優秀なつくり手を続々輩出!新潟・阿部酒造が“酒造業界のリクルート”である理由

日仏でクラフトサケを醸すWAKAZEを共同創業した今井翔也氏や、福岡の酒造スタートアップ・LIBROM製造責任者の穴見峻平氏をはじめ、優秀な酒づくりの担い手を、続々と輩出。そんな“酒造業界のリクルート”とも称される酒蔵が、新潟県・柏崎市にある。
独立志向の若者を対象とした“日本酒づくりの研修制度”。阿部酒造株式会社 6代目蔵元・阿部裕太氏が2017年に始めた取り組みが、後継者不足と市場縮小の波にさらされる酒造業界に、新たな風を吹き込み始めている。
独立を前提とした若者たちを採用し、ノウハウを叩き込み、世界へ送り出していく。阿部氏が研修制度を始めた狙い、そして新たなつくり手の育成を通し、期待する未来とは?
人手不足を補完し未来の担い手を育成。酒蔵の研修制度が始まるまで
──研修制度を始めた経緯を教えてください。
最初は単純に“阿部酒造の蔵元”として、若い働き手を求めていたからでした。
そもそも僕が家業を継ぐために新潟へ戻った頃というのは、日本酒の人気が落ちていた時期。今でこそ若い蔵元が斬新な酒づくりに挑む動きが広がっていますが、当時はまだその波が、少なくとも新潟には届いていませんでした。

阿部裕太(あべゆうた)
阿部酒造株式会社 6代目蔵元 / 製造責任者。
1988年東京生まれ。新潟県柏崎市育ち。新卒で入社した「株式会社ぐるなび」で法人営業を担当後、2013年に製造数量40石(1800ml換算4000本)の家業だった阿部酒造株式会社に戻る。2014年には製造責任者として「あべ」ブランドを製造開始し、現在までに製造数量を550石まで復活させる。2017年から酒蔵の起ち上げを志す若者のサポートを開始。2020年に清涼飲料水免許を取得。2021年から「酒」と「ノンアルドリンク」の両軸で地域の活性化を目論む。
阿部酒造も市場縮小の影響を受け、製造年のうちに原価を回収できない状態でした。ただ、前職で営業を経験していた僕が見る限り「売り込みをかければなんとか巻き返せる」余地はあったんですよね。そこで前職のつながりもある東京都内の飲食店を回り、新たな販路を開拓したのです。
一方、販路が拡大できても、売るための酒が用意できないと意味がありません。飲食店へ卸すのに十分な本数を確保するためにも、早急に人員を増やし、生産力を上げる必要がありました。
そこでSNSでの情報発信などを通じて人手を募っていたところ、「将来的に“酒づくり”で独立したい」という2人の若者と出会ったんです。1人目は、当時WAKAZE創業前の製造責任者だった今井さん。そして2人目が穴見さんでした。
拠点とする地域は違えど、2人とも「酒づくりからお酒の出荷まで、酒蔵における全ての工程を短期間で学びたい」という意志があった。そこで、彼らには酒づくりを手伝ってもらう代わりに、研修生として技術的なノウハウを手取り足取り教えてみることにしたんです。

──日本酒づくりで独立したい場合、どのようにキャリアを積んでいくのが一般的なのでしょうか?
山形の出羽桜さんのように、全国の後継ぎを受け入れる伝統的な企業もありますが、独立前提の人材を外から短期的に受け入れるというのは、ほとんど例がありません。いわゆる一般人が酒づくりを学びたいなら、どこかの酒造会社への就職を挟むのが主なルートとなります。
そして就職先で全ての酒造工程を学んでいくにしても、ある程度の長い年数が必要。最初は皆、米洗いや掃除のような見習い期間を、1〜2年経験するところからスタートするんです。3年目くらいからは温度管理や麹の仕込みなどを担当。醸造責任者である杜氏として、酒質を自分で設計できるようになるまでには、5〜10年ほどの年月を要します。
将来のビジョンが明確だった2人にとって、修行に費やせる期間は限られており「酒造会社に就職して基本を学ぶ」のが現実的ではありませんでした。
一方、当時の僕としては稼働量を一時的にでも増やせれば、それで十分だった。彼らの「短期的に学びたい」と僕の「期間限定で働き手がほしい」という利害関係が一致したわけです。
──では、なぜそこから研修を制度化するに至ったのでしょう?
2人に酒づくりの全工程に携わってもらい、ノウハウを教えていくうちに「独立を後押しする研修制度が、人集めのフックになるのでは」と思ったんですよね。
わざわざ柏崎に来てずっと阿部酒造で働きたい、という稀有な若者を見つけるのは簡単ではありません。2人のように「自分の酒を作りたい」という人を全国から迎え入れた方が、人手も確保しやすいと感じました。
生産ロットの少ない中小企業である阿部酒造なら、研修生1人1人と向き合った教育ができます。そして独立を前提とした人材の育成制度が業界にないからこそ、メソッドが蓄積されていけば「優秀なつくり手を輩出する酒蔵」のパイオニアになれる。それで、正式な制度として研修生を募ることに決めた次第です。
卒業生の活躍と、その裏にあるシビアな採用基準
──研修生は、どれくらいの期間で卒業していくのでしょうか。
基礎を学び終えるのに平均して1〜2年くらいですが、短くて1年〜長くて5年ほどの研修期間を想定しています。通常の酒蔵のようなステップアップ式での人員配置をせず、本人の経験有無やセンス、希望する研修期間によって、最初の配置を決めていて。本来なら“経験者向け”とされる仕込み作業を、最初から担当してもらうこともあります。
そして希望者には1つの工程だけを極めてもらうケースもありますが、基本的にはジョブローテーションで全ての工程を経験してもらいます。
これまでに卒業した5人の研修生のうち、福島県・南相馬でhaccobaを営む佐藤太亮さんと、大阪・梅田の醸造所・KOFUNE SAKE BREWERYの上田 睦紘さんは、1年で卒業しました。穴見さんは3年。今までに一番長く在籍した研修者は、柏崎市内で弥栄醸造を立ち上げた坂本一浩さん。3年半在籍していました。

── 一般的な修行期間と比べると、かなり駆け足ですよね。優秀な人材を育成するために、意識していることはありますか?
基本的に教えることの中身そのものは、自社の社員と変わりません。ただ社員に接するときよりも、研修生への指導の方が厳しいと思います。
酒づくりって一生学びなんですよ。研修では1年ほどで基礎を”サクッと”学べるからこそ、基礎から発展へステップアップするには、良くも悪くも本人の努力次第。「“圧倒的に”うまい酒をつくる」意識を維持してもらわないと、どこかで伸び悩んでしまう。そのモチベーションを保ち続けられるよう接しています。
加えて大事なのは「日本酒業界へのリスペクト」を欠かさないでいてもらうこと。先人たちが培った伝統や、下積みを重ねた蔵人たちの努力をないがしろにする卒業生が生まれたら最後、業界では阿部酒造のブランド自体が腫れ物のような存在になってしまいますから。
──その結果、卒業生の皆さんはそれぞれ素晴らしいご活躍をされていますよね。
ただここだけの話、優秀なつくり手を育成するうえで一番重要なのは“採用の見極め”です。
ありがたいことに、うちの卒業生が国内外で活躍しているおかげで、研修制度への応募件数は年々増えています。でも、どれだけ人手が欲しいとしても、応募者全員を受け入れることはありません。応募面接ではかなり厳しく判断し、研修生を絞り込んでいます。

──研修志望者のどういった点をチェックしているんですか?
主に「独立後も自分で酒づくりを継続できる素質があるか」を見極めています。
たとえば、酒づくりって技術以上に“社会人スキル”が重要だったりするんです。中小の酒蔵は酒屋(卸・特約店)を通じて、小売や飲食店へ酒を届けてもらう流れが一般的。営業や販路開拓の面で支えてもらうためにも、酒屋との良好な関係づくりが重要になります。
熱意やセンス、技術力も大事ですが、連絡をすぐに返せなかったり、挨拶ができなかったりすると「味は美味しいのに売れない」醸造家になりかねません。それなら自分で蔵を作るのではなく、自由にものづくりができる酒蔵へ就職すべきだと思うんです。
あとは「阿部酒造の研修生になれば何者かになれる」「自由にものづくりができる」と過度に期待している人も、残念ながらうちの研修生として向いていないと判断します。
──では、阿部酒造の研修生として向いているタイプとは?
「自分の酒をつくりたい」ことに加え、その熱量と同じくらい「会社を立ち上げて何かを成し遂げたい」という目標が明確にある人です。あくまで阿部酒造は“通過地点”。その後の進路を自分で考え、行動できる人かどうかを見極めます。狭き門ではある代わりに「この子はちゃんと羽ばたいてくれそうだ」と思ったら、最後まで責任を持ってノウハウを教えます。
ただ、どれだけ素質がある人を選び育てても、酒づくりの大変さを知り、途中で諦めてしまう人は少なくありません。
柏崎をスタートアップ・ブリュワリーの町にしたい
──面接や指導の時間も発生するわけですから、阿部さんの負担が大きいのでは?
負担かどうかで言えば、スーパー負担です(笑)。人手が足りないだけなら、バイトや社員を雇う方がコストは低いと思います。
ただ、コストを上回るほどのメリットは感じています。
そもそもうちのような規模の酒蔵で、これだけ人がポジティブに入れ替わること自体、なかなか珍しいんですよ。しかも研修生は自発的に、外から良い情報を持ってきてくれる。会社の血液が常にフレッシュであり続けることは、僕含めた社員の刺激になっています。
また、生産に関わった蔵人の顔をラベルに入れている「僕たちの酒」というシリーズがあります。製造年度によってメンバーが違うので、味や香りの個性が少しずつ変化するんですよ。「今年はどんなお酒が完成したんだろう」というワクワク感で手に取ってもらえるようになりました。

──卒業生が国内外で活躍することも、阿部酒造に良い影響をもたらしそうです。
彼らが「柏崎の阿部酒造で学んできました」と広めてくれますからね。
特にお金をいただいているわけでもないし、暖簾分けのような制度でもない。だからこそ最後に卒業する時に1つだけお願いしているんです。みんなの酒蔵がインタビューされたりしたら、ぜひ「阿部酒造で学びました!!」って言ってねと(笑)。
先日、南相馬でhaccobaを営む卒業生・佐藤くんのもとを初めて訪ねたのですが、地元の人たちが阿部酒造のことを認知してくれていたんです。佐藤くん経由でうちのことを知った地元の酒屋さんが、阿部酒造のお酒に興味を持ってくれたりもする。研修生が良い出会いを与えてくれていることを痛感しました。
──同時に、柏崎というエリアにも変化が生まれそうだと感じました。今後も研修制度を続けることで、どういったことに期待したいですか?
「まずは柏崎で始めてみる」卒業生が、これから増えていくのではと予想しています。
たとえば卒業生の1人である坂本さんは、出身地の横浜に醸造所を開くことを当初の目標としていたんです。でも地元で開業するにはキャッシュが足りず、資金繰りの悩みを抱えていました。
柏崎市内で開業すれば、横浜よりも土地代が安く、浮いた分を設備投資に充てる余裕も生まれます。加えて僕もメインバンクや契約農家、酒屋さんを紹介するなど、独立をサポートできる。試しに彼へ提案してみたんです。
最終的に坂本さんは、2024年8月に柏崎市内で弥栄醸造を設立。2025年1月から正式に稼働しています。成功したら地元に移転すれば良いし、柏崎が気に入れば根を張っても良いわけですから、研修生がチャレンジする場所として、柏崎は最適な環境だと思うんですよね。
そして柏崎に新規の醸造所が増えていくことで、いつか柏崎が「スタートアップ・ブリュワリーの町」として認知されるようになったら嬉しいな、と期待しています。
醸造所が増えると雇用も創出され、派生する飲食業や一次産業、観光業も活性化し、関係人口がどんどん増えていきます。「近所に醸造所がある」というだけでも、酒に対する興味・関心って高まるじゃないですか。酒を売りたい人や伝えたい人、作りたい人も増えていく。そして自ずとうちの研修に興味をもつ人も増えると思うんです。
そして優秀な研修生が卒業するたびに、各地で日本酒人口が増え、また柏崎が注目され……そういった、良い循環を期待しています。最終的な目標は、酒づくりという文化がより日常化され、全国各地のスタンダードな職業になること。「地元で一番人気の進路は酒づくり」、その域まで到達したいですね(笑)。
(取材・文:高木 望 写真提供:阿部酒造)