「補助金に頼らない黒字化」のその先へ。林千晶が語る、地域の一次産業で生き抜くための心構え

「儲からない」「補助金なしでは成り立ちにくい」と言われる日本の一次産業。特に林業において、補助金の対象となるのは建材向けの針葉樹が中心だ。広葉樹を扱った事業の収益化は難しいとされてきた。
その中で、飛騨の広葉樹を扱い、補助金に頼らない黒字化を達成させたのが「株式会社飛騨の森でクマは踊る(以下ヒダクマ)」だ。
同社を立ち上げ、現在は取締役会長を務める林千晶氏は、地域で事業を行う上では、都市部とは異なる「方程式」や「ルール」への理解が欠かせないと指摘する。
地域住民との対話から学んだこと、外からの評価に惑わされずに「自分の目的」を貫く重要性とは。自らも現場で挑み続けてきた林氏が、ヒダクマでの歩みをもとに、地域や一次産業に携わるための心構えを語る。

林千晶(はやし ちあき)
株式会社Q0 代表取締役社長。
早稲田大学商学部・ボストン大学院(ジャーナリズム)卒。花王を経て2000年に株式会社ロフトワークを共同創業し、2022年まで代表取締役・会長を務める。2015年に飛騨の広葉樹林業に特化した株式会社飛騨の森でクマは踊るを設立(現・取締役会長)。2022年9月に株式会社Q0を設立。秋田県の公立3大学が中心となって推進する「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」に参画し、「ソウゾウの森会議」の推進を通じて、「自立した豊かな社会の実現」を目指している。
未知の領域“一次産業”へ踏み込んだ理由
──元々クリエイティブの業界で活動をされてきた林さんが、2015年にヒダクマを立ち上げ、林業に関わるようになった背景を教えてください。
最初のきっかけは、林業を軸にした地域商社の創設・運営を手がける株式会社トビムシの松本剛さん(現・株式会社飛騨の森でクマは踊る 代表取締役)から「一度様子を見に来てください」と連絡を受け、飛騨を訪れたことでした。そこでまず、古きよきものを大切にする、飛騨の街並みや人々、文化に魅力を感じたんですよね。
加えて、私自身にとって未開拓の領域だった一次産業に対し「これからの100年」を面白くできる可能性を感じました。
── 一次産業のどういったところに可能性を感じましたか?
多くの人が「生活に欠かせない大事な産業だ」と評価するにも関わらず、収益を出しにくいところです。ことさら林業は「運用コストに対して市場流通価格が低く儲からない」と、金融市場での評価がされにくい領域でした。
特に広葉樹というのは、針葉樹と違い補助金の対象外。しかも飛騨の広葉樹は細く曲がったものが多く、家具などに加工しにくいんですよね。
伐採された木材の約9割は、パルプやチップに加工されて安価に市外へ流出するほかない。飛騨の林業従事者は「広葉樹で稼ぐ」ことを諦めている節がありました。
一方、AIやロボットなどのテクノロジーが進み、伐採や加工の技術がどんどん改善されていけば、運用費や人件費のコストも抑えられるようになり、いずれ採算が合う可能性があります。
加えて、広葉樹に対する「補助金に依存せず黒字化を図る」というミッションに面白さを感じたんですよね。
自分たちができることを検討し、飛騨の広葉樹林業の製造・加工・販売までを一貫して手がけ、木材の6次産業化を目指す、というヒダクマの構想にたどり着きました。


──未知の領域に飛び込むことへの不安はありませんでしたか?
新たなアイディアや事業のタネを生み出せそうで、ワクワクしていました。
地方にある豊かな森林資源と、自分が担うクリエイティブの領域を交えることで、黒字化の仕組みを作れるかもしれない。そして飛騨は自分にとって縁もゆかりもない土地だからこそ、今までの取り組みで関わったことのないような人たちと関われる、とも期待していました。
2016年、まずは築100年以上の古民家を改修し、3Dプリンターやレーザーカッターなどの設備を備えたFabCafe Hidaをオープン。その後も飛騨市役所や国内企業のオフィスの内装、木材を使った商品開発など、広葉樹を活用した空間やプロダクトの企画・制作に挑んできました。
ものづくりを通じ、飛騨の広葉樹に新たな付加価値が生まれ、広葉樹林業が地域ならではの産業へと成長しつつあるので、やりがいを感じています。

「ルールを知らない」が地域事業の命取りになる
──自らの経験から、地域で事業を成功させるために大切だと思うことは?
飛騨に限った話でもないのですが、地方は「都心部とは違う方程式で成り立っている場所」なんですよね。お金にならないものは捨て、変化を是とする東京のスタイルが通じるかと言われると、決してそういうわけでもない。
何か新しいコト・モノを始めるとき、直接的な関係者だけではなく、“地域のキーパーソン”を含む全ての近隣住民の承認を得ること。さもなくば、事業を進めてはならない。このことは、多くの地域産業で共通して言えるかもしれません。
たとえば2021年、ヒダクマが拠点とする「森の端オフィス」を建設しようとした時のこと。建築家も決まり、いざ着手しようというタイミングでした。地域に住む人から「聞いてないよ!」とお叱りを受けてしまったんです。

担当者はその人に対し、間違いなく説明の場を設けたはずでした。でも「聞いてない」と言われてしまった。「つい話の内容を忘れていた」といった単純な話ではありません。地方における「聞いてない」とは、つまり「納得がいかない」という意味なんですよね。
東京では契約者や投資家をはじめ、直接的な関係者がOKさえ出せば、プロジェクトを問題なく進行できます。でも地方においては土地のつながりが密接。特に人同士のハブとなる地域の重鎮が首を縦に振らない限り、当然ながら地域から事業への理解を得ることが難しくなってしまいます。
再度その人のもとへ伺って丁寧に対話を重ね、了承をいただいたうえで、2022年に「森の端オフィス」は完成しました。当初の予定からも大幅にスケジュールがずれ込みましたが、強行突破をしなくてよかったと思っています。
ちなみに、私は決して「地域のルールが厳しすぎる」ということを言いたいわけではありません。外から中を変えようとする立場なら、地域のルールに従うのは当然。むしろルールを知らないことは、一番の損失になります。
──ヒダクマの経験で「地域のルール」にもアンテナを張れるようになったからこそ、その後、Q0の取り組みは順調だったのでは。
それが、はたまた失敗と反省の繰り返しでしたね(笑)。
株式会社Q0を設立し、地元企業や地域のキーパーソンとのコラボレーションや、プロジェクトの企画・実装に携わるようになったのが2022年。私は地域との関わりの序盤から、大コケしてしまいます。振り返ると、私の態度があたかも「ヒダクマの知見を教えてあげる」ように映ってしまったと思うんです。
もちろん先人の教えや過去の経験は、一つの情報として役立つと思います。でも最終的には地域の人々との対話や考えを通し、その土地ごとにテイラードすることが大事。厳密には「土地の特性をきちんと捉え、アレンジする」意思が相手に伝わらなければ、さも「横展開」のように見えてしまいます。
「横展開」というのは、いわば「いかに手間をかけず儲けるか」の考え方です。他の地域で成功した型を、そのまま自分の地域に当てはめようとしてくる人がいたら嫌じゃないですか。
言わずもがな、飛騨と秋田は異なる地域です。秋田には秋田杉というブランドがあって、林業が地域経済を支える重要な産業として根付いています。そのことへの誇りも強く、強く反発を受けました。この経験からも「教える」ではなく「協力し合う」というマインドをより大切にするようになりました。
豊かさを経済に直結させるための「翻訳」
──「地域の理解を得る」というのは、味方をつくるという意味でも確かに重要ですね。
はい。ただ「土地のルールを気にしすぎる」こともなかなか危ないですよね。バランスが難しいと思います。「あの人が嫌がるだろう」「見え方が悪くなる」と他者を慮るあまりに、本当にやりたいことがやれなくなってしまう。
──外からの評価と自身のやりたいこと、長期的にバランスを取りながら、事業を遂行していくために必要なことは何でしょうか?
必ず本来の目的に立ち返りながら判断を下すことです。
例を挙げると、建物の設計や内装、ロゴデザインを考える時、「地元のパワーを外に示したい」という目的があるなら、地元のデザイナーに依頼するのが筋だと思います。一方で、「日本で一番面白い場所をつくりたい」という目的があるなら、むしろ国内外に名の知れたデザイナーに依頼した方が、ブランドパワーにつながる場合もある。
かといって地方では“地元出身者”を大切にするからこそ、プロジェクトに対するローカルの評価が、人選ひとつで変わることだってあるんです。地域の目を意識しすぎて的確な判断が下せず、結果として「地域の外に出ない」施策で終わってしまう──なんてことは往々にしてあります。
このように正解はひとつではないからこそ、目的に立ち返ることが唯一の道標になります。
実際、Q0が実践している、地域起業家とゲストスピーカーの対話を軸にワークショップを行う「ソウゾウの森会議」でも、「秋田という風土のなかで、自分らしい暮らし方や働き方を育む」という目的を軸に活動していて。
ゲスト選びは「地域起業家が何をやりたいか」を第一に考え、そのテーマに一番ふさわしい人へお声がけをするようにしています。
昨年2025年5月の「ソウゾウの森会議」では、秋田の自然を生かした循環型観光を作りたい、という地域起業家がいたんです。そこで、都市と自然を行き来するようなライフスタイルを提案するシェア別荘サービス「SANU 2nd Home」を運営する、株式会社Sanuの福島弦さんをお呼びし、秋田を代表する観光地の一つである田沢湖で、対談とグループワークを行いました。


そうやって自分がやれることを粛々と続け、去年2025年12月に秋田市で開催した「ソウゾウの森大会議」では80人もの地域起業家精神を持った人たちが集結。20人以上が「会議で考案したアイデアで活動したい」と手を挙げてくれた。「やっと成果が出てきたぞ」と嬉しく感じました。

ただ、こと一次産業に関しては、自然を相手にするからこそ1〜2年では成果が生まれません。長期戦の中で「外からの評価」と「内に秘めた目標」の板挟みに遭い続け、心が折れてしまう人は、他の産業よりも多いはず。実際、私も何度か辞めようとしましたから。
──最後に、林さんの今後の展望について教えてください。
やっぱり一次産業って、大変だけど楽しいんですよ。だからこそ、これからも続けたいです。
2023年、Q0として初めて一次産業の事業者に出資しました。「100年先も続く持続可能な畜産」を目指し、秋田県にかほ市・鳥海山の自然に恵まれた環境で、黒毛和牛の放牧飼育や牛肉の販売に取り組む、渡邊強さんという20代の若い酪農家です。


農場の運営や牛の育て方といった、ものを作る現場のこだわりに触れ、その営みの先にある牛肉を味わったとき、なんとも心がときめきました。そうやって「一次産業があるおかげで豊かな暮らしができている」と実感できるのも、事業に携わる醍醐味です。
同時に、その豊かさをいかに経済へつなげていくかを考えることが、私の役目でもあります。そのため今後は「翻訳する立場」として、東京と地方、資本を持つ側と一次産業の現場の間に立ち、両者をつなぐ役割を担っていきたい。
東京のルールが日本全国のルールではないということは、これまでの事業を通じて痛感してきました。失敗を経て、都心部と地方、両方のルールや価値観が分かってきたからこそ、その間に立ち、情報や知恵、経済の循環を円滑にしていきたいです。