今、能登に必要な支援とは?復興ツアーで「関係人口」から「関与人口」へ

2024年1月1日の能登半島地震、そして9月の豪雨。二度にわたる災害は、石川県能登半島の暮らしや文化、産業に深い爪痕を残しました。
発災から時間が経過し、ニュースでの報道が少なくなるにつれ、人々の関心も薄れつつあるのが現実です。しかし、現地は今なお、倒壊家屋の解体といった物理的な課題に加え、人口流出という静かで深刻な社会的な災害とも戦っています。
この難局に対し、能登を単なる被災地として終わらせず、日本の地域の最前線として捉え直すプロジェクトが立ち上がりました。
公益社団法人石川県観光連盟が主催し、POTLUCK YAESUが企画協力するプロジェクトの目的は、新たな復興ツーリズムを企画検討すること。大阪と東京での有識者会議(ラウンドテーブル)と能登への視察ツアーを行い、地域内外のプレイヤーが膝を突き合わせて、これからの能登観光のあり方を考えていきます。
しかし、向き合うべき問いは、重く、複雑に絡み合っています。まだ多くの宿泊施設が休業している中で、観光客を呼び込むことは、現実的でなかったり、被災地への負担となったり、しかねません。
今、観光は本当に復興の手段になり得るのか。プロジェクトは能登の現状を知り、観光という手段を問い直すことからはじまりました。
高齢化率50%。「創造的復興」への険しい道

2025年9月、本プロジェクトのキックオフとなる有識者会議が大阪で開催されました。
会場には、能登の現状を背負う当事者たちと、地域外から独自の視座を持つ有識者たちが集結しました。
■大阪ラウンドテーブル参加者(敬称略)
伊藤 美希子
株式会社ビーアイシーピー・ハナレ 代表取締役
永谷 亜矢子
株式会社an代表取締役/立教大学 客員教授
勝田 達
株式会社ULO 取締役 / ONE PARK FESTIVALオーガナイザー
成田 智哉
ミーツ株式会社 代表取締役社長/マドラー株式会社 代表取締役社長/えぞ財団 団長
シェアリングエコノミー協会 北海道支部長/コープさっぽろ組織本部 地域政策室 室長
湊 三次郎
株式会社ゆとなみ社 代表取締役 / 銭湯活動家
杉本 拓哉
一般社団法人能登官民連携復興センター
丸谷 耕太氏
金沢大学 准教授 / 公益財団法人ほくりくみらい基金 理事
観光を通じて、いま能登で語るべきストーリーとは?
このテーマを皮切りに始まった議論は、すぐに能登が直面する構造的な行き詰まりへと焦点が定まっていきました。
能登官民連携復興センターの杉本拓哉氏は、能登の復興が他の被災地と異なる二重の困難を抱えていることを指摘しました。

「東日本大震災の被災地を行政単位で見ると、当時の高齢化率は15%から38%でした。それに対して、能登半島地震以前から、能登の高齢化率はほぼ50%に達しています。さらに今回の震災で、受験生を抱える子育て世帯などが真っ先に金沢などへ避難しました。この『人口流出』が、働き手不足という決定的な危機を加速させています」(杉本氏)
もともと過疎・高齢化が進んでいた能登。そこに震災が起きたことで、能登の時計の針は一気に進んでしまったのです。杉本氏は、石川県の復興プランに「創造的復興」という言葉が掲げられていることに触れつつ、その真意を語ります。
「単に元の状態に戻すだけでは、能登は沈んでいくだけです。能登の現実は、日本全国の地方がこれから直面する未来そのものです。能登がこの危機をどう乗り越えるか、あるいは乗り越えられないのか。全国の『ふるさと』の未来が、能登にかかっています」(杉本氏)

アイデアはある、実行者がいない
議論の中で浮き彫りになった最大のボトルネックは「人」の問題でした。杉本氏は現場の実感として次のように語ります。
「能登の最大の課題は『人がいない』こと。それは単なる労働力不足ではありません。復興に向けたアイデアや熱い思いを持っている人はたくさんいるんです。しかし、それを形にし、事業として実行できる人材が圧倒的に不足しています」(杉本氏)
この課題に対し、地域コミュニティと外部人材の接続について議論が交わされました。
北海道厚真町で復興に携わってきた成田智哉氏は、「能登にはソーシャルベンチャー界隈の人たちが多く入っている印象がある。重要なのは、そうした外部のプレイヤーと地域をどう繋ぎ、具体的な事業に落とし込んでいくかだ」と指摘。
単なる支援で終わらせず、持続可能な事業へと昇華させるためのコーディネート機能の必要性が示されました。

人材不足の裏にある「空き家問題」
人材不足と表裏一体の問題として挙がったのが、深刻な「住居不足」と「空き家問題」です。
金沢大学の丸谷耕太氏は、珠洲市の現状について「震災前から移住希望者は多かったが、受け皿となる賃貸物件がなく、不動産屋もいないためマッチングが成立しない」と構造的な課題を指摘しました。
これに対し、杉本氏はさらに切実な現状を訴えます。
「珠洲や輪島では、公費解体が進み、更地が増えています。一方で、残った家屋も『住むなら買い取ってくれ』というケースが多く、試し住みができない。県としても公費解体を止めて活用を模索していますが、大工さんが泊まる場所もなく、修繕も進まないという悪循環にあります」(杉本氏)
こうした状況に対し、他地域の事例をもとに解決策が提案されました。
永谷亜矢子氏は、「佐渡の事例のように、行政が補助金を出して空き家活用を推進できないか。単に改修費を出すだけでなく、そこで事業を行うことを条件に手厚く支援するなど、人が呼べて定住できる施策が必要だ」と提言。

また、岩手県住田町でマーケティング会社を経営しながら東日本大震災の伝承活動を行う伊藤美希子氏も、「住田町では行政が空き家を借り上げ、改修して移住者に貸し出す取り組みを行っている」と、行政がリスクを取って住宅供給を行うモデルを紹介しました。

大阪から東京へ。「人材不足」に観光できることは?
大阪ラウンドテーブルでは、能登の復興を阻む壁として「実行人材の不足」と、それを受け入れる「住居・ハードの不足」が明確になりました。
「観光コンテンツを作っても、それを回す人がいない」「人が来ても、住む場所がない」。この根深い課題に対し、観光という手段でどうアプローチできるのか。
議論のバトンは、10月に開催された東京ラウンドテーブルへと引き継がれました。ここでは、「人材不足」というテーマをさらに深掘りし、具体的な解決策としての「関わり方」のデザインへと議論が展開していきました。
東京・POTLUCK YAESUに集結したのは、地域おこしや事業開発の最前線で活躍するプロフェッショナルたちです。

■東京ラウンドテーブル参加者(敬称略)
高橋 博之
株式会社雨風太陽 代表取締役社長
高橋 大就
一般社団法人東の食の会 専務理事/一般社団法人NoMAラボ 代表理事/一般社団法人 SOMA 共同代表
伊藤 美希子
株式会社ビーアイシーピー・ハナレ 代表取締役
岡村 充泰
株式会社ウエダ本社 代表取締役
岩田 真吾
三星グループ代表
池端 隼也
「ラトリエ・ドゥ・ノト」シェフ
伊藤 紗恵
合同会社CとH 代表
加藤 愛梨
株式会社Mutubi 代表取締役
新谷 健太
海浜あみだ湯/仮( )-karikakko-/NPO法人ガクソー
大阪での「実行人材がいない」という結論を受け、議論は「従来の観光」の枠組みを大きく超えるものとなりました。
「地方創生の文脈でよくある間違いは、行政が『需要』、つまり観光客を呼ぶことが課題だと思ってしまうこと。しかし、今の能登で本質的に不足しているのは圧倒的に『供給』側」(高橋大就氏)
高橋大就氏は、今の能登に通常の観光客を呼ぶことのリスクを指摘しました。

「供給能力が毀損している地域に、サービスを求める観光客を呼んでも負担になるだけ。今必要なのは、供給側を立て直すための『右腕人材』の派遣です」(高橋大就氏)
この指摘は、能登の現場で苦闘するプレイヤーの実感とも重なります。珠洲市で活動する伊藤紗恵氏は、現状のジレンマを吐露しました。
「視察の受け入れは数多く行っていますが、そこから『次の一歩』がなかなか生まれないんです。来てくれる人は皆善意ですが、事業を形にできる人がいないため、結局は現場の負担が増えてしまう。無料で視察を受け入れ続けることに、限界を感じつつあります」(伊藤紗恵氏)
伊藤氏はさらに続けます。「ボランティアはたくさん来てくれます。でも、彼ら全員の生活の面倒までは見られないし、マネジメントする余裕もない。今、必要なのは、事業の『右腕』になってくれる人材です」
この声に対し、岩田真吾氏は「受援力」というキーワードを用いながら応じました。
「支援する側も、相手が欲しくないものを無理やりあげるのは良くない。逆に、受け入れる側も『これが欲しい』と言い、持ってきてくれたものを上手く受け入れる『受援力』が必要になる。ただ、今の状況ではそれすらも負担になっているのが現実でしょう」(岩田氏)

「関係人口」から「関与人口」、そして「感動人口」へ
では、どうすれば「事業を作れる人」を能登に呼び込めるのか。
岩田真吾氏は、関係人口をさらに一段階進めた概念を提唱しました。「単に関係するだけでなく、関わって何かを与える『関与人口』、そして最終的には現地で何かを感じて自ら動く『感動人口』まで高めるグランドデザインが必要です」(岩田氏)
その具体的な手法として提案されたのが、企業による「右腕派遣」と「企業版ふるさと納税」のハイブリッドモデルです。「経営者に対して、『右腕となる人材を派遣するか、それが難しければふるさと納税で人を雇う資金を出すか』という二択を迫るくらいのアプローチがあってもいい」(岩田氏)
岡村充泰氏も「能登で人を育てる、という視点も重要。地域に入り込んでプロデュースできる人材はどこでも不足している。能登でその経験を積むことは、日本のどの地域でも通用するスキルセットになるはずだ」と、人材育成の観点からの価値を指摘しました。
一見、ハードルが高そうに見える「右腕派遣」ですが、高橋博之氏は、都市側にもそれを求めるニーズがあると分析します。
「都会には、実は『課題に飢えている』人がたくさんいます。自分のスキルを生かす手応えを求めている優秀な人材や、迷える若者たちがいる。彼らにとって、課題先進地である能登に関わることは、自身の成長や救いにもなるんです」(高橋博之氏)

「観光」の再定義。プロセスへの参加とビジネスツーリズム
議論の結論として見えてきたのは、能登における新しいツーリズムの形です。それは、完成されたコンテンツを消費する旅ではなく、復興のプロセスに参加し、共に事業を作る旅です。
「例えば、半導体工場が被災したら、ビジネスマンは視察に行くことが『仕事』として認められます。それと同じように、能登の復興プロセスに関わり、課題解決を学ぶことを『ビジネスツーリズム』として定義できないか」(山本雄生・モデレーター)
美しい景色や美食を楽しむだけでなく、地域課題の最前線で、現地の人々と共に汗をかき、事業を企てる。そうした「関わり代(しろ)」をデザインすることこそが、今の能登に必要な観光なのかもしれません。
本プロジェクトでは、これらの議論を踏まえ、11月に能登現地での視察ツアーを実施しました。復興のその先へ。能登を舞台に、新たな「企て」が始まろうとしています。