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【三重県・いなべ市】地域活性化起業人制度で民間人材活用。元商社マン市長が仕掛ける官民連携エコシステム

2026.04.03(金) 17:59
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【三重県・いなべ市】地域活性化起業人制度で民間人材活用。元商社マン市長が仕掛ける官民連携エコシステム

三重県の北端に位置するいなべ市。人口約4万4,000人のこの街は、鈴鹿山脈の麓に広がる自然豊かな土地でありながら、名古屋から車で約1時間という好立地に恵まれている。そのため、トヨタ車体や神戸製鋼、太平洋セメントといった大手製造業が集積する「ものづくりの街」として発展してきた。

さらにここ数年、いなべ市では、市外からの企業進出や移住起業者が増え、全国の自治体からの視察も相次いでいる。

赤字だった温泉施設の再生、市庁舎に併設された商業エリア「にぎわいの森」の成功、そして2026年夏に控える大型公園施設のオープン。その背後にあるのは、行政・まちづくり会社・民間企業が有機的につながった、官民連携のエコシステムだ。

このエコシステムを構成する4者への取材を通じて、いなべ市の地域活性化の裏側に迫る。

赤字だった公衆浴場が人気観光スポットになるまで

2024年4月にオープンした複合商業施設「いなべ阿下喜ベース」。「おふろcafé®︎ あげき温泉」を中心に、宿泊施設「AGEKI BASE HOTEL」、地元の人気店が移転した「新上木食堂」が併設し、週末になると名古屋や岐阜、滋賀からも若者やファミリー層が訪れる人気スポットだ。

もともと、市民の健康増進目的で開業した公衆浴場だったこの施設は、毎年2,000万円、最大4,500万円の指定管理料を充当しながら、施設運営を続けていた。

この施設を再生して黒字化させたのが、地域の温浴施設の開発・運営を手掛ける株式会社ONDOホールディングスのグループ会社、Kii company代表の宮本昌樹さんだ。宮本さんは、関係者からの紹介で、赤字続きだった公衆浴場の再生を相談された。通常なら、ここから行政特有の長いプロセスが始まる。プロポーザル、予算承認、議会対応──。しかし、いなべ市の対応は全く違った。

「最初に市役所へ訪問した時、いきなり市長室に通されました。そこで日沖市長から『根回しや議会の対策は俺がやる。民間はお客さんをたくさん呼んで儲けることが仕事だから、それをやってくれ』と言われたんです。さらに『地域活性化起業人制度を申請し、2人分の人件費を確保する』と提案いただきました」(宮本)

Kii company 代表取締役 宮本 昌樹

地域活性化起業人制度。これは、三大都市圏の民間企業の社員を地方自治体に派遣し、その人件費を国が負担する総務省の制度だ。1人あたり年間最大590万円が支給される。いなべ市はこの制度をいち早く活用し、宮本さんのスタッフを受け入れた。

さらに宮本さんを驚かせたのは、意思決定のスピードだ。

「直接、市長が対応してくださって、隣に座っている部長に『それでええな』と。普通は順番が逆ですよね。担当者クラスから始まって課長、部長へ上がっていく。そのステップがトップダウンで始まったので、安心感がありましたね」(宮本)

行政の全面的なバックアップが安心感を与えてくれたからこそ、Kii company側も行政予算をあてにするだけでなく、本気でコミットすることができた。

宮本さんは自ら銀行と交渉し、自社での追加投資を決断。さらに、運営委託ではなく、自らが運営の主体となり、20年の賃貸借契約を結んで事業に乗り出している。

結果、施設は黒字化を達成。かつて地元の高齢者が通う健康増進施設だった場所は、県外からも若者が訪れる観光拠点へと生まれ変わった。そして宮本さんは、このプロジェクトがきっかけで、いなべ市に自宅を購入し、移住しているという。

現在、宮本さんはさらなるいなべ市の活性化に向けて、温泉事業にとどまらず、いなべ市内でインキュベーションセンターの構想も温めている。アグリテックやフードテック系のベンチャーを呼び込み、温泉を核にした複合的な事業エコシステムを作る狙いだ。

いなべ市がこのプロジェクトで得た最大の功績は、宮本さんというプレイヤーを仲間に引き入れたことなのかもしれない。

「地方創生イベントなどでお金を投下すると地域は盛り上がりますが、それは固形燃料と同じですぐに消えてしまいます。地域に必要なのは、一度燃え盛った後に残る、熾火(おきび)です。いなべであと数年頑張れば、移住してきた人が勝手に新しいことを始めていくような熾火ができる。まずはその状態を作りたいと思っています」(宮本)

「丸儲け」制度をエンジンにした官民連携

いなべ市役所 外観

温浴施設の再生を下支えした地域活性化起業人制度。いなべ市がこの制度をいち早く導入したきっかけは、近畿日本ツーリストに勤める、若手社員からの提案だったという。当時、市は同社と別の事業で連携しており、その縁でまだ全国的にも活用事例が少なかったこの制度の存在を知ることになる。

地域活性化起業人制度の仕組みを知った日沖靖市長の反応は、極めて明快だった。

「こんな都合のいい制度はないですよね。丸儲けですよ(笑)」(日沖)

自治体の実質的な財政負担がない状態で、民間企業の優秀な人材と彼らが持つノウハウ、さらには企業とのネットワークまで地域に引き込むことができる。市長はこの制度が持つメリットを直感的に理解し、即座に導入を決断した。

いなべ市長 日沖 靖

以来、いなべ市はこの制度を徹底的に活用してきた。累計で40人弱、現在も約20人が駐在しているという。チームラボセールス、近畿日本ツーリスト、日本航空、ダイハツ工業、日本旅行など、名だたる企業から人材が送り込まれてきた。

1人あたり年間最大590万円の人件費を国が負担するため、自治体の持ち出しは実費程度。企業にとっても社員にとっても越境学習の機会になる。三方よしの制度だが、日沖市長のように積極的に活用する首長は、全国を見渡しても極めて少ない。

特筆すべきは、その活用の仕方だ。日沖市長は、いなべ市に何らかの提案をしてきた企業に対して「逆セールス」を仕掛ける。

「企業側は独自のプロジェクトを持ってやって来ます。それに対して『この制度を活用すれば、御社の持ち出しは実質ゼロになります。その分、もう少し事業規模を膨らませてみませんか』と提案するわけです」(日沖)

この発想の根底にあるのは、商社マン時代に培われたマインドだ。

「役所の人間は『他で前例はあるか』と聞きますが、商社は『まだ誰も手をつけていないか』と問うのです。発想が真逆ですよね。ビジネスにおいて1番手と2番手では大違いです。自らマーケットを創出できれば、高いシェアと利益率を確保できますから」(日沖)

冒頭の宮本さんのエピソードにもあったように、市長は「行政は環境整備と議会対応に徹し、民間はしっかり稼ぐ」という役割分担を徹底している。行政が事業主体となって利益を上げようとすると、公平性の原則と収益性の追求が矛盾し、どちらも中途半端になりがちだ。

だからこそ、ビジネスとして「稼ぐ」領域は民間に委ねるのだ。この明確な官民の境界線こそが、いなべ市の地域経済エコシステムの根幹を成している。そしてこの役割分担を現場で機能させるために、もう1つの重要なプレイヤーがいた。

行政と民間企業をつなぐ、「稼げる」第三セクター

行政と民間の間には、さまざまな違いがある。どちらも地域を良くしようとしているはずなのに、日常的に使う言葉の定義が異なり、意思決定に至るまでのスピード感が違い、さらには事業リスクに対する許容度や感覚も異なる。

いなべ市でその溝を埋めているのが、一般社団法人グリーンクリエイティブいなべ(GCI)だ。彼らは両者の間を仲立ちするだけでなく、民間のスピード感でプロジェクトを具体化させる実行部隊としての役割も担っている。

グリーンクリエイティブいなべ(GCI)専務理事 一橋 俊介

GCIは2020年、市庁舎に併設された商業エリア「にぎわいの森」の開業に合わせて設立された。にぎわいの森は、市庁舎の1階にカフェやベーカリー、アウトドアショップなどを誘致した、年間38万人超が来場する異色の公共空間だ。

当初5人でスタートしたGCIは、現在12人に拡大。市からの派遣職員は2人のみで、他は民間採用だ。市役所職員としてGCIの立ち上げを担った一橋氏自身も、2026年春から市を退職してGCIの事業に専念する決断を下している。

「同じ方向を向いてるのに相容れない、ということが結構あるんです。使う言葉が違ったり、行政の論理と民間のスピード感が噛み合わなかったり。その通訳というか翻訳をすることが、僕らの大事な仕事です」(一橋)

GCIの機能は多岐にわたる。にぎわいの森の運営、観光DMO的な旅行商品の造成、地域プロモーション、そして現在進行中の大型プロジェクト「梅林公園」の開発。

一橋さんによれば、GCIは「行政がやりたくてもできないこと」を担う存在だ。行政には議会対応や公平性の原則があり、スピーディに動くには限界がある。GCIは行政の資源を活用しつつ、民間のスピード感で事業を推進できるポジションにいる。

GCIの事務所は市庁舎内にあり、スムーズな連携ができる

中でも重要な役割は、外部から来る事業者と地域をつなぐコーディネーターとしての機能だ。

にぎわいの森のテナント誘致は、その象徴的な事例である。市長の判断により、テナントはすべて市外の事業者を招き入れた。一般的な行政の感覚であれば地元の事業者を優先しそうなものだが、そこには明確な理由があった。

「『名古屋など広い商圏からお客さんを呼ぶには、外の有名店に来てもらうのがベスト。外の視点を入れないと新しいものは生まれない』という戦略でした。地元からは当然『なぜ市内の業者は入れないのか』という反発が起きたんですけど、市長がブレずにやりきりました。結果的に名古屋から来たお客さんが近くのレストランにも流れて、地元の店も潤ったんです」(一橋)

一方で、地域の文脈を重んじるプロジェクトでは地元企業との橋渡しも担う。冒頭で触れた「いなべ阿下喜ベース」において、地元の人気店である「新上木食堂」が施設内に移転オープンしたのも、GCIが間に入って調整を行った結果だ。

さらに、この組織の異色さを端的に示すエピソードがある。Kii companyの宮本さんは、「おふろcafé®︎ あげき温泉」のメニュー開発を、GCIにコンサルティング業務として依頼した。第三セクターに対してコンサルフィーを払う——通常とは逆の関係性だ。

「GCIには飲食部門の専門人材が在籍しているため、コンサルティング費用をお支払いしてレシピ開発を依頼しました。GCIには『自ら稼ぐ』という強い意識が浸透しており、一般的な第三セクターとは全く異なる組織風土を持っています。だからこそ、専門性のあるクリエイティブ人材が在籍し、これほど機能しているのではないでしょうか」(宮本)

移住起業者が自立する「フラットな構造」

今、いなべ市には古い街並みや豊かな自然環境を活かした個性的なカフェや雑貨店、レストランが次々とオープンし、感度の高い若者や移住起業者が集まる「いなべブーム」とも言える熱気が生まれている。

その象徴的な存在が、「いなべ阿下喜ベース」に新上木食堂を移転した「松風カンパニー」だ。共同代表の寺園風氏と松本氏は、それぞれ異なる経緯でいなべに辿り着いた移住者である。

彼らはいなべ市内で自社農園を営みながら、新上木食堂の他にも、パン屋、コーヒーショップ、アートギャラリーショップ、レストランなどを次々とオープンさせ、街に新たなカルチャーを生み出している。

新上木食堂
コーヒーハウス Punkt.(プンクト)
アートギャラリーショップ 岩田商店

なぜ彼らのような若き起業家がいなべに集まり、自立したプレイヤーとして活躍できているのか。その最大の理由は、この街にある余白だ。20歳の頃から農業を志し、独立の地を探していなべに辿り着いた寺園さんはこう語る。

「無限のフィールドがあるなと思ったんです。工場や企業は入っているけど、農業は『みんな衰退していく土地だから』と放置されている。耕作放棄地も空き家もある。僕はもうここで何でもできそうだなと」(寺園)

土地が安く、競合が少ないからこそ、自分たちのやりたいことを試せるフィールドが広がっている。寺園さんが「行政から特別な支援や補助金をもらったことはない」と語るように、自分たちの力で事業を回すのが基本姿勢だ。

さらに、彼らの居心地の良さを担保しているのが、いなべ特有の「フラットな構造」である。事業者同士がベタベタと群れることはなく、必要な時に連携し、普段はそれぞれの事業に集中している。この絶妙な距離感について、宮本氏は移住者としての視点でこう分析する。

「いわゆる『地場の主』みたいな人がいないんですよ。だいたいそういう人がまちづくりの起点になって動くものですが、いなべはみんな各々個別に動く。逆に言うと、誰もがメインになれるんです」(宮本)

助けてくれる人はいても、主のように振る舞う人がいないからこそ、移住起業者は既存の秩序やしがらみに縛られることなく、自由に事業を展開できる。

そして、自立したプレイヤーたちは自由に事業を行いながらも、それぞれがいなべという街の価値を上げるために向き合っている。

松本さんは現在、GCIから依頼を受け、行政主導の梅林公園プロジェクトのクリエイティブディレクターを務めている。引き受けた理由は、単なるビジネス上の判断ではなかった。

「せっかく新しく作るなら、妥協のない『いなべらしい』クオリティのものを自分たちの手で形にしたいと思ったんです。このプロジェクトが成功して、外から来た人が『やっぱりいなべって面白いな』と感じてくれたら、僕らに続く新しい人たちがもうひと波やって来るきっかけになる。街全体の価値を上げることに繋がるなら、自分たちがやる意義があると思いました」(松本)

行政の下請けとしてではなく、対等なクリエイターとして街のプロジェクトに関わる。ほんの10年前には「いなべ市」と言っても通じなかったこの街を、自分たちの手でカルチャーの発信地に変えていくという意志がそこにはある。

寺園さんは「あくまで事業はいなべでしかやらない」と決めている。事業が軌道に乗れば、他地域へ店舗を展開していくのがビジネスの定石かもしれない。しかし彼らは、外へ広げるのではなく、この街にさらに深く根を張り、いなべという地域全体の価値を高めることに全力を注ごうとしている。

松本さんの頭の中には、おぼろげに、目指すべき未来のいなべの景色が描かれている。

「ニューヨークで、人々がマンハッタンから橋を渡ってカルチャーの発信地であるブルックリンへ出かけていくように、休日に名古屋という大都市からローカルな三岐線に揺られて、わざわざいなべに向かってくる。そんな感度の高い人たちの流れを、この街に作りたいんです」(松本)

官民が自立しながら連携する、いなべ型エコシステム

いなべでは、各プレイヤーが明確な役割を持ち、互いに依存せず自立して動く「いなべ型エコシステム」が形成されている。

「稼ぐのは民間、行政は環境整備」というブレない哲学のもと、市長自らが国の補助制度をエンジンとして使い倒し、民間の参入リスクを下げる。そして、言語や文化の異なる官民の間にはGCIという翻訳機関が入り、両者の歯車を滑らかに噛み合わせる。

その強固な土台の上に、「地場の主」のいないフラットな環境と、名古屋から1時間という立地のポテンシャルに惹かれた移住起業者たちが集い、新たなカルチャーを次々と創発している。

現在のいなべは、まだ完成形ではない。2026年夏にはGCIが手がける梅林公園がオープンを迎える。宮本さんはインキュベーションセンター構想を温め、東海環状自動車道の全線開通も視野に入り、いなべの地理的優位性はさらに高まっていく。

日沖市長は言う。

「市民が、市外から訪れる人々に『素晴らしい街に住んでいますね』と声をかけられ、誇りを感じられること。それこそが私にとって最大の喜びです。

いなべ市が持つ資源を有効に磨き上げ、新たな価値を生み出してくれるプレイヤーには、これからも積極的にこの街へ参画していただきたいと考えています」(日沖)

かつて近県の人にさえ「いなべ市」と言っても通じなかったこの街は、行政・まちづくり会社・民間企業・移住者がそれぞれの役割を果たしながら、静かに、しかし確実に、地域経済の新しいかたちを創り出している。

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