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能登の小さな集落が、未来の実験場になった。「現代集落」が追究し続ける、豊かな暮らしの最適解とは?

2026.04.09(木) 18:57
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能登の小さな集落が、未来の実験場になった。「現代集落」が追究し続ける、豊かな暮らしの最適解とは?

「30年かけてやろうとしていたことが、一夜で今すぐ解決しなければならない問題になった」。能登半島地震の直後のことを、林俊伍氏はそう振り返る。石川県珠洲市真浦町にある集落で、再生可能エネルギーや水の自給を通じて「豊かな地域」の未来像を実験する「現代集落」。プロジェクトを率いる林氏が、この地にたどり着き、未来の再設計を始めるまで。

林 俊伍(はやし・しゅんご)

一般社団法人現代集落 代表理事 / 株式会社こみんぐる 取締役
1986年生まれ。金沢市出身。金沢大学卒業まで金沢で過ごし、2009年豊田通商入社。私立高校教員を経て、2016年「地域のためになることをしたい」と金沢市に帰郷。帰郷を機に夫婦で株式会社こみんぐるを創業。「100年後も家族で暮らしたい・働きたい地域を作る」をビジョンに様々な事業を展開。金沢市内で25棟の貸切宿『旅音/TABI-NE』。面白い地域を作るには面白い仕事からつくる、経営者の育成『Workit』。珠洲市で100年後の豊かな営みを考える安全で快適なエネルギーから自給自足する『現代集落』等を運営。

「100年後の地域の豊かさ」を考えるようになるまで

地元・石川で事業に携わるなか、僕は「100年後」の地域のあり方を問い続けています。なぜ「100年後」なのか。言葉の原点は、幼少期に遡ります。

小学校高学年の時、いわゆる探究学習の一環で、僕の祖父から初めて戦争の話を聞いたんです。衛生兵としてベトナムに赴いていた当時のエピソードを知り、祖父に対する印象がガラッと変わりました。

死ぬかもしれない場所に行き、誰かのために働き、帰ってきた人。祖父をはじめとする先人たちが必死にバトンを繋いでくれた結果、今の僕があることに気づいたんです。高校時代のノートにも「自分がおじいちゃんになった時、誰かに感謝されるような仕事をしたい」と書き残していたので、当時の体験はかなり強烈だったのだと思います。

そんな僕が「金沢のためになることをしたい」という目標を掲げ、妻と共に金沢で起業したのは、2016年のこと。新卒で入社した豊田通商を退社し、株式会社こみんぐるを創業し、古民家を活用した宿泊事業に着手しました。

「なぜ宿泊事業を?」と思うかもしれませんが、当時の金沢は北陸新幹線が開通したばかりで、観光客向けの宿がまだまだ足りなかったんですよね。

観光都市としての持続性を担保するなら、リピーターを増やすことが第一。「そこに暮らしているような感覚」になる場所を提供することで、“金沢ファン”を増やせるのでは、と考えました。

最初は順風満帆にもいかず、コインランドリーで洗ったシーツを畳みながら涙を流す夜も過ごしましたが(笑)、不思議とモチベーションは保てていました。2017年には一棟貸しの宿「旅音」をオープン。徐々に軌道に乗り始め、地元民から海外の観光客までが集う、まちの交流場としての機能を持つようにまで成長しました。

しかし2020年、コロナ禍の影響で旅行客が激減。ロックダウン期間中の4月には、月1,500万円あった売上がゼロになりました。

宿の棟数も着々と増え、「これから宿を50〜60棟まで増やそうか」と事業拡大を検討していたタイミングでの“緊急停止”。コロナは経済的に大きな打撃をもたらしました。一方、歩みを止めたことで、宿泊業以外のアプローチに目を向ける時間もできたんです。「人材育成・地域・事業開発」をかけ合わせたハイブリッドプログラム「Workit」の構想も、コロナ期間中のディスカッションから生まれました。

「Workit」は実際の地元企業の経営課題をテーマに、地元企業の社員と都市圏の大手企業の社員がチームを組み、経営課題について向き合う2泊3日のプログラム。

そして創業以来、初めての“空白期間”を経験することで、改めて会社としてのビジョンを整理する余裕ももたらされました。

日々の議題は「宿を増やし続けることが、果たして金沢の豊かさにつながるのか」という方向性の見直しに始まり、「豊かな暮らしとは?」「豊かな地域とは?」まで。「100年後も家族で暮らしたい、働きたい地域をつくる」というビジョンの原点、そして「現代集落」という構想も、この時期の対話から生まれました。

未来について考え、実験する「現代集落」の始まり

現代集落があるのは、能登半島の珠洲市真浦町です。この拠点を見つけたのは、コロナ禍の直前。2020年の初頭でした。

僕は金沢に帰郷してから、大学の同級生に誘われ、宇出津(現在の鳳珠郡能登町)で開催される「あばれ祭」に参加するようになりました。

祭へ参加するごとに地元の友達ができ、能登の景色や料理のおいしさに魅了されて。さらには珠洲市役所から「宿泊施設を増やしたい」という相談を受けるなど、公私共に土地とのご縁が深まっていたんですよね。自ずと能登に通う頻度は増えていきました。

そして「そろそろプライベートで能登に別荘を買おうか」と物件を探していたある日、市役所の移住担当者から「珠洲市の真浦という地域に良い空き家がある」と紹介を受けたんです。内見に訪れると、空き家の目の前には海、近くには沢があり「ここで生活したらどんなに豊かだろうか」とため息が出ました。

当時、いくつか物件の候補はあったのですが、もはや「真浦に導かれている」としか思えなかった。金沢の中心地から車で片道2時間半かかるようなエリアではありましたが、数十万㎡の農地と山林とともに、古民家を取得したのです。

一方、せっかく購入した別荘を、プライベートだけで活用するのはもったいないとも感じていたんですよね。シェア別荘として使うにも交通の便が悪く、使い道に悩んでいました。

知人にも相談し、たどり着いたのは「100年後の豊かな暮らし」を議論するオンラインサロンを設けること。そして真浦をその拠点とすることです。「100年後も家族で暮らしたい、働きたい地域をつくる」というビジョンの答えを、真浦なら導き出せるのではと感じていました。

こうして集落を舞台としたプロジェクト「現代集落」がスタートしました。

オンラインサロンでは都市部を中心に、考えに賛同してくれたメンバーが集結。まずは古民家の改修内容や、耕作放棄地の再生方法など、集落で試したいことを、ビデオ通話で出し合いました。

そのうち、メンバーの1人が「理想とする集落のイメージがあった方が話しやすい」と提案してくれて。度重なる会議の末に、地域資源の循環型村である「2052年の真浦の未来」を描いたイラストが完成しました。

2021年4月には、こみんぐるの新規事業として株式会社ゲンダイシュウラクを設立。現代集落は「100年後も家族で暮らしたい、働きたい地域」の答えを導き出すためのR&D(研究機関)となったのです。

まずは30年後の未来を目指し、野菜の無農薬栽培や風力発電設備の自作などを試していこう。そして集落に住む人々にも「真浦の未来像」を共有しよう。対外的な説明資料まで準備していた、まさにその時です。

2024年元旦、最大震度7を観測した大災害・能登半島地震が発生しました。

地震が、30年先の未来を今日に持ってきた

石川県庁が発表した二次避難者の数は、約5,000人。地震の発生直後、僕は宿泊事業に携わる者として、避難者を受け入れる準備を急ピッチで進めました。珠洲市在住の移住仲間と連携し、能登避難者受入基金を開設。県内の宿泊施設にも協力を仰ぎ、全体の40%である約2,000人の受け入れ体制を整えました。

あまりに壮絶すぎて、当時のことを思い出すと、今でも動悸が止まらなくなります。「旅音」も利用者のほとんどが避難者に。宿泊施設の役割は「観光の場」から「生活を守る場」へと急変し「観光業は平和の上で成り立つ」ことを思い知らされました。

同時に、震災は現代集落の活動にも大きなインパクトをもたらしました。

地震により、集落に出入りする国道249号のトンネル付近では、大規模な土砂崩落が発生。長期間の断水に見舞われ、集落は孤立しました。住民20世帯のほとんどが、避難せざるを得なくなったのです。

30年かけて緩やかに対策をしていくはずだった、インフラ・コミュニティの崩壊と人口減少といった課題が、一気に押し寄せてきた。社会・自然・文化に最大限配慮しながら、小規模集落の単位で自律的に運営する仕組みづくりを、今後3年以内に実現せねばならなくなってしまいました。

そこで、東京科学大学坂村研究室・坂村圭先生にも助けを求めながら、現代集落では村そのもののあり方を再設計する取り組み「里山グリッド」を本格的にスタート。単なるオフグリッド設備の導入にとどまらず、インフラに対する価値観そのものの転換を伴う実証実験を開始しました。

2025年1月には、地産地消エネルギーモデル「SATOYAMA GRID モデルルーム」のDIYに着手。3ヶ月間の施工期間を経て、同年4月にお披露目会を開催しました。

「現代集落って必要やったんやな」

震災発生直後の1〜2月頃、多くの人から言われた言葉です。被災を経て、真浦はもはや「ただの田舎」ではなく、30年後の未来を先行体験する集落となってしまいました。

ここでの実験が、来たるべき未来への備えになる。重要性が浮き彫りになったことで、より能力の高い人が、現代集落へ集まるようになりました。

広い世界より、目の前の1つのニーズと向き合う

現代集落には、拠点もキャリアもバラバラな、あらゆるタイプのメンバーが参加しています。たとえアイディアがすぐ事業に結びつかないとしても、自分たちができることを起点に、とにかくプロダクトアウトしまくる。それが現代集落というコミュニティの魅力です。

より経済合理性から離れて活動できるよう、2025年には「一般社団法人現代集落」として、完全にこみんぐるから独立しました。今年はいくつかの企業と共に、具体的なプロジェクトを一気に動かしていきます。

まず里山グリッドでは、太陽光と蓄電池を主電源としながら、電力の自給率を高めていくことが直近の目標です。まずはアジト(拠点棟)でのシステム運用を積み重ね、最適な構成を模索していきます。

山水を復活させる水の自給プロジェクトも、上下水道工事を手がける地元メンバーと研究者が連携しながら動き始めました。水質管理・配管ルート・土地の許諾など、解決すべき課題は多いですが、一つひとつ手を打っています。

また、HAPS(空飛ぶ基地局)による通信確保と、それを一次産業へ応用した実証実験も、NTTドコモビジネス株式会社と共同で進めています。同様に、太陽光パネルの発電効率を維持する侵水コーティング材の実証実験も、国内のメーカーと実施しているところです。

東京科学大学・坂村研究室の学生たちとも継続的に関わっており、次世代の研究者・実践者たちが真浦で学びを深めています。今年秋には、東京でも「現代集落共創フォーラム2026」を開催。都市にいる人でも、未来のシステムを「自分ごと化」して考えられる場を設けていく予定です。

こうやって、数年前には想像もできなかったような大企業や団体が、真浦という最前線のフィールドに参画しつつあります。

現代集落は今後、学び駆動型のコミュニティとして仕組みを整えていきます。小さな規模で、関係人口が実際に村づくりに参加しながら「水はどこから来るのか」「電気はどうやって生まれるのか」「豊かな暮らしとは何か」を一緒に学び、遊び、失敗する場所にしたい。その学びがやがて営みになっていくことを期待しています。

震災を経て、現代集落の活動を加速させたことで、はっきりしたことがあります。それは、僕たちが必ずしも「社会課題を解決すべき」というモチベーションでは事業を動かしていない、ということです。

そもそも「やらなければいけない」という義務感や使命感が駆動力になると、次第に正義感が生じ、他者を排除し始めます。「こうなったら面白そう」というニーズを起点に思考を巡らせた方が、長く続くし、楽しい。自分たちのスタンスが、現代集落の継続につながっていると気づきました。

同時に、問題は大きくすればするほど抽象化されて、本質を見失うということも、現代集落で得た気づきです。僕が「日本の地方をどうする」「世界の格差をどうする」という大きな課題と向き合えるかと言われると、問題を全握できるほどの解像度が持てないというか。

むしろ目の前にある1個のリアルなニーズを通し、100〜200人ぐらいのマーケットが存在している。それくらいの規模感の方が「自分が頑張ったら変わるかもしれない」という手触りを感じ取れて、モチベーション維持にもつながるのだと思いました。

目の前の課題と向き合い、まずそれをコツコツやっていき、それが他の地域でも必要そうだったら、その地域の手触りが分かる人に真似してもらえばいい。そうすれば、やがて自分の取り組みが、他の地域でも横展開できる事例になっていくと信じています。

100年後の理想的な景色も、豊かに楽しく幸せに生きていけるような未来も、目の前の人を心底喜ばせることから始まる。自分たちが楽しく、目標に向けて邁進することの積み重ねです。そして我々がいない100年後に「これって、石川から始まったんだよね」と言ってもらえれば最高。そんな仕事を、みんなと一緒にしていきたいです。

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