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「奥金沢」を産業観光の聖地に。オープンファクトリーに70億円投資した繊維企業の生存戦略

2026.02.06(金) 16:55
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「奥金沢」を産業観光の聖地に。オープンファクトリーに70億円投資した繊維企業の生存戦略

石川県かほく市。金沢駅から車で約40分ほどの場所に、日本の繊維産業の常識を覆す施設がある。一見すると美しく整備された公園や美術館のようなKAJI FACTORY PARK(カジファクトリーパーク)。しかし、その建物の中では160台もの織機が稼働し、世界中のラグジュアリーブランドやアウトドアブランドへ向けた最先端の生地が生産されている。

「繊維産業は斜陽だ」——。そんな通説が囁かれる中、カジグループはこの場所に総額70億円もの投資を行い、オープンファクトリーを前提とした新工場を建設した。周囲からは「無謀だ」とさえ言われたこのプロジェクト。しかしそこには、単なる地域貢献やCSR活動の枠を超えた、製造業が生き残るための勝算が隠されている。カジグループ 代表取締役社長 梶政隆氏に、その全貌と戦略を伺った。

梶 政隆(かじ まさたか)

カジグループ 代表取締役社長

1997年、商社勤務を経て家業のカジグループへ入社。当時の主力事業であったパンストやプリンターリボンテープの需要減退を予測し、高付加価値テキスタイルへと事業転換を主導。2010年に同社社長に就任。自社ブランド「KAJIF(カジフ)」「TO&FRO」「K3B」などを展開し、2025年に産業観光拠点「KAJI FACTORY PARK」をオープンさせた。

施設全体でものづくりをプレゼンテーション

KAJI FACTORY PARKに近づくと、目に入るのは、工場の無機質なイメージとはかけ離れた緑豊かな光景だ。

「ウェルカムガーデン」と名付けられたエリアには、子供たちが走り回れる広場があり、春には79本の桜の木が咲き誇る。

その奥に見えるのは、樹齢1,000年のメインツリーのオリーブの古樹と79本もの桜の樹が植えられた庭。これらの場所は地域住民が散歩し、憩うための公園として、一般に開放されている。その広さは工場の敷地の半分にあたる約5000坪に及ぶ。

建物に入ると、まず目に飛び込んでくるのが、カジグループの極細な糸を巻いた無数のロール。

展示に近づいて目を凝らしてみるとそのロールが非常に細く無数の糸から成っていたことがわかる。

カジグループのテキスタイルは、髪の毛よりも細い、わずか7デシテックス(1万メートルで7グラム)という極細のナイロン糸を用いており、軽量で柔らかいのに丈夫なのが特徴だという。

さらに建物内を散策すると、カジグループのオリジナルブランドである「K-3B」「TO&FRO」の旗艦店のほか、北陸のデザインプロダクトを扱うセレクトショップ、そして地産地消をコンセプトにしたレストラン「79 KITCHEN」が軒を連ねる。

そして建物の深部へ入ると、そこは数々のラグジュアリーブランドやアウトドアブランドの生地を手掛けるカジグループの最新設備を搭載した工場。

入口の展示と同じく、遠目には見えないほど極細のナイロン糸が巻かれたロールがいくつも整然と並ぶ。さらにその横では160台もの最新鋭の織機が目にも留まらぬ速さで生地を織っていく。

カジグループの扱う糸は非常に繊細であるため、工場内は徹底した温湿度管理が行われ、目に見えない空気の流れさえもコントロールされているという。

同業者だけでなく、一般の観光客でも楽しめるように工夫が凝らされた場と体験の設計。

70億円を投じ、産業観光の拠点とした工場を新設したのはどのような狙いだったのか。ここからは、この一大プロジェクトを指揮した梶社長にお話を伺っていく。

日本のものづくりに残された道は「匠の価値」の量産

──先ほど工場を見学させていただきましたが、そもそも、なぜこれほど大規模にオープンファクトリーを行う必要があったのでしょうか?

梶:一番の根底にあるのは、日本の繊維産業が置かれている状況への危機感です。

僕が商社から戻ってきた1997年当時、うちはパンスト用のナイロン糸加工や、タイプライターのリボン用織物で高いシェアを持っていました。利益も出ていたし、会社としては順調でした。でも、僕は帰ってきてすぐに「このままではダメだ」と思ったんです。

パンストを履く人は減っているし、タイプライターもプリンターへ、そしてペーパーレスへと時代が変わっていく。

そして機織りの技術面でも、海外勢が追い上げてきました。特に中国の技術力向上は凄まじいスピードでした。彼らは最新鋭の設備を大規模に導入し、安くてそこそこ良いものを大量に作れるようになってきた。「早い・安い・うまい」の領域では、日本はもう勝てなくなっていました。

──「安さ」では勝てないとなると、生き残る道は「付加価値」しかない?

そうです。日本のものづくりに残された道は、彼らが真似できない「高付加価値型」へシフトすることだけです。いわゆる「匠の技」ですね。

そこで私たちは、儲かるけれど簡単な「太い糸」の仕事はすべて断り、誰にも真似できない極限まで細い糸を織る「薄地高密度織物」に特化する道を選びました。

ただ、糸を細くすると生産性は劇的に落ちます。今まで数時間で織れていたものが、1日かかっても織り上がらない。結果、次第に既存の工場だけでは織機が足りなくなりました。また、仕事が繊細すぎて高齢化した協力工場さんでは受けきれず、内製化もしなければならなかった。

──なるほど。最初は純粋な生産キャパシティの問題で、工場の増設が必要だったのですね。

実は、2017年にこの増設を計画した当初は、これほど開放的な「観光施設」にするつもりはなかったんです。社員食堂をきれいにして、サステナブルやSDGsを意識した、あくまで「社員のための良い工場」を作る予定でした。

ところが、いざ着工というタイミングでコロナ禍が直撃しました。仕事がピタリと止まり、「待っているだけの下請けでは生き残れない」と痛感させられました。

そこで計画を一度白紙に戻し、完全な自立化を目指すことにしたんです。人が来ない時代だからこそ、あえて人が集まる場所を作る。自分たちの価値を自分たちで発信し、採用にもつなげる。

SNSでの発信だけでは、その価値を伝えるには不十分です。お客様からの信頼を得るには、実際に見てもらうことが一番です。

どんな場所で、どんな社員たちが、どんな想いで作っているのか。それを伝える手段として、このKAJI FACTORY PARKという産業観光の場が必要だったのです。

「産業観光」は利益を生むための最強の投資

──とはいえ、総工費70億円というのは桁外れです。社内や周囲からの反対もあったのではないでしょうか?

もちろん、最初はなかなか理解されませんでしたよ。「なんで工場を作るのに、オリーブや桜を植えるんだ」と。融資をお願いした銀行の方にも、最初はなかなか首を縦に振ってもらえませんでした。

でも、これは慈善事業ではありません。僕の中では、明確に投資なんです。私たちの工場は、増設によって年間約1500万メートルの生地を生産する能力を持っています。ここでブランディングしたことで生地の価値が認められ、もし単価を1メートルあたり100円上げることができたらどうなるか。

1500万メートル × 100円 = 15億円。たった100円の値上げで、年間15億円もの利益が上乗せされるんです。

今の日本の製造業は、良いものを作っているのに安く売りすぎています。アパレル業界には「生地はこのくらい」という相場観がありますが、独自の価値を提示できれば、そこから脱却できる。

「カジさんのところの生地は、他にはないストーリーがある」「あの環境で作られた、サステナブルな生地を使いたい」。そう指名してもらえるようになれば、価格決定権はこちらに来ます。

70億円の投資も、この「付加価値分」の利益で十分に回収できるわけです。

──実際に、海外のバイヤーやブランドからの反応はいかがですか?

海外のラグジュアリーブランドやアウトドアブランドの方々は、企業の姿勢を見ています。環境に配慮しているか、働く人の人権は守られているか、そして地域と共生できているか。

このパークに来て、工場見学をし、公園で地域の子どもたちが遊んでいる姿を見ると、彼らの目の色が変わります。「あなたたちは、地域とともに50年、100年先まで生き残ろうとしている企業だ」と評価してくれるんです。

この風景そのものが、どんなプレゼン資料よりも強い信頼を生んでくれる。結果として、商談が決まり、適正な価格での取引につながっています。

「見られる」ことで現場が変わる

──オープンファクトリーの効果として、収益以外の面への影響はありましたか?

以前は、求人を出してもなかなか人が来ませんでした。でも、このパークができてからは状況が一変しました。オープン以来、見学者は急増し、採用への応募数は以前の10倍以上になりました。今では、新卒も中途も優秀な若手がどんどん入ってきてくれています。

──工場内ですれ違った社員の方々が、皆さん若くて驚きました。

うちの従業員の平均年齢は30代です。業界平均からすると驚異的に若いと思います。

また、「見られること」の効果は、社員の意識改革にも現れています。見学者の方々に見られていますから、社員も「ちゃんとしないとやばい」と思うわけです(笑)。上司に怒られているのも、サボっているのも全部見られてしまいますからね。

そういう環境だと、働いている若い子たちもちゃんと挨拶をするようになります。それに、自分たちの生地が世界の有名ブランドに採用されているということを、ここなら堂々と「見せる」ことができます。

普段はなかなか声を大にして言いにくい黒子の仕事ですが、ここでなら自分たちの仕事の価値をしっかりと伝えられる。それが彼らの自信にもなっていると思います。

産地全体を巻き込むエコシステムへ

──カジグループ一社だけでなく、地域や他社との連携も意識されているのでしょうか。

もちろんです。世界のアパレル市場から見れば、ここは石川県ではなく、繊維の一大産地である「北陸」として認識されています。

中国には1社で完結する巨大なメガ工場がありますが、北陸は1社1社の規模が小さい。だからこそ、県境を越えて北陸として結束し、産地全体で戦わなければなりません。

自分の産業に人が集まらない業界は必ずなくなります。だから、他社から「どうやったらいいのか」と聞かれたら、うちは隠さず全部見せますし、全部説明します。悪口を言い合っているようじゃダメなんです。

このパークは、そのための場所でもあります。先日も、競合である小松マテーレさん、丸井織物さんと一緒に、ここで合同企業説明会を行いました。本来ならライバル同士ですが、学生を取り合うのではなく、3社が一緒になって「繊維業界ってこんなに面白いんだ」と発信する。そうやって今までバラバラだった産地が、この場をきっかけに少しずつ距離が近くなっているんです。

「カジさんがやったから、うちもやってみようかな」と、他の企業も産業観光に乗り出してくれたら嬉しいですね。地域全体が面白くなれば、もっと多くの人が集まり、優秀な人材も来るようになる。

そうやって業界全体を盛り上げていくことが、巡り巡って自分たちのためになると信じています。

──最後に、KAJI FACTORY PARKの今後の展望をお聞かせください。

オープン初年度で約6万人、近い将来は年間30万人を目指しています。

僕らはここを「奥金沢」と呼んでいるんです。海外から見れば「金沢」のブランド力は圧倒的です。その力を借りて、金沢観光のついでに「奥」まで足を延ばしてもらい、そこから能登へと流れる動線を作りたい。

ここは単なる工場ではなく、人が集まる「イノベーション・ハブ」です。観光客だけでなく、研究者やクリエイター、学生など、様々なジャンルの人が集まることで、予期せぬ出会いが生まれ、そこから新しいイノベーションが起きることを期待しています。

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