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滑らかな廃業が地域経済を守る。再挑戦できる社会を築く「私的整理」とは

2025.06.24(火) 16:47
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滑らかな廃業が地域経済を守る。再挑戦できる社会を築く「私的整理」とは

全国に約340万社存在する中小企業。その多くが地域と強い結びつきがあるが、コロナ禍以降休廃業や解散件数は増え、2024年の倒産件数は1万件を超えた。中小企業活性化協議会(旧名称:中小企業再生支援協議会)によれば、資金繰りなどの経営に関する窓口相談件数は、2003年以降累計で7万4000件にも上る。

日本では事業を廃止する場合、破産など法的整理しかないと思われがちだ。しかし、実は法律ではなく当事者間の話し合いで解決する「私的整理」というもうひとつの選択肢が存在する。全国で中小企業の事業再生・廃業に関わる弁護士の横田直忠氏は私的整理による「滑らかな廃業が地域経済を守る」と話す。

事業再生や円滑な廃業を支援する「私的整理」とはどのようなものなのか。地域経済にどのような影響を与えるのか。横田氏に聞いた。

横田 直忠(よこた・なおただ)

阿部・井窪・片山法律事務所 パートナー弁護士。
2014年首都大学東京都市教養学部卒業、2017年より弁護士。水産加工会社の破産手続きに携わる中で私的整理の必要性を痛感し、2020年経済産業省中小企業庁事業環境部金融課に初の弁護士枠として採用。中小企業活性化協議会の創設や中小企業の事業再生、私的整理・円滑な廃業に向けてのガイドライン整備(中小企業の事業再生等に関するガイドライン)に携わる。現在は中小企業の成長支援(一般企業法務、M&A)、事業再生や再チャレンジ支援に取り組む。

大量の解雇通知を渡して感じた、私的整理の必要性

──横田さんが「私的整理」による事業再生や廃業の支援に注力するようになったきっかけについて教えて下さい。

私が弁護士事務所で働き始めた1年目、水産加工会社の事業再生案件を担当することになりました。当初は私的整理による事業再生を目指していましたが、民事再生に移行し、スポンサーと最終合意に至らず、破産をすることになりました。

破産をするには一斉に従業員を解雇しなくてはなりません。その会社の皆さんからは良く可愛がっていただいていたのですが、私は破産申立が決まった日に、ある工場の従業員に解雇通知を渡しに行くことになりました。その工場では50人程度の従業員の方々がいらっしゃいました。解雇通知を渡す建物のすぐ側では従業員のお子様が遊んでいました。その様子を見たとき、私は破産を免れることの重要性を身に沁みて感じたんです。

企業の経営層、従業員のご家族、ひいては地域の人々のためにも、私的整理をもっと世に広めていくべきだ。そう考えた私は、それからしばらくして、経済産業省へ出向して私的整理の制度設計や政策企画を担当。現在は元の弁護士事務所に戻って、私的整理による中小企業の事業再生や廃業の支援に携わっています。

法律で解決する「法的整理」、当事者間で解決する「私的整理」

──横田さんが注力されている「私的整理」について、ご説明をお願いします。

企業が経営不振に陥った際の手段として、「法的整理」と「私的整理」という2つの選択肢があります。

法的整理には「再生型」と「清算型」があります。前者は事業を継続しながら債務を整理して経営再建を目指す「民事再生」「会社更生」。後者は事業を停止して破産管財人と呼ばれる弁護士のもとで債務整理を行う「破産」が該当します。

いずれも裁判所が手続きに介入するので公平性が保たれますが、法的整理を行うと官報に掲載されるため、取引先や従業員などに広く企業の経営状況が周知されます。「倒産した」という情報が流れることによって一定程度の風評リスクがあります。

私的整理では、主に金融機関等の金融債権者と債務者企業が当事者間で話し合い解決を図ります。

不採算事業を切り離せば事業と雇用を守ることができる場合には、第三者に当該事業を譲渡して、譲渡対価を金融機関に弁済した後、残りの金融機関の債権の放棄を求めます。世代交代するタイミングで過剰な負債のみ債権放棄してもらい、適正な負債だけを残して事業承継をするという例もあります。

複数の債権者との交渉が必要になることが多く、手間がかかるというデメリットはありますが、関係者間だけで手続きを進められるため、経営不振の風評が広がることなく、スムーズに事業再生ができます。

また債権放棄をお願いする相手は金融機関等の金融債権者に限られるため、取引先は貸し倒れのリスクを免れ、従業員は給与未払や解雇を免れることができる。手間がかかる一方で私的整理には多くのメリットがあります。

でも、なぜ金融機関が借金を棒引きするのか不思議に思いませんか?

私的整理の対象となるための重要な条件とは?

──はい。私的整理のメリットはわかりましたが、一方で金融機関が債務整理に応じるメリットがないように感じます。

実はポイントがあります。私的整理を行う場合、金融機関が破産するよりも多くの回収ができること、つまり経済合理性があることが、最低限のルールになっているんです。破産するよりも多くの弁済ができる再生計画案を作成して、それに対する同意を得るのです。

──なるほど、金融機関にとっても事業再生計画案に応じた方が金銭的メリットは大きくなると。

その通りです。この金融機関への経済合理性を担保するということは「中小企業活性化協議会実施基本要領」「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」といった準則で定められています。まさに私も経産省時代に制定に携わったのですが、いくら中小企業の私的整理が法律に定められていない手続と言えども、まったくのノールールではなかなか成立しません。

何でもありではなく、複数の当事者が同じ目線で適正に私的整理を行える仕組みとして、国が関与し「準則」を定めているのです。

──逆に準則によって私的整理が定められていることで、経営者側が乱用することは起こり得ないのでしょうか。

私が私的整理の話をするときにいつも言うのが「誠実に頑張った経営者は金融機関も話し合いに応じてくれます」ということです。

そもそも私的整理が成立するには金融機関も納得できるルールでなくてはなりませんし、そのために準則があります。準則である「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」では中小企業にもきちんとした誠実な対応を求めています。

つまり、帳簿を大きく改ざんし融資を受けていたり、会社の経費で私用のスーパーカーを購入していたりといった企業は、私的整理に応じてもらえる可能性が低くなります。

経営していればコロナ禍や原材料の高騰など避けられない事態も起こり得ます。それでも誠実に金融機関と会話をして、しっかり決算書を出して、透明性のある経営をしていれば、私的整理による事業再生、円滑な廃業の道は開かれるということです。

意外と浪花節?な、私的整理の現場

──私的整理から事業再生に至った成功事例があればお聞かせください。

ある地域の旅館は、先ほどお話した準則を活用して事業再生計画を作成して超長期の弁済に切り替えました。旅館ビジネスは、定期的に設備投資やメンテナンスをしないと客単価を上げられずに事業が先細りします。設備が老朽化すると集客が難しくなり、運転資金も不足してくる悪循環に陥るのです。

そこで金融機関と話し合い、DDS(Debt Debt Swap)という支援を要請し、15年という超長期での弁済に切り替えました。これにより新たな借入ができるようになり、旅館は設備投資ができるため事業再生が可能に。事業が回ることで弁済できる見込みが立つというわけです。

──企業から提出された事業再生計画が実現可能かを、金融機関はどのように判断するのでしょうか。

正直なところ、10年後といった未来の話は誰にも分かりません。ただ準則型私的整理では、企業が提出した事業再生計画を金融機関が精査し、実現可能な再生計画を利害関係者全員で考えていく仕組みになっています。

また、民間の公的機関や専門家など第三者視点で事業再生計画の内容が適正かを評価する調査報告書も出されます。全ての利害関係者が事業再生計画に介入することで、少しでも計画の実現可能性を高めていく仕組みになっています。

──私的整理で廃業に至るケースには、どんなものがありますか。

若手経営者が、事業がうまくいかず経営不振に陥ってしまったケースがありました。経営者として本人に至らないところもあったと思いますが、ただそれでも労働人口が減り、開業率も下がっている今の日本にとって経営者として手を上げる人材は貴重です。

だからこそ、破産によって次の事業を始める時にお金が借りられなくなり、次の挑戦がしにくくなることを避けるため、私的整理により廃業しました。その方は一度コンサル会社に就職して、いつかもう一度起業をしたいと話しています。

他には経営者が高齢で後継者もいないため、廃業をしたいというケースもありました。過剰債務を抱えていたため、破産か私的整理の2択なのですが、破産だと会社の代理人弁護士が、金融機関に突然通知を送るような形で手続が進みます。その社長は、長くお世話になった金融機関なので面と向かって話をして、義理を通したいということで私的整理を選択されました。

金融機関との話し合いの場には、担当部署ではない金融機関の職員の方がいらっしゃっていました。その方は、金融機関職員になり1年目のときに、社長にかわいがられていた方とのことで、その方が「円滑な廃業を応援しています」とおっしゃってくださったのです。その場で社長は号泣していました。そのとき、私的整理って良いなと思いましたね(笑)。

理想は、経営者が失敗を恐れず挑戦できる社会

──私的整理が一般化すると、地域経済にはどんな影響があるとお考えですか。

日本は破産や廃業に対するマイナスイメージが強いです。破産すると「失敗した経営者」というラベリングがなされ、再起不能に陥る経営者がいる。破産するとその地域で噂が流れ、生きにくいとおっしゃり、住まいを変える経営者もいる。

そうした文化が、日本経済を弱くしてきたのではないかと思います。借りたお金を適当に使うのは良くないですが、破産に抱く過度なマイナスイメージが起業のしにくさを生んでしまっているのではないでしょうか。そういう意味でも、私としては私的整理という手段を広く知ってもらいたいと考えています。

ずっと資金繰りに悩んで、誰にも相談できずにいる経営者の方はたくさんいらっしゃいます。初回のお打ち合わせで私的整理の話をすると、皆さん本当に安心した表情をされるんです。

誠実に経営をしていれば、困った際に救われる道がある。その選択肢があるとあらかじめ知っていれば、起業や新規事業への投資など大きな挑戦も可能となりますよね。挑戦する人を応援する、失敗してももう一度やり直せる、そうした社会が本来あるべき姿ではないでしょうか。

(文:秋元沙織)

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