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「安さ」から「価値」で選ばれる場所へ。沖縄経済の自立へ向けた新しいエコシステムとは?

2026.07.14(火) 16:05
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「安さ」から「価値」で選ばれる場所へ。沖縄経済の自立へ向けた新しいエコシステムとは?

長らく観光と基地経済、そして本土からの下請け構造という、外部依存型の経済モデルに身を置いてきた沖縄。しかし今、その構造を内側から変革しようとする静かなうねりが生まれている。

この30年間、沖縄経済の変遷を最前線で見つめ続けてきた一人の人物がいる。株式会社レキサスの創業者であり、現在は「うむさんラボ」を通じて地域のエコシステム構築に奔走する比屋根隆さんだ。

沖縄という土地が持つ本来の価値を再定義し、持続可能な経済循環を実装しようとする比屋根さんの眼差しには、どのような未来が映っているのか。

沖縄経済の「これまで」と「これから」を紐解く。

沖縄の「下請け」構造への違和感

──比屋根さんは1998年、沖縄国際大学の在学中にレキサスを創業されています。この当時、比屋根さんはどのような課題意識を抱いていたのでしょうか。

当時の沖縄経済は、非常に歪な構造になっていました。90年代後半、マルチメディアアイランド構想のもと、県は本土からの企業誘致を強力に推進しましたが、進出する企業側の最大の動機は「人件費の安さ」と「補助金」でした。結果として、沖縄での雇用創出と引き換えに本土企業にとってのコスト削減拠点、つまり下請け構造の受け皿として固定化されてしまったと感じています。

私が当時、学生として沖縄の産業や経営の現場に関わる中で感じたのは、この構造がもたらす「思考の停止」でした。言われたものを安く作る。その繰り返しの中で、沖縄の技術者から創造性や挑戦の機会が奪われていく。当時、県が誘致したコールセンターなどで働く人々のインタビューをテレビや新聞で見ても、どこか幸せそうではない。いつ雇用が終わるか分からない不安、手取りで10万円あるかどうかという不安定な現実。県がお金をたくさん出しているのに、なぜ働く人たちが将来に希望を持ちにくい状況が続いているのか。その構造的な矛盾に、私は違和感を覚えました。

比屋根 隆(ひやね・たかし)

1998年、沖縄国際大学在学中に株式会社レキサスを創業。ITプロダクト開発を通じ、沖縄の「下請け構造」からの脱却と自立型経済の可能性を証明した。2007年からは次世代リーダー育成プロジェクト「Ryukyufrogs(現・琉球frogs)」を主導。2018年に株式会社うむさんラボを設立。現在は、社会課題解決とビジネスを両立させるエコシステムビルダーとして、沖縄経済の未来を牽引している。

だからこそ、私は「沖縄のコストメリット」に依存するのではなく、沖縄でITプロダクトを開発し、県外や海外に直接提供するモデルにチャレンジしたかった。下請け構造ではない、沖縄の事例を作りたかったんです。自分たちでマーケットを創る。東京と同じ単価で、沖縄の技術者が対等に勝負できることを証明しなければ、沖縄経済の未来はないと考えたのです。

──「コストが安いから選ばれる」という現状に、比屋根さんは危うさを感じていたのですね。

そうです。ビジネスにおいて「安いから」という理由は、最も脆弱な競争優位性です。より安い地域が現れれば、資本はすぐに流出してしまう。これでは地域に技術も資本も蓄積されません。私がレキサスで目指したのは、基地関連収入や補助金に依存しない、純粋な民間ビジネスの力で外貨を稼ぐことでした。

当時、プロジェクト管理や情報共有を効率化するグループウェア「TeamGear(チームギア)」というサービスを開発し、大手ポータルサイトや携帯キャリアにOEM提供できたことは、沖縄の企業でも全国規模のプロダクトを運用できるという一つの証明になりました。苦労は絶えませんでしたが、やればできるという実績と体感を得ることができましたね。

安定志向の壁を越え、次世代を育成

──レキサスの創業から約10年が経った2007年、比屋根さんは次世代育成プロジェクト「Ryukyufrogs(現・琉球frogs)」を立ち上げました。なぜこの時期に「教育」という領域に踏み込んだのでしょうか。

レキサスでの採用活動の中で、決定的な課題に直面したからです。それは、沖縄の若者たちの「安定志向」という壁でした。

親からは銀行や公務員を勧められ、ベンチャー企業は『何をしているか分からない』と敬遠される。このままでは、沖縄の未来を担うリーダーは育たない。そうした危機感が、私の思考を「地域全体の教育」へとシフトさせました。

シリコンバレーを視察した時に、沖縄の現状と世界のスピード感の差を痛感したんです。あの時、もし学生時代にこの景色を見ていたら、自分の人生はどう変わっていただろうか、と。沖縄の若者たちに、一度その環境を体感させれば、視野も視座も劇的に高まるはずだ。そう確信して始めたのがRyukyufrogsでした。

最初はレキサス単独でやろうとしていたのですが、志を同じくする経営者仲間が『もったいない、みんなで金を出して大きくやろう』と言ってくれて。結果として、県内企業が手を取り合って未来を育てるという、今のエコシステムの原型ができました。

補助金依存からの脱却。ソーシャルビジネスという選択肢

──Ryukyufrogsで次世代の育成に尽力する一方で、2018年には「うむさんラボ」を設立し、社会課題の解決に本格的に乗り出しました。ここには、どのような問題意識があったのでしょうか。

2015年頃から、沖縄の貧困問題がメディアで大きく取り上げられるようになりました。シングルマザーの家庭や、居場所を失う子どもたち。その現実を目の当たりにした時、私は「個別の支援」だけでは限界があることに気づいたんです。

当時、あるNPOの方が運営していた子どもの居場所が、事務的なミスで補助金が受けられず、閉鎖の危機に瀕していました。話を聞くと、補助金や助成金、寄付金に頼り切っていて、お金がなくなれば、子どもたちの居場所も消えてしまう。これでは、いつまで経っても構造的な貧困の連鎖は断ち切れません。

私は、補助金やNPOに頼るだけでなく、民間の力で持続可能なキャッシュフローを生み出しながら社会課題を解決する「ソーシャルビジネス」の仕組みが必要だと確信しました。沖縄にはまだその言葉すら浸透していませんでしたが、海外ではインパクトファンドが社会を変え始めていた。沖縄の文化や環境を考えた時、スタートアップだけでなく、ソーシャルビジネスも両輪で回していく必要がある。そう考え、産学官民が混ざり合って課題を解決するエコシステムを作ろうと決意したのです。

──具体的にどのようなアプローチで課題の構造を解き明かそうとしているのですか。

社会課題は、すべて繋がっているんです。例えば、シングルマザーの方々の就労支援の場合、単にスキルを教えれば就職できるかというと、そうではありません。継続して働く経験がないことへの諦めや、誰かと比較されることへの恐怖心といった「心の問題」が根底にある。これらは民間のビジネスだけでは解決できないし、行政の補助金だけでも解決できない。

私が目指しているのは、行政と民間が役割を分担し、リソースを再分配する「中間支援機能」です。行政はデジタル技術の導入や環境整備といった「公的な予算」を投じ、民間はそこで育った人材をビジネスの現場で受け入れ、収益を上げる。この連携が分断されているから、支援が届かない。

うむさんラボで取り組んだ「ゆいといろ」というバックオフィス支援サービスは、まさにその実験でした。働きづらさを抱える方々をチームで雇用し、県内企業のバックオフィス業務を請け負う。感受性が強く、従来の組織に馴染めなかった女性が、数字の正確さを武器に20社以上の企業のバックオフィスをリモートで支えるようになった事例もあります。彼女たちのスキルに合う環境を我々が設計すれば、立派な戦力になる。この実績を積み重ねることで、行政に対しても提案できるようになったのです。

──ビジネスの論理と、社会的なサポートをどう両立させるか。そのバランス感覚が大切ですね。

資本主義の論理だけで突き進めば、地域は疲弊する。かといって、助成金に頼るだけでは自立できない。だからこそ、その中間に位置する「インパクト投資」の概念が重要なんです。

最近では、県の事業でプロトタイプを作り、そこから金融機関と協調して出資を行うという流れができてきました。さらに、県外から沖縄のマーケットに注目する企業も増えています。彼らが沖縄の社会課題を解決するプレイヤーと混ざり合うことで、新しいビジネスが生まれる。この「混ざり合う場」をプロデュースすることこそが、今の私の役割だと考えています。

県民ファンドで経済にグラデーションを

──比屋根さんがこれから力を入れていく「県民ファンド」構想についても教えてください。

私が目指しているのは、県民一人ひとりが毎月100円を寄付するような、極めて身近なファンドです。100円なら高校生でも中学生でも参加できる。その小さな資金をインパクトファンドに集約し、社会課題を解決する企業に投資する。そして、事業が成長してリターンが戻ってきたら、それをまた次の挑戦へ投資する。この循環が回れば、国の補助金だけに頼らない、沖縄独自の経済圏が生まれます。

なぜこれが必要かというと、公的資金と民間資金には、それぞれ役割があるからです。国の補助金は1年単位の実験的なものに有効ですが、ベンチャーキャピタルなどによる民間投資は経済的リターンを求める。その中間に、県民の「想い」が乗ったお金があることで、初めて経済はグラデーションを持って強くなる。この両方が揃って初めて、沖縄経済は自立できるんです。

──「100円の寄付」ならば参加しやすく、広がっていきそうですね。

沖縄には、みんなで応援しようという文化が根付いています。甲子園だって、地元の高校の試合のときは、仕事を休んで応援する人もいるくらい。あの熱量を、ビジネスや社会課題の解決にも向けたいんです。

だからこそ、リアルな場を通じて「挑戦するってかっこいいよね」という空気を醸成していく。1資本主義の仕組みの中に、沖縄らしい助け合いの精神を組み込む。これは、バリバリの資本主義とも、単なるボランティアとも違う、沖縄らしい経済の循環を社会に実装していく試みなんです。

沖縄は「価値で選べる場所」へ

──最後に、比屋根さんが描く「沖縄の未来」について教えてください。

私がレキサスを始めた頃と比べると、沖縄の景色は確実に変わりました。当時は「コストが安いから」という理由で選ばれる仕事が中心でしたが、今は沖縄から世界を目指すスタートアップが次々と生まれています。

何より嬉しいのは、若い世代が自分たちの頭で考え、自分たちの手でマーケットを創ろうと動き出していることです。かつて私が「証明したい」と願ったモデルが、今では沖縄のスタンダードになりつつある。そう実感しています。

もちろん、まだ道半ばです。でも、沖縄という場所で、自分たちの価値を創り出そうとする次世代の挑戦が、沖縄を「コストで選ばれる場所」から「価値で選ばれる場所」へと変えていくと信じています。

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