、空き家問題──。そこには全国の地方都市と同じく、課題ばかりがあった。しかし、市役所のメンバーの本気が、地域を代表する銀行を動かし、さまざまな民間事業者を集めた。

わずか5年ほどで、世界が注目する観光地を築き上げた大洲であれば、不可逆的な人口動態の流れに抗うことも、もしかしたらできるのではないか。

髙岡さんは「最悪、周辺の地域が人口減少で消滅するとしても、大洲だけは最後まで生き残ってやろうと思っています」と冗談めかして笑った。

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