1杯のコーヒーが地域を変える!喫茶文化を未来につなげる生き残り戦略

2025年5月、神戸市灘区のとある喫茶店を、神戸の老舗コーヒー店が継いだ。
読書好きが集う、夜営業が中心の落ち着いたお店から一転。リニューアル後は地元の“おやじ”や“おかん”が集まり、地域の子どもの面倒を見るような、憩いの場へと変化した。
事業承継を決意したのは、神戸市内のカフェ・飲食店にコーヒー豆を卸す萩原珈琲株式会社の四代目代表・萩原英治氏だ。“近所の喫茶店”を救った動機と、リニューアルにおける狙いについて、話を伺った。

萩原英治(はぎはらひではる)
萩原珈琲株式会社 代表取締役CEO
神戸市灘区出身。広島県立大学生物資源開発学科卒業。ブラジル・グァテマラ・アメリカへのコーヒー留学を経て、帰国後は東京の食品会社に勤務。2009年、家業である萩原珈琲株式会社へ入社し、現在は4代目代表として老舗の伝統と革新を担う。
31年の記憶を消さないために“存在意義”から変える
——始めに、まるも珈琲店の事業承継を決めた経緯を教えてください。
店主さんが年齢を理由に、閉業を決意したことでした。
まるも珈琲店では、開業してから約30年に渡り、萩原珈琲の豆を使っていただいていたんです。会社にとって、まさに大事なお取引先の一つでした。
加えてまるも珈琲店は阪神淡路大震災の前年・1994年に創業した喫茶店です。
震災前の古き街並みを思い出させてくれる、貴重なランドマークの1つ。ただでさえ街の景色は目まぐるしく変化していくのに、お店がなくなることで、いよいよ震災前に存在した街並みの記憶が消えてしまう。そういった個人的心情もあって、一層の名残惜しさを感じていました。
しかも物件の契約上、店主さんは原状回復費用として100万円以上を負担する必要がありました。長年続いた思い出と文化を、店主自身がわざわざ大金を払い、跡形もなく潰さなくてはならない。喫茶店という業種の採算の合わなさを知っていたとはいえ、店の最期としてはあまりにも残念でした。
そもそも喫茶店は銭湯や商店と異なり、人々のライフラインではありません。コンビニや自販機で1杯150円ほどのコーヒーを飲める今、贅沢な趣味の域です。それでもここまで長くお店が残り続けたということは、やっぱり残るべき理由があるのでしょう。自分が実行できる範囲で、お店を引き継がせてもらうことに決めました。
そして2025年3月に閉店したまるも珈琲店の外観・内装はそのまま活かし、同年5月に「まるもの“あし跡”」(以下・まるも)をオープンしました。

——まるも珈琲店から受け継いだ点もあれば、変えた点もあると思います。どういったところをリニューアルしましたか?
営業していた当時のまるも珈琲店は、コーヒーを片手に読書を楽しむ、ブックカフェの側面が大きい喫茶店でした。仕事帰りのお客さんが利用することを見越して、営業時間は13時〜21時と夜間に力を入れていたんです。
一部の読書好きには愛されていた一方、まるも喫茶店があるのは閑静な住宅地。遠方からわざわざ足を運んでもらえるような強いフックがない限り、ブックカフェとしての存続は難しいと判断しました。
名物メニューなどPRポイントを1から考えるより、近所の子育て世帯に常連となってもらう方が、持続性が高い。しかし、ファミリー層が夜に喫茶店を利用するシーンはほぼありません。何よりまるも珈琲店はブックカフェだからこそ「子どもを連れて行くには気が引ける場所」として近所に認知されていました。
そこで、まずは営業時間を9時〜18時に変更しました。あとは近所に住む人が朝のランニング後に立ち寄れるよう、モーニングを追加。他にもケーキをはじめフードの種類を増やすなど、メニューを充実させました。
そして毎日15時〜18時には、小学校の授業を終えた地域の子どもたちのために席を開放。宿題が終わった子には小さめのジュースやケーキをご褒美としてプレゼントする「放課後アワー」という制度も始め、家族連れでも訪れやすい環境づくりを整えました。

地域の“関わりしろ”を増やす工夫
——「放課後アワー」の時間帯、一般のお客さんの入店はどうしているんですか?
幅広い世代にさまざまな目的を持って訪れてもらいたいので、制度の趣旨を理解いただいたうえでご入店いただいています。
ただ、遊び盛りの子どもたちが騒ぎ始めてしまうと、お客さんのプライベートな時間を邪魔してしまう恐れがあります。そこで、店全体を管理・運営する店長とは別途、地域に住むシニア世代の皆さんに、日替わりの“おやじ・おかん”としてお店に立ってもらうことにしました。

“おやじ・おかん”には子どもたちの宿題を見てもらうほか、時には子どもたちの話し相手や相談役になってもらいます。そして他のお客さんに迷惑をかけるような行動に対しては、実の親御さんに代わりしっかりと叱ってもらうんです。
ちなみに“おやじ・おかん”役を担っているのは、定年退職を迎えた世代を対象とした灘区の研修講座「灘オヤジラボ」において、私が年に1回受け持つブレンドの体験講座を受講した生徒さんが中心です。講義で習ったことの“実践の場”としてお店を活用してもらい、実際にコーヒーを淹れてもらったりもします。
——地域の人がお店の運営にも参加できるのは面白いですね。
先ほど伝えた通り、喫茶店はほとんどの人にとって「なくても困らない場所」です。近所に住む人々に存在意義を感じてもらうためにも、まずは地域の人と多く関われる接点——つまり“関わりしろ”を増やすことを重視しました。
——子どもたちへのご褒美や“おやじ・おかん”への報酬など、“関わりしろ”を確保するための出費も気になりました。採算はどのように取っていますか?
“おやじ・おかん”の皆さんにお店に立ってもらうと、近所のご友人たちがお客さんとして自然と集まってきたんです。気づけば常連になってくださる方もいて、巡り巡ってきちんとプラスになりました。
直近ではモーニングの時間帯に、近所の「ゲストハウス萬家」のオーナーにお店を任せる「オーナーズDay」も新たに設けました。すると今度はゲストハウスの宿泊客が朝食を摂りに、まるもを訪れるようになった。今まで海外のお客さんをお店で見たことがなかったからこそ新鮮でした。
オープンしてみて思ったのは、さまざまなタイプの人に関わってもらうほど、そこから“関わりしろ”が増えるということ。ありがたいことに、さっそく地域の事業者の皆さんから「日替わり店長として立ちたい」という声もいただいています。今後はモーニングの時間帯に、事業者の“日替わり店長”枠を検討しているところです。
——仕掛けが形骸化せず、ちゃんと“関わりしろ”として機能するには、どういった点を工夫すべきですか?
地域の“不足”を、可能な範囲で補える仕組みであることは大事だと思います。そのためには環境をよく観察することが重要です。
たとえば、まるものある灘区には、幅広い世代が一堂に会し、交流できるような場がありません。特に両親が共働きで、学童にも習い事にも行かない子どもにとっては、家と学校以外の居場所を見つけにくい環境でした。
加えて世代間の交流がないからこそ、子どもが困ったときに頼れる存在がいないことも課題でした。だからまるもが幅広い世代にとって訪れやすく、かつ多目的に開かれた場所になれば、地域課題の解決に貢献できると思ったんです。
ただ、まるもで用意した仕掛けは、決して汎用性が高いものではありません。環境が変わるとともに、また環境に沿った仕掛けを設計しなければ、地域の生態系から“異分子”として排除されてしまいます。そのまま真似をするより、各地域にマッチしたアイディアにトライした方が、軌道に乗りやすいのではと思います。
地域を変えるコーヒー屋になるためには
——地域の“異分子”にならず、信頼される事業者になるためには、どういったことに留意すべきですか?
まずは地域の人々と会話し、考えを理解してもらうことが第一だと思います。
昨年、私は南海トラフに備えた焙煎機の保管場所を確保するために、神戸市北区八多町にある古い醤油蔵を買い取りました。

農村地域である八多町は、きっかけがなければ人が訪れない場所です。コーヒーを起点に八多町の現状を知ってもらえればと思い「里づくり拠点」としての認可を取得。旧醤油蔵を改装し、当初の目的にはなかったカフェをオープンすることに決め、私自身も八多町に移住しました。

移住後、私が最初に行ったのは地域活動に参加し、住民に顔と名前を覚えてもらうことでした。「怪しい者ではない」と認めてもらえますし、住民の皆さんと会話する機会が増え、地域で抱える課題の解像度が高まりました。
また「何をしたいか」を直接伝えたことで、集落の人々も協力的になってくださったことは大きかった。私の話を聞いたおじいちゃんたちが休耕地の草を刈り、花畑に変える準備を進めてくれたりもしたんです。
何より嬉しかったのは、店のオープンはまだまだ先なのに、主催したウォーキングイベントに、地域内外から40人もの参加者が集まったことでした。

もう一つ、地域に住む人々が親しめるような商品を一緒に開発することも、大事なポイントだと思います。我々も「八多オリジナルブレンド」を地域の人々と一緒に作り、旧醤油蔵でのみ購入できる“地域限定ブレンド”として販売する予定です。商品を求め、遠方からお客さんが訪れるようになれば嬉しいです。

——開業前から“関わりしろ”を広げるアクションを取ることは、こと新規事業において将来の追い風になりそうだと感じました。
とはいえ「新しいことをしたい」と外から飛び込んできた人間が、既存の生態系に受け入れられるまでの過程って大変ですよね。萩原珈琲を継ぐ際の経験から、痛いほど分かります。
1928年に創業した会社を、父から四代目として継いだ時には、すでに企業としての土壌が成熟した状態。必死に営業しなくても売上は立ち、良くも悪くも適当なやり取りで全てが丸く収まる。会社の風通しを変えなければ将来的にマズいと感じました。
しかし社歴も浅い若造が、土壌の整っている社内の環境に手を加えるわけですから、当然ベテラン社員から「生態系を壊す存在」と捉えられてしまうわけです(笑)。私も勉強して知識を補い、やっと自分のやりたいことを理解してくれる味方を見つけられたので、まずは落ち着いて地場を固めることが大事だと思います。
——最後に、今後の展望についてもお聞きしたいです。まるもや旧醤油蔵のように、地域課題を解決できる場所づくりは、今後も新たに開拓していく予定ですか?
正直、事業をスケールしていく意欲はあまりないんです。むしろ意識が分散しないよう、自分たちが注力できる範囲内で、今ある仕事を保っていきたいと思っています。
それに、実際に住んでいる人自身が手を動かした方が、地域の生態系にとって健全ですからね。やりたい人の参考になるよう、ノウハウだけは今後も積極的に発信していきます。
私たちはあくまで「まちのコーヒー屋」です。でも、コーヒーのことしか語れないコーヒー屋にはなりたくない。コーヒーというツールを用いてできることを考えながら、地域に交流を生み出したり、関係人口を生み出したりするような存在でありたいです。
(取材・文:高木望 写真提供:萩原珈琲株式会社)