「負債」だった地域の森林を「収益資産」へ。高級備長炭で実現する「生計を立てられる里山」

国土の約7割を森林が占める日本。かつて地域を支える基幹産業として栄えた林業だが、現在は低い採算性や人材不足などにより、衰退の道を辿っている。事業の継続が難しくなった結果、森は手入れされずに放置され、急速な劣化が進んでいる。
そんな中、徳島県美波町に拠点を置く「株式会社四国の右下木の会社」は、江戸時代からこの地に続く伝統的な「樵木(こりき)林業」を現代版にアップデート。放置が進む里山の広葉樹を高品質な「備長炭」に変えることで、持続可能な林業モデルの構築に挑んでいる。
同社代表取締役の吉田基晴さんに、林業を再び地域の基幹産業へと変える構想について、話を聞いた。
世界に誇れる未活用の地域資源
──もともと東京でIT企業を経営されていた吉田さんが、過疎地の美波町へ拠点を移し、さらに林業へ転身された背景から教えてください。
私は以前、都内でITセキュリティ企業を経営していましたが、慢性的な採用難を克服できないという経営課題を抱えていました。そこで2012年、私の生まれ故郷である徳島県美波町にサテライトオフィスを開設したのです。
出勤前にサーフィンをしたり、地域活動に参加したりする「半X半IT」というワークスタイルを提唱したところ、これがヒットし、都市部の若者を採用できるようになりました。この移転戦略の成功で、地方はIT企業の経営課題解決や、手触り感のある生き方を志向する若者の受け皿になり得ると確信しました。
しかし一方で、大人になって戻った故郷は、少子高齢化と若者の流出により、惨憺たる衰退ぶりに喘いでいました。日本中の地域で起こっているこの問題を解決したいと、2013年に地域活性化を支援するベンチャー「株式会社あわえ」を立ち上げ、全国300に及ぶ自治体をご支援してきました。

──全国の地方創生を見てこられて、何が課題だと感じましたか?
地方創生の一丁目一番地は、「地域資源の徹底的な活用」です。日本において世界に誇れる資源である森林と海洋の従事者が減り続けていることこそが、地方衰退の一因だと気づきました。いくら地域活性化をうたっても、かつての日本のように、里山の近くにいながら生計を立てられるようにはなっていない。
そんな中、かつてこの地域の基幹産業であり、今では日本農業遺産にも選定(2025年)されている「樵木林業」の存在を知りました。

この失われつつある素晴らしい技術を現代に復活させ、森林資源の活用を通じて地域を再生させたい。そう決意した私は、2021年に「四国の右下木の会社」を設立し、自ら切り込み隊長として林業に飛び込んだのです。
キラーコンテンツとしての「備長炭」と、日本の森の特殊事情
──現在の日本の森は、どのような課題を抱えているのでしょうか。
日本の森は国土の約7割を占めますが、その過半数は天然林です。里山の天然林は、長らく薪炭材の供給源として人々の日々のエネルギーを支えてきました。しかし、1940年代から60年代にかけての「燃料革命」により、社会を動かすエネルギーが森林由来から化石燃料由来へと大きく変わりました。さらに1970年代の木材輸入自由化により、国産材の需要は激減しました。
日本の里山の自然は、人が関与し続けることで維持される設計で作られてきました。しかし、用途を失った薪炭林は放置され、高齢化・大径化が進みました。その結果、上層の枝葉で林床が暗くなり、どんぐりからの発芽や新芽の育成が阻害されて世代交代が停滞しています。かつて地域を支えた森林が、今や地域の足を引っ張る存在になりつつあるのです。
──そこで目をつけたのが、広葉樹を活用した「備長炭」だったのですね。
はい。当社の拠点がある徳島県南部は、太平洋に面した温暖な気候のため、1年中葉っぱが付いているウバメガシやカシ、ツバキといった常緑広葉樹の密度が非常に高い地域です。これらの木の最大の特性は「燃焼性能が非常に高い」ことです。
無価値となってしまった広葉樹の活用を、単価の安いチップ材や一般的な薪といった用途からボトムアップで進めようとしても、荒廃した山から木を切り出して搬出する多大なコストを賄えず、経済的に成り立ちません。そこで、最も高価でトレードされる最高峰の調理用木炭「備長炭」から取り組もうと考えました。まずは高付加価値なプロダクトでしっかりと収益の柱を立てることが、持続可能な山づくりをリードしていくための必要条件だったのです。

備長炭のルーツを辿ると、平安時代に空海が遣唐使に随行して中国から持ち帰った炭作りの技術が前身となり、江戸時代に和歌山県で日本独自に「魔改造」されて現在の備長炭の技術に昇華したという歴史があります。
この備長炭の市場は、従来の焼き鳥や鰻といった和食だけでなく、火を通すことにこだわるフレンチやイタリアンなどの洋食シーンにも広がり、需要は国内外で新たな広がりを見せています。
一方で、生産量は最盛期の20分の1ほどに落ち込み、従事者の高齢化や新規参入の困難さから、価格の高騰と争奪戦が起きている状況です。ホームセンターで売られているバーベキュー用の炭が1kg100〜150円程度なのに対し、国産の備長炭はその10倍、1kg1500円〜2000円ほどの価格帯で取引されます。
これだけの高い付加価値を生み出せるからこそ、持続可能なビジネスとして里山に人の手を入れることができるのです。
切っても枯れない。究極の循環・再生型「樵木林業」
──備長炭を作るために復活させた「樵木林業」とは、どのようなものなのでしょうか。
徳島県南部で発達し、室町期から地域の燃料需要を支えていた持続可能な林業システムです。最盛期の大正時代には、美波町の農家の収入の7割を薪炭が占めていたという記録も残っています。当時は農家が化石燃料の消費者ではなく、自らエネルギーを生み出す生産者であり、地域経済を力強く支えていました。
樵木林業の最大の特徴は「択伐矮林更新(たくばつわいりんこうしん)」と呼ばれる伐採技法です。すべてを切る「皆伐」ではなく、胸高直径が約3cm以上の優良な幹だけを選択的に伐採し、細い幹は残します。ウバメガシなどの広葉樹は、杉やヒノキなどの針葉樹と違い、切っても切り株から再び旺盛な若い芽が生えてくる「萌芽更新(ほうがこうしん)」という驚異的な再生能力を持っています。

そのため、再植林の必要がありません。また、択伐により残った枝葉が林床に適度な陰をつくるので、過酷な下草刈りの手間も低減されます。伐採を繰り返すことで同じ株からどんどん幹の数が増え、1株から10本以上の幹が育つ「多幹化」が進み、やればやるほど一株あたりの収量が増えていきます。
杉やヒノキが経済価値を持つまで40〜50年かかるのに対し、樵木林業は10〜15年の短周期で収穫できます。過去に自治体が行った調査でも、すべての木を切り倒す皆伐に比べておよそ130%という非常に高い生産性が実証されています。

──まさに、生産性と持続可能性を両立したモデルですね。
おっしゃる通りです。私は、樵木林業は世界でも類を見ない「攻守一体」の技術体系だと考えています。
樵木林業は、老齢木を若返らせ、病気に感染した木も蘇生させるという意味で、劣化した自然を再生する「リジェネラティブ」な機能を持っています。それと同時に、短周期の更新によって常に森を若く保つため「サステナブル」でもある。さらに、防災の機能も果たします。江戸時代にSDGsのような概念がなかったにもかかわらず、先人たちはこれほど多面的な価値を持つ技術を編み出していたのです。
現在、私たちは隣町で自伐型林業を営む作業道づくりの大家・橋本林業さんに指導を仰ぎ、山の地形や地質を読み解き、100年、200年後にも使える強靭な作業道づくりを行っています。切った木の根を埋め戻すなど、山の自然が道を育て、景色に溶け込んでいくような道づくりに取り組んでいます。
IoTによる「スマート製炭」と職人技術の伝承
──伝統技術の復活にはご苦労もあったかと思います。製炭技術はどのように受け継ぎ、近代化しているのでしょうか。
備長炭づくりは、製炭師の長年の経験値や、「煙の匂い」といった感覚的な「暗黙知」に強く依存していました。さらに、炭窯の仕様や規格も窯ごとに異なり、徹夜や長時間労働が発生しやすい過酷な労働環境でした。これらが新規参入の壁となり、国産備長炭の生産減少の一因になっていたのです。

そこで私たちは、地域内にノウハウや人材がいない地域でも備長炭産業に参入できるよう、炭窯の標準化と近代化に取り組みました。一般の建設業者でも施工できるよう、耐震性など建築基準に準拠した構造で窯を再設計しました。
さらに、IoT機器とクラウド技術を活用した「スマート製炭システム」を開発・実装しました。窯に設置した熱センサーから1分間隔で取得される温度データをクラウド上でグラフ化し、想定外の状態変化があればスマートフォンで把握できます。
これにより、暗黙知に依存していた工程をデータに基づき可視化・記録し、アルゴリズムへ変換することで、職人技を再現性のある「精密製造業」へと進化させました。同時に、深夜業務などを抑制する働き方改革にも繋がっています。
「地炎地食」が生み出す地域産業クラスター
──この事業が地域経済に与える影響についてはどうお考えですか。
当社では、山の購入から作業道の開設、伐採、製炭、そして販売まで、「どんぐりからミシュランシェフの厨房まで」を一気通貫で行っています。分業化が進んだ近代林業において、これはかなり異質な体制です。現在はおよそ15名のスタッフがおり、過疎地において十数名の雇用を生み、社員のほとんどが県外からの移住者であることは、非常にわかりやすい経済効果です。
また、備長炭は単なる燃料ではなく、食材の魅力を最大化する「高機能調理器具」であり「調味料」です。美波町で「ラトリエあべ」を営み、「ゴ・エ・ミヨ」に7年連続で掲載されている、フランス料理の阿部節夫シェフも、当社の備長炭を高く評価してくださっています。
私たちは、地域の森から生まれた炎で、地域の食材を食べる「地炎地食」というコンセプトを提唱しています。食との掛け算が起きることで、当社の樵木備長炭をフレーバーに使った地ビールづくりや、樵木の薪で海水を炊く製塩事業、さらには薪ストーブ付きの住宅など、里山を中核とした関連産業のクラスターが生まれつつあります。
──今お話いただいたような経済活動が、結果的に日本の森を救うことにもつながるのですよね。
はい。実は、日本の森林が持つ水源涵養や土砂災害防止、地球環境保全、生物多様性といった公益的機能の価値は、数字化できるだけでも年間「70兆円」に相当すると試算されています。しかしこれは「森が健全であれば」という前提であり、現状は放置による劣化でこの価値が日々目減りしています。
未整備の森林は、貸借対照表に載らない「繰延債務」です。放置が続くほど管理・伐採コストは複利で増大し、将来の地域経済を圧迫します。樵木林業で木を伐り、エネルギーへ転換するという経済行為が、結果的に森の公益的価値を自動的に再起動させ、この負債を清算して「地代」を生む収益資産へと再定義させているのです。

「森林関係人口」を軸に、全国の里山を持続可能にする
──今後の展望として、このモデルをどのように全国へ広げていくのでしょうか。
私たちが日本全国の木を自ら切りに行くのは現実的ではありません。私たちがこの数年で培った「手つかずの森から産業化に持っていくノウハウ」を体系化し、それを他の地域へ提供していくことが私たちの役割だと考えています。
「四国の右下木の会社」の取り組みは、脱炭素・環境クレジット、経済安保・分散エネルギー、国土強靱化など、現在の国家戦略における重点投資分野とも合致します。
さらに、この課題は郊外の里山だけでなく、都市部でも顕在化しつつあります。昨年(2025年)7月には兵庫県神戸市と「里山と都市の森林資源の循環利用に関する協定」を締結し、公園や街路樹といった都市型森林の広葉樹を活用して備長炭を作る取り組みもスタートしています。地方で生まれた知財が、都市の課題を救うモデルケースです。
当社のゴールは、単に林業や薪炭業を拡大することではありません。森林に高い経済価値があることを証明し、その経済的動機を背景に、料理をする人、食べる人を含めて森林に関わる「森林関係人口」を増やしていくことです。
「地炎地食」が各地に広がれば、その地域にしかない個性的な食が生まれ、新たな観光資源になります。過疎地に「生計を立てられる里山」を再構築し、全国の地域が持続可能になるためのハブとして、森林国家・日本の発展に貢献していきたいですね。