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地方空港は再生できるのか? 南紀白浜エアポートに学ぶ、空港起点の地域経済エコシステム

2026.02.13(金) 17:50
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地方空港は再生できるのか? 南紀白浜エアポートに学ぶ、空港起点の地域経済エコシステム

地域経済の活性化において、「交通インフラ」の重要性は言うまでもありません。しかし、日本国内に点在する地方空港の多くが、利用者の低迷や収支の悪化という厳しい現実に直面しています。

そんな中、和歌山県・南紀白浜空港を運営する南紀白浜エアポートは、2019年の民営化以降、従来の「空港運営」の枠を超えたユニークな取り組みで注目を集めています。ビジネス客の誘致、ワーケーションの推進、さらには地域課題を解決する実証実験のフィールド化──。

これらの仕掛け人は、株式会社南紀白浜エアポートの代表取締役社長、岡田信一郎さんです。自ら空港運営の最前線に立つ岡田さんは、「空港は単なる通過点ではなく、地域活性化のエンジンになり得る」と語ります。

なぜ、赤字続きの地方空港が、多くの企業や人が集まる「地域のエンジン」へと変貌を遂げつつあるのか。その裏側にある戦略と、岡田氏の地域への想いに迫ります。

地方空港発の「民営空港」が誕生するまで

──まず、今回の取材のテーマでもある「空港発の地方創生」についてお伺いする前に、日本の地方空港が置かれている現状について教えていただけますか。

まず現状認識として、地方の空港運営が大変だというイメージは、決して間違っていません。日本には現在、全部で97の空港がありますが、そのうち国が管理している主要な空港を除き、地方自治体(県や市など)が管理している地方空港は50弱ほど存在します。

実は、これら自治体が管理している地方空港は、すべて赤字なんです。

──すべて、ですか。

はい、すべて赤字です。空港というインフラは巨大ですから、滑走路や土木施設の維持管理に莫大なコストがかかります。着陸料や利用者からいただくお金だけで、そのコストを回収することは構造的に困難です。ですから、税金、つまり公共のお金を使って維持管理しているというのが、日本の地方空港の実態なんですね。

株式会社南紀白浜エアポート 代表取締役社長 岡田信一郎氏

──インフラとしての公共性が高いとはいえ、持続可能性という点では大きな課題を抱えているわけですね。そうした中で、南紀白浜空港は2019年4月に民営化へと踏み切りました。ここに至るまでの経緯を教えていただけますか。

民営化の話が持ち上がった背景には、和歌山県が抱えていた切実な事情があります。元々、南紀白浜空港は和歌山県の県営空港で、羽田との間には1日3往復しか便がありませんでした。しかも、JALが経営破綻した際には、「この先路線が維持できるのか」という強い不安が地域を襲いました。当時は76人乗りという小さな飛行機で飛んでいて、それでも席が埋まらない状況だったんです。

県としては、なんとか羽田線を維持・拡充したいし、他の地域へのネットワークも広げたい。そこで、航空会社への営業活動などは、公務員よりも民間企業に任せた方がうまくいくのではないかという判断がありました。また、県は毎年約3億円の赤字を補填していたため、民間の経営手腕によってその負担を少しでも減らせれば、財政的にもメリットがあると考えたわけです。

──そこで手を挙げたのが、岡田さんが所属する経営共創基盤(IGPI)だったわけですね。岡田さんご自身は、なぜこの案件にこれほど深く関わろうと思ったのでしょうか。

理由は大きく2つあります。私はその前、関西国際空港と伊丹空港の経営統合・民営化という、日本初の空港民営化案件に携わっていました。その際、地方空港の現状を改めて見たときに、自治体の管理する地方空港が全部赤字であることが気にかかっていたんです。

この業界の構造、地方空港のあり方そのものを変えたいという思いが強くありました。そう考えていた矢先に、たまたま入札に出てきたのが南紀白浜空港だったんです。赤字地方空港民営化の第1号案件ということもあり、「これは面白い、取り組んでみようじゃないか」と手を挙げました。

南紀白浜空港

南紀白浜エアポート流の「空港発地域創生」

──入札に参加される時点で、すでに「空港運営」と「地方創生」をセットで進めるという構想はあったのでしょうか。

そうですね。そうしないと、この小さな空港の再生は不可能だと考えていました。私たちの親会社である経営共創基盤は企業の再生を得意としていますが、南紀白浜空港のような小さな空港の場合、単に空港内の営業を頑張ったり、コストを削減したりしたところで、事業規模が小さすぎて経営改善のインパクトはたかが知れています。

だからこそ、視点を変える必要がありました。空港というのは、地域と地域を行き交うための「ゲートウェイ」です。地域そのものが活性化し、より多くのお客様が来県されれば、空港の利用者も増えます。また、地域の方々の所得が上がれば、飛行機に乗って外に出かける回数も増えます。飛行機の利用回数と所得は連動しますからね。

つまり、「空港の発展は地域の発展から」なんです。空港運営会社が地域の活性化そのものに取り組む。これはある意味、壮大なトライアルであり、社会実験でもありました。

──空港の運営会社が地域経営まで踏み込むというのは、非常に理にかなっている一方で、実務としてはかなりハードルが高いようにも感じます。当時、成功する自信はありましたか?

自信というよりは、「新しい空港像を作りたい」というチャレンジ精神の方が強かったですね。地方空港が軒並み赤字の中で、新たなアプローチで未来を切り拓けたら、全国の空港に夢と希望を与えられるじゃないですか。

実際に調べてみると、和歌山には素晴らしい観光資源があるのに、あまり知られていないという現状がありました。だからこそ、「伸びしろはある、やりようはある」と考えたんです。

──具体的には、どのような体制で地域活性化に取り組まれたのでしょうか。

空港の組織の中に、地域活性化を専門とする部署を新たに作りました。通常の空港運営会社にはそんな部署はありません。うちだけだと思います。そこに人を採用し、地域に人を呼び込む活動を始めました。

また、和歌山のような地方では、せっかく来てもらっても「どこでご飯を食べればいいか分からない」「移動手段がない」といった課題に直面します。そこで、我々空港会社自身が旅行業の免許を取得し、いわゆる「アゴ(食事)・アシ(移動)・マクラ(宿泊)」のすべてを面倒見られる体制を整えました。

──インフラである空港会社が、旅行代理店のような機能まで持たれたのですね。まず最初に取り組まれたのはどのようなことでしたか。

ワーケーションの誘致です。白浜町や和歌山県が、IT企業のサテライトオフィス誘致やワーケーションの推進に力を入れていたので、それに乗っかる形でスタートしました。

それと並行して行ったのが、「友達誘導作戦」です。片っ端から知り合いに「白浜はいいところだから来いよ」と声をかけ続けました。

──地道な作戦ですね(笑)。やはりそういった人海戦術は重要なのでしょうか。

大きな観光地であれば、CMを打ってドカンと集客することも可能でしょうが、和歌山はそういうタイプではありません。それに、一気に大勢来られても、二次交通が脆弱なので対応しきれません。

だからこそ、一人ひとり知り合いに来てもらって、ファンになってもらう。そういう地道な積み上げが、結果的に数的な成果にもつながっていくと考えました。

──ワーケーションや企業誘致の文脈では、セールスフォースなど大手IT企業も白浜に進出されています。空港としてはどのような関わり方をされたのですか?

県や町も誘致活動を行っていますが、企業側からすると「進出して何をするのか」という意義が必要です。そこで我々は、「地域課題を解決するITの取り組みを一緒にやりましょう」と提案し、そのための地ならし役を買って出ました。

例えば、顔認証技術の実証実験などを行う際、IT企業がいきなり地域に入っていっても、地元の方々の協力や調整を取り付けるのは難しいですよね。そこで、地域に顔が利く我々空港会社が間に入り、「こういう実験をしたいから一緒にやりませんか」と地元の方々に声をかける。そうやってテクノロジーと地域をつなぐコーディネーターの役割を果たしてきました。

──企業側が南紀エリアに進出するメリットはあるのでしょうか。

大都市で新しい取り組みをしても埋もれてしまいますが、人口の少ない町なら、小さな取り組みでも目立ちますし、インパクトが出しやすい。

例えば、スマートシティのような構想で、住民の健康データを取得するウェアラブル端末を配るとします。大都市なら何百万個も必要ですが、白浜町なら2万個、すさみ町なら3500個で済みます。コストも時間も少なく済み、すぐに実証実験(PoC)ができる。

──まさに「PoCに最適な規模感」ということですね。

そうです。東京から飛行機で1時間強で来られるので、企業側も視察に来やすい。開発した技術やサービスを試す「ショールーム」として、この地域を使うには最高の環境なんです。

──そうしたプロジェクトの立ち上げや調整は、岡田社長自らが動かれることも多いのですか?

多いですね。結局、大事なのは「ノリの良い人とやる」ということと、「自分たちも一緒にやる」という姿勢です。口だけ出すのではなく、「うちはやるけど、一緒にやりませんか?」と誘う。そうやってある程度ノリの良い人を集めれば、プロジェクトは動き出します。

行政の場合、公平性の観点から「全員がOKしないと進められない」となりがちですが、民間なら「やれる人だけでまずやってしまおう」という判断ができます。このスピード感と柔軟性は、民営化された空港会社だからこそ発揮できる強みですね。

また、特定の企業と組む際も、行政だと「なぜその企業なのか」という説明責任や入札が必要になりますが、我々は民間なので「仲良くなったからやる」で済むんです。この「人とのつながりで物事を進められる」というのは、非常に大きな武器になっています。

なぜ南紀白浜空港はB2Bに注力したのか

──地域活性化というと、一般的には観光客を増やす「B2C」のアプローチをイメージしがちですが、南紀白浜エアポートでは企業向けの「B2B」に注力されている印象があります。これは戦略的な選択なのでしょうか。

おっしゃる通り、B2C、つまり一般の観光客向けのパッケージツアーなどはほとんどやっていません。薄利多売になりますし、我々のリソースでは対応しきれないからです。

それよりも、企業の視察研修や合宿、あるいは地域課題解決型のプログラムといった「B2B」の方が、我々の強みを生かせます。例えば、5〜10人の企業団体がいらっしゃる場合、宿泊の手配だけでなく、バスやタクシーの手配、さらには我々自身がコーディネーターとなって地域の企業とマッチングさせたりもします。

──なるほど。「関係人口」の創出という点でも、B2Bの方が効果的なのでしょうか。

そうですね。単に観光で来るだけでは、なかなか深い関係人口にはなりません。しかし、仕事やプロジェクトを通じて地域の人とつながれば、「◯◯会社の誰々さん」ではなく、「山田さん」「田中さん」という個人同士の関係が生まれます。

そうして友達になれば、「またあの人に会いに行こう」となる。仕事で来た方が、次はプライベートで家族を連れて来てくれることも多いですよ。

実は私、空港に居る時は到着便のお出迎えをしています。1日3便しかないので可能なことですが、知り合いが降りてくると「お待ちしておりました!」と声をかける。別にその人だけを待っていたわけではないんですが(笑)、そうすると相手はすごく喜んでくれる。特に、ご家族や部下を連れてこられた時に社長が出迎えると、その方の顔も立ちますしね。そうやって「会員制のお店」のような特別感を感じてもらうことも、空港ならではの強みです。

南紀白浜空港モデルを全国へ

──民営化から約7年が経過しましたが、これまでの成果をどのように感じていらっしゃいますか。

空港単体で見ると、かつて76人乗りだった飛行機が、今では165人乗りになり、それが1日3往復しています。座席数は倍になり、搭乗率も向上しました。かつては路線の維持すら危ぶまれていた「劣等生」が、今では「優等生」になったと言えます。

地域への波及効果としても、白浜町の平均所得が向上したり、空港周辺地域で「社会増(転入者が転出者を上回る状態)」が見られたりと、変化が出てきています。若者の移住が増えたり、土地の取引が活発になったりと、明らかに地域の空気が変わってきているのを感じますね。

実際に、PoCをしていた企業の担当者が、プロジェクトに関わる中で、地域に溶け込み、定住してしまったケースもあります。大企業の社員さんが町役場のIT相談役みたいになって、「パソコンがフリーズしたけどどうすればいい?」なんて相談に乗っていたりして(笑)。本人の専門外のことでも、地域の人から頼りにされることがやりがいになっているようです。

──この南紀白浜空港での成功モデルは、他の地域でも再現可能だとお考えですか?

可能だと思っています。実際に、我々は経営共創基盤グループの日本共創プラットフォーム(JPiX)として、2026年4月から富山県にある富山空港の運営も開始する予定です。富山は白浜よりも街の規模も空港も大きいですが、ITやDXを切り口に企業を呼び込むなど、基本的には同じアプローチで挑戦したいと考えています。

空港運営は安全規制が厳しく、まだまだアナログな部分が多い業界です。滑走路の維持管理などに新しいテクノロジーを導入し、生産性を上げながら安全性を高めていく。南紀白浜と富山という気象条件の異なる2つのフィールドを持つことで、企業の技術開発の実証の場としてもより魅力的な提案ができるはずです。

──最後に、岡田社長ご自身、そして南紀白浜エアポートとしての今後の展望をお聞かせください。

基本的には、これまで7年間やってきたことを愚直に継続し、発展させていくことです。地域活性化に特効薬はありません。地道に人を呼び、地域の人とつなぎ、関係人口を増やしていく。

同時に、地域の人の「誇り」を作っていきたいですね。地方の人はよく「うちには何もない」と言いますが、外から見れば素晴らしいものがたくさんある。地元の人が「いいところだから遊びにおいでよ」と自信を持って言えるようになることが、本当の意味での地方創生だと思っています。

──空港というインフラが、地域の意識まで変えていくのですね。

空港は、公共の視点で見れば「赤字のインフラ」かもしれません。しかし、見方を変えれば、地域を活性化させるための最強の「ツール」になり得ます。

空港に人が来れば地域が潤い、地域が元気になれば飛行機に乗る人が増え、結果として空港の経営も良くなる。儲かる順番で言えば、空港は一番最後でいいんです。

私がよく言うのですが、PDCAサイクルの「P」はPlan(計画)ではなく、「Passion(情熱)」だと思っています。パッションを持ってDo(実行)すれば、あとは何とかなる。そんな想いで、これからも地域の仲間と共に走り続けたいと思います。

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