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【越前鯖江】イベントの熱を日常へ。オープンファクトリーからはじまる産地革命

2026.02.20(金) 16:30
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【越前鯖江】イベントの熱を日常へ。オープンファクトリーからはじまる産地革命

福井県の中央部に位置する鯖江市、越前市、越前町。この一帯は、半径10kmというコンパクトな圏内に、越前漆器、越前和紙、越前打刃物、越前焼、越前箪笥の5つの伝統工芸に加え、眼鏡、繊維という計7つの地場産業がひしめき合う、ものづくりの集積地だ。

「RENEW(リニュー)」は、この地で2015年から始まった国内最大級のオープンファクトリーイベント。普段は閉じられている工房を一般に開放し、職人の技術や想いに直接触れることができるこの試みは、今や120以上の事業者と3日間で延べ5.5万人以上の来場者が参加する大規模イベントへと成長した。

RENEWがもたらしたのは、イベントによる直接的な経済効果だけではない。この10年で産地には43ものファクトリーショップが誕生し、イベントをきっかけに移住した若者は69名にのぼる。そしてなにより、それまで「時代の流れ」を嘆くばかりだった事業者たちが、自ら時代を切り拓くために動き出したという。

今回の記事では、RENEWがいかにして斜陽の産地を再生させたのか、現地取材をもとにその舞台裏に迫る。

国内最大級のオープンファクトリーイベントが誕生するまで

RENEWが誕生する以前、この産地に漂っていたのは重苦しい閉塞感だった。漆器や眼鏡の売り上げはピーク時の3分の1にまで落ち込み、産地には「売れないのは時代のせいだ」というあきらめムードが蔓延していた。事業者が集まると、出てくる話題は愚痴ばかり。そんな他責のマインドが、産地から活力を奪っていた。

その状況を変えるきっかけになった人物の1人がRENEWのディレクター 新山直広さんだ。大学で建築を学び、都市計画やまちづくりに興味を持っていた新山さんは、卒業後に鯖江へ移住。アートプロジェクトの事務局や地域の産業調査に携わった後、鯖江市役所の商工政策課に臨時職員として入庁した。

TSUGI代表/RENEWディレクター/一般社団法人SOE副理事 新山直広さん

2015年に市役所の任期を終え、「この産地に必要なのは、デザインだ」と感じていた新山さんは、デザイン事務所を設立。そして、同年に鯖江の眼鏡メーカーの代表である谷口康彦さんと共に、第一回となるオープンファクトリーイベント RENEWを開催した。

すでに燕三条「工場の祭典」などの成功事例があったオープンファクトリーイベントだが、実現にあたっては「工房を開けて技術を盗まれたらどう責任を取るんだ」などの反発もあった。新山さんは事業者に何度も説明に周り、その不安を1つひとつ解きほぐしていったという。

そうして第1回RENEWに参加した事業者の数は22社。エリアは漆器の産地である河田地区のみで来場者数は1,200人。現在のRENEWの規模と比べると小さなスタートだった。

しかし、それでも1,200人の来場者の姿は、新山さんと地域の事業者に大きなインパクトを残した。来場者の約4割が県外からの訪問者。なかでも印象的だったのは、東京から来た若い「眼鏡マニア」たちの姿だ。若者たちは職人の手仕事に対して「すごい!」「かっこいい!」と何時間も興奮し続けた。

「職人からすれば『当たり前』のことが、外の人からは価値として感じられる。若い世代の純粋な驚きに触れることで、職人さんたちの心の中に、失われていた誇りと自信が再び灯り始めたんです」(新山)

以降、RENEWは毎年開催され、これまでに11回の開催を数える。ターニングポイントとなったのは2017年。中川政七商店とのコラボレーションを実現した年だ。これを機に、漆器だけでなく、7つの産業全体を巻き込む体制が整った。

2025年に開催されたRENEWの出展者数は120社を超え、期間中の延べ来場者数は約5万5,000人に達する。特筆すべきは、イベントをきっかけにした移住者の数だ。RENEWをきっかけに69名がこの産地に住み着いた。自らをあきらめかけていた産地は、この約10年の間に日本でも有数のものづくりの現場として知られるようになったのである。

「RENEW2025」の様子(写真提供:一般社団法人SOE)

RENEWがもたらした「B2C2B」による産業振興

RENEWは会期中の賑わいを生み出しただけでなく、越前鯖江の事業者の意識を根底から変えた。それを象徴するのが、参加事業者による自社ブランドの商品開発とそれを販売するファクトリーショップの存在だ。

かつて、この街の事業者は、問屋から依頼された仕事を忠実にこなす下請けとしての役割に徹していた。自分たちが作った商品がどこで、いくらで、誰に売られているのかすら知らない。そんな状況が当たり前だった産地に、RENEWをきっかけとして「自ら売り場を持つ」という選択肢が加わった。現在、産地には43ものファクトリーショップが点在している。

「都会に商品を卸す際、産地問屋や消費地問屋を経由すると、1万円の商品が産地からの卸値では4,000円程度になってしまいます。しかし、自社ショップでの直売なら、利益を自分たちの元に残せる。都会で3個売るのと、ここで1個売るのが、利益で見れば変わらないという現象が起きたんです」(新山)

この経済的合理性が、事業者の背中を押した。そして、これは単にメーカーが「B2Cを始めた」という以上の意味を持っている。

自社商品を開発して直接消費者に届ける(B2C)過程で、事業者は自分たちの技術の強みや市場のニーズを言語化し、再認識することになる。そうして出来上がったプロダクトが名刺代わりになり、新たな法人向けの仕事(B2B)の依頼が来るようになったのだ。

これまで依頼されたものを作るだけだった職人が、自社商品を通じて「私たちはこれができる」「これが強みだ」とプレゼンする力を身につけたことで、バイヤーや企業の開発担当者から「この技術でこんな特注品は作れないか」という相談が舞い込むようになったのである。

つまり、「B2C2B(Business to Consumer to Business)」という新たな商流が産地に生まれたのだ。

この変革を支えたのは、産地がもともと持っていたポテンシャルだった。新山さんは、産地の根底にある強みをこう分析する。

「眼鏡だけで200工程あって、漆器も分業です。みんなお互い様というか、自分たちだけでは何ともできない。もともと『共助の精神』があるんです。それに、眼鏡の会社だけで530社あり、530人の社長がいる。ある種の起業家精神みたいなところは、土台として皆さん持っているわけです」(新山)

さらに、この構造変化は、産地に多様な人材をもたらした。これまで産地の人材と言えば「職人」「営業」の二択だったが、直営店を持ち、ブランドを運営するために、インハウスのデザイナー、広報、企画、マーケティング、それから人事といった、これまでの伝統産業界には存在しなかった職種が必要となったのだ。

「インハウスのデザイナーや企画、マーケティング。今までいなかったような人材が街の中で活躍できる場ができたことで、産地に厚みがもたらされたと思っています」(新山)

独自の技術を後世につなぐ山次製紙所

こうした産地の変化を象徴する事業者がいる。越前市今立地区は1500年の歴史を誇る和紙の産地。同地区に越前和紙の工房を構える山次製紙所は長年、美術小間紙や酒瓶のラベルの和紙などを作ってきた。

山次製紙所 伝統工芸士 山下寛也さん

明治元年創業の技術を受け継ぐ伝統工芸士の山下寛也さんは、時代に合わせて自動乾燥機     を使った手漉き和紙の量産を試みたほか、自身で型押しを施した「浮き紙」という新しいデザインの和紙を生み出すなど、生き残りをかけて、さまざまな試みを行ってきた。

伝統の中に様々な革新をもたらしてきた山下さんだが、「紙」という素材メーカーゆえの葛藤も抱えていた。

「和紙はあくまで素材だから、他のものづくりの事業者とは少し違うんです。自分たちは裏方でしかないので、その良さをどうにか伝えなくてはいけない。うちの『浮き紙』は他にはないものだから、それをどうにかして残していきたいという思いもあります」(山下)

風向きが変わり始めたきっかけは、RENEWへの参加だった。「当たり前の仕事を当たり前にしているだけ」と話す山下さん。しかし、その工房に、一般の客が続々と訪れた。目の前で漉きあげられる和紙、山次製紙所の独自技法によって浮かび上がる繊細な文様。自身の技術に純粋に感動する人々の声が、山下さんの意識を変えた。

「『うわあ、すごい』という声が直接聞けたとき、やっぱりやってよかったなと心から思いました。同時に、自分たちが当たり前にやってきたことを、もっと自分たちの言葉で伝えていかなければならない、という気持ちが芽生えたんです」(山下)

その想いが、山次製紙所を自社製品開発へと向かわせた。最初に手がけたのが、浮き紙を表面に貼った「茶缶」だ。

その他にもカードケースやエンベロープなど、さまざまなプロダクトを開発。こうしたプロダクトが和紙という「素材」の使い方の見本となり、『これに和紙を貼れますか?』『こんなことできますか?』とさまざまなOEMの相談が来るようになった。

山下さんはこのタイミングで、当時デザイン会社にいたメンバーを仲間に迎える。企業からの相談に応じてデザインからOEMで制作できる体制を整えたのだ。

そして山下さんは自社製品のヒットに満足するのではなく、「和紙という素材屋」としてさらに先を見据えている。

「茶缶が売れても、それだけでは技術継承にはならないんです。OEMを取ることで、嫌でも     紙を漉かなければならない環境を作る。それが職人を育て、技術を残すことにつながると思うので」(山下)

商品販売で収益を上げるに留まらず、長期的な目線で技術そのものを文化的な資産として現代に確立させる。そのためのアプローチとして、現在、山次製紙所は「浮き紙デザインエキシビション」を主催している。デジタルで制作された現代的なデザインを募集し、それをアナログな「浮き紙」の技法で表現する試みだ。

応募作品のデザインをもとに製作した浮き紙の模様

「デジタルなデザインをアナログで見せる楽しさを伝えたい。最終的には、この『浮き紙』という技法自体を、越前和紙を代表する新しい文化に変えていきたいです。自分たちが儲かるシステムを作るだけではなく、自分たちの技術の価値を上げていかなければ、いずれ何の産地なのかわからなくなってしまいますから」(山下)

通年型産業観光への挑戦

2015年の開始以来、産地に変化をもたらしてきたRENEWだが、その運営主体は長らく民間の「実行委員会」という形をとっていた。2021年までの約6年間、実行委員会形式でイベントを回す中で、新山さんらはひとつの大きな壁に直面する。それは「イベント以外の時期の仕事」という課題だった。

「RENEWには半年間の長期インターンとして、全国から熱意ある若者たちが来てくれる。彼らは『職人の助けになりたい』『産地で働きたい』と言ってくれます。でも、RENEWが終わると冬場の仕事がないんです。せっかく移住を考えてくれる若者を、働き口がないために足止めしてしまっている。この矛盾を解消し、産地を365日動かし続けるための『受け皿』が必要でした」(新山)

そこで、2022年に設立されたのが一般社団法人SOE(ソエ)だ。それまで新山さんのデザイン会社「TSUGI」などが担っていた観光案内や宿泊、教育といった公共性の高い事業を切り離し、産地全体を経営する「公」の役割を持つ組織として再定義したのだ。

イベントという「点」の盛り上がりを、通年での雇用と観光という「線」へとつなぐ、新たなステージが始まった。

SOEが、通年型産業観光の拠点として展開しているのが「Craft Invitation(クラフトインビテーション)」だ。ここは単なる観光案内所ではない。旅を楽しみたい観光客から視察目的のクリエイターやバイヤーまで、あらゆる目的の来訪者と産地をつなぐ、いわば「産地の総合窓口」である。

「今、僕らが一番力を入れているのは海外インバウンド向けのオーダーメイドツアーです。

欧米圏からの旅行者は、単にモノを買うことよりも、その背景にあるストーリーを知ることに価値を感じるモダンラグジュアリー層。

彼らは13万円のオーダーメイド眼鏡をつくりに来て、その製作工程を職人と語らう体験に数十万円を払います。

こうした海外富裕層の誘客が、産地の価値を海外に届け、結果として新たな収益につながっているんです」(新山)

現在、SOEの社員は18名。その約6割がRENEWをきっかけに移住してきた若者、約4割が地元の採用である。ツアーの予約は今や毎日入るようになり、事業も順調に成長している。    

「正直、ここまでのスピードで成長するとは思わなかった」と新山さんは語る。イベントの熱狂を日常の「仕事」へと変換する仕組み。それは、産地の人材の循環を促すだけでなく、産地全体を一回り大きな経済圏へと押し広げようとしているのである。

職人の技術の粋が詰まった産業観光の宿

そして、もう一つの通年型産業観光の拠点として、SOEが着手したのが宿泊施設の整備だ。2025年に越前和紙の里・今立地区に誕生した宿泊施設「SUKU(スク)」は、その第一弾。

これまでは産地内に適切な宿泊拠点がなかったため、産地に訪れる来訪者の多くは金沢やあわら温泉に宿泊していた。そのため、産地での滞在時間が短くなるという構造的な課題を抱えていたのだ。

SUKUは、産地の夜の空気や早朝の工房の息遣いそのものを滞在価値に変え、産地のさまざまな産業へと波及させていく、産業観光の重要インフラなのである。

この宿の立ち上げに関わり、運営を務めるSOEの山田美玖さんは、学生時代にRENEWに訪れたことをきっかけに移住を決意した一人だ。彼女を突き動かしたのは、RENEWの開催中に産地で出会った人々が放つ圧倒的な熱量だった。

般社団法人SOE 山田美玖さん

「未来に希望を持ちながら、同じ景色を作っていきたい。この仲間に入りたい」(山田)

そう感じた当時の思いを捨てきれず、卒業後3年の会社員生活を経て、山田さんは身一つで福井へと飛び込んだ。

移住前から産地で宿をはじめたいという思いがあった山田さん。彼女がSOEのメンバーと共に作り上げたSUKUは、いわば「産地のショールーム」だ。

SUKUでの滞在は、チェックインから「体験」が始まる。レセプションで和紙の道具に触れ、お部屋では和紙の手紙を書くキットを楽しむ。そして翌日には、宿で使われている和紙を漉いている工房を訪れたり、職人体験を楽しむことができる。

「宿でその心地よさを感じ、興味が湧いたら、翌日はすぐ近くにある工房へ、作り手に会いに行くことができます。私たちはそのためのハブでありたいんです」

客室は3部屋。それぞれ和紙の原材料である「楮(こうぞ)」「三椏(みつまた)」「雁皮(がんぴ)」の名を冠している。特筆すべきは、館内に散りばめられた越前和紙の多様性だ。16社の事業者が漉きあげた和紙が、壁紙、照明、スツール、さらにはアメニティにまで形を変えて潜んでいる。

「例えば和紙を壁紙にするのは、現代では珍しいことです。でもここでは、産地内で施された防水・防汚加工により、実用的な建築素材としての和紙を体感いただけます。表面に和紙を貼ったスツールや、アルミと和紙を組み合わせた照明。和紙の可能性は、実は生活の至る所に隠れているんです」(山田)

開発チームが最もこだわったのは、職人たちの「チャレンジ精神」を宿泊体験に組み込むことだった。客室を彩るアートパネルは、和紙を漉く際に使う道具や端材を、和紙の繊維の力だけでくっつけたものだ。

「職人さんたちに『こんなことできますか?』と相談すると、皆さん『やったことないけど、一回やってみるね』と挑戦してくれました。翌週にはもう試作が出来上がっている。そんな産地の熱量が、この宿の至る所に宿っています」(山田)

産地を「経営」するデザインの力

RENEWとSOEがこの10年で推し進めてきた変革は、単なるイベントの盛り上げや観光振興ではない。それは、産地を民間主導で経営し、再構築する壮大なチャレンジだ。そしてその根本にあるのが、新山さんが移住直後にその必要性を感じたデザインである。そしてそれはB2Cのプロダクトをデザインするというような意匠にとどまらない。

「かつて、デザインという言葉は色や形のスタイリングを指していました。でも今は、産地をより良くするための工夫と実践そのものがデザインだと、職人さんたちも理解してくれています」(新山)

新山さんの語る「デザイン」の定義の変遷は、そのまま産地のマインドセットの成熟を表している。さらに今、新山さんらの視線は、産地の意思決定のシステムそのもののデザインにまで及ぶ。

「各産地の組合などの既存組織と連携を深め、現代のスピード感に合わせた柔軟な運営体制へとアップデートしていく。産地同士がよりシームレスに連携し、戦略的に地域を『経営』することで、景色はもっと変わるはずです」(新山)

イベントから日常へ。そして、個別の工房から産地全体へ。越前鯖江の産地が示したのは、伝統を保存するのではなく、時代に合わせてアップデートし続ける「産地経営」という名の新しいデザインの形だ。

かつて「ここにはなんもないよ」と笑っていた職人たちは、自分たちの仕事への誇りを取り戻し、新しい産地の担い手として未来に目を向けている。

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